「結局、榊浦豊の良いように転がされたな……」
俊介は榊浦家から帰宅後、そんな風に呟きながら頭を抱えた。
あの後、いつの間にか榊浦豊が呼び出していたタクシーで家まで送ってもらったのだ。当然の如く、俊介は住所を言っていないにも関わらず、タクシーの運転手は俊介の家の前に車を止めた。
椅子に座って頭を抱える俊介に、キュウビが扇子を扇ぎながら言う。
『仕方あるまい。わらわ達が居ると言えど、俊介はまだ未熟な子供。対して相手は老獪な天才じゃ。翻弄されるなと言う方が厳しかろう』
「……そういえば俺が榊浦豊と話してる時、一体何してたんだ? キュウビが外に居てくれたら心強かったのに」
『おほほほ、嬉しい言葉じゃのう。……コホン、冗談は置いておいて』
咳払いした彼女は、チラリと視線を窓の方に向けた。
窓の上の方で半透明の足が2本、ゆらゆらと揺れているのが見える。恐らく誰かが屋根の縁に座っているのだろう。
殺人鬼達はずっと同じ服な上、もう何年もずっと一緒に過ごしているのだ。俊介には窓から見える膝から下の部分だけでそれが誰かを判別する事が出来た。
「……
『少し危険な状態だった故な。監視しておったのじゃ』
「危険? 確かに、今日はちょっと様子が変だった気はしたけど」
研究所でヘッズハンターが偵察から帰って来た時、何か様子がおかしな感じはした。だがすぐに榊浦豊が来てしまった故、何があったのかを聞く事が出来なかったのだ。
キュウビが困った風な表情を浮かべつつ、言葉を選ぶ。
『何と言えばよいかのう。その……あれじゃ。にじみ出る殺気の質がちと危険だったのじゃ』
「
小首をかしげる俊介。
『俊介に分かるように言うと……例えば、そこらのチンピラが『ぶっ殺す』とわめいても、実際殺す訳はあるまい?
わらわ達が出す殺気も大体そんな物よ。命を奪う寸前で止める、精々が九割殺しの優しい殺気じゃな。
……じゃが、今日のヘッズハンターが出していた殺気はそういう類ではなかった。
本当に人を殺す……そういう時に出す質の殺気だったのじゃ』
九割殺しってそれ殆ど殺してるようなもんじゃないのか……?
単なる脅しの殺気と、本当に人を殺す時の殺気。
俊介にはどっちも同じような物に感じるが、そこの所の細かい差は実際に人を殺し続けた殺人鬼達でないと分からない物なのだろう。
「じゃあヘッズハンターが危険だったって言うのは、俺の体を奪って人を殺しかねなかったって事?」
『そういうことじゃな。何を見つけたのか分からんが、あやつも最近不安定じゃのう……』
「……まぁ、何があったかは本人に聞けば一番早いだろ。……ヘッズハンター!」
ガラッと窓を開け、屋根に座るヘッズハンターを呼んだ。
彼は街の明るい方……繁華街の方角を見ていた顔を俯かせ、こちらに視線を向ける。
『どうした俊介? 今ちょっと……考え事しててな』
「いや、研究所の時から様子が変だったからさ。一体何があったのかなって思って」
『…………何でもない……いや、ハハ、ごめん。こんな変な顔で何もないって事ないよな』
彼の目の焦点がどことなく合っていない。心ここにあらずと言った感じだ。相当に強烈な事があったのだろうと俊介は感じる。
『俺の幼馴染の話……前にしただろ?』
「ああ。その……自殺した、っていう」
『……うん。もしかしたら…………その幼馴染が、この世界に来てるかもしれないんだ』
「っ」
ヘッズハンターが一度自身の過去を明かし、俊介との信頼感が強く結びついていたからだろう。彼は特に何かを隠すことなく、自身の心情と何があったかを吐露していった。空気を読んだキュウビは既に姿を消している。
―――曰く。
研究所を偵察している時に、榊浦美優の私室に入った事。
その部屋の机の上にメモがあった事。
そのメモにはヘッズハンターの本名と、ヘッズハンターの幼馴染が彼を呼ぶ時に使っていたあだ名が書いてあった事。
その全てを語り終えたヘッズハンターは、情けなさと恥ずかしさが混じった表情で、くしゃっと顔をゆがめた。
『馬鹿みたいだよな。何百人も殺してるのに、今更……幼馴染が来てるかもってだけで心が乱されるなんて』
「そんなことないだろ。寧ろ、そこで悩むヘッズハンターの方が俺は信頼できるよ」
『…………ああ』
彼は表情を隠すように、俊介の視界外に顔を逸らした。
しかし、ヘッズハンターの幼馴染か。
榊浦美優の私室にそのメモ書き……うーん。
「そういえば、榊浦美優が人工的な天才を作ったって言ってたな……」
『……? 何だ、その話?』
「ああ、ヘッズハンターは知らなかったな。イカれた話だけど、榊浦美優が白い髪の女の子を作ったって榊浦豊から聞いたんだよ。何か、8人人格が入ってるとか……あっ」
『…………』
俊介はあのデザインベイビーなる少女の事を伝えた所で気付く。
榊浦美優が作ったという少女、榊浦美優の部屋にあったメモ。もしかすると、ヘッズハンターの幼馴染の人格は、その少女の中にいるかもしれないという可能性。
ヘッズハンターも俊介と同じ答えにすぐ行きついたようで、僅かな希望の灯った眼と、後悔に塗れた表情のまま、屋根から飛び降りた。
『俊介! ちょっと俺……外歩いてくる。もう大丈夫だからさ、少しの間、一人にさせてくれ』
彼の言葉に、俊介はコクリと頷いた。
物に触れられない半透明の人格、その上強力な殺人鬼の彼に万一の危険も及ぶわけがない。それに……一人になりたい時は誰にでもあるだろう、知り合いがこの世界に来てるかもしれないとなれば尚更考える事は積もるほどにある。
ヘッズハンターが揺れるような足取りで曲がり角に消えていくのを見届けた後、部屋の中に視線を向けた。
「……キュウビ、もういいぞ」
『うむ。……ま、わらわには分からぬ話じゃな。何せ元の世界に大切な存在なぞいなかったからのう』
「ヘッズハンターにはヘッズハンターの事情があるからな。……それはそれとしてキュウビ、今から情報を纏める。手伝ってくれ」
『分かったのじゃ』
今日は新しく得た情報が多すぎて、頭の中がグチャグチャだ。
夜桜さんを早く助けたいという思いもある……が、今から無暗に動くよりも、一度立ち止まってきっちり整理するべきだ。何せ俺達はまだ、未来革命機関がどんな組織で何処にあるのかすら分からないのだから。
それに……あの黒い鎧の事も気がかりだ。
『分かりやすいよう情報を大別してまとめて行こうかの。何、わらわがサポートするので安心するのじゃ』
「ああ」
頭の中に叩き込んだ記憶を紙の上に起こし、キュウビとあーだこーだ言いながら纏めていく。
『・榊浦親娘は人工的な天才を作っている。
→榊浦豊には何か目的があるが、不明。榊浦美優の目的も不明。
・榊浦美優の天才の作り方は、デザインベイビーなる方法。既に少女を1人作っている。
→もしかすると、ヘッズハンターの幼馴染の人格がいるかもしれない……?
・未来革命機関が夜桜さんを誘拐した。
→怪しげな黒い鎧が夜桜さんを担いでいた。撮影者は榊浦の手の者。黒い鎧も、撮影者も、一体誰なんだ?
・榊浦豊の条件。人格の情報の開示、肉片の提供。
→肉片を何に使うんだ……? 研究でもするのか? 殺人鬼はともかく、俺はただの高校生なのに。』
重要な所は大体こんなものか。
マジで分からない事だらけだな。そりゃ頭もこんがらがるわ。
俊介が何処から手を付けた物かと悩んでいると、キュウビが机の上に置いている写真を指さした。
『目下、一番重要なのは……どう考えてもこれじゃな』
彼女が示したのは、夜桜さんを担いでいる『
まぁ……それもそうだよな。なんてったって俺達は、この鎧姿にとても見覚えがあるのだから。
「これさ……。ダークナイトの鎧にかなり似てるよな……」
『本人である可能性は少なかろう。何せ、こんな住宅街に奴がいれば瘴気で数千人規模が死んでおるはずじゃ。じゃが……もしこれが本人でないとしても、警戒を怠る理由にはならん』
それもそうだ。
だが、この鎧は一体何者なんだ? 本当に正体が分からない。
「……よし。この黒い鎧はマオ案件だな」
『それがよかろう』
魔王の心と胃を叩き潰す武器がなぜか揃ってしまった。
流石に申し訳なくなってきたし、今度マオの頼み事でも聞こう。CDとか作って売りたいなら最終兵器サイコシンパスまで貸し出す気はあるぞ。どんな風に使っても大惨事に繋がる気しかしないけどな!
「ふぅ……」
疲れの混じった息を吐きつつ、壁に掛けた時計を見る。
時刻はとっくに12時を回っていた。流石に今の時間から活動するには、時間も体力も都合が悪い。
「明日はマオの所に行って、夜桜さんが誘拐された場所に行って……。あー、学校は少しの間サボるか」
何週間も休まなければ留年はしないっぽいし、1週間くらい休んでも大丈夫だろう。
とりあえず、何をするにも明日だな。
「今日は寝る。……おやすみ、キュウビ」
『了解じゃ。おやすみ』
俊介はキュウビにそう言ったのち、5分も経たぬ間に寝息を立て始めた。よっぽど疲れていたのだろう。仕方もない、最近はやけに厄介事が立て込んでいるのだから。
『…………』
キュウビは彼の眠るベッドの縁に腰掛け、俊介の頬をそっと撫でる。
『なあ俊介。既に分かっているのじゃろう? 厄介事だらけの現状を今すぐ変えられる唯一の方法を』
それは、人間。
いや、生物として最も賢い方法。身に降りかかる危険を避けるための最善策。
『……全てから
極論、俊介は1人だけならば何処へ行っても生き延びられるだろう。
傍に殺人鬼の自分達がいるのだから、身に降りかかる危険から逃げるだけなら簡単だ。だが真正面から危険な事と対抗するとなるとそうもいかない。
『わらわはのう、俊介。榊浦や夜桜や人対なんぞ心底どうでもよいのじゃ。わらわが力を貸しているのは、そ奴らをどうにかする為でなく、俊介が怪我をしないよう手助けしているからにすぎぬ。
俊介がわらわの目の届く場所で無事に生きているのなら、それ以外は塵芥の価値すら持たぬのじゃよ』
彼女が俊介の耳元に顔を近づけ、生暖かな空気を孕んだ声で囁く。
『いっそ。
わらわがここで体を奪い、二度とここに戻って来れない場所まで逃げてやろうか』
その言葉に俊介は何も答えない。静かに寝息を立て続けるだけだ。
キュウビは彼の寝顔を観察するように数秒止まっていたが、やがて上体を起こす。
『……俊介。わらわは全力で手助けをするが……ハッキリ言っておく。
いざとなったら、
彼女は扇子で一度、顔を覆い隠すように大きく扇ぐ。
その瞬間、キュウビの姿は忽然と消えた。俊介の中に戻ったのだろう。
部屋の中には静寂が戻り、俊介の微かな寝息だけが響く。
が、なぜか、彼の寝息がピタリと止まった。
「…………」
俊介は身じろぎもしない。寝息が止まっただけで、瞼も開かず、目を覚ましているのかも分からない。
ただ数秒もすれば、再び穏やかな寝息を立て始めた。
そうして……夜は緩やかな時間を過去に置き去っていった。
作者の脳内整理回