殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#6 人生の攻略本が欲しい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ!! ――――いってェ!!」

 

 黒を基調とした飾り気のない部屋の中で、男が目の前にあった机を苛立ちの声と共に蹴り上げた。

 机は地面に固定されているのか全く動かず、逆に男が足を痛そうに抑える。

 

 

 その様子を見て、棒付きキャンディを舐める小柄な女が呆れた様子で言った。

 

「何やってんのバーカ」

「……やってらんねえよこんなの!! お前もそう思うだろ!?」

「まぁ何も思わない訳ではないけどさ。気にしても仕方ないでしょ?」

 

 

 彼らが着る黒スーツの左胸には、小さなバッジが付いている。金を地に、黒い2本の二重らせん構造が交わったマークだ。

 見覚えがないのも当然である。新設されたばかりの上、人目に付かないように行動している彼らのチームの事を知っているのは一部の人間だけなのだから。

 

 黒い二重らせん構造はDNA。

 それが交わっているという事はすなわち、人間同士が融合している事を表す。

 

 

 彼らは『()()()()()()()()』。

 その名の通り、浮遊人格統合技術に関する犯罪の中で特に重要かつ危険な物を、担当・鎮圧する部隊である。一応警察組織に属してはいるものの、殆ど別組織のような扱いだ。

 

 男は苛立ちを隠せないまま椅子に座る。

 

「榊浦親子も何考えてやがる……! 世界中から狙われる国家の重要人物の癖に、いきなり凱旋がしたいだと!? たったの3日前に言われて警備の手配が完璧に出来るわけねえだろうがよ!!」

 

 

 机の上に散らばる紙の資料は全て、先日の榊浦親子の凱旋についての物だった。

 凱旋途中で突如銃声が鳴り、即刻中止。彼らが銃声の鳴ったビルに駆け付けると、そこにはスナイパーライフルを担ぎ負傷した男が簀巻きにされていた。

 

 調べた結果、このスナイパーライフルを持った男は他国の工作員だった。

 他にも金で雇った多くの下手人をダミーとしてあちこちに手配させて警察をかく乱し、本命のこいつが、榊浦親子を狙撃するつもりだったらしい。

 

 ありきたりすぎる手だが、事実銃声が鳴るまでこちらも全く気づけなかったのだ、何も言い返せはしない。

 

 

 警備の粗を徹底的にマスコミに突かれた警察組織は、しばらく弱体化するだろう。人格犯罪対処部隊も多少の影響を受ける。

 

 

 ―――だが、それよりも問題なのは。

 

 

「一体誰がこいつを捕まえたかってことだよ……!!」

 

 

 この男はかなりのエリートだ。

 全ての訓練で一番優秀だったのは勿論の事、異世界でナイフを使う戦闘技術を極めた人格を内に宿している。そのナイフ捌きには相当の自信があったはずだ。

 

 しかし、男の持つアーミーナイフには多少血が付着していたが、それだけ。

 後は一方的に攻撃され、簀巻きにされてしまっていた。

 

 資料に穴が空きそうなほどに見つめていると、突然、部屋の唯一の扉が軽い音を立てて開いた。

 

 

「うん、あらかた聞きたい事は全部聞けましたね。後は警察の方に任せましょう」

 

 入ってきたのは長身の、眼鏡をかけた細身の男だった。

 椅子に腰かける男が眉間にしわを寄せながら、口をとがらせて言う。

 

白戸(しらと)よォ、一体誰がやったのかは聞き出せたのか?」

「良い質問ですね牙殻(がかく)さん。…………『怪人二十面相』の仕業ですよ」

「!! チッ、マジかよ……」

 

 牙殻と呼ばれた男が顔をしかめた。

 

 

 『怪人二十面相』。

 

 それは人格犯罪対処部隊で、トップクラスに危険視されている人物の一人の名前だ。とある小説の大怪盗の名を借りた物である。

 報告事例は数年前からチラホラ上がっているが、未だに捕まえられていない。

 

 彼に関して得られている情報は、10代前半から後半の男という事と。

 『()()()()()()()()宿()()()()()』かもしれない、という事だけだ。

 

 

 複数人格持ち。

 

 浮遊人格統合技術はその性質上、異世界から呼び寄せた人格を記憶ごとその身に宿らせる。

 

 そして適正アリの人物でも、平凡や優秀な人格関係なく、大抵その身に宿るのは1人だけ。

 しかしもし、複数人の人格が宿ってしまった場合……宿主は高い確率で精神がぶっ壊れる。

 

 当たり前だ。

 常識も考え方も過ごしてきた人生も違う人格がいくつも頭の中に入ってくる。そんな物、人間の脳では耐えられない。

 今世界で最も多くの人格を宿している人物でも、確か4人だったはずだ。その人物は頭が壊れ、今は精神病院で全身を拘束されたまま暮らしている。

 

 だがこの二十面相はそれ以上の数の人格を宿している可能性が高い。

 やらかす事件の幅が大きすぎるのだ。

 

 

「クソがよ……」

 

 

 10年ほど前から国が焦って浮遊人格統合技術を子供に施し始めた結果、その管理体制は杜撰な物となった。

 この二十面相も恐らく、その杜撰な管理体制から適正ナシと判断されたのだろう。

 

 

 複数人格持ちは精神が壊れ、イカレた奴が多い。

 ゆえに二十面相がどんな事件を起こすかは、分かったものじゃないのだ。

 

 

 

 ……ありえない確率の話だが、例えもし、4人以上の人格を持ったまま精神を保っていたとしても。

 そいつは絶対に……マトモな人間じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダークナイトとの遊びを終えた疲れで、残っていた休日は全て睡眠に使ってしまった。

 残る体の気だるさを無視し、学校まで体を引きずる日々が数日続いた頃。

 

 朝起きた時に、半透明の長身の女性がベッドの傍に立っていた。

 

 

『わらわ、綺麗……?』

 

 

 出たなこの野郎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 180センチに及ぶ身長と、適度に引っ込み膨らんだ異性の情欲を掻き立てる肢体。肩甲骨を覆い隠すほどに伸びた宝石のようなブロンドの髪。昔の日本で高貴な身分の女性が着ていた十二単に似た服を、肩や胸辺りを少しはだけさせて着ている。

 そんなやや目の吊り上がった、人間の限界を超えた美しい狐顔を持つ彼女。

 

 彼女の名は『キュウビ』だ。名前の由来はその綺麗な狐顔からで、九本のしっぽを持ってたり狐耳が生えていたりするわけではない。

 多少髪の色を変えたりマッチ程度の火を生み出す妖術は使えるらしいけど……。

 

 

 

 

 

 ベッドから起き上がりつつ、彼女の問いに適当に答える。

 

「はいはいキレイキレイ」

 

『やだ! もっとちゃんとわらわの目を見て綺麗って言ってくれなきゃや゛~だ~~!!』

 

 キュウビが床に思いっきり寝っ転がって、おもちゃを買ってもらえない子供のようにジタバタと駄々をこね始める。180センチの絶世の美女がそんな風に暴れると、綺麗と思うよりも哀れと思う気持ちしか上がってこない。光のないレ〇プ目だからちょっと怖いし。

 

 

 ダークナイトのようなマジのイカれ方とはまた別の面倒くささ。

 

 ……キュウビは、端的に言うと、若干メンヘラが入っているのである。

 

 

 

 

 

 キュウビは元々メンヘラだった訳ではない。

 むしろ出会った頃はかなり高慢ちきで、異性だろうが同性だろうが全て自分の前に服従して当然、この世で自分が一番人を虜にする魅力を持っているというプライドがあった。

 

 そんな彼女の自尊心を粉々にぶっ壊したのが、『サイコシンパス』だった。

 

 

 キュウビは自分の姿を見れば誰でもイチコロという自負があったが、ただ喋る声をそよ風にのせる程度に聞かせるだけで、人間を麻薬中毒よりも酷い声中毒にするサイコシンパスを見て滅茶苦茶にショックを受けた。

 

 

 

『こいつわらわ゛よりも格上じゃあ゛~~~~!!』

 

 

 

 人を虜にする事だけは誰にも負けないという一点だけでプライドを保っていたのか、自分の一番得意な事を完璧に上回られたキュウビの精神は粉々に砕け散った。

 そして毎日、俺の中にいるか外に出てぼーっと部屋の隅で座っているかしかしない、廃人みたいな生活を送り出したのだ。

 

 

 

 ……そこで終われば万事解決だった。部屋の隅に置物が1つ増えるだけで、何の問題もない。

 だがそうはならなかった。ここから先の話は……俺がやらかした話だ。

 

 

 

 彼女がメンタルブレイクしたのは俺が14歳……中学2年生もそろそろ終わる冬の時分だった。

 当時思春期真っ只中だった俺は、目覚め始める性欲のコントロールの仕方もまだよく分かっていなかった。

 

 それでまあ。

 部屋の隅で傾国の美女が、半透明で殺人鬼とはいえ肩や胸をさらけ出しながら、ずーっと座っているのだ。殺人鬼というだけで魅力は99%ぐらい減少するものの、残りの1%は積もって溜まっていく。

 

 そしてついに、我慢できなくなってしまって。

 そういう欲を込めた目で一瞬、チラッと見てしまったのだ。

 

 

『―――!!』

 

 

 キュウビが一瞬でこっちに顔を向けた。見たこともないような満面の笑みで。

 

 やばいと思って顔を逸らすも時すでに遅し。

 こいつは顔と体で人間を虜にしまくってきた部類の人間。そういう目には慣れているどころかカモンバッチコイの全受けスタイルの人間だ。俺が向けるような分かりやすい視線に気付かないはずがなかった。

 

 彼女がニヤニヤしながら傍まで寄ってくる。

 プイッと顔を背けるも、こちらの顔を覗き込むために反対側へちょこちょこ歩いてくる。そうして、艶のある声で言った。

 

 

『俊介、見たじゃろ?』

「見てないです」

 

『見たじゃろォ!? わらわを()()い目でェッ!!』

 

「見てないですッ―――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 そんなこんなで。

 

 

 

『わらわのこともっと褒めてくれなきゃ嫌じゃあ~~~』

 

 

 

 粉々に砕け散った精神を俺のエロい目という接着剤で直した結果、歪な精神構造をした美女メンヘラ褒め言葉クレクレマシンが出来上がった。

 俺はどうすれば良かったんだ? 誰か教えてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校に着き、教室に行って自分の席に着く。

 そして当たり前のようにキュウビが机の上に座った。邪魔だよ!!

 

 

「あっ、おはよう日高君!」

「あっ……おっ、おはよう」

 

 席に座ってキュウビの方を睨んでいると、今来たばかりの夜桜さんが声を掛けてくれた。

 思わず破顔して、多分情けない顔をしながら挨拶を返す。

 

 

 すると、頭の上の方におどろおどろしい闇の籠った視線が降り注ぎ始めた。

 視線の主はもちろん、キュウビ。光の入らない濁った眼でこちらを見下ろしている。

 

 

『…………』

 

 

 なんだか面倒な事になりそうな気配がする。

 キュウビがゆっくりと机から降りたのに合わせて、俺も椅子から立ち上がった。

 

 

『わらわに体の主導権を寄越せ! この雌、刺し殺してくれるわ!!』

 

 

 何でキレてんだよテメェ!!

 夜桜さんが戸惑いの表情を浮かべているのも気にせず、教室から飛び出し、追いかけてくるキュウビから全力で逃げる。

 

 幸い、キュウビの身体能力は他の殺人鬼と比べて低い。ハンガーやダークナイトなんかは無理だが、彼女相手なら何とか逃げ切れる。

 いやまあ、あんなクソ重そうな和服を着て走れる時点でおかしいのだが。

 

 

 

 

 そうして校内を全力疾走すること、数分。

 

 

 そろそろ彼女の怒りも冷めてきたころだろう。熱しやすく冷めやすいのが特徴だ。

 HRも間もなく始まる。急いで教室に戻ろうと、走ったまま曲がり角を曲がろうとしたその瞬間。

 

 

「ッうわっ!!」

「きゃっ!!」

 

 ちょうど向こうから曲がってきた誰かと、思い切りぶつかってしまった。

 声からして恐らく女の子、体重と速度の差で吹っ飛ばしてしまったようだ。

 

 

 

「す、すみません!! 大丈夫ですか!!」

 

 

 咄嗟に謝りながら、倒れた女の子の落とした鞄を拾う。

 

 ――――そして、ふと、感じる違和感。

 

 

(……なんでこんな、ずぶ濡れなんだ……?)

 

 

 鞄の持ち手が、強く握れば水が出そうなほど水分を含んでいるのだ。

 今日は生憎の快晴、しかもここ一週間は晴れ続きのため、道は水たまりもないほどに乾燥している。雨で濡れるはずがない。

 

「だ、大丈夫です」

 

 起き上がり、俯くように伸ばした黒い前髪で顔を隠す彼女。

 俺の手にある鞄を奪うように取り、そのまま、自分の教室があるであろう道へと駆けていった。

 

 

「…………」

 

 

 俺はなぜかその背中が気になって、彼女の走っていく姿をじっと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





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