空が山吹色に染まり、何処かから漂う香ばしい食事の匂いに鴉の鳴き声が重なる時分。
俊介は自室の中、窓から差し込む夕日を顔に受けながら薄い冊子を捲っていた。
「はぁ……」
憂鬱さの籠った空気を口から吐き出す。
その時、机の横側から半透明の青髪の少年が頭を出した。
『……な~にをそんなにため息吐いてんだ?』
「ああ。いや……ちょっとね」
俊介が彼に顔を向ける。
机の下から頭を覗かせていたのはマッドパンクだった。彼は更に頭を上に上げ、俊介の読んでいた冊子を見る。
『ああ……大学の事考えてたの? まだ早くねえ?』
俊介が読んでいたのは、とある大学のパンフレットだった。今読んでいるパンフレットの下にも数冊、何処とも知らない大学のそれが積み重なっている。
確かに高校一年生と二年生の狭間である春休みに読むには、少し早い気もする物だが。
憂鬱げに頭を振る俊介。
「どこの大学に行くか……最悪、理系か文系かだけでも決めとけって学校から言われたんだよ」
『ふぅん。どっちにすんの?』
「全然決まらん。と言うか正直、高校卒業して就職も考えてるしな。大学は金銭面的に……さ」
未来に続く道は依然として暗雲が立ち込めている。先行きの見えない将来について考えれば考えるほど思考は暗くなっていった。
そんなダークな俊介を見て、ケラケラと軽く笑うマッドパンク。
『金は大丈夫っしょ。いざとなったらニンジャが持ってきた金使えって』
「出所が反社会組織の数千万を使える訳ねーだろ」
とある山の奥深くの地中には札束が大量に眠っている。何故か紅い液体でしっとりとした札束も含まれているそれは、勿論表でおいそれと使えるような物ではない。
冊子の内容から興味を失ったのか、視線を外すマッドパンク。
『しっかし、理系か文系か、ねぇ。……よかったら参考程度に、僕の大学の話でもしようか?』
「……異世界のだろ? 当てになんの?」
『研究者なんて何処の世界でも同じだよ』
マッドパンクは机の上に飛び乗り、足を組み、コホンと咳払いをする。
『まず僕は当然理系って奴だな。大学に入って暫く勉強して、それぞれの専門分野の研究をする『研究室』に配属される』
「うん」
『それで研究室に入って、まず覚える事は
「……うん?」
なんでいきなりスプラッターな方向に話が飛ぶんだ。
「血の掃除って何? 自分の血とか、そういうの?」
『いや、壁とか床とか服とかへの返り血だよ。他大学の奴が研究室に襲撃してくるのを返り討ちにしたら、当然血も飛び散るだろ?』
何言ってんだこいつ。
……ホントに何言ってんだこいつ? 数秒考え込んでも全く意味が分からない。どうして襲撃騒ぎなんか起きるんだ。
「し、襲撃って意味が分からないんだけど」
『研究室には『
世紀末過ぎるだろ。
頭が良い奴らが暴れてる分、世紀末よりもっと最悪な方向に進んでやがる。
……まあ、異世界の話だしな。
でも、こっちの世界ではそんなに過激じゃないだろうけど、研究成果の奪い合いってあるのかも?
……いやないな。
「もうその襲撃の話はいいから、他には何かないのか?」
話を無理矢理別の方向に変えるため、言葉を投げた。
これ以上血なまぐさい話を聞いていると、俺の持っていた大学への常識が汚染されていく。それだけは避けたい。
マッドパンクは小首を傾げ、思いついたように口を開く。
『そ~だな。……研究室には准教授とか助教授とか教授が居る訳だ。その専門分野を長い事研究してて、公的に実績が認められてる偉い人達でな』
「うん」
『そして、教授が一番襲撃者を血祭りにあげるのが巧い』
「だから襲撃の話はいいって言ってんだろ!」
マジでいい加減にしろよ。
そう思いながら眉間にしわを込めると、マッドパンクは『?』を頭に浮かべたような顔で首を傾げた。
『ん~でも、大学ってそういう所だぞ?』
「いや絶対嘘だろ!!」
『ホントだよ。僕もよく返り討ちにしてたし、他の大学に襲撃しに行ってたし』
―――お前も襲撃してたのかよ!
『あ、でも、何処でも襲撃していいっつー訳じゃないぞ』
「……そうなの?」
『各大学の図書館と、研究成果を発表し合う学会は厳禁。図書館は昔の貴重な文献が消える可能性があるし、学会は『この期に及んで盗もうとしてんじゃねーぞボケ!』ってタコ殴りにされる』
結局ボコボコにされてんじゃねーか。
そう思いながらも、僅かに疑問に思った事を口にする。
「……昔の貴重な文献とか、まさに欲しいんじゃないの?」
『いやいや。みんな、世に発表されてない最新の物を狙うんだ。それでも古い文献を大切に残すってのは、中身が大事ってのもあるけど……永く受け継いでいく事が、底知れない智の幽谷に挑み続けた先人への僕達の最大の敬意なんだよ』
そう語るマッドパンクの目には、目の前にいない遠い誰かへの深い敬意が籠っていた。
……確かに。
さっきマッドパンクが語った内容は、俺の世界の常識じゃ到底考えられない位に全員血に塗れてるけど。
マッドパンクの世界ではそれが当たり前で、血で血を洗っても前に進み続けることが、研究者としての真摯な在り方として根付いているのかもしれない。
そういう事なら、俺が俺の常識でマッドパンクを測り続ける事の方が失礼なのだろう。
地平線に沈みゆく夕日。赤と青が混ざり、やがて黒に染まりゆく空。
マッドパンクは目を一度伏せた後、少しだけ口角を上げた顔をこちらに向けた。
『……どう? ちょっとは参考になった?』
「……うん」
なる訳ねーだろ。
64.65.66話を削除しました。
やっぱり俊介があんな簡単に秘密を明かすのは、設定ガバ以前に作品の面白みと趣旨を削るような大ミスだと思ったので……
ちょっと修正します しばしお待ちください
~Tips~
俊介「つーか、そんな世紀末な世界で殺人鬼って……」
マッドパンク『至極簡単な話だよ。僕は天才で、教授より強かったから誰にも止められなかったのさ。知ってるか? 教授より強い奴を名誉教授って呼ぶんだぜ』
俊介「名誉教授ってそんなんだっけ……?」
マッドパンク『まあ結局大学時代には人殺さなかったけどな。殺人鬼になったのは卒業後に人体実験しまくったり、島の住人丸ごと蒸発させたりしたからだよ』
俊介「えぇ……」