襲撃者の元に向かいつつ、ハンガーの方にチラリと視線を向けながら小声で話す。
「……これさ、絶対通報されてるよな。あんな豪快に屋敷をぶった切ってるし」
『だな。夜桜家の奴が呼んでなくても、近くに住んでる奴が呼んだだろ』
「人対とか来たらどうすんだよホントに。牙殻さんとか来たら大変な事になるぞ」
俊介は歩きざまに上着を脱ぎ、顔を覆い、後ろで結ぶ。
脂肪はないが筋肉もない貧相な上半身を無様に晒すことになるが、顔を無防備に晒すよりはマシ……だと思いたい。幸い春と夏の狭間を過ぎて暫く経った、寒くて風邪を引くなんて事は万が一にもない。
ちょうど服を顔に巻き終わった頃、8人の襲撃者から5メートル程離れた所に着いた。
ハンガーの『これ以上近づくな』という言葉通りにそこで足を止める。
風音や野次声などの騒音はなく、少し声を張り上げれば十分会話できそうだ。
1人。厳つい錨を担いだ、胸元を曝け出したスーツ姿の男。
それ以外の7人はみなガスマスクのような軍隊然とした格好をしており、小銃を手に持って武装している。
そして、7人の武装兵士達はみんな完全に正気を逸した目を晒していた。……いや、たった1人の女性だけは辛うじて正気を保っているように見える。その目は狂気に濡れているというより、驚愕と困惑が抜けきっていないといった様子だ。
「……ご足労願って悪かったなァ。お前さん、何者だ?」
錨を手で弄びながら、男が語り掛けてくる。
…………。
さっき屋敷をぶった切ったのってこの人だよな?
ハンガーは『人を数人殺してさぁ、自分が無敵だって一番イキってる時期の馬鹿共の気配が……な』とかすっごい笑って言ってたけど。
この人だけ数人人殺した可愛いイキリとか、そんな次元じゃないオーラ放ってるぞ。返事にミスったら俺の体まで両断されそうなんだけど。
返答に困ってそのまま黙りこくっていると、錨の男が若干声に怒気を孕ませながら言葉を続けた。
「言葉を交わす気もねェってかァ? 舐めやがって」
違うんだよなあ。
俊介のそんな思惑を一片も察することもなく、男は唇を尖らせながら鼻を鳴らす。
「フン……まァ、先にオレ様から名乗ってやる。
――――オレ様の名前は
『大絶海龍・章の八、腐る雨天』を支配した大海賊……だった男だ」
「…………」
自己紹介が濃すぎる。
名前と大海賊ってのはともかく『大絶海龍・章の八、腐る雨天』って何だよ。口ぶり的に地名っぽいけど……海『
俊介の困惑を他所に、男は言葉を続ける。
「んで、今の身分は『
「!」
その名が耳に入った瞬間、先ほどまでとは打って変わって俊介が強い反応を示す。
その様子を見たバミューダスが犬歯を覗かせながら笑った。
「カカカッ。オレ様は気に食わねェが、お前さんはこっちの身分の方がお気に召したみてェだなァ?」
「……本当なのか?」
「今この状況とタイミングで、この家にカチコミ掛けに来た……それだけじゃァ証拠として不服か?」
「いや」
娘が誘拐されたばかりで警戒状態の豪邸を襲撃するなど、よっぽどの理由がなければ行わない。
それこそ未来革命機関が夜桜家の誰かを人質に取りに来たとか、それくらいの理由がないと。
そして何より。
俊介の勘が、目の前の男は一切合切嘘を吐いていないと言っていた。
バミューダスは肩に担いでいた錨を降ろし、少しだけ深く息を吐きながら言う。
「んじゃ次は交渉だなァ。今からオレ様はこの屋敷をぶった斬る。邪魔すれば殺す。足し算よか簡単な理屈だよなァ?」
「……家の中の人はどうなる?」
「生け捕りは作戦の内じゃねえ。ま、瓦礫に挟まれて確実に死ぬだろうし、もし生きてても邪魔だから殺す。オレ様達の目的は夜桜紗由莉の私室にある設計図……それだけなんでな」
バミューダスは実に平坦な声でそう言い放った。
殺意を持って人を殺すと口にしているのに、其処からは何の感情の高ぶりも感じられない。
人を殺す事にさほど深い価値を感じないと言った風だ。
殺すと言ったら本当に殺す。
そういう人間……というより、そういう世界で生きてきたのだろうと俊介は思った。
なぜ夜桜さんの部屋の設計図を回収するために屋敷を壊す必要があるのかは俊介には分からない。
しかし夜桜邸の人間を皆殺しにするなんて発言は見逃せない。
――――故に。
「――――ハンガーッ!! 警察が来る前に全員ぶちのめすぞッ!!!」
「よォしッ、いいぞッッ!! そう来なくちゃ面白くねェよなァ、バケモンがッ!!!」
バミューダスが俊介に向かって錨を投げると同時に、ハンガーに両手足の主導権を譲渡。
彼女は俊介の足を操り、真横に跳んで錨を回避した。
『ひゅーッ!! 結構速いじゃんか、おもしれえッ!!』
「動きがチグハグだなァ、両手足の部分譲渡か!? 全身の主導権を人格に渡さなくていいのかよ、ま、渡す暇は与えねェけどなァッ!!!」
投げた錨に繋がる鎖をバミューダスが思い切りぶん殴る。
その瞬間、真横に避けた俊介を追うように錨が急旋回した。しかしその素早い錨をハンガーは再び危なげなく回避する。
「すまんハンガー……! こうなるなら、最初から体の主導権を渡しておくべきだった!!」
俊介は背後に抱き着いているハンガーに謝る。
最初から体の主導権を渡していなかった理由は、8人の襲撃者と少しだけ話がしてみたいと俊介が言ったからだ。もしかすると未来革命機関に関係する奴かもしれないと思ったから……実際未来革命機関に所属する者であったが。
そしてなぜ両手足の主導権を渡すだけで、体全体の主導権を渡さないのか? ハンガーが全力で動くなら一般男子高校生の胴体と頭などお荷物でしかない。さっさと渡した方が良いのは間違いないだろう。
それでも体の主導権を丸ごと渡さない理由は、体の変更時に一瞬の硬直が発生するからだ。そしてその一瞬の硬直の隙を見逃すほど甘そうな相手でもない。頭を錨でぶち抜かれるのがオチだ。
対して両手足の部分譲渡は硬直なしで行える。しかしハンガーが満足に動けず不利なのには間違いない。
故に俊介は彼女に対して謝罪したのだが。
ハンガーは逆に興奮した様子で、若干目を血走らせながら叫んだ。
『俊介の意識があるってェことは、これは俺と俊介の初の
「あ、ん、おう……?」
『ハッハハァァハハハハ!!! この手足の感覚が俊介と共有されてるなんて奇妙だな、でもあいつらの首絞めたらその感触が俊介に伝わるって事だもんなァ!! いいなぁいいなぁそれってとってもサイコーな気分だなぁ!!!』
「……よし、行け!!」
余りにハイになりすぎているハンガーに、俊介は苦し紛れのゴーサインを出した。
「カッカカカカッ!! いいぜ、中の人格のテンションがハイになッてるのがこっちまで伝わってくんぜェバケモン!! お前ら、やっこさんに銃ぶっ放してやれや!!」
バミューダスは鎖を巧みに操り、回避し続ける俊介を錨で追いながらも仲間に号令を出す。
その瞬間、先ほどまで事態を静観していた彼の仲間が一斉に銃を構え、俊介に向かって射撃し始めた。
――――ババババババァッ!!!
高級住宅街に銃の雨音が響く。
その命を簡単に奪う雨の中、ハンガーは軽やかに踊るように弾を回避していた。
「うおおッ銃はヤバいって!!」
『ンッなノロマな弾が当たるかよ!! ガスマスクの投げナイフの方がよっぽど避け辛ェぜ馬鹿共が!!』
ハンガーは弾を回避しながら、銃を持つ兵士の1人に近づく。
そして頭上から拳を振り下ろし、その兵士の顔面を地面へと勢いよく叩きつけた。
『おらッまず一匹ィ!!』
「うわぁっ?! クソ、反重力装置を起動させろォ!! バッテリー気にしてたら死ぬぞ!!」
8人の襲撃者のうち、紅一点の女性が悲鳴交じりにそう叫んだ。銃の雨を回避しながら近づいて来て、一発で地面に頭を埋没させるような怪物を目の前にすれば無理もない。
「反重力装置って、エンジェルが言ってたアレか! 面倒な物持ってるな!」
俊介はエンジェルがデパートで遭遇したという、おかしなバリアを張る機械の話を思い出す。
反重力装置とは、銃弾すらも防ぐ反重力バリアを張る装置らしい。エンジェル曰く『力込めれば壊れる』らしいが、銃弾ですら余裕で防ぐ強度との事。頑丈なのか脆いのかどっちだよ。
俊介がそんな話を思い出し終わったころ、バミューダスが勢いよく叫んだ。
「チッ、ちょっとふざけすぎたか! 豪快に行くぜェ、ついて来れない奴は死ね!!」
バミューダスが一度錨を自分の元に引き寄せる。
先ほどまで左手でぶん投げていた錨を空に掲げ、右手で錨の近くの鎖を持つ。そしてそれを高速で回しつつ、徐々に右手の力を緩めて錨と右手の距離を伸ばしていく。
「
回転する錨。伸びていく鎖。
人を殺して余りある素早さと質量の鎖と錨が視認するのも難しい速度になり、辺り一面をしっちゃかめっちゃかに叩きまくる。空を切り、地面を大きく抉り、時折部下の反重力バリアにぶち当てる事も厭わず振り回し続ける。
「ぐああっやばいやばいッ!!」
『チッ!』
流石にビビった俊介が声を出してしまう。
それと同時に、ぶちのめした兵士から一メートル程のベルトを拝借したハンガーがその場を飛びのく。
その瞬間、地面に顔を突き刺したまま気絶していた兵士の腰に錨がぶち当たった。
下半身が丸々吹っ飛び、新鮮な臓腑と血液の雨が周囲一帯に降り注ぐ。確実に死んだだろう。
そして自身の部下を殺したというのに、バミューダスは一切気に留める様子はない。
寧ろ楽し気に顔に降り注いだ鮮血を舌で舐め、更に鎖を回す速度を上げる。
「おッと! 1人死んじまッたかァ、まぁ弱いからしょうがねェよなァ!!」
『だなぁ!! だがな、てめェにもその弱肉強食のルールが適用されるってのを忘れんなよ!!』
「おッ、お前ちょっとテンション高すぎないかハンガー……!?」
俊介の困惑の声は鎖が空気を斬る音にかき消された。
バミューダスが操る錨は確かに速い。
今のように、結界の如く周囲で素早く振り回されればその質量と相まって殆ど近寄れなくなる。
なので。
『いい所にいいボールが落ちてるもんだ、なッ!!』
ハンガーは反重力バリアを展開し、その場で立ち止まりながら発砲してきている兵士に近づく。
そしてそのまま兵士をバリアごと蹴り飛ばした。
この反重力装置で発生するバリア。銃弾すら余裕で防ぐ優れものだが、実は致命的な欠陥が存在する。
それはとても強い衝撃が加わると、中の人間がその場に踏みとどまれずに吹っ飛んでしまうという欠点だ。まあ吹っ飛ぶだけで大した怪我はないのだが。
そして残念ながらハンガーの脚力では反重力バリアをぶち破るほどの威力は出ない。
しかしバリアの中の兵士が余りの衝撃に踏みとどまれず、後方に吹っ飛んでしまう位の威力は出るのだ。
「チぃッ! 邪魔くせェなァ!!」
バミューダスは悪態を吐く。
反重力バリアは使用者の体から数十センチ離れた所に展開される。
つまり2メートル弱の透明のボールが飛んできているような物であり、バミューダスからすると邪魔で邪魔で仕方ないのである。
『オラもう一発!!』
ハンガーがもう一球、人間入り反重力ボールをバミューダスに蹴り飛ばす。
そしていくらバミューダスの錨でも反重力バリアは壊せないらしい。
短い間隔で飛んできた反重力ボールに体勢を崩され、先ほどまで高速で振り回していた鎖が勢いを著しく緩めた。
『下手に仲間を連れて来なきゃまた結果が違ったかもなあッ!』
そう叫びながらハンガーはバミューダスへと高速で近づく。
先ほどまでの限界まで加速した回転演武すら回避していたのだ。著しく速度の弱まった錨を避ける事など彼女には他愛無い。
「くッ! 舐めんなよ、オレ様は大海賊バミューダスだぞッ!!」
バミューダスは錨を瞬時に手元に戻し、右手でしっかりと握った。
そして素早く近づいて来るハンガーの脳天に目掛け、重力と剛腕を重ねた人の限界ともいえるスピードで振り下ろす。
――――ゴキャッ
鈍い音。
それの発生源は。
バミューダス自身であった。
「なぁ、あぁッ!?」
『悪いな。お前が鎖遊びが得意なように、俺も縄遊びは得意でね。お前の指をベルトで縛って、お前の力自身でへし折るなんて簡単なんだよ』
ハンガーはそう言いつつ、バミューダスの右手の人差し指と中指を縛っていたベルトを外した。
彼女が一体何をしたか? 理屈は簡単である。
バミューダスは剛腕で錨を……それを握る手を下に振り下ろす。
それを逆手に取り、彼女はバミューダスが振り下ろす一瞬の最中に指をベルトで縛って逆に上に引っ張り上げた。
すると、ハンガーがその場でベルトを持つ手を固定するだけで、手を下に移動させるバミューダスの指がへし折れると言う理屈である。
理屈は簡単だが、これほどの絶技を真似できる人間がどれほど存在するのか。ハンガーが今しがた見せたのはそれほどの技であった。
指が九十度逆方向にへし折れ、一瞬困惑するバミューダス。
その隙をハンガーは逃さず、彼の背後に回り込み、ベルトで首をキツく縛り上げた。
「がッ! ぐぐぅ……!」
バミューダスの苦悶の声に呼応するように、ハンガーが首を絞める力を徐々に強める。
『あッあぁッ!! 信じらんねェ、俊介と一緒に人間の首を締め上げる日が来るなんてさぁ!! なぁ俊介感じてるか、これが人間の首を絞める感触だぞ!!』
「一生味わいたくなかった感触です」
『あぁ~大丈夫だって、何度かやってたら気持ちよくなる感触だからさ♡ なぁ、このままコイツ殺していいか? 今コイツを吊り殺したらすっごい所までいけそうな気がするんだよ!!』
「駄目です」
何百回も繰り返した首絞めを今更ハンガーがしくじる訳もない。
一度首を取られてしまった時点でバミューダスの敗北は決定した。
首に通されたベルトを外そうとするがそれも叶わず、バミューダスは脳に酸素が行き届かなくなり、意識を手放した。
その状態のまましばし首を絞め続けた後、ハンガーはベルトを外した。
流石にこれ以上やると本当に殺してしまうためだ。俊介が許可すれば本当に殺していただろうが。
『……んじゃ、後の木っ端を始末するか』
ハンガーと俊介は同時に、残った兵士の方を向いた。
先ほどバミューダスの首を絞めていた時、同士討ちを怖れたのか発砲してこなかった彼らだが、今もまだ発砲してくる様子はない。
完全に狂気に濡れていた目に恐怖が浮かび、俊介とそれを操るハンガーを恐れ、攻撃することを躊躇っているようだ。
しかし攻撃の意思がないとはいえ、倒さない訳にはいかない。
俊介はハンガーに小声で話しかける。
「……あのバリアがあると、どうにも出来ないんじゃないの?」
『ちょうどいい錨があんだろ。これで壊れるまで殴る』
「脳筋すぎる……!」
そう話しながら、ハンガーの操る俊介の右腕が、バミューダスの錨を拾おうとした瞬間。
――――
「ッ!?」
『……やべ。思ったより早え……』
困惑する俊介。焦るハンガー。
地面から生えた土の手は兵士達のバリアを一瞬で破壊し、中にいる兵士を握り潰した。潰したといっても、両腕の骨を折って行動不能に留めるくらいの物であるが。
こんな魔法のような芸当を出来るのは3人しか思い至らない。
だがその思いつく内の1人であるキュウビは俊介の人格であるし、もう1人のマオはこんな事をするような人物ではない。
つまり、残る1人は。
壊れた屋敷の方角の空。
上空から、見えない階段を降りるようにこちらに向かっている人影が一つ。
「全く……こんな昼間から、何事ですか」
黒のスーツ。嫌味な眼鏡。
そして――――重なる2つの遺伝子が刻まれた金バッジ。
「まあ……いいでしょう。さっさと片付ければいい話ですから」
人格犯罪対処部隊――――
俊介が恐れる警察の中でも最も厄介な、人対の1人である。
この回みんなテンションおかしい