殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#61 熱をよく溜めるアスファルト

 

 

 

 太陽が真上に昇る頃、住宅街の人の気配などない通りの一角にて。

 黒スーツの女性……人格犯罪対処部隊の翠さんと向き合っていた。

 

 

(なんでこんな所に人対が……。榊浦豊のヤツ、何が『権力で警察を止める』だよ……)

 

 ダークナイトの一撃を食らってまだそう日も経っていないはずだが、彼女……翠さんは平然とした表情でそこに立っていた。

 コンクリの地面に直径50メートルの穴をぶち抜く攻撃を食らって一月も経たずに動くとか……マジで人間か、この人。

 

 

「……お知り合いですか?」

 

 坂之下さんが首を傾げながらそう言った。

 一度駄菓子屋で姿を見たことはあるはずなんだけど……まぁ流石に何人も来る客の1人を覚えてる事なんて難しいか。

 

 俺は翠さんの方に目をやりながら、困った雰囲気を隠し切れずに言う。

 

「えーとこの人は……まあ、警察の方? ちょっと色々縁があって」

「こんにちは。私、人格犯罪対処部隊所属の翠夏樹と申します」

「警察! ふふ~ん、いい響きですね。探偵には事件現場の状況を説明してくれる刑事役が必要不可欠ですから」

「私は刑事ではありません」

 

 何のやり取りをしてるんだよ。

 心の中でそう思いながらも、会話の頃合いを見て、気になっていたことを翠さんに問いかける。

 

 

「ところで翠さん、ここで一体何を?」

「……まぁ、ちょっとした調査を」

 

 ちょっとした調査ね。大体予想はつくけど、更なる詳細を知りたい所だ。

 でも、警察でもない一般人の俺に教える訳もないか……。

 

 

 そんな風に考えていると、目を爛々と輝かせた坂之下さんが胸を思いっきり張りながら自信満々な声で言い放った。

 

「その調査……この名探偵・坂之下風華が引き受けて差し上げます!! 私の手に掛かれば事件の一つや二つ、イチコロですよ、イチコロ!」

「結構です」

「あれ? ……でも事件という言葉を否定しなかったって事は、やはり何らかの事件について調査しているんですね?!」

「…………まあ、はい」

 

 

 実に面倒くさそうな顔で翠さんが言葉を返した。クレーマーに対応しているコンビニ店員くらい面倒くさそうな顔だ。

 

『便利でござるな、あの間抜け探偵女』

 

 彼女の表情とは対照的に、ニンジャはポロリとそう言葉をこぼす。間抜け探偵って……。

 否定できないけどさ。

 

 

 それにしても、翠さんがいるとこの場所の調査がしづらいな。

 彼女が調べてるのは十中八九夜桜さんの誘拐についてだろうし、ここにわざわざいるってことは、ここが誘拐された現場だって事もきっと知っているはず。この辺りを調べ回っていたら、彼女と密接な関係にありますってバラしてるようなものだし。そこから俺が危険な人格持ちだとバレるかもしれない。

 

 この誘拐現場の調査をする前に、翠さんをここからどうにかしてどかさないと……。

 そう考えていた時、坂之下さんが何かを思いついたような表情を浮かべ、ポンと手を叩く。

 

「そういえば、日高君も探し物の調査をしてほしいと私に頼んでいたんでしたね。もしや、刑事さんの調査している事件と関係があるのでは!?」

「ぬおッ」

「刑事ではありません。……それと今の話、少し気になりますね」

 

 坂之下さんが余りに余計な事を言ったので、思わず口から声が漏れ出てしまった。

 探偵の勘がもしかしたら当てになるかもと思ったけど……まさかこんな最悪なコンボを決めてくるなんて予想できる訳がない。やっぱ連れて来なければよかった。

 

 

 視線が泳がないように全力で目を固定しながら、咄嗟に思いついた嘘を吐き捨てる。

 

「いや、そのですね。俺の言ってる探し物は、何というかそう……財布です、財布!」

「さっき財布からお金出して私におにぎり奢ってくれたじゃないですか」

 

 ホントにそれ以上口を開かないでくれ。頼むから。

 翠さんの目が更に細くなり、強い疑念の籠った眼で俺を見つめてくる。これ以上下手に隠すのは逆効果か? でも正直に打ち明けるのもな……。

 

 

 唇の内側を軽く歯で噛みながらどうした物か悩んでいる、視界外からハンガーがひょこっと顔を出した。

 

『全員俺が吊ろっか俊介? それとも俊介がやる?』

 

 やらせねーし、やる訳もねーだろ。

 

 

 沈黙の間が10秒も続いた時、翠さんが黒スーツの上着の内側に手を伸ばす。

 内側で何かを探るようにゴソゴソと手を動かしつつ、口を開いた。

 

「……この場所で起きた、国認定の優秀な人格持ちの誘拐事件。被害者は認定人格持ちの中でも名家の才女として有名な人物です。なのに警察本体は動こうともしない、明らかな人格犯罪だと言うのに私達に出動命令も掛からない」

 

 彼女はスーツの内側から鈍い黒色に輝く細長い筒を取り出す。

 それは死の匂いを色濃く感じさせる、人の命を奪うことなど容易いサイズの拳銃であった。

 

 翠さんが取り出した銃と敵意を感じた瞬間、ぼーっと事態を静観していたダークナイトが一歩足を踏み出す。

 危険な匂いを放つダークナイトに近寄られたくがないために、俺が前に一歩踏み出す。

 

「それ以上近づかないで下さい」

「近づきたくて近づいている訳ではありません」

「は?」

 

 

 万が一にもダークナイトと体を代わるような事があれば、ここ一帯の人間が全員死んでしまう。

 不幸な事故を防ぐために近寄らざるを得ないんだ。最悪な事に今、ダークナイトを宥めてくれるクッキングとかガスマスクなんかはいない。

 

「良いですか。私は今、誘拐事件に貴方が何らかの形で関与しているのではと考えています」

「そうですね」

「夜桜は武闘派としても有名な人物、特に柔道と空手と異世界マーシャルアーツでは師範を務められる程の実力者です。並の人格犯罪者では相手にならない、そんな人物が簡単に誘拐された。かなり危険な人格犯罪者が絡んでいるでしょう」

「そうですね」

 

 異世界マーシャルアーツって何だよ。

 そんな事を考える間もなくダークナイトがドスドスと後ろから迫ってくるので、仕方なく前に一歩ずつ踏み出す。

 

「貴方がその危険な人格犯罪者かもしれない、だからそれ以上近づくなと警告しているんです! 近づくな!!」

「近づきたくて近づいてる訳じゃありません!!」

「それの意味が分からないと言ってるんだ、かいッ――――日高俊介!!」

 

 

 いい加減誰かダークナイトを止めろや!!

 そう思って他の3人をチラ見するものの、『別にダークナイトが人を殺してもそれはそれでいいか』とでも言いたげなしれっとした表情を浮かべていた。いやマジで止めろよ!

 

 翠さんがついに声を荒げると共にこちらに銃口を向けたので、思わず足を止める。

 ダークナイトは依然近づいてくるが、これ以上近づくと本気で発砲されそうなので動く訳にはいかない。翠さんと俺の距離は大体2メートル前後と言った所だ、狙いを外すなんてありえない。

 

 

 無機質な銃口への恐怖でちょっと震える手を強く握り締めながら、翠さんに向かって声をあげる。

 

「お……俺は、夜桜さんが誘拐された事は……知ってました! すいません!」

「――――続けて」

 

 彼女が銃を一切ブラさずに静かな口調で話の続きを促す。

 俺は少し焦って思わず言葉が感情的になりながらも、話し続ける。ダークナイトが近づき切る前に銃口を下げさせる為に。

 

 

「けど俺が誘拐なんてする訳ないし、そもそも誘拐犯なら事件の後に現場に来るわけないし、その……」

「犯人が事件現場に再度訪れる事はよくあります」

「いやそれは……そうかもしれないけど……! そうじゃなくて!

 その、俺は夜桜さんと……夜桜さんが…………すっ、()()だから……そんな犯罪行為する訳ねーよ!」

 

 顔面が燃えるように熱くなっているのが分かる。テンパりすぎて絶対に言わなくていい事まで言ってしまった、敬語も崩れたし。

 翠さんが細めていた目をぱっと見開き、きょとんとした表情を浮かべる。銃を持つ手からも力が抜け、銃口がたらんと地面の方に向いた。

 

 

『ちょ、ちょっと待つのじゃ、戻ってきてすぐに聞き捨てならん言葉が―――』

『口を閉じろ、今良いところでござる』

 

 なんか後ろから聞こえる。ダークナイトも銃口が下がった事で動きを止めた。

 

 

 

 「ぷっ」とこらえきれずに噴き出した息。その息を吐き出したと同時に、栓が抜けたように坂之下さんが大口を開けて涙が出るほど勢いよく笑い始めた。

 

「あーっはっはっはっは! 一体誰に向かって告白してるんですか、夜桜紗由莉はここにはいないですよ日高君!」

 

 うぜぇ。

 彼女の笑い声に若干苛立ちを覚えながらも、目の前の翠さんに視線を向け続ける。翠さんはきょとんとした表情を真顔に戻し、無の表情で銃口を下げたまま口を開いた。

 

「…………好きだから、誘拐はしていないと?」

「……はい」

「…………………そうですか。ええ、薄い理由ですが……ひとまず信じます」

 

 何とも言えない表情で銃をしまう翠さん。何でそんな表情してるんだ。

 

 俺と翠さんがおかしな雰囲気で見つめ合う中、未だに腹を抱えてくつくつと笑う坂之下さん。

 すると突然、ピピピピピと軽快な電子音が鳴り響いた。それは携帯電話のコール音で、その音は坂之下さんの懐から聞こえる。

 

 彼女は笑みを何とか噛み殺し、懐から電話を取り出した。

 俺達から何歩か距離を取り、電話を耳に当てる。

 

「ちょっと失礼、電話です。

 もしもし……はい、はい。……いや……働けって、また? ……分かった分かりました、すぐそっち行くからそこで待ってて()()()()!」

 

 お父さん……ああ、電話相手はよく働けって言ってくる坂之下さんのお父さんか。

 彼女は鬱陶し気に電話を切り、はぁ~と大きく息を吐いた。

 

 

「ごめんね日高君。この名探偵、力を発揮する前にま~た親から呼び出されてしまったよ……」

「フリーターだからじゃないですかね」

「手厳しッ! まだ若いんだから許してよ~……小学生が学校ずる休みして遊び惚けるのと同じだって」

 

 小学生と比較するには余りに年が……。

 そう思いはしたが、口には出さなかった。言わない方が良い事が世の中にはきっとある。

 

 

「まぁ、また機会があれば私の力を貸すよ! それじゃあ私はこれで!」

 

 彼女は身を翻し、意外な素早さで一直線に伸びる道を走り抜けていった。普通に俺より足速いな。

 坂之下さんが姿を消して十数秒、残された俺と翠さんはお互いの顔を見つめる。そして先に口を開いたのは、彼女の方だった。

 

「……この誘拐事件には、牙殻も出張っています。前回とある人格犯罪者に手酷くやられたので、念のために『三界統一・神殺しの英雄―――()()()()()』を出す準備もしていると」

「…………一体、どういう意味ですか?」

 

 その言葉の意味が分からず、思わず聞き返す。

 彼女は声に何の感情も載せることなく、淡々と話し続けた。

 

 

「中途半端にこの件に関わるのはやめておいた方がいい……そういう意味です。

 もし何かの間違いで、()()()()()()()()()()()()()()()ら……ハッキリ言って、命はありません。牙殻がダンケルクを出せば、この世界で勝てる存在はいない。()()()()()()です」

 

 

 ―――最強の化け物。

 思えば牙殻さんは……自分の人格に体を完全に譲った事がなかった。以前廃倉庫で遭遇した時も、自前の力か、何らかの方法で人格の力を使っているだけだった。

 

 もしそのダンケルクが牙殻さんの体の主導権を握り……万が一、最強の名に違わない、ダークナイトと同格レベルの存在が出て来てしまったとしたら。

 体の動きを止めて仁王立ちしていたダークナイトが、『最強の化け物』という単語にピクリと反応を示す。

 

 

「なぜそれを俺に?」

「いや……。…………ただの気まぐれです。誰かの為に、危険を顧みず突っ込む……そういう節をあなたに感じたので、忠告代わりに言ってみただけですよ」

「…………」

 

 

 押し黙る俺に、キュウビがそっと背後から耳打ちしてくる。

 

『俊介。こいつ、ヌシの正体……殺人鬼が複数いる人格犯罪者だと気付いておるのではないか?』

 

 俺も、少しそう思う。

 ダンケルクって危険な人格の忠告とか、俺が何も知らない一般人なら絶対に教える必要のないことだし。

 

 多分いきなり銃を取り出して脅して来たのも、俺がダークナイト……人対を一瞬で倒した人格の持ち主だって何となく知ってたからだろう。もし俺が彼女だとしたら、目の前にいる超危険な人格の持ち主が誘拐犯かもしれないって状況に陥ったら、躊躇なく銃を取り出すだろうし。

 

 けど……わざわざぼかしてくれてるって事は、今は口に出して明かす必要がないって事だよな。

 なんでこんな事を教えてくれるのかは知らないけど。そんなに優しくしてくれるような事をした覚えはない。

 

 

 翠さんに頭を下げ、感謝を伝える。

 ダークナイトを出す必要があるかもしれない事を事前に知れるのは実にありがたい。

 

「ありがとうございます。覚えておきます」

「いや。……それともう一つ。この誘拐現場は隅々まで調査しても何もなかったので……他に行った方がいいかと。例えば、夜桜の自宅とか」

「……分かりました」

 

 誘拐現場の調査は……翠さんの言葉だけを信じるのもアレだが、ニンジャが先ほどの問答の間にある程度調べてくれているはずだ。そのニンジャが何も言ってこないという事は、この辺りにめぼしい物は何もない……そういう事なんだろう。

 

 にしても、夜桜さんの自宅か。

 制服のまま誘拐されたはずだし、あの遠足の後に家には一度も帰っていないだろう。何かある可能性は低いけど……。

 

 もし自宅を調べて何も出なかったら、ここに戻って調査を再度してみるか。

 そう考えながらもう一度翠さんに頭を下げ、踵を返して走り始めた。

 

 目的地は夜桜家の邸宅だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あ~あ。何で私、ダンケルクの事まで教えちゃったんだろう」

 

 

「…………好き、か。ま……結果なんて最初から分かってたけど」

 

 

「でも、アレだけ強い人格は私にはとても捕まえられないし。出来る事と言えば、ダンケルクに殺されない内に勝負を止めるくらいかな」

 

 

「……やることが全部後手に回ってるな。だから……なのかもね。再会するのも、接触するのも、何もかも遅すぎた……そういう事なのかな」

 

 

「…………か~えろっと」

 

 

 

 雲一つない空模様。

 太陽の光は爛々と地面に降り注ぎ、古くなって色の薄れたアスファルトに熱を溜める。

 

 翠の歩く足元のアスファルトは、とても熱を溜めており。

 

 

 点々と続く僅かな水滴の跡など簡単に蒸発させてしまう程、熱かった。

 

 

 

 

 

 

 





作者のリアル生活の方が忙しさのピークに達しております。正直な話、最新話を書く余裕がありません。
なので申し訳ないのですが、数話の間、昔から密かに書き溜めていたサブエピソードの小話を本編の代わりに投稿します。

小話を投稿している間に、何とかリアルを落ち着……落ち着け……たい、です。10月位になったらある程度はマシになると思うんですが。

大変ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願い申し上げます。
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