殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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消しては書いて消しては書いてを繰り返してたら二ヵ月経ってました。
これからは投稿頻度を短くできるように頑張ります。


#75 0と100の距離感

 

 

 

 

 

 電灯の消えた暗い廊下から現れたのは夜桜宗次郎だった。

 

 闇夜に溶けるような黒い格好をした彼は、医療機器に繋がれた俊介の姿をじっと一瞥したあと、平坦な声色で言う。

 

「昨日ぶりだね日高君。体は大丈夫かな?」

「いや、え、どうしてここに……?」

「順に説明するよ。時間が惜しいからね」

 

 俊介の困惑も消えぬまま、宗次郎が更に病室の中へ数歩足を踏み入れる。

 

 そしてその宗次郎の背後を追うように、更に多くの人影がぞろぞろと病室の明かりの中へと入ってきた。

 何故か、女性ものらしき家具と多くの段ボール箱を手に持って。

 

「おーえす、おーえす。階下に響くので、ゆっくり降ろしてくださーい」

「この荷物は積んでいい奴でしたっけ……?」

「ゴミを纏めた袋はここにお願いしまーす」

 

 

 彼らは夜桜邸で何度か見た使用人の人達だった。

 見事な連携で、俊介の一人用には少し広い病室の中へどんどん荷物と家具を運び込んでいく。荷物というか、明らかに鼻を噛んで丸めたティッシュみたいなゴミを入れたゴミ袋も持っている。

 

 

「えっ。な、何してるんですか?」

 

 当然何も知らない俊介は疑惑の声を口にした。

 人の病室になぜ見知らぬ人物の家具と荷物を運び込んでいるのだろうか。いや家具と荷物だけならまだしもなぜゴミまで?

 隣にいる橘も怪訝そうな顔で運び込まれる荷物を見つめている。いやホントになんで?

 

 

 二人は答えを求めるように、同時に病室の隅にあったパイプ椅子に座る宗次郎に顔を向けた。

 視線を向けられた宗次郎は足をゆっくりと組み、いかにも深い事情があるといった表情を浮かべる。

 

「そうだね。まずはなぜ私がここに来たかを話そうか」

「いやそっちも気になるんですけど、この荷物の話を先に……」

「とある理由によって、私は君と日中の往来で接触するのを避けたかった。誰が見てるかも分からないからね」

 

 宗次郎は俊介の質問の声をガン無視して話を進め始めた。ムカつく。

 しかし話をぶった切ってまで再度質問する気にもなれず、いずれ説明してくれるだろうと期待して大人しく彼の話に耳を傾けた。

 

 

「その接触したくなかった理由だが……日高君。きみ、『人格犯罪者』なんだろう?」

「…………」

「この場にいる使用人は全て信頼できる者達だから正直に答えてくれて構わないよ」

「……そうですね。はい、その通りです」

 

 一体何処からバレた?

 ……いや、そんな物考えるまでもないか。夜桜邸の庭で未来革命機関の兵士相手にあれだけ大暴れしたんだから、俺に何らかの危険な人格が宿っていることなんてお見通しの筈だ。それに、あそこにはあの人も現れたし……。

 

「私へ事情聴取しに来た『白戸』という男から聞いたよ。庭で暴れていたのは『怪人二十面相』と呼ばれる人格犯罪者だってね」

 

 当然といえば当然だ。

 夜桜邸の庭で自分と未来革命機関が大暴れしたのだ。警察である白戸が、土地の所有者である夜桜宗次郎に事情聴取をしに行かないわけがない。

 そして宗次郎ならば、怪人二十面相と呼ばれる人格犯罪者の正体が誰かなど考えるまでもなく分かっただろう。

 

 

 宗次郎は手を組み、ピリつきかけた空気を宥めるように優しい声色で言葉を発する。

 

「あ。勘違いしないで欲しいんだが、私は君が人格犯罪者だからといって否定はしないよ」

「そ、そうですか」

「肯定もしないけどね」

 

 そりゃそうだ。

 肯定されたらそれはそれで困惑する。

 

「私には日高君が『良い人間』だってことは分かってる。が、今のこの国において人格犯罪者というのはかなりヤバい称号なんだ」

「警察に思いっきりマークされますからね……。人対なんて恐ろしい部隊が襲ってきますし」

()()()()()()()

「?」

 

 『そこじゃない』って何だろう?

 人対のあの三人に付け狙われるって時点で相当ヤバいと思うんだけど。

 特に俺なんか殺害許可も出てるらしいから、いつ首と体が泣き別れしてもおかしくない。それ以上となると、少し思いつきにくいが。

 

 その時、ちょうど謎の家具と荷物を運び終わった使用人たち。

 彼は使用人の一人が病室の扉を閉め、鍵を掛けたのを確認した後に息を吐く。

 

「ふう……。少し、込み入った話をしても構わないかい?」

「はい、大丈夫です」

「ありがとう。君の将来に関わる話でもあるから、きっと損はない」

 

 俺の将来……?

 

 

 

「――――この国は今、浮遊人格統合技術の注射義務の年齢を、()()()から()()へと引き下げようとしている」

 

 

 

 ご、5歳ッ!?

 10歳でもイカれてるのに何でもっと下げようとして、いや、それが人格犯罪者の話と何の関係が……?

 

 そんな俊介の困惑に答えるように、宗次郎が話の続きを紡ぐ。

 

「優秀な科学者の人格がその力を発揮するのに、宿主の年齢は関係ない。宿主が10歳だろうが20歳だろうが人格の知能は何の影響もない」

「…………」

「注射義務の年齢を5歳に引き下げれば、単純に考えて5年早く人格ガチャを回すことが出来る。そして5年早く利益の高い研究結果を得られる。優秀な人格が宿った子に予算を多く割けば費用対効果も高い」

「んな、利益重視な……。今でさえ、宿主を乗っ取る人格も多いのに」

 

 ぼそりとそう呟く俊介。

 そこで宗次郎は身を屈め、少し声色を重くする。

 

「もしの話だ。ある日死んでしまった大人が突然5歳児に宿ってしまった。普通の5歳児といえば、まだ声の大きさの調整も難しいし、会話はできても大した意味は詰まっていないことが多い」

「はあ、まあ、そうかもしれませんが……」

 

 妹や弟がいる訳でもないし、勿論子育ての経験なんてないから、その辺りはよく分からないが。

 

「よく考えてみて、全く知らない5歳の子供だよ? 宿った人格はその子から一生数メートルしか離れられない。70年以上もそれを許容できる人間が、異世界の人間とはいえどれくらいいると思う?」

「…………」

 

 確かに、全く知らない5歳の子供と一生一緒はちょっとキツいかもしれない。

 子供の声も元気いっぱいなのは分かるけど、結構耳に響くからな。自由に離れられないってのも中々ストレスが溜まりそうだ。

 

 もし自由に動けるのなら、そんなストレスも…………。

 

 

「……まさか……」

「人格が宿主を乗っ取ったら、宿主側にはどうにも出来ないそうだね。自我がかなり発達した10歳の子よりも、ストレスを溜める原因である5歳の子を乗っ取る方が罪悪感は少ないと思わないかい?」

 

 マジで言ってんのかこの人は。

 いや、この国は本気でそんな事を考えてるのか?

 国ぐるみで子供を殺してんのと同じだぞそんなの。

 

「ただの子供より、大人の人格が入った子供の方が便利だ。そもそも人格が宿る可能性も低いし、落ち着いた子供が増えるだけで大した問題にはならない」

「便利とか、大した問題じゃないとかって話じゃ……!」

「今やこの国だけじゃなく、他の国も年齢を引き下げようとしている。異世界の利益に狂った人間は多いんだよ。私もその一端を担ってしまっているがね」

 

 そう言いつつ、宗次郎は顔を逸らした。

 先ほどから声を低くして申し訳なさそうに身を屈めていたのは、自分も異世界の人格の利益を享受する側の人間だと分かっていたからだろう。

 俊介は何か言おうとする。が、今の自分の生活の一部にも人格の恩恵があるのは分かっているので、口をつぐまざるを得なかった。

 

 頭ごなしに浮遊人格統合技術を否定するには、その恩恵が世界に広まりすぎていた。

 

 踏み越えてはいけないデッドラインを世界全体で踏んでいる。

 今の世界は、そのラインを越えて更に一歩踏み出すかどうかの瀬戸際なのだ。

 

 

 宗次郎は逸らした顔を俊介に向け直す。

 

「今の話で、年齢引き下げによる利益が大きいのは分かってくれたと思う。倫理はともかくね」

「はい……」

「しかしさっきの君のように、これ以上年齢を引き下げる事に拒否感を示す人は多い。だが国としては他国との競争に勝つためにいち早く年齢引き下げ政策を施策したい。でもこの国は民主国家だから、国民の大多数の賛成が―――――――」

 

 そこから宗次郎の難しい話が始まった。

 だが政治や社会について深く勉強したことがない俊介は一気に話についていけなくなった。

 一般的な高校生にとって政治の細かい動きとか体制は『殆ど理解していない』が普通なのだ。暗記科目として基本的な単語は頭に入っているが。

 

 

 三分ほど話し込んだ所でようやく、宗次郎は俊介が話について来られていないのに気が付く。

 

「……あ、ごめん。思わず紗由莉と話す感覚で話してしまった」

「夜桜さんは一般的な高校生の指標じゃないです……。俺は人格犯罪者なこと以外は普通の高校生ですから……」

「それは普通とは言わないと思うけどね? えっと、少し話をかみ砕いて言うと……」

 

 顎を触りつつ、目を上に向けて考え込むような仕草を取る。

 そのまま、言葉を慎重に選ぶように俊介に語り掛けた。

 

「多くの人々が賛成しないと、注射義務の年齢は引き下げられない。だから浮遊人格統合技術が良い物だというイメージを高める必要があるんだ」

「イメージを高める?」

「いや、ちょっと語弊があるな。人格は勝手に利益を出して正のイメージを高めるから、『負のイメージを溜めないこと』が何よりも大切なんだ」

「ふむ」

 

 これくらい話を噛み砕いてくれたら何とか付いて行けるぞ。

 

 

「そしてこの負のイメージを溜める存在とは、すなわち……『()()()()()』だ」

 

 

 ここで人格犯罪者の話に繋がるのか。

 負のイメージを溜めたくないって話だから、当然、国も何らかの対策を人格犯罪者に行っているんだろう。

 

「……その人格犯罪者を、どうするって言うんですか?」

「『隠ぺい』する。人格犯罪者の危険度がいまいち世間に知られていないのは、彼らが起こした犯罪を全て国が隠しているからなんだ」

「隠ぺい……」

 

 記憶に新しい人格犯罪者絡みの事件といえば、やはり星野の件だ。

 異世界の殺人鬼だった星野を、ヘッズハンターが一方的に叩きのめして病院送りにしたあの事件。結局学校内で噂が広まっただけで、ニュースにはならなかったはずだ。

 でもアレは榊浦豊が自分で警察の捜査を邪魔したって言ってたしな。いやでも捜査を邪魔しただけでメディア規制はやってないから、結局国が隠ぺいしたことになるのか?

 

 でもまあ星野の件は百歩譲って世間に報道されないのは理解できる。

 学校内という閉鎖環境で起きた事件だし。

 

 問題はあのデパートの事件だ。人格犯罪者数人が数百人の客を人質にして立てこもった事件。

 あの後すぐに榊浦豊と出会ったり、夜桜さんが一日で記憶を取り戻したり、人対纏めてなぎ倒したりと、ヤバいイベント目白押しで忘れかけていた。そもそもあの事件はエンジェルが体奪ったせいで俺そんなに関わってないし。

 

 でも多分……忘れかけること自体がおかしいんだよな。

 数百人人質にして立てこもるなんて常識的に考えてヤバすぎる大事件だろ。

 ただでさえこの辺りで起きた事件だから噂は広まるはずなのに、俺が忘れかける位に情報がシャットアウトされてる。朝飯食う途中でテレビニュース見るくらいの情報収集は毎日してるのに。

 

 

 俊介が考え込む最中、宗次郎が口を開く。

 

「この隠ぺいの過激さは相当なものでね。人の命が簡単に消える」

「人の命が、消える?」

「人格犯罪者に関わりすぎるとね、ぷっつりと消息が絶えるんだよ。そうやって今まで何人もの人間が行方不明者リストに名を連ねてる」

「っ……」

 

 

 …………マジか。

 

 何も知らなかったけど、人格犯罪者の俺ってそんなにヤバい存在だったのか。

 いるだけで周りの人間を危険に晒すってこういう事を言うんだな。

 

 人対にも正体が確定バレした。あの三人相手に一生逃げ回るのも大変だし、だからといって殺すのは論外だ。

 ……本当に、年貢の納め時って奴なのかもな。

 

 

 

「――――おーい、日高君? 大丈夫かい、ボーッとしてるけど」

「あ、はい。すみません、大丈夫です」

 

 頭の中で考え込みすぎて思わず呆けていたようだ。

 後の事は未来革命機関から夜桜さんを助けてから考えよう。どうせ人対と何かあるとしたら機関との確執が終わってからなんだから。

 

 宗次郎は俊介を少し気遣いながらも、咳払いをする。

 

「それで最初の、日高君に明るい内に接触したくなかった理由に戻るんだが」

「……はい」

「娘が人格犯罪者に誘拐されただけならともかく、日中に個人的に関わっているのが国にバレると私の命が消されるんだ。私はいいけど、家族や一万人以上の社員が路頭に迷うと思うとね」

「いえ、事情は分かりましたから。今こうして来てくれてるだけで本当にありがたいです」

 

 俊介は頭を下げる。

 どれだけのリスクを犯して自分に会いに来てくれたのか、それが身に染みて分かったからだ。

 

 頭を下げた俊介に対し、宗次郎は立ち上がってベッドの傍まで近づく。

 肩に手を置き、頭を上げるように言葉を吐いた。

 

「頭を下げないでくれ。私こそ、家ではみっともない姿を見せた。紗由莉が好きな君にとってはあの言い方は憤慨して当然だからね」

「ッ!? 俺が夜桜さんを好きって、そんな……一言も言ってないですよね!?」

「いや、流石に分かるでしょ……」

 

 バッと顔を上げた俊介に対し、呆れた顔を浮かべる宗次郎。

 

 なんで夜桜さんを好きな事がこんなに簡単にバレるんだろう。ついには父親にまでバレたし。

 流石にキュウビやニンジャほどは無理だけど、割と嘘は上手く吐ける方だと思うんだけどな。そんなに分かりやすく顔に出てるかな?

 

 

 そんな風に思い悩み、悶々と頭の中を回していた時。

 

 ベッドの横の椅子に座り、ずっと静かに話を聞いていた橘が口を開いた。

 

「おい。俺に渡した『アレ』の説明は?」

「ん? ああ……そういや忘れてたね」

「忘れられるような物じゃないだろ……」

「たかだか数千万だし」

 

 ……『アレ』? 数千万?

 何の話?

 

 

 俊介が不思議そうに両者の顔を交互に見ていると、視線に気づいた橘が懐からくしゃくしゃの紙を取り出した。

 くしゃくしゃなのは恐らく雨に濡れて乾いたからだろう。

 橘はその紙を俊介に渡し、中身を見るように促す。

 

「…………?」

 

 開いた紙には『病院』と『銃砲店』と『箱』という単語が横に並び、そのすぐ下にそれぞれの住所が書かれていた。

 ……銃砲店? 箱? は?

 

 

「日中は日高君に会えないだろう? だから次善策として、移動手段の車と使えそうな店のメモを彼女に渡しておいたんだ。一緒に行動してるらしいのは調べたしね」

「この銃砲店って何ですか?」

「文字通り実銃が売ってる店。私の名前を出したら免許なしでも売ってくれるよ」

「は? は、犯罪ですよね?」

「そこの店主とは仲が良いんだよね。この病院の院長とも仲良いんだよ。人格犯罪者に銃売ったり入院させたり、多少のイケない事なら黙ってくれるくらいお金貸しててさ」

 

 ヤバいだろ。

 というか、この最後の箱ってマジで何? 病院と銃砲店はまだ分かるけど。

 

「この最後に書かれてる箱ってのは――――」

「――――人がいない場所」

「はい?」

 

 宗次郎が顔をぷいっと逸らし、ぶっきらぼうに答えた。

 意味がよく理解できなかった俊介が思わず間抜けな声を出す。

 

「ど、どういう事ですか?」

「何しても人が来ない場所。防音で掃除も楽。何でも灰に出来る焼却炉もある」

「…………」

 

 うーん。

 人が来ないし、防音で掃除も楽で、何でも燃やせる焼却炉付きか。

 数十キロの肉塊とか、ちょっと紅い水をこぼしても大丈夫そうな場所だ。なんかトールビットとかが喜々として遊び場に使いそうだなあ……。

 

 ……いや。

 どう考えても人間を拷問する場所じゃねーか!!

 

 

「使いませんよ、こんな場所」

「自前で確保してるのかい? 流石だね」

 

 感嘆の声を上げる宗次郎。

 

 そういう事じゃねえんだわ。

 さてはこの人、俺が人格犯罪者だからって何でもすると思ってるな? トールビットに拷問させるのなんて年に一回あるかどうかだぞ。

 

 

 嬉しそうな表情から一転、宗次郎が少し悲しそうな表情を浮かべ、低い声を放つ。

 

「しかしそうか、余計なお世話だったか……でもいつでも使っていいからね。君の為に作った場所だし」

「俺の為に?」

「うん。裏の人間からノウハウ集めて、急ピッチで仕立てて……それでも五億で済んだから安い買い物さ」

 

 俺の為にそんな物を作られても心はトキめかない。

 ホントに、マジで世界一金の使い方を間違えてる。もっと他に何か使い道あっただろ。

 

 世の中の有能な人ってのはみんなこんな風に、なんか一線踏み外してる人ばっかなのか?

 榊浦親子といいこの人といい、自分の力をどうして変な方向に使ってしまうんだ。

 

 でもその理屈で行ったら夜桜さんまで変な人ってことになるしな。

 あんな天使みたいな彼女が道を踏み外した考え方をしてるとか、ちょっとおかしい所があるとか、そんな訳がないしな! バクダンはおかしいけど。

 

 

「……ん?」

 

 ふと視界の端で何かがカタカタ震えているのに気が付いた。その方向を見る。

 すると、パイプ椅子に座っていた橘が『銃砲店』と『箱』の内容にドン引きしていた。そして、紙の文字と俺の表情を交互に見ながら顔を青ざめさせている。

 

 あんたも説明受けてなかったんかい。

 つか何で俺が怖がられてんの? ヤバいのは宗次郎さんの方だろ!

 

 

 ………なんだか頭痛がしてきた。

 

 

 でもまあ、宗次郎さんが俺にここまで手厚い支援をしてくれるのは、裏返すと娘をそれだけ助けたいからって事だ。

 ちょっと変わってるけど家族は大切にする人って思えばギリ理解はできる。

 

 『娘を助けなくていい』なんて畜生発言をしてたのは、まあ今は改心したってことで。

 家族仲が良くなかったのは不幸なすれ違いによる事故だったんだよ。誰かが悪とか決めつけるのは野暮だ。

 

 

 俊介は混乱した頭を無理やり『宗次郎さんは家族思い』の一言でまとめ上げた。

 くしゃくしゃの紙を橘に返す。

 そして体を少し横に傾け、病室の奥で積み重なる荷物を見ながら問いかけた。

 

「……あの、最後に一つ聞いていいですか? というか最初から聞いてたんですけど」

「何だい?」

「あの荷物は何ですか?」

 

 宗次郎がくるっと振り返り、背後の荷物を見ながら「あぁ」と言葉を漏らした。

 

 何か見覚えあるんだよな、あの荷物と家具。

 特にあの女性物のベッド。

 あんな綺麗な装飾が施されてる天井付きのベッド、普通の家庭には絶対ない。というかデカすぎて寝室に置けない。

 

 つまり金持ちの家くらいでしかあんなベッド、使うはずがない。

 そして俺が入ったことあるような金持ちの家で、見覚えのある女性物のベッドとか……。

 

 うーん、嫌な予感がする。

 

 

 その嫌な予感のど真ん中をぶち抜くように、宗次郎が軽い口調で返事を返した。

 

「これ、全部紗由莉の荷物。部屋にあった奴全部持ってきた」

「本気で言ってます? 家族とはいえ、む、娘さんの私物ですよ? 高校生の」

「君は娘の部屋を調べるために私の家に来たんだろう? 今は家が壊れてしまって入れないが、代わりに荷物を全て持ってきたんだ」

 

 素面で言ってるなら相当ヤバいなこの人。久しぶりに本気でブルっちまったよ。

 

 荷物を運んできた使用人の人達を見ると、少し複雑そうな顔で目を逸らした。

 娘の私物を勝手に全て運ぶのは良くないと彼らも思っているようだ。そりゃそうだよ。

 

 

 で、でも夜桜さんの部屋を調べたいと先に言ったのは俺の方だしな。

 宗次郎さんも泣く泣く、本当に仕方なく持って来てくれたに違いない。

 

「あ、ありがとうございます。でも本当に調べちゃって大丈夫なんですか?」

「全然構わない。運んできた甲斐があった」

 

 良くないよ。

 

 

 

 ……夜桜さんと家族仲が良くなかった理由が少し分かった気がする。

 この人、多分、人との距離感を計るのが苦手なんだな。

 

 決してサイコパスとか言う奴ではない。

 他人の命が大切という道徳的な事は理解している。

 

 おそらく宗次郎さんは人と親しくしたいけど、どれくらい親しくすればいいのか分からない。

 極端に離れるか極端に近づくかの0-100しかないんだ。

 

 社員を適度に大切に思ってるみたいだし本当は0-50-100なのかもしれないが、家族の関係というのはそんな50刻みの大雑把な調節では上手く行かないだろう。

 

 

「どうかしたかい?」

 

 彼が首を傾げる。

 

 俺にたったの一言で、距離感を上手く測る方法を伝えることは出来ない。

 そもそも俺だって人間関係が上手く行ってるかと言えば、決して『そうだ』とは言えないのだ。

 

 今ここで、俺が何か言えるとすれば。

 

「娘さんは必ず助けます。なので……俺がいない所で、一度腹を割って話し合ってみてください」

 

 これくらいしかないだろう。

 

 

 彼はその言葉を受け止め、数秒経った後……重く頷いた。

 

 これで二人の仲が改善すればいいんだけど。多分この事件が終わった後、俺は二人と会えないし。

 まあ、高校生が他人の家族仲を良くするだのどうだのを考えるのは少し傲慢すぎる。これくらいがちょうどいい塩梅の手助けだろう。

 

 

 腕時計を見る宗次郎。

 それに釣られるように、部屋の中に掛かっている時計を見る。どうやら三十分近く話し込んでしまっていたようだ。

 

 彼は使用人達に目で部屋を出るように指示し、俊介の方に向き直る。

 

「私はもう帰る、夜中とはいえ長居すると危険だ」

「はい」

 

 覚悟の決まった返事を返す。

 宗次郎は顔を俯け、指先で服の表面を何度かさすりつつ言葉を発した。

 

「娘とはよく話し合ってみる。だから、申し訳ないが……頼んでも、いいか?」

 

 その『頼む』の意が何かなど考えるまでもない。

 夜桜さんを助ける。

 その後俺がどうなろうと知った事ではない。

 

 

 息を吸い込み、宗次郎に向けてもう一度、決意を込めた言葉を吐いた。

 

「……はい!」

 

 その言葉を聞き。

 宗次郎は優しく口角を上げた。

 

 

 

 

 

 

 







人間関係がどうのこうのってお前が言えた事じゃないよな俊介ェ!

設定語りで思いがけず話が長くなってしまったので、夜桜の荷物を漁る話は次回にさせてください。申し訳ない。


-Tips-
Q.人格犯罪者が起こした事件をほぼ全て隠ぺいするって無理じゃない?
A.一般人に罪を押し付ければ人格犯罪者が起こした事件ではなくなりますよね。本当の犯人である人格犯罪者も人対に捕まえられるので治安には何の問題ないな!

Q.さすがに罪を押し付けられた人の家族が騒ぐでしょ?
A.この国では15年前から行方不明者が増加してるらしいです。なんでやろなぁ……。

Q.世界が邪悪すぎない?
A.一話の冒頭から子供に変な薬(マイルド表現)打つくらいヤバかったからセーフ。


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