「ふー……」
ため息を吐きながら、足元に降り落ちる桜の花びらをぼうっと眺める。
柔らかな日光が雲の隙間から地面を照らし、普段よりも少しめかした服の表面を熱くする。
今日は3月15日。
俺の通っていた中学校の卒業式だ。
「と言ってもなぁ……」
正直、中学で友達いなかったし。
偶に話すくらいの奴はいたけど、一生別れるとなっても一切合切悲しくないレベルの関係性だ。担任の名前なんて、卒業して1時間も経っていないこの時点で既に忘れてしまった。
中学卒業という人生の節目のイベントだと言うのに、驚くほどに何の感情も湧いてこない。高校も無事に決まってるし、まあ所詮、こんなもんか……。
堅苦しい服装の胸元を緩め、体の熱を逃がすように再度息を吐く。
卒業式も終わったし、校門の看板前で写真を撮るという恒例?イベントも終わった。
この後どうしようか……。そう考えていると、普段よりおめかしした母親が慣れないハイヒールを履いた足を必死に動かして近づいて来た。
「俊介、今日友達の家に遊びに行くんでしょ?」
「……は? 何の話?」
「ついこの間自分で言ってたじゃない。ほらこれお金、パーッと使っちゃいなさいな」
卒業式の後に遊ぶ相手なんて勿論いない。この後何かをする予定を入れた覚えもない。
頭に浮かんだハテナマークが取れないまま、母親に一万円札を無理矢理渡された。
「じゃあ楽しんできなさいね! 悪いけどお母さん、この後仕事だから!」
「ちょ、何の話――――」
カツコツと足音を鳴らしながら去っていこうとする母親に手を伸ばした瞬間――――。
――――視界が突然、暗闇に包まれた。
「!? っ……」
いきなり何だ? 何があった?
状況が理解できぬまま、殺人鬼達の名前を密かに呼ぶが、誰も返事をしない。
周囲の音に気を張り巡らしながら、頭に被さっている袋を両手で取る。
広がった視界。窓から差し込む光は卒業式が終わった後の柔らかな昼の日差しではなく、夕暮れ時の紅い光であった。
「……ここは……」
そして何より。
俺がいた場所は、自宅の、自室であった。
「…………まったく。誰かが体を奪ったな……」
何年もの付き合いになると、流石に色々分かってくる。
突然の視界の暗転。急な場所の移動。かなりの時間経過。恐らく殺人鬼の誰かが俺の体を奪い、何かしらを行ったのだろう。それも日の沈み具合を見るに、5時間か6時間と言った所か……かなりの長時間だ。
腹がクルクルと虫の音を鳴らす。卒業式中に腹を壊さないよう、昼飯を抜いていたのがまずかったらしい。
それと同時に、空腹を刺激するようないい匂いが鼻孔をくすぐった。
「あれ……もうご飯できてんのかな? 母さんが帰って来るにはちょっと早いけど……」
自室の扉を開き、トントンと足音を鳴らしながら階段を降りる。
すりガラスの扉から、リビングの照明の光が暗い廊下に差し込んでいるのが見えた。やはり誰か帰ってきているらしい。
「……それにしても
そんな事を呟きながら、廊下とリビングを繋ぐ扉を開けた瞬間。
――――パチパチパチパチパチ!!
耳をつんざくような拍手が一斉に鳴り響いた。
『卒業、おめでとう!!』
殺人鬼達が両手を打ち鳴らしながら、一斉にそう叫ぶ。
リビングの食卓の上には、普段は並ばないような豪勢な食事が大量に並んでいた。部屋の中は飾り付けもされている。一体何がどうなってんだこれ……?
事態を把握できぬまま10秒ほどポカンとしていると、拍手が緩やかに止んだ。
そして、にこやかな笑顔を浮かべるドールがこちらにとてとてと近づいてくる。
『卒業おめでとう、お兄ちゃん!』
「あ、あぁうん……? ドール、一体何がどうなってんのこれ?」
『えへへ……。実はね、少し前からみんなで計画してたの』
話を聞くと。
これは密かに計画していた、俺の中学の卒業祝い……所謂サプライズだという事。
少し前から勝手に俺の体を奪い、予算の獲得や親が家に居ないようなスケジュール調整を綿密に行っていた事。
その他もろもろの事を一気に聞かされた俺だが、未だに事態が飲み込めず、開いたままの口をふさげなかった。
そんな様子の俺を見て、ドールが不安そうな表情で問いかける。
『勝手に体を奪っちゃった事、怒ってる?』
「ああいや……正直困惑が勝つっていうか……うん、別にいいよ。大丈夫、怒ってないから」
『ほ~ら言った通りでござるよ。ドールが説明すれば俊介は絶対怒らないでござる』
「ニンジャァ!!」
しばき回すぞお前。
眉をひそめたヘッズハンターに肘で脇腹を突かれるニンジャ。
その時、ふと、机の上に丁寧に広げて置かれた卒業アルバムに気が付いた。ついさっき卒業した時に貰ったばかりのアルバムだ。
開かれたページに手を当て、そっと指で撫でながらつぶやく。
「これは……
『俺が教えたんだ、この中で寄せ書きなんて文化を知ってるのは俺だけだしな。……まあこれは予定になかったんだけど、余白あったしちょうどいいかって』
ヘッズハンターがはにかみながそう言う。
確かに、卒業アルバムの後ろの方にある寄せ書き用の空白ページに、殺人鬼達13人分の言葉が書かれていた。特に書き込んで貰う中学の友達もいなかったため、13人分のメッセージを書くには十分すぎる程の余白があったらしい。
机の傍にあった椅子を引いて座り、寄せ書きを上から読んでいく。
『中学卒業おめでとう。10歳から見てた俊介が高校生になるなんて変な感覚だけど……俊介は俺より要領いいし、高校の勉強も大丈夫だろ。
何か困った事があったら遠慮なく相談してくれよな。……でもなるべくは自分の力で頑張るんだぞ? 体育大会はもう手伝わないからな。
――――ヘッズハンター』
『お兄ちゃん、中学校卒業おめでとう!
昔は算数なんかのお勉強を教えられたのに、もうすっかりお兄ちゃんの方が頭良くなっちゃったね……。体もお兄ちゃんの方が大きくなったし……。
私に出来る事はもう少ないかもだけど、これからもよろしくね! 何があっても私はお兄ちゃんの味方だから!
――――ドール』
『卒業おめでとう。
無病息災、大きく体を崩すことなく過ごすことが出来たのは幸いだ。本当に体は大事にしておいた方がいい、病気の苦しみって割と本気でキツいからな。病死なんてもっての他だ。
俊介は体が丈夫な方だし、健康に心がけていれば大きな病気もなく暮らせる。気を付けてな。
――――サイコシンパス』
『おめでとう
もじ べんきょう したことない すまん
こまったとき いつでも いえ
――――ハンガー
↑
代筆して貰えばよかったのに…… トールビット』
『とりあえず、卒業おめでとう。といってもまあ……私から特に何かアドバイスできることはないね。拷問趣味は俊介にはないだろう? 興味が湧いたなら別だけどね。
高校生になっても無理せず体を壊さず、無病息災……サイコシンパスと同じ事しか書けないな。
とにかくしっかり休む事。人間は案外丈夫だから、何かあっても休息をキチンと取れば大抵回復するものさ。
――――トールビット』
『みんな健康の事ばっか書いてるわね……。確かに大切な事だけど、ちょっとくらいは羽目外してもいいのよ?
偶には何も気にせず食べる事も大事よ、体を気にしすぎて心が壊れちゃ意味ないもの。……といっても俊介ちゃんは殺人鬼を13人抱えてもケロッとしてるほど精神が図太いし、あんまり心配なさそうだけど。
卒業おめでとう、これからも宜しくね。
――――クッキング』
『俊介ももう15歳、そろそろ体の成熟も見えてくる年頃だ。基礎的な護身術を覚えるにはちょうどいい頃合いでもある。
状況が落ち着けば俺が護身術を教えてやる。3年ほどミッチリやれば、B兵器の体を素手で貫けるようになれる。
暴力に訴えかけてくる相手がいつ襲ってくるか分からない。俺達が対処するのが一番だが、自分で対処できるようにするのも悪くはないぞ。
――――ガスマスク』
『そつぎょうおめでとうございます。
そだちがそだちなので、かんたんな文字しかかけませんが……まあ、とくに何もかくこともありません。
わたしが何かをつたえるまでもなく、俊介はしっかりといきています。がんばってください。
――――エンジェル』
『中学校でも全く友達が出来んかったのう俊介? ま、そう気に病むことはないのじゃ!
このわらわが傍にいるのじゃから、むやみやたらに他人と関係を築く必要はない。女友達など以ての他!
俊介が永遠に独り身でも、わらわが横に居てやるから安心せい! じゃから、高校で彼女なんぞ作ろうとするんじゃないぞ!
――――キュウビ
↑
メンヘラ狐のヘドロ臭い独占欲がチラ見えしてるでござるよ ニンジャ』
『拙者からは先行謝罪の言葉を贈呈しておくでござる。ど~せこの先も何かやらかすのは目に見えてるでござるからな!
それと、俊介の傍にいると全く退屈しないので感謝してるでござるよ。サンクス。
――――ニンジャ』
『もっと俺の事を呼んでくれよ~。そりゃこの間の花火の時、廃工場を燃やしかけたのは悪かったけどさ。
俺もこう……色々できるんだぜ? BBQの時、着火剤なしですぐ炭に火を付けたりとかさ。まあその火が街を飲みつくす程大きくなっちゃうけど。
後は……ほら。火事に巻き込まれても、俺に体を変われば絶対生き残れるしさ。
とにかくもっと呼んでほしい、役に立てないってのは案外寂しいんだ。……あ、それと、卒業おめでとう。
――――フライヤー
↑
お前火事で生き残れるけど、その火事の火を更に大きくさせちゃうじゃん マッドパンク』
『中学卒業おめでとさん。
この世界はこっからあと何年かは基礎の勉強続きで、そっから専門分野に入って行くって教育システムなんだろ?
いずれ俊介が僕と語り合えるくらい工学に詳しくなってくれたら嬉しいけど……。ま、勉強って大事だけど、行きつく所まで行く必要はないし。
でももし工学に興味あるなら、僕が初歩の初歩から教えてあげるよ。ド~ンと任せな、僕は一から巨大ロボを作り上げた事もあるんだぜ! ……ダークナイトにぶっ壊されたけど。マジムカつく。
――――マッドパンク』
『これからもいっぱいあそぼうね わがあるじ (-ω^)
――――ダークナイト(代筆:ヘッズハンター)』
なんかツッコミどころの多い寄せ書きだな。
そう思いながら、アルバムをパタリと閉じる。それからリビングの中をもう一度、くるりと見回した。
リビングの中に広がる様々な飾り。細長く切った折り紙を輪っかにし、それを鎖のように繋げたごく普通の飾りだ。
やけに上手に飾られている箇所もあれば、少し崩れた形で無理矢理テープ止めされている箇所も見える。
……そうか。
この中でこの世界風の卒業後の祝いなんてマトモに知っているの、ヘッズハンターくらいだろうに。みんな俺の卒業を祝うために、色々やってくれたんだな。
周囲の殺人鬼達に見えないよう、そっと顔を俯かせる。
『……? お兄ちゃん、どうして顔を逸らすの?』
「いや……何でも、ないよ」
『むむ~? おやおや、どうして声が震えているのか教えてくれないでござるか、俊介?』
「う、うるさい……ちょっと黙ってろニンジャ」
熱くなる目頭を右手で隠しながら、鬱陶しい声色と表情で近寄ってくるニンジャを左手で払う。が、彼の半透明の体には触れられない。
バレないよう隠したと言うのにニンジャがわざわざ言うものだから、他の殺人鬼達も俺が涙を流しかけている事に気付いたらしい。
『ふむ、泣くほど喜ばれるとは……飾りつけを頑張った甲斐があるねえエンジェル?』
『…………少し崩れましたけどね。紙を弄る力加減はよく分かりません』
小恥ずかしそうにしているエンジェルが、ぶっきらぼうにトールビットにそう言った。
他の殺人鬼達も密かにハイタッチしたり、扇子で微笑みを隠したりとそれぞれの反応を示している。
俺は目端から流れる涙を指で掬い取り、鼻を少しズビズビ鳴らしながら殺人鬼達の方に向き直った。
「泣いてはない……泣いてはねぇけど! ……いやその……みんな、ありがとうな」
ペコリと頭を下げる。
中学の卒業くらいどうだっていいと思ってたけど……こうして誰かに祝ってもらうと、案外良いもんだなって、そう思える気がした。
和やかな雰囲気が場に流れ始め、ニンジャですら口を閉じる。
――――その、瞬間。
キュウビが手に持っていた扇子をパチン!と閉じ、足を一歩前に進めた。
『今の言葉、不覚にも心にグッと来たのじゃ』
『は? 何言ってんだよお前』
『クッソ、何でわらわは俊介に触れられないんじゃ! 触れられるなら今すぐに抱き着いてやるものを、こなクソ!!』
『ちょ……おい、この馬鹿狐止めろ!! せっかくのパーティーが台無しになる!!』
目をギラギラ輝かせながら近づいてくるキュウビを、マッドパンクがタックルして止めようとする。しかし彼の貧弱な力ではキュウビは止められない。
そしてなぜかキュウビの暴走に呼応したようにダークナイトも動き始め、場の状況が一気にグチャグチャになり始めた。
『落ち着いて下さッぐぁ……ってめェぶっ殺すぞダークナイト!!』
『フライヤーにマッチ持たせんな今すぐ叩き落とせ!!』
『ちょっと、せっかくの祝いの席なのに……!』
殺人鬼達がもみくちゃに喧嘩し合い、リビングから庭に繋がる窓をすり抜け、そのまま家の外に出て行ってしまった。
リビングの中に残ったのは、俺と、すぐ傍に隠れていたドールの2人だけ。
家の外から轟音が響く中、ドールと互いに顔を見合わる。
「……料理食うか」
『うん! えっとね、この卵焼きは私が作ったんだよ!』
「へー。じゃあそれから食べてみるか……うん、美味い」
『えへへ……』
目を閉じ白い歯を見せて笑うドールに微笑みかけながら、料理を食べ進める。
他の
すっかり人気のなくなったリビングで、ドールと一緒に祝いの料理を食べ続けた。
ガスマスクの対B兵器護身術特訓メニュー
① 50キロ走り込み
② 腕立て腹筋スクワット各三千回
③ 基本的な型練習五千回
④ ①~③を終えた後、人間大の石像を素手で砕く
俊介は初日の①で諦めた
通学・通勤中に読めるようにいつも早めの朝五時に投稿してますが、時間変えた方がいいですかね……?