殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#82 史上最悪の殺人鬼

 

 

 『史上最悪の殺人鬼』。

 

 あらゆる世界に存在する人殺しの極致……なんて大層な物じゃない。

 

 俺達は人殺しの成れの果てだ。

 普通なら警察やその他の治安維持組織に止められるはずの人殺しが、最後まで羽化してしまった姿。

 

 ただ人を殺したいだけの奴。

 何か理由があって人を殺していた奴。

 大切な仲間が殺され、復讐の為に全てを殺した奴。

 

 みんな、何かしらの欲望を持っていた。

 それを叶えるためだけに進んで、その先が誰もいない孤独だと分かっていても、俺達は進み続けてしまった。

 

 俺達の欲望は社会に蛆虫のように這いまわり、汚染する。

 ただそこにいるだけで人間社会に多大な害を成す。

 人間の原動力が欲望だから、人を殺したことのない奴らには、自由に欲望を叶える俺達が幸せに見えたんだろう。だから殺人鬼の最悪な欲望が、暴力を以て全てを叶えるその考え方が、社会を蝕む。

 

 実際は全く自由なんてないのに。

 ただ欲望に支配されていただけだ。

 社会の法とは別の力に縛られていて、それが普通の奴らには見えなかっただけなんだ。

 

 

 俺もそうだった。

 欲望のままに動いて、生きているだけで害を振りまく害獣。

 行き場なんて何処にもなかった。生きていた時も、死んでからも。

 

 ……だから。

 

 俺は、俺の孤独を受け止めてくれた俊介のことが好きだったんだ。

 その優しい暖かさに眠気がして、つい殺人鬼だった時の本性を眠らせてしまっていたんだ。

 

 

 ……ああ。分かってる。

 俺は今から真昼の宿ったピュアホワイトを殺す。

 俊介が立てた不殺の誓いを破るんだ。俺は俊介からきっと嫌われる。

 

 

 俺はまた欲望のままに動いて、真昼を殺し、俊介に嫌われて、また孤独になる。

 

 

 ……分かってる。

 そこまで分かっているのに、俺は止まれない。

 

 やっぱり俺は。

 笑っちまうぐらい、心の底から『()()()』なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘッズハンターが前傾姿勢を取る。

 マチェットを持った両腕は力を込めずにだらりと下げ、そのまま頭から倒れ込みそうなほどに姿勢を傾けていく。

 

 そして、ついに姿勢が崩れたと思った瞬間。

 目にも止まらぬ速さで右足を前に出し、鋼鉄の甲板にヒビを入れるほどの脚力で前方に体を射出した。

 その速度は十数メートルは離れていたピュアホワイト達の懐に一秒と経たず潜り込むほどに早い。

 

 マチェットを握る手に力を込めたヘッズハンターが狙ったのは。

 ピュアホワイト――――ではなく、ギャル風の身格好をした上級兵士の女だった。

 

「ひッ――――」

 

 実は彼女は、相手の心が読めると同時に、ごく短時間の未来予知も出来る。

 戦闘において相手の考えが読めて未来予知ができるというのはとても大きなアドバンテージだ。同格は勿論、格上にだって勝機を見いだせる強い能力である。

 

 だがしかし。

 今のヘッズハンターを相手に、半端な読心術や未来予知など何の意味もなさない。

 

 目の前の男が自分に微塵の興味もないこと。

 そして一秒後には自身の全身が斬り刻まれている未来予知をしてしまい、口から僅かな悲鳴を漏らす。

 

 

 ――――バシュッ!!

 

 

 彼女の予知が外れることはなかった。

 ヘッズハンターがたった一度だけ右腕を振るう。しかし彼女の体には無数の深い創傷が刻まれ、左腕が肩の根元から斬り落とされた。

 一度だけしか腕を振らなかったのではない。一度しか見えなかったのだ。

 

 そのまま左手に持ったマチェットを振るい、彼女の顔面を斬る。

 べろんと顔の皮が剥がれ、皮膚の下に隠れていた鮮血の滴る筋肉が姿を現す。鼻の断面から赤黒い汁が流れると同時に、ぼたぼたと粘り気を持った血が顔中から溢れ始め、地面に汚い水たまりを作った。

 

 ヘッズハンターが彼女を真っ先に狙った理由はただ一つ。

 真昼の宿った体がいるのに、他の女の顔という不純物を視界に入れたくなかったから。

 やろうと思えば首も刎ね飛ばせたが、命を奪う理由もないので、戦闘不能な傷を入れるだけに留めた。今まで未来革命機関がやってきたことを思えば少ないくらいの傷だろう。

 

 

「――――浄化魔法『聖光(セイント・グロウ)』」

 

 

 何処からか声が響いた瞬間、全身をチリッとした嫌な感覚――――死の気配が覆った。

 即座にその場を飛びのく。

 

 すると空から円形の眩い光が降り注ぎ、先ほどまでヘッズハンターが立っていた場所にある物を消し飛ばした。

 激しい痛みにより、その場でうずくまっていた上級兵士の女が今の魔法でチリひとつ残さず消えている。

 死んだなアレは。

 

 ヘッズハンターは声が聞こえた方向に視線を向ける。

 150メートル以上は離れている場所にピュアホワイトが立っていて、こちらに十字架の剣を構えていた。ヘッズハンターは薄ら笑いを浮かべながら言う。

 

「随分遠くに飛びのいたな、ええ?」

 

 足を地面につけ、力を込める。

 そして。

 170メートルはあった距離を一秒で詰め、ピュアホワイトの懐に潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――俊介の体の中。

 中からヘッズハンターの視界を通し、外の様子を見ていたハンガーが口を開いた。

 

『ヘッズハンターを止めねえのかよ? あいつ、マジで殺しちまうぞ』

『今は無理だ。どうやってもアイツには追い付けない。速すぎる』

 

 ガスマスクが冷静に言葉を返す。

 

 ヘッズハンターを止めるには、奴の持つ俊介の体の主導権を奪わなければならない。

 そして人格同士で体を奪うには、宿主の体に人格が体を重ねる必要がある。

 

 だが今のヘッズハンターには、殺人鬼の中でダークナイトを除き、追いつくどころか影を踏める者すらいなかった。ダークナイトを出せば船の中にいる母体の女性達が数百人単位で死んでしまうため、そもそも意味がない。

 

 腕を組み、静かに外の様子を眺めるガスマスク。

 平坦な声で彼が言う。

 

『さっきの奴の移動距離を目測で測った。……1秒でおよそ170メートル。時速に直すとどれくらいか分かるか?』

『俺が計算苦手なの知ってんだろ。分かるわけねえ』

『……秒速170メートル越え。これは、ざっくり時速に直すと――――』

 

 ガスマスクは一度声を止め、ヘッズハンターの視界を見上げてから、言葉を発した。

 

『――――時速600キロメートルだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘッズハンターが懐に潜り込み、ピュアホワイトの鎧の隙間にマチェットを突っ込もうとした。

 しかし圧倒的なスピード差があるとはいえ、向こうはそれなりの技量を積んだ強者。鎧の向きをずらすことで剣を弾かれ、距離を取られる。

 

「聖騎士秘魔法『見えざる騎士の軍勢』ッ!!」

「ん」

 

 ヘッズハンターの周囲を、三百本近い金色の剣が取り囲む。

 空中に浮きながらも刃先が体を狙っている辺り、自動で攻撃してくる剣を大量に生み出す魔法といったところか。

 

「同時に迫るこの数を捌き切れるかッ!! 掛かれ!!

 

 彼女の掛け声と同時に、寸分の時間差なく、ヘッズハンターに襲い掛かる三百本の騎士剣。

 ヘッズハンターはスピードこそあれど、体の耐久力は元の人間とそう大差はない。鋭い剣や銃弾が命中すれば致命傷だ。この騎士剣も命中すれば簡単に体を貫通するだろう。

 

 命中すれば、の話だが。

 

 ヘッズハンターは体に迫る死を探知することに特化した超人的な勘を持つ。

 全ての剣は彼の体に致命傷を負わせるのに十分な威力を持っている。それにより、たとえ視界の届かない背後であっても勘によって剣がどこに何本あるかを詳細に探知することが可能だ。

 

 両腕のマチェットを素早く振り、三百本の剣を自身から六十センチの所でほぼ同時に叩き落とす。

 

「なぁッ――――」

「後ろ」

 

 ピュアホワイトが動揺から意識を取り戻すより早く、彼が背後に回り込んだ。

 

 鎧とヘルムの隙間を狙い、首を刎ね飛ばすために二本のマチェットを全力で横に薙ぐ。

 しかし何かの力に甲高い音を立てて弾かれてしまった。

 

 完全に意表を突いた一撃だった、鎧の向きをずらして防ぐなんて出来る訳がない。

 ……そうか、元々鎧に仕込んでいた防御の魔法か何かか。

 

 

 自身が背後を取られ、死があと一歩の所まで迫っていたのにようやく気付いたピュアホワイト。

 腰と体の捻りを生かし、最速で十字架の剣を背後へと薙ぐ。だがヘッズハンターはそれを完璧に見切り、マチェットで弾いて防御した。

 

 ピュアホワイトが体を方向転換し、自身の技術を生かした最速の剣戟を繰り出す。

 魔力によって限界まで身体強化をした時、ピュアホワイトの体の速度は時速300キロに到達する。

 長い年月を経て積み上げられた実践的な聖騎士流の剣術。最適化された重心の動かし方と剣の振り方により、剣先の速度は時速350キロを超える。

 

 だが。

 ヘッズハンターの時速600キロという異次元の速さには遠く及ばなかった。

 

 両手で振り下ろされるピュアホワイトの剣を、片手で弾き続けるヘッズハンター。

 

 彼女の剣は異世界製の特別な金属を用いた最高級の剣。

 しかしヘッズハンターの使うマチェットは、一本一万円もしないような量産品。

 

 一発受ければ砕け散ってもおかしくない武器の質の差だが、ヘッズハンターは元の世界で鈍らの鉈を一度も折らずに七百人の人間を斬り殺した経験がある。

 実は彼は、自身の武器を壊さないことに対しても天賦の才を持っていたのだ。

 

 剣戟を弾き続けながら、ふわっとあくびを噛み殺すヘッズハンター。

 

「頭を斬るには、まずヘルムを弾き飛ばさないとダメか。少しめんどくさいな」

「この……ッ!! ふざけるなッ!! 私、私より……私より強い存在は、アニーシャ様しか存在してはいけないんだッ!!!」

 

 ピュアホワイトが一歩飛び下がり、十字架の鞘に剣を収める。

 そして居合の体勢を取り、鞘の中から魔力で剣を押し、腰の捻りと腕の力で剣を引き抜く。

 それは彼女が放てる最速の居合切り。元の世界では魔王ですら反応できずに斬られたほどの速度。

 

 それでもなお。

 

 

 ――――ガキャァンッ!!

 

 

 ヘッズハンターは両手のマチェットを振り抜き、彼女の剣を弾いた。

 その顔には一滴の汗を浮かばせず、息一つ乱していない。

 

「な、あ、ぐそ……ッ!」

 

 ピュアホワイトは、宿主との適合率はおよそ七割。元の世界の七割の力を引き出すことが出来る。

 しかし体に特殊な身体強化剤を定期的に打つことにより、欠けた三割の実力を補っている。副作用は寿命の減少。

 

 つまり何が言いたいかというと。

 彼女は今、元の世界と寸分たがわぬ実力で振るった最速の剣を、呆気なく防がれたのだ。

 

 大聖騎士とまで呼ばれた彼女のプライドが傷つく音が心中に響く。

 と、その時。

 

 

 

「う、ぼ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!!」

 

 

 

 残っていたもう一人の上級兵士。ゴムバンドを全身に巻いた再生する男。

 その男が空中に響くほどの轟音を口から上げ、体の体積を一気に膨張させた。そして風船のように体を膨らませ続け、バンッ!と音を立てて破裂する。

 

「!?」

 

 あまりの異常行動にヘッズハンターが思わず動きを止めた。

 飛び散った体の破片が空から降り注ぐ。その破片同士は空中で細い血管のような糸で即座に繋がり、即席の網を広範囲に作り出してヘッズハンターに覆いかぶさった。

 

「なんだコイツ、滅茶苦茶な……!」

 

「浄化魔法『大聖光(ハイセイント・グロウ)』!!」

 

 万物を消し飛ばす浄化の光の威力を更に強めた上級魔法。短い詠唱で使えるのは大聖騎士と呼ばれる所以か。

 

 即座に網を斬って脱出するヘッズハンター。

 空から降り注ぐ浄化の光を飛び下がって回避する。もう一人の上級兵士は再生する肉片を塵すら残さず消し飛ばされた。

 

 しかし。

 今回の魔法は先ほどとは違い、威力が高い。

 強化された浄化の光は甲板から船底までをぶち抜き、ヘッズハンターが着地する場所すらも消し飛ばしていたのだ。

 

 

「――――ふん……」

 

 ヘッズハンターが落ちていく際に、ピュアホワイトの方を静かに見つめる。

 船から地上までの高さはおよそ三キロ。普通の人間ならば死ぬ高さだが、ヘッズハンターは死なない。

 

 彼は何をするでもなく、地上に落ちていく。

 

 

 

 

 

「――――おいッ!!」

 

 ピュアホワイトは息を切らしつつ、立ち上がった。

 そして近くにいた下級兵士に怒声交じりに声を出し、命令する。

 

「今すぐ船の真下を吹き飛ばせ!! 増設した砲台があるだろ!!」

「は、いえ、しかし……こちらから攻撃すると、拠点のステルス機能が消えてッ――――」

 

 この場にいる下級兵士は拠点が空にあるという事実を知っている。

 だがそれは彼らが兵士兼エンジニアという特殊な立ち位置にあるからだ。専門的なエンジニアは他にいるので、機密を知る彼らは下級兵士の中でも特に命が軽い存在である。

 

 故に今ピュアホワイトに首を斬られた兵士の姿もそう珍しいものではなかった。

 再生する上級兵士と違い、首を刎ねられた兵士は勿論即死した。ピュアホワイトが死体に一瞥もくれずに他の兵士に睨みを利かせる。

 

「やれッ!!」

「は、はい! 『――砲台、船の下にセット! 今すぐ放て!! 理由は聞くな、今すぐ!!』」

 

 睨まれた兵士が胸元についた無線に口を当て、砲台を操作する部屋にまくしたてるように言う。

 そして三十秒ほどが経った頃、船のステルスが解かれ、真下に砲台が発射された。

 

 ドドンと内臓が揺れるような轟音と衝撃が響く。

 船の真下は今は木々の生い茂る山だが、今の砲撃で何もかも燃えた禿山に変わるだろう。

 

 

 流石にこんな威力の砲撃が直撃、いや掠っただけでもヘッズハンターは死んでしまう。

 だがもちろん、これも。

 

「これでくたばった……! あの人格以外で私に敵う者はいないはずだ、これでアニーシャ様が出てくる他にない、私の勝ちだ……!」

「そうだな。お前の言う通り俺はくたばっただろうよ、もし()()()()()()()な」

 

 ピュアホワイトの背後で静かな声が響く。

 彼女が咄嗟に前方に飛び、後方に視線を向けると、そこには。

 

「どうした、そんなに飛び退いて。俺がそんなに怖かったか?」

「お、お前……! 魔法も使えないのに、どうやってここまで戻って来た! 地上からここまで三千メートルもあるんだぞッ!!」

「ハハハ、俺だって流石に地上から三千メートルをひとっとびってのは無理だからな」

 

 ヘッズハンターは頭に付いていた木の葉を取り、きゅっと握り潰す。

 

「そこら辺にあった木を切ってぶん投げて、空で足場代わりにして、二段ジャンプで戻って来た。三十秒以内にな。簡単だろ?」

「……な、なんなんだ……なんだ、なんだお前!?」

 

 

 ピュアホワイトが後ずさる。

 

 ありえない。なんだこの男は。

 魔力か、科学か、何かの力で身体能力を強化しているならまだ理解できる。それならまだ私に勝機はある。

 

 だが、この男は完全に混じり気のない素の身体能力で、これだけのスピードを出している。

 こいつは人間じゃない。人間にこんなことが出来るはずがない。

 奴は人間の形をした、怪物だ。

 

 

 ヘッズハンターがマチェットをくるくる回しながら言う。

 

「さて……どうすればヘルムを飛ばせるのかも凡そ見えた。お前の技も大体理解した。そろそろ終わらせるか」

「ッく、畜生! お前みたいな何も積み上げていない猿が、私より強いだとッ!? こんなことある訳がないッ!!」

「はいはい」

 

 ピュアホワイトの慟哭に、飽きたように言葉を返すヘッズハンター。

 彼が目にも止まらぬ速度で前方に移動しながら、マチェットで甲板をバラバラに切り裂いた。

 斬り刻まれた甲板は重力に従い、ピュアホワイトとヘッズハンターと共に階下の部屋へと落ちる。

 

 

 階下の床に着地するが、降ってくる瓦礫で視界が防がれるピュアホワイト。

 今の彼女は圧倒的強者という自身のプライドを汚され、精神が乱れ、いつもの判断力が欠けている。

 

 だからこそ、瓦礫に隠れて目の前に迫っているヘッズハンターに気付かなかった。

 

「しまッ――――」

「お前のヘルムの留め具、ここにあるんだろ。前回一度見てるからな、よく覚えてるぜ」

 

 ピュアホワイトは以前、自身の素顔を晒すためにヘッズハンター達の前でヘルムを脱いだ。ヘッズハンターは俊介が傷つけられ、真昼が宿っている事を明かされたあの時のことを、今でも鮮明に覚えている。

 そして鎧を着る本人がヘルムを着脱するための留め具。そこならば、攻撃を弾くような魔法も付いていないはずだ。

 

 その留め具の場所とはちょうどピュアホワイトの真正面から見た、顎の下のあたりだ。

 ヘッズハンターはそこにマチェットの先を突き刺し、手首を捻って刃を回転させる。するとプチッという感触が手に伝わり、明らかに彼女の頭に固定されていたヘルムがぐらっと緩んだ。

 

「はぁッ!!」

 

 十字架の剣を袈裟に振り下ろして来る。

 だがヘッズハンターはそれを余裕をもって回避し、彼女の頭の辺りまで飛び上がり、足でヘルムを蹴り飛ばした。

 

「ぐがっ!?」

 

 黒いヘルムが吹き飛び、白い長髪を生やした美しい顔と首が空気に晒される。

 いくらピュアホワイトが魔力で身体能力を強化していると言えど、時速600キロで振るわれる刃を防げるほどの防御力はない。

 ついに、機会(チャンス)が巡って来た。

 

「――――ま、待てッ!! 私の中にはお前のッ――――」

「待つ訳ねえだろ」

 

 空中で体を捻り、両手に持ったマチェットを引き絞る。

 両腕から首に向けてビキリと血管が浮かぶ。真昼という追い求め続けた最高のターゲット、そして全身の捻りを瞬時に解放することによって繰り出されるこの一撃は、確実にヘッズハンターの人生で一番の威力と速度を持った攻撃になるだろう。

 

 

 そして。

 全力を振り絞った最速の斬撃が、ピュアホワイトの首に迫った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――その時。

 

 ピュアホワイトは、元の世界とこの世界の人生を含めて、初めて走馬灯というものを体験した。

 

 彼女は騎士として死の恐怖に耐えられるよう訓練されてきた。

 前世では死を恐れずに自害した。自分で自分を死に至らしめることにそう恐怖は感じなかった。

 

 だが、今。

 自分より強い者から放たれる殺気を受け、他者から理不尽に与えられる『()()()()』を理解して思ったのだ。

 

 『死にたくない』と。

 

 そう思った瞬間、彼女の脳内に前世と今世の記憶が一瞬で走る。

 

 走馬灯というのは、死に瀕した時、過去の記憶から死を回避するためのヒントを得るために本能が起こすものだ。

 だが殆どの場合、走馬灯から得られる記憶は役に立たない。

 五十メートルのビルから落ちた時、一体どの記憶が生き残る為に役立つのだろうか。4トントラックが目前まで迫った時、どんな記憶が役に立つのだろうか。

 

 走馬灯で思い出した記憶が役に立つ者なんて、非常に幸運な者しかいない。

 

 

 ……そして腹立たしいことに。

 ピュアホワイトは、その『幸運な者』の一人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘッズハンターのマチェットがピュアホワイトの首に迫った、その時。

 彼女はへにゃっと顔を崩し、笑顔を浮かべ、こう言った。

 

「――――()()()()()

「ッ――――」

 

 ヘッズハンターが目を見開く。

 

 

 この状況で、何を言っている。

 その呼び名は真昼が俺を呼ぶ時の名前だ。

 なぜこいつがその名で呼ぶ。

 

 ピュアホワイトが真昼から何らかの形で聞き出しただけだ。

 俺を騙そうとしているんだ。

 

 今真昼が体の主導権を握っている訳がない!

 

 ――――いや、真昼なら尚更良いんだッ!!

 

 俺は真昼を殺すために、元の世界で人を殺し続けて、今こいつを殺そうとしているんだッ!!

 

 真昼を独占しろ! 

 いつものように頭を斬って、俺だけのものにしてッ……!

 

 

 斬れ!

 今すぐ斬れ!

 これはピュアホワイトの嘘だ!

 でも真昼だったとしたら……いや、そうだとしても……!!

 

 動け、俺の体!!

 止まるな、止まるな、今ここで止まったら逆に殺られる!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――もう少し振り切るだけで斬れる、のに……ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は真昼を殺して、ずっと独占したかったはずなのに……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうすぐ俺の追い求めた欲望が、満たせるのに……ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんで()()()()()()()()()()……ッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――その瞬間。

 

 

「はッはァ――――ッ!!」

 

 

 動きを止めたヘッズハンターの顔面に、ピュアホワイトの拳が突き刺さった。

 強力な拳の一撃。降り注ぐ瓦礫ですら勢いは収まらず、薄い鉄の壁を一枚ぶち抜き、別の部屋の壁に背中を勢いよくぶつける。

 

「ごば……ッ!!」

 

 肺の中から空気が飛び出し、むせた咳に血が混じる。

 ぜひゅーぜひゅーと息を荒くしつつ、次は確実に殺す為、立ち上がろうとすると。

 

『はい、終わり。そろそろ落ち着けよ』

 

 背後の壁から透過して現れたハンガーが、ヘッズハンターの操る体と重なった。

 ハンガーが体の主導権を握り、元々主導権を握っていたヘッズハンターがはじき出される。

 そして上手く受け身を取れずに転がったところをエンジェルに掴まれ、ひょいっと持ち上げられた。

 

『は、離せ……!』

『離すわけがないでしょう』

 

 ヘッズハンターの速度にエンジェルでは絶対に追いつけない。

 逆にエンジェルが本気で捕まえた時、ヘッズハンターの力では絶対に脱出できない。

 そういう力関係が二人の間にあるのだ。

 

 

 そして主導権を握ったハンガーは、すぐに俊介に主導権を明け渡す。

 

 一瞬の沈黙。

 

 その後、バッと俊介が目を覚ました。

 全身の痛みと今さっき殴られた激しい頬の痛みに顔をしかめつつも、周囲にいる人格達に状況の説明を求める。

 

「あー、なんだ……今どういう状況?」

『ヘッズハンターが体を奪いました。そしてピュアホワイトを追い詰めましたが、顔面を殴られてしまい、倒れた所で私達が体を奪い返しました』

「おう、ありがとうエンジェル……クソぉいってえマジで。どんな力で殴られたんだよ……」

 

 頬を痛そうに押さえる俊介。

 口から血が漏れ出ている辺り、中で歯が折れているのかもしれない。

 

 

「――――生き残った! 私は生き残ったぞ、ハハハハハッ!!」

 

「随分ハッスルした声出してんな、おい……」

 

 壁を一枚隔てた部屋の向こうから、ピュアホワイトの興奮した声が聞こえてくる。

 

 だが、俊介は危険な強敵である彼女から意識を逸らし。

 エンジェルに捕まえられたまま力なくうなだれるヘッズハンターに視線を向けた。

 

「ヘッズハンター」

『っ……』

「少しだけ、話すか」

 

 危機的状況ながらも、俊介はそう言ってにこりと笑った。

 

 

 

 

 

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