地面に降り立つピュアホワイト。
手に持った2メートルの長剣を軽く振った後、切っ先を地面に付く直前まで降ろし、こちらに顔を向ける。
「……なるほど。アニーシャ様の魔力の香りが確かにする。あの、バ……ミ……なんだったか、名前は忘れたが……あの男にも一片の価値はあったという訳だな」
10メートルほど先に降り立ったピュアホワイトを前に、ヘッズハンターは思わず一歩後ずさった。
立ち姿の僅かな重心の動かし方から分かる。剣技を限界まで極めた達人の動きだ。身長とほぼ同じ長さの扱いにくい長剣を持っている阿呆などと油断すれば、一瞬で体が泣き別れするだろう。
「――――シッ!」
今は榊浦美優を誘拐するのが最優先。
そも、こんな
ヘッズハンターは踵を返し、後方に向けて全力で飛んだ。
――――が。
「中々速いな。お前」
「なッ――――」
逃げたヘッズハンターの先に回り込んだピュアホワイト。
振りかぶった右足で顔面を蹴り飛ばし、ヘッズハンターを再び地面へと叩き落とした。
背中から地面に落ち、肺の中の空気が全て飛び出す。一度咳き込んだが、すぐに呼吸を整えて立ち上がる。
右肩に担いだ榊浦美優はそのままだ。奪う隙がなかったのか、今急いで奪うまでもないと思われたのか。
ピュアホワイトは地面に着地し、剣先でカンカンと地面を叩く。
「ふわぁ……。まだアニーシャ様への祈りを千回しか済ませてないんだ。榊浦美優を置いてさっさと失せろ」
「……渡す訳にはいかねえよ」
「ああそう」
――ふっ、と。
ピュアホワイトの姿が消えたかと思った瞬間。
ヘッズハンターの眼前に剣を上に振りかぶった状態で姿を現した。
「ッ!?」
全身を両断される未来を幻視する。横っ飛びでは間に合わない。
左足を軸に右肩を引くように回転して回避した。鼻先を鋭い刃が掠める。
「ふむ」
ピュアホワイトが少しだけ興味を持ったような表情を浮かべ、剣を振るテンポを更に上昇させる。
袈裟、逆袈裟、右からと思わせて左への一文字、突き。
片手で剣を持った適当な立ち姿から振るわれる流れるような剣戟。
その全てをギリギリで避けるヘッズハンター。
しかし回避するのが精一杯でカウンターなどとてもではないが出来ない。
(俺より速え……! 自信なくしそうだなぁ……ッ!!)
殺人鬼の中で(ダークナイトを除いて)一番速いヘッズハンター。
そんな彼が、体の一部分だけではなく全身の主導権を持っていても回避するのがやっとの剣戟。ピュアホワイトはおそらく榊浦美優ごと斬らないよう手加減しているだろう、それでもこの速さなのだ。
俊介に両手足を渡した状態では決して避け切れない。
しかし俊介に体を渡さなければ、最強戦力かつ切り札であるダークナイトを出す事が出来ない。
正確には、ダークナイトを適切なタイミングで出す事が出来ない。
あの暴君は俊介の言う事しか聞かず、殺人鬼達が出ろと言ってもガン無視か殴ってくるだけだ。
逆に、出るなと言っても自分の判断で勝手に出る。その場合付近の住民が千単位で死ぬだろう。
ダークナイトの手綱を握り、適切なタイミングで出せるのは俊介ただ一人だけなのだ。
(つっても……今俊介に変わるのは無理だろッ!!)
目の前の怪物鎧女を倒すには今のヘッズハンターでは無理だ。
更にテンポが上がり続ける剣戟を必死の思いで避け続ける。
すると。
「――――
白戸の叫び声と共に、空中から現れた巨大な土の拳がピュアホワイトを穿った。
しかしピュアホワイトは剣を握っていない左手でそれを軽々と受け止め、右手の剣で粉みじんに斬り払う。
「くッ――――」
「――――この手は邪魔だな。話をするには口だけで充分だ」
再び黒い鎧が一瞬で姿を消し、白戸の前に剣を振りかぶった状態で姿を現した。
そして白戸の両腕を斬り落とさんと剣を振り下ろして――――。
「キュウビッ!! フライヤーの左腕に炎ぶっ放せッ!!」
俊介が叫んだ声とほぼ同時に。
ピュアホワイトの背中に鉄すら余裕で溶かしてしまう程の太い火柱がぶち当たった。火柱は数秒ほど続き、周囲に熱気と煙だけを残して一瞬で姿を消す。
『なんじゃあこの威力……! わらわの術が五倍以上強くなっとるぞ……!』
『案外相性良いんだな俺ら。次からコンビ組んで一緒に出るか』
「絶対やめろ!! 全部燃えるわ!!」
ヘッズハンターは俊介に体を変わった。
相手が手を抜いた攻撃しか回避できない自分が戦うのではじり貧。ならば一発逆転のダークナイトに懸けるため、白戸が作った隙を見て体を変わったのだ。
「でも、ちょっとは怯んだだろ。今の内に逃げ……」
俊介はすぐ傍に降ろしていた榊浦美優を再び肩に担ごうとする。
しかしその瞬間、炎で蒸発した地面で発生した煙をピュアホワイトが斬り払った。
さっきの炎ビームが直撃したというのに全くの無傷だ。
煙をあげる鎧を軽く手で払いつつ、こちらに目を向けてくる。
「……少し実力を見誤ったか。今のはなんだ、魔法じゃない何かで炎が強化されていたな」
「マジか、ノーダメ……ッ?!」
「おそらく全てが実力者の複数人格持ち、故に手札も多いか。面白い……いいだろう、本気で構えてやる」
ピュアホワイトが先ほどまでの力ない適当な剣の持ち方ではなく。
重心と共に少し腰を落とし、柄を両手で握り、それを胸の近くに寄せた。
見たことのない剣の構え方だが、それが彼女の本来の構え方であるということは一瞬で察する事が出来た。先ほどとは放つ気配が段違いに重くなったからだ。
これはヤバい、と俊介が思っていたその時。
(――――怪人ッ!!)
「ん?!」
(榊浦美優が未来革命機関の人間なのは分かりました! 詳しいことは後、一先ずその鎧を倒すのに協力しなさい!!)
「この声ッ――――」
頭の中に突然響いた声の正体を言葉に出すよりも早く。
剣を構えたピュアホワイトが真正面から突っ込んでくる。
「エンジェル両腕で防ッ――――」
「遅いッ!!」
先ほどよりも格段に速い動きで剣を斬り上げるピュアホワイト。
しかしそれを邪魔するように、彼女の背後に無数の土の手が襲い掛かった。全身に土の手が絡みつき、僅かながらに剣の速度が落ちる。
その隙を俊介は見逃さなかった。
「――――やっぱぶん殴れ、エンジェルッ!!」
『分かりました! 死ねオラッ!!』
ピュアホワイトの胸の中心をエンジェルの右拳が捉える。
「ヘッズハンター! 両足で前進!!」
『ああ!』
「もう一発、エンジェル!!」
『はい!!』
再び、エンジェルの拳が鎧に叩き込まれた。
今度は腹部を下から抉り上げるように叩き込まれ、鎧の体が少しだけ上に浮く。
そしてその瞬間、魔法の準備をしていた白戸の両手が極彩色に輝いた。
「
地面すれすれの姿勢から放たれた虹色の光の矢は、少しだけ浮いたピュアホワイトの体を更に上空に押し上げた。
そして地上から百メートルは離れた所で七色の光が一瞬明滅して収縮、恐ろしい大爆発を起こした。
「あっつ……! おいおい、住宅街でぶっ放していいもんじゃないだろ……!!」
俊介は上空の大爆発から感じる熱気に目を細めつつ、そう言う。先ほどフライヤーを使った熱ビームを出した男が言っていい台詞ではない。
そんな俊介の少しばかりの油断を払うように、ヘッズハンターが叫んだ。
『警戒しろ俊介! あれで終わるような奴じゃねえ!』
「あ、ああ! くそッ、あんな化け物倒せんのかよッ――――
――――ザンッ
――――……え?」
いつの間にか。
黒い鎧が目の前で剣を振り切っていた。
何を斬った?
鼻の中に鉄の匂いがこみ上げる。
胸から腹にかけて生暖かい感触がする。
ああ。
斬られたのは、俺の体ッ――――
――――ザザンッ!!
ピュアホワイトが瞬時に剣の向きを変える。
そして袈裟に斬った俊介の体を再度、逆袈裟に斬り払った。
「所詮は青臭いガキの攻撃。他愛ないな」
胸にバツの字の切り傷を負った俊介は、背後に倒れていく。
『――――グァアアアアアアォアアアアアアアァァァアアアッ!!!!』
その瞬間、最強の暴君が吠えた。
ダークナイトは余りに強すぎた。
故にピュアホワイトを路傍の小石以下の存在としか感じられず、念のために近くにいるという事さえしなかった。
判断を間違えたのだろう。
自身と他者の強さに隔絶した差があるということを考慮できず、他の人格でも大丈夫だろうと俊介の近くにいなかったことが、俊介に深い傷を負わせた。
その判断を悔いるよりも前に。
他の人格達を弱いと感じるよりも前に。
自身の大切な人を傷つけたゴミ屑を殺すという殺意が全てを塗り潰した。
ダークナイトが本気で体を奪おうと俊介に走る。
その速度はヘッズハンターなど比にもならない速度だ。このまま行けば俊介の体を奪い、周辺の人間の虐殺と引き換えに確実にピュアホワイトを殺せるだろう。
そして、ダークナイトが俊介の体を奪うほんの直前。
痛みで気絶してしまっていた俊介が、裏返っていた黒目がぐるんと元の位置に戻した。
すぐ近くまで来ていたダークナイトが意識を取り戻した俊介の姿に安堵し、一瞬動きを緩める。
その隙に。
俊介は血交じりの声で絶叫した。
「――――ぁぁあ゛あ゛ああッ!!」
「白戸ォ!! 俺を上に飛ばせぇ゛ぇ゛ッッ!!!! 今すぐ!!!」
その狂気すら籠っている程の絶叫。
白戸は呪文の名前の詠唱すら省き、最速で出せる小さな土の手の魔法で俊介の体を空中へと勢いよく吹っ飛ばした。
100メートル以上上空に吹き飛ばされた俊介。
血をまき散らしながらも、すぐ傍に付き添うダークナイトにか細い声で言う。
「ダークナイト、右腕ぇッ……!!」
声のボルテージが上がっていく。
「榊浦美優と白戸と他の住民を巻き込むな、限界まで範囲を絞れ!!」
右腕を中心に瘴気が発生し、どす黒い魔力が拳の先に集中していく。
その魔力の香りに、空に飛んだ俊介を追撃しようと構えていたピュアホワイトは思わず剣を下げてしまった。
「あ、アニーシャ様ッ――――」
「――――あのクソ鎧だけを全力でぶちのめせ、
『グガアアァアアルルゥアアァアアアアアアアッッ!!!!!』
――――黒い光。
そうとしか表現できない、直径10センチほどの魔力が極限集中した闇色の直線。
世界の
そこだけ光が失われてしまったような線が、全てが静止した世界の中。
ただ静かにピュアホワイトの体を貫通していた。
そして、誰かが指の先の先をピクリと動かした、ほんの僅かな時間が経った瞬間。
ピュアホワイトの体は後方に吹き飛び。
道路のコンクリートを背中で深く抉りながら十数メートル吹っ飛び、他の民家の塀に突撃した。
「はぁっ、はぁっ、はぁ……げぼっ!!」
『グルルルル……』
俊介は重力に従い、地面に落下していく。瘴気で他の人間が死なないように右腕の主導権は取り戻した。
ヘッズハンターが両足の主導権を持っていたことが幸いした。
民家の屋根に上手く着地した後、胸の傷を押さえながらも、地面に降りる。
その場に倒れ伏した俊介の近くに、白戸がゆっくりと歩いて来た。
「怪人、大丈夫ですか?」
「げぼ……ごふっ、ぐっ……」
「……今の攻撃で私の体内魔力まで乱されました。もう魔法は使えません……」
そう言って、白戸は俊介に止血剤を投げ渡した。
彼は息を乱しながらも、俊介を見下ろしたまま語る。
「貴方のその人格は野放しにするには危険すぎます。たとえ宿主が善性だとしても……」
「…………」
「しかし……魔法の使えない状況でその人格を相手にするのは、私はごめんです」
白戸が人格犯罪者である俊介に優しさを見せ。
ピュアホワイトが吹っ飛んでいった方向に顔を向けた瞬間だった。
「――――あははははぁはあぁああああはははっ!!!」
狂ったような笑い声が住宅街中に響いた。
歩く音が聞こえる。ぼとぼとと大量の血が流れる音も聞こえる。
白戸は正気ではない者を見る目で、こちらに大笑いしながら歩いて来たピュアホワイトの事を睨んだ。
「うふふ、あはははは!! アニーシャ様、そうですか……貴方はこんな所にいたのですね!!」
「まだ意識がッ……! いやそれよりも、片腕が千切れて……ッ」
「ああ!? うふふ、それがどうしたと言うのですか?! 腕の一本が千切れたくらい、今はどうでもいいでしょう!!」
ケタケタと、ピュアホワイトは狂気に満ちた笑い声を出す。
千切れた右腕には未だに剣がしっかりと握られている。それを右腕ごと左手で持ちながら笑っている様は、狂人としか表せなかった。
魔法が使えない白戸。これ以上動けば死にそうな俊介。
そして利き手が千切れたものの、まだ左腕で肉弾戦が可能なピュアホワイト。
ダークナイトの一撃をぶちかましたと言うのに、場の状況がどちら側に有利なのかは明らかであった。
恐らく極限まで範囲を絞る為に、魔法の威力も低くしすぎたのだろう。『グルル』とダークナイトが唸り声をあげる。
しかしそんなダークナイトの声は聞こえないので、一切気にせず。
ピュアホワイトは地面に落ちていた榊浦美優を肩に乗せた。
「榊浦美優は頂いて行きます。この女も内臓が破裂しかかっているので、私と共に早く治療せねば死にますから……」
「まて、ゴラ……! 榊浦美優に聞きたい事が山ほどあるんだ……!!」
止血剤を使った俊介。
怒りをにじませた声と共に、ピュアホワイトを睨む。
しかし彼女はあっけらかんとした明るい声で、倒れ伏す俊介に笑いながら言った。
「拠点の位置ですか? 私が今度供物と共に伺います、ご足労はさせませんよ!」
「それもそうだが……その女には、ヘッズハンターの幼馴染の事を聞かなきゃならねえんだ……!!」
「幼馴染ィ?」
何のことだか、と。
小首を傾げるピュアホワイトに、俊介は青筋を立てながら言う。
「榊浦美優が作ったっていう、複数人格持ちの白髪の女の子だ! その子の中に、俺の人格の、幼馴染がいるかもしれないんだよ!!」
「……まあ。うふふ……なんと、運命と言うのはここまで繋がるものなのですね。私は感動しています」
ピュアホワイトは一度、左手に持った右腕を地面に置いた。
そして左手で顔を完全に覆う兜の留め具を外し。
兜を脱いでその素顔を晒した。
「……な、あ……!」
俊介が驚愕の声を上げる。
未来革命機関では白髪の子供は見たことがない。
しかしその子供もまた、成長を促進して既に大人になっている可能性がある。
そしてピュアホワイトはダークナイトの物を模した鎧を常に纏っている。
今考えれば、全て繋がっている。
しかしそれは、あまりに残酷な現実で。
「こんにちは。私は、榊浦美優が作った1人目のデザインベイビー」
ピュアホワイトは雪のような白い髪を振り乱しながら、残虐な笑みを浮かべた。
「貴方の言う幼馴染……小日向真昼ですかね? さっきからうるさい女が宿ってる、未来革命機関の大幹部です」
『…………真昼ッ!』
ヘッズハンターが届かないとは分かっていても、その場で大声で叫ぶ。
しかし今ピュアホワイトに襲い掛かっては、俊介の体が出血多量で死んでしまう。故にここで歯噛みし、去っていくピュアホワイトを見送るしかない。
「ではでは。アニーシャ様、また会える日を心待ちにしています」
ピュアホワイトは脱いだ兜を被り直すことなく、榊浦美優を持ったまま去って行った。
そして少し歩いた所で……何らかの魔法か科学道具による効果か。
突然空間に溶けるように姿を消し、その行方は分からなくなった。
「ぐ、ぅ……くそ……チクショウ……」
榊浦美優の誘拐失敗。
ピュアホワイトの攻撃による大怪我。
ダークナイトで一矢報いたものの、結果を見ればそれは敗北としか言い表しようがない。
夜桜救出への道は再び遠のいた。
瓦礫の粉塵と血の匂いの中。
俊介は悔し涙を流しながら……意識を失った。