前世の俺を一言で表すと――――生きる価値のない人間。
6歳の頃に母親の浮気で両親が離婚、しかし何故か母親の方に親権が行ったという歪な家庭。父親は三か月で養育費を払うのをやめたらしい。
母親は浮気相手に熱を上げ、半ばネグレクト状態のまま育った俺は小学生で煙草と酒に手を出した。
そして母親のなけなしの情でもくすぐったのか、学費を出してもらった俺は偏差値が40もない高校に進学したがケチな万引きで退学。
退学と共に親とは縁を切った。
高校中退でも雇ってくれた製鉄所で昼夜働き、18歳で結婚。
しかしまあ……親と子は似るもんだ。
酷い酔っ払い方をして暴力事件を起こし、結婚から僅か2年で嫁と離婚。
子供がいなかったのだけは幸いかな。
製鉄所の仕事もクビになり、夜中に酒浸りになりながらフラフラと歩いていたら。
赤信号になっている事に気付かずに道路に飛び出して、気付いたらデカいトラックが視界を覆い尽くしていて――――。
「――――ハッ!!」
トラックが視界を埋め尽くす。
その光景と共に、弾かれたように意識が覚醒した。体中から吹く汗を手で拭おうとして、腕に痛みが走る。
「いつ……ッ」
そうだ。
確か俺は夜桜邸に襲撃して、色々あって変な男に誘拐されたけど、その途中でまた気絶して。
そこから……えっと、何処かに運ばれたんだ。
記憶をそこまで思い出した後、周囲を見回す。
何処かの牢屋とかそういう場所ではない。アニメや漫画で描写されるような、一般的な家庭の男の部屋だ。
そして俺は、その部屋に唯一あるベッドに寝かされていたらしい。武装を解除された状態で。
「この部屋は一体……」
そう呟いた所で、ベッドから起き上がって右正面にある扉が開いた。
「おっ、起きてるな。ありがとうクッキング」
入って来たのは何の変哲もない青年だった。特徴としては、顔に少しだけついさっき付けたばかりのような傷がある、という位か。
彼は勝手見知ったという様子で部屋を歩き、机の下にあった椅子を引いてドカッと座り込んだ。そのあと、椅子の向きを調整してこちらを向く。
青年は上半身を起こしたまま固まっている俺に言葉を掛ける。
「どうも」
「あ、ああ」
「装備はこちらで預かってます。俺は男ですけど、一応、脱がせるときは女性の人格にやってもらったんで」
「あ、いや……別にいいんだが。俺も中身は男だしな……」
「えっ」
「えっ」
気まずい沈黙。
数秒。
そして再び青年が口を開く。
「……あっ、貴方が元の世界で男だったって事ですか」
「ん……ああ、そういう事か。すまん、勘違いするような言い方を」
「いや良いんです。全然」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙。
数秒。
突然、青年がうるさそうに耳を抑えた。
そして、小声で何かをボソボソと言う。
「わかってるよマッドパンク、ちょっと会話が詰まるなんてよくある事だろ。今からちゃんとするから……」
気まずい空気を換えるためか、ゴホンとわざとらしく咳払いする青年。
そして胸に手を当てながら、優し気な声色で言葉を放った。
「俺の名前は日高です。貴方の名前は?」
「……
「橘さん。実は聞きたい事がありまして」
日高、と名乗る青年は少しだけ眼光を強める。
「『
「っ! …………」
一瞬迷う。
だが今ここで黙っていた所でどうなる? 殺されるか死ぬより辛い目に遭わされるかのどちらかだ。そこまでして機関の秘密を守る義理も恩もない。
震える唇をゆっくりと開き、自身が未来革命機関に来たばかりの頃の話を日高という青年に語り始めた。
デカいトラックが視界を覆い尽くしていて――――。
――――んで……気が付いたら変な場所にいた。
『…………は?』
いや、そもそも色々とおかしかった。
4トントラックに轢かれたのに生きてるし、けど体は半透明だし。カプセルホテルみてーな感じに壁に大量の穴が空いてて、その中に管を繋がれまくった裸の若い女や男が一人ずつ入ってる。
部屋に唯一ある扉まで移動しようとしたが、途中で透明な壁に阻まれて進めない。
大人しく待っていると、金髪の男と黒い鎧が部屋の中に入って来た。
「こんにちは。私には諸君らの姿は見えないが……こちらの話を傾聴してくれるとありがたい」
「私の名は『ウィザード』。そして浮遊人格統合技術について説明する前に、一言」
「……ようこそ、この世界へ」
金髪の男……ウィザードって奴が
―――実際に体を動かせるようになるまでは。
「君達が今主導権を手に入れた体は、未来革命機関が製造した人格用の器だ。二十歳前後までの成長速度を早めたデザインベイビーで、ま、器自身にも希薄な自我はあるが……気にする必要もない。一度眠った主人格が自分で目を覚ますことはないからね」
「改めて諸君。『
未だに状況を理解することは出来ないが、ともかく俺は本当に別の世界で蘇ったらしい。
困惑しっぱなしだが蘇ったという事実だけは嬉しいものだ。
「……これで男の体だったら言う事なしだったんだが」
乳のデカい女なんて実際になるもんじゃねえな。胸が重いし足元が見えねえ。
あと同じ蘇り組の男の視線も気持ち悪い。元男だっつの。
「じゃあピュアホワイト。後は頼んだ」
「ああ。どう育てる?」
「動けないのは省け。気を違えても動けるのだけを残せ」
「分かった」
ウィザードと名乗っていた金髪の男が部屋から出て行く。
代わりに、ピュアホワイトと名乗る黒い鎧が俺達の前に一歩踏み出した。
何もない空中から美しい装飾の施された長さ2メートルほどの黄金の十字架を引き抜く。
「お前達の役割は兵士だ。命令によっては人殺しもやってもらう」
「しかし、私も元は神に仕える高潔な騎士だったのでな。妥協案をやる」
「どうしても人を殺したくない善人は私の前に並べ。この機関に不必要な者には出て行ってもらおう」
蘇り組の4割ほどがその言葉につられ、鎧の前に並んだ。
人を殺したくないと本気で思う者もいれば、せっかく蘇ったのに変な組織と関わりたくないと考える者もいただろう。正常な感覚だ。
しかし、俺の本能は絶対に足を踏み出すなと全力で叫んでいた。
――――ビッ!!
ピュアホワイトが十字架の短い方を握り、瞬時に刀身を引き抜く。
一瞬何かが煌めいたと思った時には、鎧の前に並んだ多くの人間の胴体が上半身と下半身に両断されていた。純白の床を赤黒い血が侵していく。
「さて。残ったお前達はどうだ? 今ならまだ、この機関から
余りの速度に一滴の血すら付いていない刀身。それを十字架の鞘にしまいながら黒い鎧が無感情な声で問いかけてくる。
立ち止まっていた全員が理解した。
『出て行かせる』とはつまり、『殺す』という意味であると。
「…………っ」
誰も動こうとはしない。先ほどの剣の一閃が欠片も見えなかったからだ。
彼我の実力差を例えるなら蟻と獅子。逆らう事を考えるのが馬鹿らしくなるほどの差があった。
「……改めて言う、お前達の役割は兵士だ。使い物にならん奴は殺す」
そうして。
残った俺達はまごう事なく『地獄』としか言いようがない訓練を強制的に課せられた。
一定の成果の動きが出来ない者は容赦なく首を刎ね飛ばされた。
それでもまだ、生き残った奴らの大半は正気を保っていた。殺人への忌避感を持ち続けていた。
それを完全に破壊したのは、『生きた人間の解剖訓練』だった。
人格を宿せなかった廃棄処分のデザインベイビーを、一本のナイフで解体し、取り出した内臓を全て机に並べろと。簡潔に言うとそういう訓練だ。
拘束されているので抵抗されることはない。勿論生きているから血が吹き出るし、痛みを叫ぶ。しかし訓練をやり遂げねば俺達が鎧に斬り殺される。
結果、無事に全員が訓練をやり遂げ――――良識と常識を保っていたほぼ全ての人間が完全に気を違えた。
俺は血には喧嘩で慣れていたため、ギリギリ気をおかしくする事はなかった。
いや……気付いてないだけでもうおかしいのかもしれない。
橘と名乗る女性……男性? が語った話はかなりムゴい物だった。
しかし、俊介にとって彼女が話してくれた情報はかなり有益なものだと言える。今まで殆ど実情の分からなかった敵の正体が、一部とはいえ見えてきたのだから。
「ウィザード……。ピュアホワイト……」
ウィザードは金髪の男。未来革命機関のリーダー。
そしてピュアホワイト。こいつがダークナイトと同郷の疑いがあり、夜桜さんを連れ去った犯人……。
ついに名前を知ることが出来た。
俊介は人格達が見守る中、橘に再び問いかけ続ける。
「その……なぜ機関は人格を大量に集めるような真似を?」
「それは……いやその前に、確認だが、アンタは夜桜の屋敷で俺達と戦った奴だよな?」
「……そうですが」
「ならあのバミューダスって男が『上級兵士』と名乗ってるのを聞いただろ。機関は異世界の強い人格を集めて強力な兵士にしようと目論んでる。俺みたいな弱い一般人の人格は『下級兵士』として地獄の訓練で最低限使える位にはさせられて、元から強い人格は『上級兵士』として重用されるんだ」
上級兵士は生前から強い人格。
下級兵士は死すら厭わない訓練で強制的に鍛え上げられた人格。
橘が語った下級兵士に課せられる訓練の内容は、ガスマスク曰く、『近代的な装備をした最低数人、最高十数人で部隊を組む事を想定した訓練』とのこと。しかしその内容の厳しさは特殊部隊のそれよりも酷いレベルらしい。
しかしまあ、ある程度訓練の内容が分かれば、相手がどんな動きをしてくるかを予想するのは容易いらしい。ガスマスクは『それほど問題じゃないだろう』と最後に付け加えた。
問題は、上級兵士の方だ。
「上級兵士はどれくらい居るんですか?」
「分からない。機関は今までに何度か、大量に用意したデザインベイビーに一斉に人格を宿らせている。俺は2回目らしくて、バミューダスも2回目で宿って上級兵士になったそうだ。
確かつい先日の奴は……5回目だった。五回もそんな地獄のガチャガチャが行われているらしい」
「ガチャガチャ……」
「ほぼそんなもんだろ。上級兵士がレア、俺達下級兵士はコモンだ」
ガチャガチャ、か。
浮遊人格統合技術全体が、そもそも子供の命を使ったガチャガチャみたいな所がある。未来革命機関のタチが悪い所は、わざわざ成長を早めたデザインベイビーを使ってまで大量に回し続けている所だ。
利益と効率を求めて、遂に行きつく所まで行きついたって感じだな……。
「でも一斉に人格を宿らせる度に、1人くらいは上級兵士が出るだろう。なにせ50人以上もデザインベイビーを用意しているからな。5人は確実にいる……そう考えた方がいい」
「分かりました」
マジで狂ってるな。
デザインベイビーってアレだろ、母親の体内にいる赤ん坊を人為的に改造するって奴だろ。
それを50人以上も用意する、しかもそれを5回って……。単純計算で250人もの赤ん坊を使ってるはずだが、それって、妊婦を誘拐とかで賄える数なのか?
もしかすると、未来革命機関の拠点の中で大量に……。
……想像するのはやめておこう。流石に気分が悪い。
ただ夜桜さんを早めに助けた方がいいのは確かなようだ。
「未来革命機関に誘拐されている、夜桜紗由莉って女性の事を何か少しでも知ってますか?」
「すまない、全く分からない。今回の襲撃任務を受けて、初めてそんな女の子を機関が誘拐しているのを知ったくらいだ」
クソッ……駄目か。
彼女の口ぶりからして、彼女はかなり末端の兵士であるようだし、知らない情報があるのは仕方ない。仕方ないが……一番欲しかった情報なのは確かだ。
口惜しさを感じつつも、俊介は次の質問に移る。
「未来革命機関の拠点の場所は何処ですか?」
「……分からない」
「分からない? 拠点から夜桜さんの屋敷へ来たんでしょう?」
「拠点の場所の情報漏洩を防ぐために、俺達下級兵士は拠点から出る時には即効の睡眠剤を飲まされるんだ。今回も気付いたら夜桜の屋敷の近くのトラックに寝転がっていた。起きていられるのは上級兵士だけだ」
……未来革命機関はよっぽど拠点の場所を知られたくないらしい。
弱い下級兵士は拠点から出る時に意識を奪う、なんて七面倒臭い事を徹底するくらいには。
機関の拠点の場所さえ分かれば、すぐさま攻め込みに行くのだが……。
眉間にしわを寄せて顎に手を当てる俊介を見て、橘は酷く焦り始めた。
彼からの質問に二度連続で答えられなかったのだ。もしかすると、機嫌を損ねて今この場で始末される……なんて事になってしまうかもしれない。そう考えてしまったし、事実それをするだけの実力が目の前の青年にあると本能で理解していた。
橘は走馬灯のように頭の中をひっくり返し……ふと、ある事を思い出した。
「あっ! そうだ、一度だけ、ピュアホワイトがポロリと言葉をこぼしてたんだ」
「こぼした? 何を?」
「『
……え?
『接触の恐れがある。方向転換、出力を上げろ』……って。
まるで、
「未来革命機関の拠点は、デカいんですか?」
「かなりデカい。屋内なのにサッカーコートみたいな大きさの部屋が幾つかあるほどだからな。そしてなんというかその……体感の話になるが、単純にデカいというより、細長いんだ」
「…………」
そんなクソデカい物が動いていたら、流石にニュースになりそうなものだが……。
表面を目に見えないよう、光学迷彩的な兵器で覆っているとか? いやいくら目に見えないとはいえ、地上をそんな物が動き回っていたら色々な建物をなぎ倒しそうだ。
とすると、何かトリックがあるんだろうけど…………。
俊介がそう悩んでいると、話を聞いて暗い顔で考え込んでいたヘッズハンターが顔を近づけてくる。
そして低い声で、俊介に対して声を掛けた。
『なぁ俊介』
「ん? どうしたヘッズハンター」
『……彼女に聞きたいことがあるんだ。俺の代わりに聞いてくれないか?』
「おう。何だ?」
『未来革命機関と、榊浦美優の関わり……。そして、俊介の言っていた白髪の少女……俺の幼馴染が宿っているかもしれない子について』
未来革命機関と榊浦美優の関わり……?
なぜそんなことを、と思った所で俊介は――――榊浦豊の言葉を思い出した。
『ハハハハ。
写真の彼女はデザインベイビー……母体の中で赤ん坊を、『人格を受け入れやすい器』に作り替えた結果生まれた物だ。この子は確か……8人いるんだったかな?』
…………ッ!
そうだよ。
何で話を聞いた俺が真っ先に気付かなかったんだ。
デザインベイビーを作って人格を宿らせるなんて、そのまんま――――榊浦美優がやってた事と丸きり同じじゃないか。
未来革命機関は、榊浦美優と――――ッ!
「橘さん!」
「ひっ! な、何だ?」
「榊浦美優――――黒髪で眼鏡を掛けて、猫背で、ハスキーボイスの変な女を拠点内で見かけませんでしたか?!」
「え、ええっ? ちょっと待って、思い出すから……」
彼女は眉間にしわを寄せ、自分の腹の辺りを見るように俯きながら、必死に頭の中を探る。
そうして30秒ほど経った頃――――「あっ」と彼女は声を上げた。
「それってもしかして、白衣を着てる、三白眼でキリッとした目をしてるけど、目のクマがちょっと目立つ超美人な女……?」
「そう! それです!! 何してましたか!?」
「何をしてたかは分からんが……訓練の最中、扉の隙間からチラッと廊下の所を通っているのが見えたんだ。食事のプレートを持ってどっかに行ってたんだ。ああ、確かにいたよ」
おいおいおいおいおい。
この橘って人、自分で下級兵士とか言いつつ滅茶苦茶情報持ってるじゃないか。凄い。
キュウビの術で記憶を消して放流するつもりだったけど、もっと協力して貰おうかな。
いやそれより重要なのは、未来革命機関と榊浦美優が深い繋がりを持っている可能性が非常に高いって事だ。
ふざけんなよ榊浦豊。
何が危険なテロリストだ、お前の娘が危険なテロリストの一員じゃねえかボケェッ!!
強い手がかりを見つけた俊介は興奮する心を押さえつけつつ、ヘッズハンターから頼まれたもう一つの質問を投げかける。
「白い髪を背中くらいに伸ばした、10歳くらいの可愛い女の子を知りませんか? 榊浦美優が未来革命機関にいるんで、多分近くにいると思うんですが……」
「……いや。10歳くらいの子供なんてほぼ見ないな、みんな成長を早めたデザインベイビーだからすぐに成人になるし」
そうか。
もしかすると、ヘッズハンターの幼馴染が宿っている疑惑の女の子も成長が促進するように改造されて、既に子供ではなくなっているかもしれないのか。
俊介がそこまで考えた所で、再び橘は言葉を紡ぐ。
「それに、白い髪を生やした奴も見たことがない。白に近い金髪ならいたが……」
「いえ、綺麗な雪のような白色です」
「……なら、俺には分からない。そんなに目に付く色なら、一瞬でも見れば絶対に覚えていると思うんだが……」
本当に分からないと言った様子で、橘は息を吐いた。
ヘッズハンターの幼馴染が宿った少女の行方は未だに分からない。だが榊浦美優が作った天才とまで榊浦豊は言っていた。それならきっと、榊浦美優の近くにその子はいるはずだ。
「すまない、ヘッズハンター。分からなかった」
『ああ。……だが、手掛かりは掴めただろう?』
「おう。次の目的は完璧に決まった」
あのクソボケ
ピュアホワイトの正体をマオに聞く所までやりたかったんですが、長くなったのでここまで!
-Tips-
Q.橘さん下級兵士なのに色々知りすぎだろ!
A.いつか機関から逃げだす為に色々必死に覚えてたのと、未来革命機関の連中の情報リテラシーがガバガバなせいですかね……