――――牙殻とは警察学校の同期だ。
昔から牙殻は座学はからっきしだった。
しかし、武道の腕がとにかく良かった。
同期全員と教官数人をなぎ倒しても息一つ切らさない化け物で、学校開設以来の天才と呼ばれる程の男だった。
しかし、何度でも言うが、本当に頭が悪かった。
教官たちが「武道はあんなに強いのになぜ頭はここまで悪いのか」と頭痛を起こすほど、警察官に必要な法学などの知識が頭に入らなかった。
定期試験で赤点は当たり前。
その後に出される地獄のような量の課題や補習を受け、何とか退学処分を免れるという綱渡りの生活を送っていた牙殻。
そんな牙殻の姿を見かね、勉強を教えてやったのが
休日を削ってまで教えたが、赤点を脱出できたのは卒業間際の試験だけだった。殴った。
私達は揃って警官になり、順当に成果を上げて刑事の推薦を受けた。
刑事になるのにも色々頭を使う事は大量にあるが、牙殻はそれを自分の力で全て乗り越えた。
警察学校時代と全く違う様子に、なぜそうなったのかと問いかけると。
「最近結婚も考えてる彼女が出来てさ。じゃあ死ぬ気で頑張らなくちゃなって」
つまりただのやる気の問題だった。
私は奴の首を締め上げた。
私達は刑事の資格を得て、2名の殉職者が出た捜査一課の刑事になった。
浮遊人格統合技術で治安が悪化して以前よりも凶悪犯罪が増えているらしい。捜査一課は殺人などの危険な事件を専門とし、その分異世界の凶悪犯罪者と関わる機会も増えているため殉職者がじわじわ増加しているとのこと。
そんな状況の中でも私達は成果を出し続けた。
今思えば、単に運が良かっただけだ。
人格犯罪者を何人も捕まえたが、それは比較的凶悪というだけで……真の意味で邪悪な人格犯罪者とは出会っていなかった。
そして刑事になって暫く、26歳と27歳の狭間になった頃。
今でも忘れられない記憶。
「明日、俺の家族と彼女の家族が対面するんだ……。うひ~、緊張する……」
緊張した面持ち。しかし何処か嬉しそうな顔でそう語っていた。
家族同士の対面とは、つまり結婚に当たって家族同士でも交流を深めようという対談だ。プロポーズはもうしたらしいし、お互いの結婚の報告を正式にする場とも言える。
私はスーツを普段よりもキッチリと着こなす牙殻を見送り、仕事に戻った。
そして、翌日。
重体の牙殻が病院に担ぎ込まれた。
捜査一課の人間である私は牙殻の見舞いよりも優先して、通報を受けた殺人事件の現場に向かった。
とある広い民家。リビングの机の上にある手つかずの料理に血が飛び散っている。
死体は全部で5体。全てが残虐な方法で切り刻まれて殺されている。
そのうちの一人の死体にはとても見覚えがあった。
牙殻が嬉しそうに見せてきた彼女との写真――――それに写っていた、彼女当人だった。
牙殻の家族、彼女の家族が惨殺された事件。
それは私達が刑事になる前の2名の殉職者を出した犯人と同じ手口であった。
私は現場の捜査を終えた後、牙殻の見舞いに向かった。
「…………ああ。白戸か……」
奴は意識を取り戻したすぐ後だったが、ぼそぼそと小さな声量で話し始めた。
「突然ナイフを持った男が飛び込んできた。笑ってたよ」
「当然俺は取り押さえようとしたが、人間とは思えない速度で切り刻まれて……体が頑丈だったから、今こうして生きてる」
「そのまま、意識はあっても動けない俺の前で、俺の家族と、彼女の家族と、彼女が……」
そこまで語った後、牙殻は深く布団を被った。
嗚咽のような音が聞こえていたが、私は何も聞かなかったことにして部屋を後にした。
その一か月後。
奴は傷を治し、躊躇いなく浮遊人格統合技術の注射を打った。
そして――――あの怪物、ダンケルクを身の内に宿した。
ダンケルクの力を借りた牙殻は1日でその事件の犯人を捕まえた。
ナイフで襲い掛かって来た犯人を一撃で気絶させたらしい。異世界でも無差別殺人を繰り返していた殺人鬼との事で、この世界で起こした所業だけを見ても死刑は免れない。
犯人を捕まえた代償に、組織人として余りに強すぎる力を持った牙殻。
警察上層部はその力を有効に使う事より、その力を振るって組織を壊さないかを危惧する方が大事だったらしい。
牙殻は『人格犯罪対処部隊』という、新設された特殊部隊……ある種の閑職に追いやられた。
私は刑事としてそれなりの功績をあげ、将来の栄進はほぼ確約されていた。
しかし……。
私は牙殻と共に、人格犯罪対処部隊に所属する事を決めた。
元々、人格犯罪にうまく対応できない警察の体制にはうんざりしかけていた。
それに。
今にも死にそうな顔をしている友人を放っておけなかった……そういう面もある。
牙殻は人格を宿らせた。
しかしあそこまで強く聞き分けの良い人格が宿るのは稀だ。結局は人格は運、人格犯罪者と同じような凶悪な人格が宿る可能性もある。
故に私は、人格が異世界から持ち込んだ『魔法』という技術を独自に習得した。
これなら人格犯罪者とも同様に渡り合える。
人対発足の一年後には後輩である翠も加わり、今の人格犯罪対処部隊が出来上がった。
……結局、全ては力だ。
力がなければ正義も悪も何も成せはしない。
その点、牙殻は力と善性を併せ持った男だ。
だがその善性を誰も彼もに振りまき、大切な人を殺した人格犯罪者にすら優しさを見せる。
ならば私が、牙殻の代わりに外道を成してやる。
百を犠牲にして一万を救えるのなら私は迷いなく決断してやる。その過程でたとえ、どれだけの汚辱を身に纏ったとしても。
それが私の――――人格犯罪対処部隊員・白戸成也としての、生き方だ。
「―――――あっつ!!」
炎の壁を一瞬でくぐり抜けるヘッズハンター。
その瞬間、全身に降り注ぐ雨。
外は炎のドームが出来る以前よりも雨脚を強くしており、一秒以内とはいえ炎に触れた肌の熱を冷ます。
そして炎のドームから出たヘッズハンターが一息つく間もなく。
彼が持つ天性の勘が警鐘をガンガンと鳴らした。
「……上ッ!?」
頭部にチリチリとした危険を知らせる感覚が走った。ヘッズハンターは念のためと俊介が持っていた、市販の白いマスクを顔に付ける。
そして身を屈めながらすぐさま真横に回避すると、先ほどまでいた場所に人対の白戸が異常な速度で降り落ちてきた。
「見つけましたよ怪じッ――――榊浦美優ぅッ!? 人質のつもりですか……?!」
「そんなんじゃねえよ、寝てろ!!」
ヘッズハンターが右足で全力の回し蹴りを放つ。
しかし、白戸はそれを左腕であっさり受け止めた。
「なッ!?」
人の域を外れた速度を出せるヘッズハンターの蹴りの威力は並外れている。
それをあっさり受け止められるのは殺人鬼の中でもエンジェルやダークナイトくらいだ。細身ぎみの男がこれを軽々と受け止めたのには彼も驚きを隠せなかった。
「遅い!」
「くっ?!」
白戸が手に火の弾を作り、至近距離からヘッズハンターの顔面目掛けて投げつけた。
それを上体を後ろに反らして回避する。
(何だこいつッ、動き速すぎんだろ……!!)
回避の際に一瞬肌を火が掠めた。
顔に付けているマスクが黒く焦げる。人対の襲撃を予測しておらずマトモに顔を隠すものを準備していなかったのが痛い。
「
「なッ!」
白戸が何かを呟いた瞬間、彼の体が異常なまでに加速する。
そのスピードはヘッズハンターが出せる最高速度とほぼ同等。
――――ガゴォンッ!!
白戸の拳がヘッズハンターの顔面に突き刺さる。
時速150キロ近くで放たれた拳は一般男子高校生の体を軽々と吹き飛ばし、民家の窓を突き破った。
無人の民家のリビングに突っ込んだヘッズハンター。
数多のガラス片と壊れた木製の机の上で即座に立ち上がる。しかし顔に付けたマスクには血が滲んでおり、その下に酷い打撲傷が出来ているのは見ずとも分かった。
「いッッてェェっ……!!」
明らかに夜桜邸の時より速い。いや、
なぜこんなスピードを隠していた。これだけ速ければ夜桜邸でヘッズハンターを逃がす事はなかったはず。
なぜ今になってこれほどのスピードを見せた理由を一瞬考えていたが、すぐに頭を横に振った。
「……あークソ、分かんねぇッ! 異世界で魔法と戦うなんてファンタジーすぎる状況で、そんなすぐに頭回らねえって……!!」
元の世界で魔法なんて物は物語の中でしか見たことはない。
そんな物の理屈を真面目に考えたって分かる訳がない。
ならばとにかく、相手が異様に速いという現実を受け止めるしかないのだ。
ヘッズハンターはすぐ近くにあった台所の開き戸から一般的な万能包丁を引き抜く。
その瞬間、白戸が民家の壁を土の手でぶち壊した。
丸出しになったリビングに立つヘッズハンターを見て、白戸が静かに言う。
「怪人。何を目的としているか知りませんが……今すぐ大人しく捕縛されなさい。榊浦美優を人質にされると、こちらも少々面倒です」
「だから人質じゃねえっつってんだろ!!」
「……人質ではない……? では何故……いや、まあいいでしょう。後で聞けばいい話です」
ピリリッと、ヘッズハンターの右半身に嫌な感覚が走る。
すぐさま左側に吹っ飛んで避けると、そこに空から光のレーザーが降って来た。どうなってんだ。
回避するのを見計らっていたように、真正面から家の壁を壊した土の手が伸びてくる。
しかしヘッズハンターは刃物で幾百人も斬った超級のバラバラ殺人鬼だ。右手に持った包丁で一息に土の手をバラバラに切り裂き、土くれとかした手を掻き分けながら白戸に迫った。
ヘッズハンターの狙いは腕。魔法を使用不能にすればその隙に逃げられる。
鈍く輝く包丁の切っ先が白戸の右腕の肩口に迫った。
しかし刃物で物体をバラバラに切り裂く姿が、牙殻を襲った人格犯罪者を想起させ、白戸の逆鱗に触れた。
「私の前で……それ以上騒ぐな、クソ人格犯罪者がッ!!
「やかましいッ!! 炎のドームといい民家破壊といいヤバい事ばっかりしてるお前が言うんじゃねえよ!!」
白戸の体が再び急加速し、右腕に迫ったヘッズハンターの刃物を肘討ちで破壊する。
そして再び手に火を集めてヘッズハンターの顔を撃ち抜こうとしたが――――それよりも速く。
ヘッズハンターが、榊浦美優の体を白戸にパスした。
突然の行動に白戸が思わず彼女の体を受け取ってしまう。
「何ッ―――」
「――――死ねェッ!!」
そしてそのまま、掛け声と共に榊浦美優の腹を思い切り蹴り飛ばした。
「がっ、ぼ……!」
白戸は彼女越しに伝わる衝撃に胃液がせり上がる感覚を覚える。一メートルほど後ろに後ずさりながらも、キッと目の前の怪人を睨んだ。
「天に根差すッ――――」
「させるかボケェッ!!」
ヘッズハンターはファンタジー魔法の事など何一つ分からない。
しかし発動させなければ何の意味もないことは分かった。ならばやることは簡単、何かさせる前に無茶苦茶に攻撃するのみ。
ご丁寧に榊浦美優の体を持ったまま攻撃しようとする白戸を、榊浦美優越しに蹴り飛ばす。
怯んで隙を見せた顎に素早い左フック。
右アッパーで榊浦美優越しに再び腹に衝撃を伝える。
榊浦美優が気絶と覚醒を繰り返し、胃の中身を垂れ流しているが二人は一切気にしない。
攻撃を受け続けていた白戸が飛びそうな意識を無理矢理引き戻し、叫ぶ。
「ッ――――舐めるなッ!!」
「うおっ!?」
白戸が手に持った榊浦美優をヘッズハンターに投げ、後ろに飛び下がった。
パンッ!と軽快な音を鳴らして手を叩き、それを地面に思い切り叩きつける。
「幕を引けッ!!
白戸がそう叫んだ、刹那。
彼の背後から歯車で体を構成した、全長50メートル近くの巨人が地中から生えるように姿を現した。背中から十数個のパイプを生やして白と黒の入り混じった煙を吐き出している。
「なッ……なんじゃありゃ?! 魔法ってのはホントに何でもありかよ!」
ヘッズハンターが上を見上げてそう言った瞬間、全身にピリッとした危険を知らせる感覚が走った。
すぐにその場から飛びのく。
瞬間。
先ほどまで猫背気味に直立していた巨人が、時間でも切り取ったような不自然さで拳を振りかぶった体勢に切り替わっていた。
そして先ほどまでヘッズハンターの立っていた場所を全力で穿つ。
その圧倒的な巨体から見て分かるように、パワーもとんでもなく強いらしい。
辺り一帯の地面を一瞬揺らし、半分瓦礫と化していた民家が完全な塵と化した。住民が出払ってて良かった。
ヘッズハンターが別の家の屋根に着地した瞬間、白戸が彼の頭を狙って光のレーザーを撃ち放った。
しかし超人的な勘で事前に攻撃を察知していたヘッズハンター。首を捻ってレーザーを避け、側頭部の髪がチリチリと焦げる感覚を覚えながら白戸の方に向く。
「さっきから機械仕掛けの神だのなんだの言ってたが……大体分かって来たぞ、その魔法の効果!」
「だったらどうしたというのだ、怪人!」
「気を付けてりゃ対応可能だって言ってんだよ!! 加速ばっかしやがって、スピード狂が!!」
歯車の巨人が謎の動きを見せたことで、ヘッズハンターは大体の効果を見破ったと確信した。
それは、
白戸が急加速するのも、巨人が突然拳を振りかぶっていたのも、動きを加速させていたからに違いないと。
そして事実として、ヘッズハンターの予想はほぼ当たっている。
『万理侵食・
デウス・エクス・マキナとは、全てを終わりへと導く神の如き存在の事を指す。
白戸の『万理侵食・
全ての生物は均等な時間を生きる。
そう定められた世界の理を弄り、自分と巨人だけが全く別の時間の速さで動けるようにする魔法なのだ。これは無論加速、そして減速も可能な優れた自作魔法である。
体の一部分の時間を急減速させると、相手の攻撃を受け止めてもビクともしない防御という芸当も出来る。
無論、痛みは後で襲ってくるが。
(しかしこの男、魔法の効果に気付くのはいいとしても……!)
そして、白戸は機械仕掛けの神の効果がバレるのは仕方ないと思っている。
戦闘向きではない自分が牙殻と同程度の急加速を繰り返せば、何らかの魔法の効果だと見抜かれるのは仕方ない。
問題は目の前の怪人だ。
この男、なんの魔力も道具も使わず、ただの素の身体能力で時間を加速した自分に追いついて来ている。
牙殻ですら、身体能力強化のスーツとダンケルクの力をほんの一部借りてやっと同じスピードなのだ。
(やはり危険……! この怪人だけは、ここで殺しておかなければ……!)
歯車の巨人を動かす。
世界の理を弄る基点だけでなく、実際に動かして戦うことも出来る優れた巨人だ。
その巨体通り、力も強い。多彩な攻撃を繰り返す白戸との相性は最高だ。
そして、巨人が再び拳を振りかぶろうとした瞬間。
――――ギキンッ
歯車の巨人の上半身が、袈裟と逆袈裟に斬られた。
体がずるりと崩れ落ちていく巨人。
その巨人の頭の上。
落下してくる直径5メートル程の歯車の上に、何かが立っている。
「世界の理に干渉した痕跡がある。なるほど、中々の魔法の使い手らしい」
「だが魔王の魔法に比べれば児戯だな。この世界にいる魔法使いと言っても、この辺りが限界か」
ヘッズハンターと白戸は同時に降りてくる何者かに目を向けた。
その人物は黒い鎧を身に纏い、黄金に輝く十字架の剣を持っている。
「救助信号を受けて来てやったぞ、榊浦美優。それに人対の眼鏡もいるとは……中々気が利いているじゃないか」
未来革命機関幹部、ピュアホワイト。
大聖騎士サリアス・ネル・ラスディアノ。
この世界に来た数多の人格達の中でも、トップ層に位置する強さを持つ人格。
――――強者が、そこに立っていた。
白戸が割と苦戦してますが、白戸が弱いんじゃなくてヘッズハンターが強いんです。
というか榊浦美優越しに蹴って殴るとかいう一種の反則技で動揺させたせいです。勘で攻撃を事前に察知して完璧に避けるとかも意味わかんねえ。禁止キャラにしろ。
あと日刊ランキングに久しぶりに載ってるとこ見つけて嬉しかったです。
毎日載りたい(強欲)