榊浦豊との半ば脅し入りの会話を終え、シアタールームで未だ映像を見続ける生徒の群れに合流する。
バレない様に適当な席に座り、横を見ると、なぜか夜桜さんがいた。
……? あれ、今夜桜さん、ここに座ってたっけ……?
『……こいつ、拙者の歩き方を真似して……』
「どこ行ってたの、日高君?」
夜桜さんが口を近づけ、小声で話しかけてくる。
まぁ気付かなかっただけで元々そこに居たのだろうと、周囲に気を使いながら、先ほどの榊浦豊との会話の内容を伝えた。
全てを聞き終わった後、彼女は目を閉じて少し考え込む。そして目を開くと同時に口を開いた。
「……よくないね。この研究所よりも何があるか分からないよ」
「それはそうだけど、行かなきゃ母さんに何があるか分からないし……」
母親に何か危険が及ぶかもしれない。それを承知で榊浦相手に何か行動を起こす勇気は俺にはない。
「確か日高君のお母さんの職場って、住宅街近くのスーパーだったよね?」
「そうだけど……あれ? そこで働いてるって言った事あったっけ?」
「……や、やだなぁ。この間言ってたよ、そうじゃないと私が知る訳ないし」
まあ、それもそうか。
彼女は額に一筋の汗を垂らしながら、話し続ける。
「と、とにかく。榊浦豊が合図した瞬間、電話の向こうで花瓶が割れたんだよね?」
「うん。花瓶に小型の爆弾が仕掛けられてたのか、誰かがその場に居て壊したのかは分からないけど……」
「そうだね。考えられるとしたらそれくらい……うん、私が見学終わりにちょっと見てくるよ」
えっ?
突然そう言い放った夜桜さんに、焦って言い返す。
「いや危ないって、何があるかわかんないし!」
「大丈夫だって、私結構鍛えてるから!」
その言葉に反論しようとして、思い返す。
そう言えば、夜桜さんって道具なしのニンジャに勝てるくらい強いんだっけ。
その道具なしのニンジャですら、一晩で闇金業者複数人を半殺しにして外国行きの輸送船に縛って放置する、なんて芸当を簡単に行えるくらいの強さなのだ。
寧ろ一番危ないのは、特別な特技も強さもない俺の方……ってか。
「……じゃあ夜桜さん、ちょっとお願いしていいかな? もし怪しい人物がいたら、無理に接触しようとせずに特徴だけ覚えててほしい」
「分かった。……こっちは私で何とかするから、日高君も危ないと思ったら容赦なく暴れるんだよ?」
「うん。お互いまた明日、学校で」
拳をコツリと合わせ、互いの身の無事を祈る。
その瞬間、シアタールームで流れていた映像が終了し、パッと場内が明るくなった。
……俺も気合、入れないとな。
―――――――――――――――――――――――――――
―――時が経ち。
時刻は6時半、とっくの前に学校の見学は終わっている。……が、俺は榊浦豊との約束のため、未だに研究所の中にいた。
自販機とベンチが置かれている休憩所のような場所で、スマホを耳に当てながら話す。
今しているのは、研究所の中を偵察してもらっていた殺人鬼達との情報交換会だ。
「……それで、どうだった?」
『全然駄目だな。分かってたっちゃ分かってたが、重要な情報は全部パソコンの中だ。そんでパソコンは僕達には触れない……どうしようもないね』
「パソコンか……やっぱりそうだよな」
マッドパンクが言うように、重要な情報は全て電子化されて研究所のパソコンの中だそうだ。物に触れられない殺人鬼達ではキーボードやマウスを弄る事すらできない。クソッ、ペーパーレスの弊害か……。
他にないかと聞くと、スッとサイコシンパスが手を上げる。
『情報はすっからかんだが、地下へのエレベーターはあった。……が、100メートル圏外だったので地下に何があるかは調べられなかったな』
「ふ~ん、地下……は、地下? 待てよ、100メートルより深いってありえないだろ」
『事実、透明な壁に阻まれた。後もう少しで何があるか見れそうだったが……』
この研究所の表……地上階にはめぼしい物は殆どなかった。パソコンの中は知らんが、明らかに怪しい研究をしていますという場所はなかったのだ。だが榊浦の天才を作り出す云々の発言から読むに、何か特別な研究と施設で人間を作っている事は間違いない。
もしかすると研究所の地下こそが、決して表には出せないヤバい事をしている場所なのかもしれない。100メートル以上深い場所に作られた地下階層というのも、怪しさを飛躍的に増加させている。
一体何があるのか興味はあるが、今は無理そうだ。
「他には―――……? どうした、ヘッズハンター?」
周りを見渡すと、ヘッズハンターがやけに顔を俯かせているのに気が付いた。珍しい。
一体何があったのか聞き出そうとしたその時、コツコツという足音が左側から聞こえてくる。
「待たせたね日高君。悪いね、電話中だったかな? それとも人格との会議かな?」
「…………」
榊浦豊が来てしまった。しかも人格と話しているのすら的中させられてしまった。ヘッズハンターへの問いかけを切り上げ、スマホを耳から離す。
「そんな怖い顔しないでもいいよ。私の家で食事を食べるだけ、それだけだから」
信用できるかっつうんだよ。
踵を返して歩く奴の背中に付いて行き、駐車場に停められていた純白の高級車に乗るよう促される。
後部座席に座ろうと思ったが、先に助手席の扉を開けられる。どうやら前に座れという事らしい。
小さく舌打ちをしつつ、助手席に座り込む。
―――午後六時半。
しかし夏が近づいているという事もあってか、空の色は存外明るい。しかし、街頭や信号機の光が目にチラつく、そんな中途半端な暗さの時間帯。
榊浦豊はハンドルを握りながら、余裕綽々の声色で話す。
「時に日高君。約数ヵ月前、ニュースで浮遊人格統合技術の新たな研究が実を結んだ……そういう報道があったのを知っているかい?」
「……そういえば、そんなのもあったな」
アレは確か、ダークナイトと遊びに行って屋上に居た暗殺者を叩きのめした日の事。
朝のニュースで、人類が進化を遂げる研究が実を結んだとかそういう事を言っていたような気がする。
「ダッシュボードにその『
「…………」
榊浦豊の方を警戒するが、ハンドルを握って運転しているだけで何かしてくる気配はない。
目の前にあるダッシュボードの取っ手を引き、カパリと開ける。
中に入っていたのは、自動車検査証などの車に常備しておかなければならない書類と。
透明な厚いプラスチックの袋に入った注射器と、ちゃぽちゃぽと揺れる透明な液体の入った小瓶だった。
「何だこれ……?」
注射器と小瓶を手に取り、じっくりと眺める。
袋に入った注射器の方は何の変哲もない、採血などで使われるごく一般的な物に見える。……素人目にはそう見えるだけで、実際は何か変わった機能があるのかもしれないが。
しかし奴の言葉から察するに、問題なのは小瓶に入った液体の方だろう。
浮遊人格統合技術に、注射器に、小瓶に入った液体……。
「まさかこの液体、浮遊人格統合技術の注射の中身か」
「そうだね。それは現行使用されている物のバージョンアップ版……いや、改悪版とでも言おうか」
「改悪……?」
理解できぬと言った風に、俊介が聞き返す。
榊浦豊は少し言葉を選んだ後、困ったような素振りで語り始めた。
「詳しい説明は専門的すぎるから置いておくとしよう。ざっくり言うと、それは現行の物より蘇生薬の割合を減らし、精神を割る……つまり異世界の人格を呼び込む薬の配分を増やしているんだ。
そうするとまぁ当然、蘇生確率はグッと下がる訳でね。人格の宿る確率は相対的に上がったけど……」
「……お前に倫理的な話をする気はもう失せた。
だからこそ敢えてそれを無視して聞くが……これの何処が改悪版なんだ? 人格の宿る確率を上げるなんて、寧ろお前らからしたら成功以外の何物でもない気がするが」
榊浦豊の目的は依然としてハッキリせず、ふわふわ揺蕩う雲のようだ。
だが榊浦豊のバックに居る国側の目的は大体分かる。異世界の優秀な人格を多く手に入れるため、とにかく人格を宿らせまくる。人間の命をチップにしたガチャを引き続けているのだ。
そんな国側からすれば、これはSSR人格の排出率が0.01%から1%に上昇するような物。
喉から手が出るほど欲しい物品であるはずなのだ。なのにどうしてこれが改悪版なのか、俊介には分からなかった。
榊浦豊は左側にウィンカーを出し、ハンドルを左側に切る。
セキュリティの頑強そうな高級マンションの地下駐車場に入り、スピードをじわじわと緩めながら答えた。
「まぁ政府にとっては成功物、けど私にとっては改悪版でしかない。言葉足らずだったね、謝るよ」
「なぜお前は、これを改悪版だと思うんだ?」
「今が最適だから。というより、
ここから先は同じ道の延長線上を進むべきではなく、別の方向に一歩踏み出す必要がある。それが人工的な天才……」
「……?」
俊介には榊浦豊の言わんとしている事がよく分からなかった。
いや、言葉の意味は分かる。だが、その言葉の裏に隠されている真意が上手く読み取れなかったのだ。
車が駐車場に停められ、ガチャリという音と共に扉のロックが解除される。
奴が降りたのと同じタイミングで俊介も降り、ささやかな嫌がらせに扉を勢いよく閉めようとしたが、超高級車の扉を勢いよく閉める度胸は俊介にはなかった。そっと閉める。
車から暫く歩いた所にあるエレベーターに乗り、榊浦豊が階層を指定するボタンを押す。……当然のように最上階のボタンが光っていた。金持ちめ。
俊介はコンビニで甘いお菓子を買うか悩む自身の財布事情と、目の前の男の財布事情を比較し、嫌気がさした。なんでこんなイカれた研究やってる奴が超のつく金持ちなんだ、世の中狂ってる。
「ったく……腹立つぐらい金もあるし、頭もいいし、顔もいい。なのに何でこんな変な事やってんだよ……」
「それ私に言ってる?」
「他に誰がこのエレベーターに乗ってるってんだよ」
そう言うと、奴は朗らかに笑った。
「手厳しいね。う~んしかし、何でこんな事をやってるか、か……。……正直に答えるのは恥ずかしいな、ちょっと当ててみてよ」
「は?」
「リミットはエレベーターが最上階に着くまで。当たってたら正解とちゃんと答えよう。はい、スタート!」
「な、おい、ちょっと待て!」
何で突然クイズが始まってんだ。
というか、榊浦豊が何で浮遊人格統合技術を作ってるかとか、人工的な天才を作ってるかとか、そんなん俺が知る訳ねえよ。
俊介は考えても無駄だと、数打ちゃ当たる戦法でとにかく言葉を出しまくる。
「金が欲しいから!」
「違う」
「知的探求心!」
「違うね」
「目的とかない!」
「それだとクイズにしてないかな」
「あー……? えーっと……名声……?」
「別にいらないかな」
分かんねーよ。
俊介が悩んでいるうちに、グングンエレベーターは最上階に近づいていく。
別にこんなクイズ、正解を当てられなくてもいいんだけど……。ここで当てられないのは、なんか腹が立って嫌だ。
殺人鬼達とのアレコレで磨いた勘を必死に働かせ、答えを探っていく。
「……天才。天才にやけにこだわってたし、その人工的な天才に、何かをさせたいとか?」
「…………」
ピクリと、榊浦豊が動きを止める。
どうやら当たりに近づいたようだ。
「何か革新的な物を作って欲しいとか」
「……」
「あるいは、もっと異世界の技術が知りたいとか」
「……」
榊浦豊は間違っているとも正解とも答えない。
エレベーターの扉の方に顔を固定し、俊介に背中を向けたまま、ずっと立ち尽くしている。
当たりが近いのは確かだが、ここから先の一歩が踏み出せない。
いや……常識的な考え方を続けていちゃ駄目だ。目の前の男は世界を変える技術を開発した男で、常識なんてのは一片も意に介さないような奴だ。きっと、世界のためとか大義のためとかじゃなく、もっと利己的な目的――――。
「……何か、やり直したい事があるとか? 自分にはできなかった、失敗した、何かを……」
「―――――っ」
榊浦豊が何か声を発しようとして、息を吸い込む。
その瞬間。
―――ポーン!
と、エレベーターが最上階に到着した音が響いた。
軽い音と共に、扉が左右に開いていく。
「今のは正解だったのか、不正解だったのか。どっちだ?」
俊介がそう問いかけると、榊浦豊はこちらを向き。
「……さあ? タイムリミットだからね、答えられないよ」
今までの朗らかで飄々とした雰囲気ではなく、少し感情のこもった低い声でそう言い放つ。
俊介に対し、初めて榊浦豊が人間らしい感情を見せた瞬間であった。
遅れて申し訳ないです