裸電球が天井からぶら下がっている、幾つかのパイプ椅子だけが乱雑に置かれた生活感のない部屋。電球の光度は弱く、部屋の中は薄暗い。
そんな、換気扇の音だけがゴウンゴウンと響く部屋の中。
「なるほど、それでお前は逃げ帰って来たと……」
「ッく……し、仕方ねェだろッ! あんなイレギュラーが入ってくるなんて予想できッかよ!!」
鎧を纏う、パイプ椅子に座っているピュアホワイト。その姿は暗影に沈んでいる。
そして彼女の前で全身血みどろになりながら、その場に這いつくばっているバミューダス。流れる血に電球の光がぬらぬらと反射している。
彼は今、ウィザードの任務を達成できなかった処罰を受けている最中であった。
「……貴様に上級兵士として色々な恩恵を与えているのは、貴様が
「そんな事出来る状況じゃなかッたッてんだ……! おかしなイレギュラーに加え、人対まで来たんだぞ!」
「…………」
ピュアホワイトは呆れたように、パイプ椅子の背中に体重を預けた。
「まったく……」
「俺の他にもう一人上級兵士を付けてくれ! 次こそあの上半身裸の小僧を始末してくる!」
「…………いや。もういい。お前は休め……」
彼女はゆっくりと椅子から立ち上がる。
そしてバミューダスの横を通り過ぎ、部屋から出る唯一の扉に近づいた所で……ふと口を開いた。
「所で……。お前が出会ったのは、人対の眼鏡を掛けた男と、上半身裸の突然動きが変わる青年……だったな?」
「あ、ああ……」
「そうか。それだけ聞ければ充分だ」
ピュアホワイトがそう口にした瞬間。
バミューダスの全身が一秒と経たずに細切れになった。
薄暗い部屋の赤黒い染みとなり果ててその第二の人生を終えるバミューダス。
声を上げる間すら与えず殺した彼をピュアホワイトは氷のように凍てついた目で見下ろす。
「お前が任務を失敗したのはいい。ふざけた言い訳を吐いたのも許そう」
「だが……貴様のようなゴミ屑がアニーシャ様の魔力の香りを振りまくんじゃあない。その香りを漂わせていた時点で貴様を殺すのは決まっていた」
そう吐き捨てた後、ピュアホワイトは廊下に向けて踵を返す。
もうその時にはバミューダスの事は頭から消え、別の事柄が頭の中をミチミチに埋め尽くしていた。
「アニーシャ様アニーシャ様アニーシャ様……! 段々貴方に近づいて来ています、このとてもとても濃い舌の上で転がせそうなほどに濃厚な魔力の香り……! 人対の眼鏡かイレギュラーの青年、そのどちらかがきっと、貴方様と対面してその魔力の寵愛を身に受けたのですね!! 羨ましい妬ましい腹立たしい……ッッ!! しかしこの異世界で貴方様とここまで近づけている事、それすなわち私達の運命がいずれ重なるようにと最初から定まっていたという事!! 貴方様がどのような宿主に宿っているのか分かりませんが私がきっと見つけ出してみせます、私なら貴方の瘴気にも耐えられます、ウィザードには既に何もかも消し飛ばした広い土地で貴方様と暮らせるよう便宜を図るように言い含めております!! 貴方様の子をこの体で孕み、この世の全てを食い散らかしながら家族として幸せに暮らしましょう…………!!」
息継ぎもせずにブツブツと何かを呟きながら、歩くスピードを速めるピュアホワイト。
頭部をすっぽりと覆う兜の隙間から、瞳孔が開き切った狂人の燐光を僅かに覗かせていた。
「まずは人対の眼鏡、そしてそのイレギュラーの青年……! そいつらを見つけて夜桜にはできなかった拷問を行い、アニーシャ様についての情報を洗いざらい吐かせる……!」
「フフフフ、アハハハ…………ッッ!!」
未来革命機関の拠点の場所を特定するのは困難だ。
だが、それを知っているであろう榊浦美優の居場所の特定は超が付くほど簡単だった。というか、元々知っていた。
なぜなら。
奴は今も、普通に学校に出勤して、普通に授業を行っているからだ。
そもそも、俊介が榊浦美優を真っ先に調べに行かなかった理由がこれだ。
まさか夜桜さんを攫ったテロリスト集団に属していながら、平然とした顔で高校に授業しに来ているとは考えもつかなかった。せめてこう……突然の休暇で姿を消したりしたら、真っ先に調べていただろう。
これが奴の偽装工作だとしたら、俊介はまんまと引っかかっていた訳だ。
橘からの情報がなければ絶対に気付かなかった、いや気付いたとしてももっと後の事だっただろう。
「腹立つ……!!」
俊介は激怒した。
普段は他人、それも女性を殴ろうとは余り思わない俊介だが、今回ばかりは榊浦美優の鼻の骨を折る勢いで全力パンチしてやりたいと。
もはや榊浦美優に遠慮する必要なし。
よって彼女を拉致するのに俊介が反則染みた技を使うのに全くの躊躇いはなかった。
時刻は朝八時。
昨日の快晴が嘘のような深い雨雲が空を覆い、陰々とした空気が辺りに立ち込めている。降り注ぐ雨は街を包み込み、まるで人間を建物の中に押し込めているようだ。
窓を叩く雨音。
普段なら眠気を誘うそれは、此度に限っては俊介の心の太鼓を叩くバチのようなものだった。
なぜなら、雨というのは悪巧みをする者にとって非常に都合がいい。建物の中から人が出てこないので必然人目のない場所が増えるし、雨の音が多少の物音を掻き消してしまう。
俊介が榊浦美優を誘拐するのにこれ以上ないと言っていい天気だった。
『では俺から、榊浦美優の誘拐作戦について最終確認を行う。俊介、その姿勢のまま聞いておけ』
ガスマスクが俊介の座る机の近くに立ち、他の人格達を見回しながらそう言った。
俊介は何も返さないが、教室にいる他の生徒にバレない様にほんの小さく頷く。
『決行は四限、榊浦美優が受け持つ化学の授業中だ。まずキュウビが教室の生徒を強制的に眠らせた後、ドールの力で榊浦美優を人目に付かない場所まで自分で歩かせる。ドールが移動させている間にキュウビが記憶を弄って化学の授業から自習に変更。その後、榊浦美優がいる場所まで俊介が身を隠して向かう。そこからニンジャの力で本格的に何をしてもバレない場所まで攫う。以上だ』
淡々と昨日決めた作戦を声に出すガスマスク。
その作戦を聞いたマッドパンクが、頬に一筋の汗を流しながら言葉を吐いた。
『……聞けば聞くほど酷いな。完全にメタ張ってるじゃねえか』
『そもそもドールが反則染みているからな。近くにいる人間を瞬時に操り、一度操れば遠くまで移動させても全く問題ない。授業で教壇に立つなんてのはまさにドールの口の中に入っているようなものだ』
『え~? あんなの口の中に入れたら汚いよ……』
俊介のすぐ後ろにいるドールがうえ~っと舌を出しながらそう言った。榊浦美優を『あんなの』とはこれいかに。
『そして、念のためにヘッズハンターを俊介の近くに残しておく。それ以外は偵察に出る、ダークナイトは上空から見張れ』
『(´・ω・`)』
『……どういう感情だ、それは』
『(。-`ω´-)』
『…………何か異常があればデカい音を鳴らせ』
『(・ε・)』
ダークナイトは上空からの偵察という役割が余り気に食わない様子だ。
しかしガスマスクは敢えてそれを無視する。ダークナイトにあれこれ言った所で俊介以外の言葉は碌に聞きやしないのだから言うだけ無駄なのだ。
今回の偵察も俊介から事前にやれと言われているから従っているだけで、ガスマスクが命令すればガン無視か一発ぶん殴られていただろう。
ガスマスクが適当に号令を掛けると、先ほど名前を出したドール、キュウビ、ヘッズハンター以外の人格はバラバラに散っていく。
こういう時に100メートルまで人格が離れられるのは便利だなあ、と頬杖を突きながら思う俊介。
一限の授業が始まったが、俊介は教師の言葉を一切聞こうとしない。
教科書とノートを開いて話を聞いているふりをしながら窓の外を見ていた。
『でも四限?っていうのまで、まだまだだね~』
ドールがその辺をとてとて歩き回りながら、時折他の生徒の教科書を覗き見しつつそう言う。
高校生が真面目に授業を聞いている教室の中を小学生くらいの少女が自由に歩き回る光景というのは何とも不思議なものだ。俊介は窓の外から視線を外し、ドールの姿を目だけで追う。
『でも、なんかこういう授業の様子は懐かしいな。俺は世界史の時間はいつも豪快に寝てたわ』
『なんじゃヘッズハンター。お前せっかく金払って学び舎に勉強しに来てるのに、爆睡しておったのか? 無駄な事をするもんじゃのう』
『そ、そりゃあそうかもだけど、払ってるのは親で……。いや別に親の金を無駄遣いしたい訳じゃなくて、なんかこう……アレじゃん?』
分かるよヘッズハンター。
厳密に考えたら授業中に寝るなんて損でしかないけど、正論じゃ眠気は取れないんだ。まあ授業中に眠気来ないように早く寝ろって話なんだけど。
ヘッズハンターは暫く黒板を眺めていたが、流れるように羅列されていく数字と記号の集合体を前に理解するのを諦めた。
窓の外に視線を向け、向こうの方の空で寝転がるダークナイトを見ながら静かに言う。
『……つうかさ。マジで何なんだろうな、未来革命機関って』
『あーん? なんじゃいきなり』
『要はアイツら、国を崩そうとするテロリスト集団だろ? でもその割には夜桜の屋敷に来たのは特殊部隊みたいな良い装備着けてたじゃん。俺の中では、テロリストってのは粗悪品の装備が当たり前の集団ってイメージなんだけど』
『ふむ……』
キュウビは扇子の先を口に付け、少し考え込む。
そして数秒後に口を開いた。
『まあ、何処かから奪ったか、何者かが後ろから渡した金で買ったかじゃろうな。或いは自分達で大金を稼ぐ手段を確立させているかもしれんのう』
奪った、ね……。
そういや人対の眼鏡の人が『外国の軍事施設からとんでもない物が奪われた』とか言ってたけど、なんか関係あるのかな? でも、たかが装備が複数個盗まれたくらいでとんでもない物とは言わないだろうし。
そんな俊介の思考を他所に、ヘッズハンターがキュウビに問いかける。
『大金を稼ぐ手段って何だよ?』
『わらわが知る訳ないじゃろう。でもま、異世界の人格が持ち込んだ有用な物であれば充分売れるじゃろうな』
『ふーん……。案外、俺らが結構見たことのある物を売ってたりして』
『ははは。お前の勘はかなり当たるから、もしかするとそうかもしれんのう。ま、あくまで可能性の話じゃ』
二人の会話を耳に入れながらも、窓の外を眺める。
俊介が見ている事に気付いたダークナイトがこちらに手を振っているのが見えた。何やってんだ。
そうしてそのまま、空中で細い長剣を使って見事な演武を始めたダークナイトを眺めていると。
バタバタと焦った様子で廊下を走ってくる音が聞こえ始めた。他の生徒が反応する様子がないのを見るに、人格の誰かのようだ。
全員で廊下の方に目を向けると、ちょうど汗をだくだくに流したクッキングが扉をすり抜けて教室に飛び込んできた。
『めッ、メーデーメーデー! ヤバいわッ!』
『どうしたんじゃクッキング。何をそんなに焦っておる?』
『あっああアレよ!
『アレ……?』
ヘッズハンターが疑問気に聞き返す。
するとクッキングが、食い気味に叫んだ。
『
……
…………
……………………はあッ!?!?
『ちょまッ、おまッ、マジかよッ!?』
『嘘吐いてどうするのよ! 思いっきり『人格犯罪対処部隊 白戸成也』って書いてる名刺渡してあったわよッ!』
おぅ。
おぅわぁあぁあああああああああ!?
じっ、人対が来たらどうする……どうすんべ、どうすればいいだべか……?!
表には感情を出さないが、昨日の今日で人対が学校へ来た事へ内心で滅茶苦茶に焦る俊介。
同様に焦っているヘッズハンターが言う。
『ダークナイトは何やってんだ、異常事態だろ!』
『……寝ちゃってるね。前に一撃で倒したから、何とも思ってないのかも……』
『一番偵察がしちゃダメな思考……ッ!!』
俊介もドールの言葉に釣られて窓の外を見ると、確かに空中に作った足場の上でダークナイトが爆睡していた。さっきまで綺麗な演武してたのに何やってんだ。
『おいおいおい! 昨日みたいに攻撃避けて逃げるだけでいいわけじゃねーんだぞ、もし正体バレたらそれこそ……』
ヘッズハンターがそこで言葉を区切る。
現状、人対に正体がバレると俊介には悲しい未来しか待っていない。
まず一つ。
人対が家に来て、ダークナイトを封印したままぶっ殺されるパターン。なんか俊介の殺害許可まで出ているらしいので、牙殻さんに躊躇なくぶった切られて俊介の命はデッドエンド。
そしてもう一つ。
人対が家に来て、ダークナイトをぶっ放すパターン。これなら人対の3人を倒せるだろうが、代償に近隣住民と俊介の両親がデッドエンド。
この他の細かく枝分かれした選択肢も基本、ダークナイトを封印するかぶっ放すかの違いしかない。
正体バレの先には俊介が死ぬかそれ以外が大量に死ぬかの未来しか待っていないのである。
『落ち着けッ! ええい、落ち着かんかッ!』
焦りまくる殺人鬼と俊介を諫めたのは、気丈にふるまうキュウビの一言であった。
彼女が扇子で額をペチペチと叩き、眉間にしわを寄せながら言葉を放つ。
『どう行動するにしても、まず決めねばならん事があるじゃろう。……俊介よ』
キュウビは机に座ったままの俊介に近づき、顔と顔が同じ高さになるようにしゃがむ。
『リスクを取って榊浦美優の誘拐を
彼女が持ち掛けたのは、作戦の続行の可否であった。
確かにこれを決めねばどう動くにも軸がぶれてしまう。そしてこの決定を行う権利は殺人鬼達の宿主である俊介にしかない。
俊介は悩む。
人対がこの高校に来たという事は、人格犯罪者である俊介の正体に凡そのアタリを付けられた可能性が非常に高い。
今無理に榊浦美優を誘拐する作戦を続行すれば、どうしても相手に怪しまれるリスクが増える。
それにドールの不思議な人間操作術、そして相手の白戸は魔法使い……似たような超常現象を扱う者同士だ、何らかの形で榊浦美優を操作しているのがバレる可能性がある。
ハッキリ言って、今この作戦を続行するのは正体がバレるのを覚悟の上で進めねばならない。
未来革命機関を倒した後、人対と本格的に衝突するのは避けられないだろう。
それなら…………今ここで諦める、か?
今から逃げればまだ、ギリギリ誤魔化せる可能性がある。ただ榊浦美優の誘拐は1日延びる。
たかが1日。
されど……1日だ。
未来革命機関に夜桜さんが捕らえられてからもう2日だ。たった2日ではない、もう2日なのだ。
MRKの設計図を書かされているんだろう。だがもし書き終わったり、書く事を渋りすぎたりすれば……一体何が起こるのか想像は難くない。いや……まだ一般的な倫理を捨てきれていない自分では想像すら出来ないことが起きるかもしれない。
2日もあれば、トールビットなら今頃人間を生かしたまま人間でない形にすることも出来る。それくらいの時間なのだ。
『俊介。……逃げてもいいんじゃ』
キュウビのせかす声が聞こえる。
俺は夜桜さんが好きだ。
これはもうきっと変えられない。
俺はきっと異常者だ。
元々普通に生きるか生きられないかのラインをずっと進んできた。殺人鬼と暮らすうちに何か変わった可能性もあるが、きっと……元々こんな感じだった。
俺は……。
………………。
ずっと思っていた。
俺は夜桜さん
夜桜さん
彼女が幸せになるなら、今後の人生で何があったとしても……俺の命ひとつで賄える範囲なら何でもやろう。
「…………」
俊介は目の前のキュウビに対して、ゆっくりと視線を合わせ。
右手の人差し指で机を叩き、作戦続行の意思を示した。
『ッ……どうして』
キュウビが苦しそうな顔を浮かべる。まるで俊介に断って欲しかったかのようだ。
しかしその表情を一瞬で消し去り、優雅な所作で畳んでいた膝を伸ばして立ち上がった。
『クッキングは全員に人対襲来の旨を伝えるのじゃ。状況によっては榊浦美優の両手足をへし折り、無理矢理逃げる事になる。ヘッズハンター、準備しておけ』
『ああ……分かってる』
俊介の選択に反対の意を示す者はいなかった。
……この選択が正解だったのかは、今はまだ誰にも分からない。
夜桜は俊介LOVE勢なのに、当の俊介は夜桜が幸せならOK理論なので自分がどうなってもいいスタンス
一回それに近いいざこざで大喧嘩したのにその考えまだ変わってなかったの? 意固地だね ドブに捨てろ