『夜桜さん! 無事だった?!』
『日高君?! どうしてここに!?』
『夜桜さんを助けるためにここまで来たんだ! 本当に無事でよかった……!』
『心配させてごめんね、私が弱くて攫われたばっかりに……!』
そうして、私と日高君は熱い抱擁を交わした。
秒が立つほど、互いの体温が上昇し、顔が自分でも赤くなっていると感じるほどに発熱する。
『夜桜さん……』
『日高君……』
私達は再会した感動の勢いのまま、互いの視線を深く混ぜ合わせる。
そして初めての口づけを捧げるために、顔を近づけて。
二人の一生の記憶に残るような、全身がとろけそうな熱を持って唇を重ねた。
――――こうなるはずだった、のに。
「あれ。」
……あれ?
あれあれあれ?
おかしいな。
どうして日高君が変な女と抱き合ってたんだろう?
というかあの女は誰?
日高君の家族にも血縁にも小学校にも中学校にも高校にも近所にもよく行く店にも地域の配達員にも子供の頃に引っ越した近所の人にも学校で関わった人間の親族にもお義父さんやお義母さんの職場にも日高君が昔一度だけ行って偶々来てたプロに完勝しちゃって逃げたスポーツクラブのメンバーにもその血縁にも日高君が何度かやったことのあるバイトの店の人にもあんな人は絶ッッッ――――対にいなかった。
……は?
じゃあ何?
私が未来革命機関に閉じ込められてる間に出来た交友関係か、私の調査から漏れたようなうッッッすい交友関係の女が、私が少しいない間にあそこまで親密になったの?
嫉妬? いや、そんな生易しい感情じゃない。
心の底から湧き上がるおどろおどろしいこの気持ち。
今ならハッキリわかる。
これが、純粋な殺意――――
「――――……すぅーっ……ふぅ……」
深呼吸で気持ちを落ち着かせる。
危ない危ない。
変な方向に目覚めちゃうところだった。
さっきのは銃弾から守るために仕方なく飛び掛かって、その結果偶然抱き合ってただけよね。偶然の事故に本気で怒るなんて、そんなことしないよ~。
……でも、それだと、日高君は自分が撃たれるリスクを背負ってまであの女を助けたってこと?
なんかまたイラついてきちゃった。
心のうちに暴れ狂う怒りを抑えていると、日高君が件の女と一緒に近づいて来た。
「夜桜さん、自分で脱出してたんだね」
「あ……うん」
「その……本当にごめん。俺が夜桜さんに、母さんの周りを調べて欲しいなんて言ったから、こんなことに……」
「ううん、日高君のせいじゃないよ」
彼に一歩近づく。
「私が迂闊だったのもそうだけど……私はきっと、ずっと前から未来革命機関に狙われてたんだ。榊浦美優が突然学校に来たのも、多分私を誘拐するチャンスを近くで窺うためだったんだと思う。だから日高君に関係なく、いつかこんな風になってた」
「…………」
「それでも、日高君は優しいから、自分に非を感じちゃうと思う。……でもね」
私は彼の右手を手に取り、両手で包み込んだ。
少し皮膚の硬い、私とは違う大きな手からの熱を感じつつ、少し笑みを浮かべて言う。
「日高君はここまで、助けに来てくれたんだよ。それだけで……充分なんだよ」
「……うん」
彼は私の手に、もう片方の手を重ね、枯れそうなほど小さい声でそう答えた。
「……ところでね」
ギュルリと、件の女の方に隠し切れない殺気を込めて視線を向ける。女は少しだけ肩を震わせた。
「そっちの人は……だあれ?」
「よ、夜桜さん? ちょっと視線が怖い……」
「誰なの?」
自分が向けられた訳でもないのに、余りの視線の鋭さに思わず身がすくむ俊介。
実際に向けられている橘は身がすくむどころの騒ぎではない。思わず漏れ出しそうな膀胱の口を締め、緊張と恐怖で震える唇を何とか動かして言葉を発した。
「た……橘春斗です! ぼ、ばッ……
…………?
えっ、なんで自己紹介の一言目でバツイチ?
バツイチ、バツイチ……。
――――ッ!?
まさか、未亡人ってこと……?!
――――その時、夜桜の優秀な頭脳が、彼女の脳内に架空の映像を走らせた。
『私は、夫を未来革命機関に殺されたんです……』
『そんなことがあったんですか……』
優しい日高君が、泣きじゃくる橘の傍でしゃがみ込みながら話を聞く。
『お願いします……! 夫の仇を、未来革命機関を倒すのに、私も協力させてください……!』
『両腕が折れてるあなたじゃ危険すぎます。俺が倒して来ますから、安全なこの場所で待っていて……うわっ!』
橘がしゃがむ日高君の肩を押し、フローリングの床の上に押し倒す。
彼女の豊満な胸が日高君の胸板に落ち、柔らかいゴムまりのように形を歪ませた。日高君が思わず顔を赤面させ、橘をどかそうとするが、思ったように力が出ない。
『連れて行ってくれるなら、何でもします……』
『な、なんでも……』
『はい、なんでもです……』
そう言いながら、橘は日高君と自身の影を重ねて――――
(――――殺しちゃおう)
ハッキリ心の中でそう思った。
こんなあくどいサキュバスが異世界じゃなくてこの世界にいたとは驚きだ。今の私の心は悪魔祓い、邪気滅殺の聖なる気配を込めたクラスター爆弾で跡形もなく吹き飛ばしてやる。
明らかに夜桜の顔が険しくなるのに気付いた俊介が、橘の小脇を肘で軽くつついた。
「橘さん、こんな状況で下手なこと言ってんじゃねーよ……! 変なこと言ったから夜桜さん怒ってるじゃん……!」
「うっ……き、緊張しすぎて元の世界のこと言っちゃったんだって……」
小声で何やらおかしなことを言う橘。夜桜の優秀な耳はその言葉を一字一句漏らさずキャッチした。
思わず聞き返す。
「……元の世界? 未亡人じゃないんですか?」
「未亡人? そ、そっちこそなんの話だ……?」
橘が困惑した様子でそう言う。困惑してるのはこっちなんですけど。
互いに困惑した隙を見て、俊介が言葉を差し込む。
「こ、この人は元未来革命機関の兵士なんです。体は女性ですけど、中にいる人格は男なんですよ。拠点内の道案内をしてもらおうと思ってついてきて貰ったんです」
「……そうだったの?」
なーんだ。
バツイチって元の世界で男の時に結婚してた、って意味だったんだ。
しかも中の人格が男の人なら、間違っても日高君とそんな深い仲になることはないよね。
と、そう思いながら彼女の方を見ると。
何故か赤面しながらチラチラと日高君の方を何度も見ていた。
明らかに男の物とは思えない、メスの顔をしている。
『初めての対抗馬が、TS金髪巨乳美女……?! おいおい、サブヒロインにしてはキャラが濃すぎんでしょ……!』
バクダンが興奮した様子でそう言う。
喪女の癖にまたギャルゲー的な考え方で恋愛を捉えているな。
けど、そっか。
元は男の人格だったけど、段々日高君に惹かれちゃったんだ。カッコいいもんね日高君。
そっかそっか。
うん。
……そっちの方が
橘さんが変な自己紹介するから夜桜さんが怒ったじゃないか。
突然バツイチなんて言われたら馬鹿にされてるのかって思っちゃうよな。なんとかフォローできたっぽいし、まあいいけど。
『全然フォローできてない気がするけどな』
ヘッズハンターが凄い他人事のようにそう言った。
夜桜さんが無の表情を橘さんに向けると、少し怯えた様子の橘さんが俺に近づいて来る。すると夜桜さんがこめかみにすーっと青い血管を薄く浮かべた。
……この二人は一体何をしているんだ?
まあ、このまま橘さんの紹介を続けていても仕方ない。俊介は無理にこの話題をぶった切るため、言葉を発した。
「……夜桜さん。そろそろ本題に入っても大丈夫?」
「あっ、うん」
俊介が声を掛けると、夜桜は身に纏う雰囲気をすぐに真面目な物に切り替えた。橘も夜桜の雰囲気が変わったのを見た後、息を吐き、二人の会話に意識を集中させる。
俊介は夜桜の方を向き、決意と覚悟の籠った声で言う。
「何日も誘拐されてた夜桜さんには申し訳ないんだけど、その……しばらくこの船の何処かに隠れていて欲しいんだ」
「どうして?」
「ピュアホワイトを倒すまで、夜桜さんを安全に脱出させられる保証がない」
下級兵士は数が揃っても全く問題ない。上級兵士も数が揃わなければ楽に対処できる。
この二種類の兵士だけなら例え攻撃されたとしても、夜桜さんを守って脱出できる自信はある。
だがピュアホワイトだけは別だ。
奴がいる限り、俺はこの船から夜桜さんを安全に逃がす保証ができない。最悪空中で攻撃されて斬り殺される。
「それに……ピュアホワイトだけは、俺
「俺、たち……」
『俺
俊介の中に宿る人格の誰かと、ピュアホワイトの間に何らかの因縁があるのだと。それを清算するために俊介はピュアホワイトに挑むのだと。
夜桜が心配そうな声で言う。
「ピュアホワイトは私が手も足も出ないくらい強いよ。……大丈夫? 勝てる?」
「…………」
少しだけ目を伏せる俊介。
そしてすぐに口を開き、言葉を返した。
「今度、俺がよく行くスイーツ店に行かない?」
「え?」
「夜桜さんとの約束があるなら、俺は絶対に帰って来れる。絶対に勝てるから……その、約束、してくれないかな?」
言い換えれば、それは、俊介からのデートのお誘い。
その言葉に対し、夜桜がどう返答するかなど、火を見るよりも明らかだった。
「うん、絶対行く。約束する」
「……ありがとう。じゃあ絶対勝ってくるから」
「待って」
歩き出そうとした俊介の手を掴む夜桜。
そして俊介の懐に手を入れ、俊介が未来革命機関の拠点を見つけることになった最後の手がかり――――
「やっぱり、私の部屋からこれを見つけてくれたんだね。私の遺したメッセージ……」
「部屋からは見つけてないっす」
「え?」
「なんでもないよ」
まさか夜桜さんの私物を父親が病室に全て運んできたとは言えない。今言ったら確実に拗れるし。
少し首を傾げた夜桜だったが、手元のレーダーに視線を落とし、話を続ける。
「実はこの発信機、私には付いてないんだよ」
「え?」
「これは発信機爆弾って言って、爆破した対象に微細な発信機を貼り付けるって奴なんだ。ピュアホワイトと最初に会った時、私は殴られながらもこの爆弾をあいつに使った……」
彼女が左右のボタンを押す。
恐らく特殊なコマンドか何かを押して、縮小率を超拡大したのだろう。殆ど中心にあった黄色い点が、いきなり左上の方に移動する。
「日高君がこれを使ってここに来たなら、この発信機はまだピュアホワイトの位置を表してる。これを辿れば、あいつの元に辿り着く」
「……ありがとう。何から何まで」
「いいんだよ。その代わり、こっちの橘さんは借りていくね」
「え?」
夜桜は一瞬で日高の横にいる橘の背後に移動し、その肩を手でつかんだ。ミシミシと音が聞こえるくらい手に力が入っている気がする。
「ピュアホワイトと戦うなら、両腕が折れてる彼女も足手まといでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
「なら、私はここの地理を知ってる彼女と一緒に
「別の物?」
俊介が聞き返すと、夜桜はすぐに言葉を返した。
「――――
「ッ……」
たしかに。
ピュアホワイトの方が優先度は高いが、逃げ出した奴をそのまま放っておくことはできない。もしこの船から逃げて、他の人格犯罪者の組織にでも合流されたら、また酷い数の犠牲者が出る。
榊浦美優はピュアホワイトと比べれば戦闘力は皆無に等しい。
だがしかし、奴は優秀で、この未来革命機関の幹部だ。一体何を隠し持っているか分からない。
「……危険すぎるよ。やっぱり二人で何処かに隠れていた方が……」
「日高君、私は確かに一度誘拐されちゃった失態があるから、強くは言えない。でも日高君が全部解決するまで大人しく隠れてるだけなんて、私にはできない」
「…………」
夜桜さんの強い決意が籠った瞳に射抜かれる。
けど……やっぱり、危険すぎるから……。
『いいんじゃないでござるか?』
その時、いつの間にか外に出て来ていたニンジャが背後から声を掛けてきた。
『拙者に勝てるほどの実力なら、例外のピュアホワイトを除いてそうそう負ける事もないでござろう』
「…………」
『それに、夜桜は拉致被害者。気丈に見えるが心に傷を負っている可能性はある……。だが榊浦美優を自分で捕まえることでこの件に決着を付けられるなら、変なトラウマも抱えないでござろう』
「……そっか。そうだな」
彼の言葉に呼応し、そう言う俊介。
ニンジャとしては『俊介なら夜桜のためと言えば肯定するだろう』と読み切っての言葉であった。
夜桜の言葉に加勢するようなことを言ったのは、変な所で変なことをされるよりは榊浦美優を追っていてくれた方が動きも予想しやすく、ひいては俊介の身の安全に繋がるとの判断だった。
「榊浦美優のこと、お願いするよ。夜桜さん」
「うん。こっちは任せて」
そう言うと、夜桜は橘の肩を掴んだまま廊下に出て行った。
俊介は一度息を深く吸い、吐き、手元のレーダーを見る。
この船の地理は余り頭に入っていないが、レーダーを見ながらならば大体行けるだろう。ピュアホワイトに近づけば、先行して捜索してくれているハンガーやトールビットにも出会うはずだ。
「ヘッズハンター、両足。行くぞ」
『ああ』
彼に両足の主導権を渡し、廊下を進む。
途中で下級兵士が何人か現れたが一蹴し、廊下を走り続ける。
そして、点に近づくように廊下を走り、階段を上った時。
天井をすり抜けるようにハンガーが現れ、目の前に綺麗な着地をした。少し遅れてトールビットも現れる。
「二人とも。……見つけたんだな?」
『ああ。御大層に待ち構えてるぜ、兵士たちと一緒によ』
「どこに居た?」
『
甲板か。
確かに軍艦で一番広く、戦いやすいといえばそこか。あの野郎らしい。
ヘッズハンターと顔を見合わせ、ハンガー達の案内を受けつつ、甲板への道を進む。
そして、外の日光が差し込む階段の前に辿りついた。
『…………』
無言のヘッズハンターが足を進めると、顔に日光が被さった。
甲板に身を出すと、まず目の前に広がったのは、雲一つない一面の青空。
空飛ぶ船の上は随分と涼しく、夏が近づいて来た鋭い日光と合わさってちょうど適温になる。
今は木々が生い茂った深い山の上を飛んでいるらしく、澄んだ空気が肺を埋め尽くした。
ふんわりと柔らかい空気を吸いながら広い甲板を見渡す。
――――いた。
甲板の中央付近。
何処から持ってきたのか、大理石の美しい机の上に二人分のティーカップを置いている。
ピュアホワイトは優しい笑顔をニコニコと浮かべ、その机の前に立っていた。
奴の背後には上級兵士らしき人物が二人と、下級兵士が三十人程度。
船の中で下級兵士と余り出会わないなと思っていたら、こんな所に大量に集めてやがったのか。
榊浦美優がブザーを鳴らした時から、ここで待ち構えていたんだ。
『ピュアホワイト……』
ヘッズハンターの声が低くなる。
両足の主導権を彼から返してもらい、俊介自身の意思でピュアホワイトに近づいて行く。
そしてお互いの距離が十メートル前後になった所で足を止め、奴に向けて声を発した。
「……また会ったな。ピュアホワイト」
「そうだな。アニーシャ様の器」
未来革命機関との最後の戦いは、まず会話から始まった。
前回、早くピュアホワイト戦を書きたいから展開をわざと早く進めてると言った。
それでも、俺は夜桜が橘に殺意を向ける所を書きたかったんだ。
自分の書きたいところだけを書くだらしない作者で済まない……