「あ”ん? 誰だお前、話しかけてくんじゃねーよ」
うおっ、こわ~……。
一つ下の後輩とは思えない眼光だ。街中で会ったら絶対に目を合わせない自信がある。
彼女は虐めを行っていた、金髪女子生徒の『細木 香織』。
無論、放課後の校舎裏に座っていた彼女に話しかけたのも、虐めの件の調査についてだ。
『消えた三年生の件も気になるが……まず探るべきはこっちだろう』
「え? ……なんで?」
ヘッズハンターが指さしたのは、紙に書かれた細木香織の名前。
普通こういうのって、星野とか本橋とかの、虐められている側から探っていくもんじゃないのか。なぜわざわざ危なそうな方から……。
『俊介には分からない感覚だろうが、俺達含めて犯罪者ってのは視線に敏感だ。黒に近い星野側よりも、学校でたむろする不良生徒の方がまだ探りやすい』
「……星野に察知されにくい方から探るってことね」
『話が早くて助かるよ』
大体の理屈は分かった。
でも、どうやって探るんだ……? また覗きか?
『直接アタックだ』
「――――え”っ」
「その、別に、大した用事はないんですけどぉ~…………」
人を陰キャとか陽キャで判別するなら、俺はかなり陰キャ側だ。
細木みたいなゴリゴリの、陽キャを超えた不良相手には緊張して声が上ずってしまう。
「チッ。……二年生が何の用だっつーんだ、目障りだからどっか行けよ」
彼女が手に持っていた水のペットボトルを口に付けながら、鬱陶し気にそう言った。
視界の端で、ヘッズハンターがこちらを見ながら立っている。……その横にはなぜか、ドールも立って、こちらに手を振っていた。何してんの?
クソ、このままじゃ黙って突っ立ってるだけじゃ埒が明かない。
『ええいままよ』と、覚悟を決めて言葉を口にした。
「その、
流石に『虐めをしてますか?』なんて直接的すぎて聞けない。虐められっ子の本橋の名前も同じ理由でダメ。なので星野の名前を出すように、ヘッズハンターと事前に決めていたのだが―――。
――――バンッ!!
「いたッ!」
彼女が、殆ど空になったペットボトルを投げつけてきた。
頬には何筋もの汗が流れ、顔色は蒼白に染まっている。開ききった瞳孔が微かに震えているその表情は、一目で尋常ではないことが分かった。
フルフルと震えた唇で、細木が言う。
「その名前を口にするんじゃねえよ……!」
やばい地雷を踏んでしまったようだ。
あっちもこっちも。
『お兄ちゃーん……』
『ステイ、ステイ、落ち着け』
ドールの眼から光が消えるが、ヘッズハンターが肩を掴んで言い聞かせる。
何処もかしこも修羅場だ。
ペットボトル投げられたぐらいじゃ何ともないから、頼むから落ち着いてくれ。
「ちょ、ちょっと落ち着………」
「うっせえな!! 二度と話しかけてくんじゃねえ!!」
彼女が突然立ち上がり、俺から一刻も早く距離を取りたいと言った様子で、裏門の方へと走って行った。……何も聞けなかったな、結局。
しょうがないかと思っていると。
ヘッズハンターが眉間にしわを寄せたまま、俺に向かって言った。
『追いかけるぞ。両足渡してくれ』
「……マジ?」
『元々、直接聞いて素直に話してくれるなんて思っちゃいない。星野の名前を出して、どういう反応をするかを探るのが目的だったんだ。
これで虐めの件について、笑い交じりに話そうものなら……まぁ、それは置いとくとして』
置いとくなよ。話そうものなら何だよ。怖い所で止めないでくれ。
……でもまぁ、彼女は虐めの件について笑い交じりに話すどころか、顔面蒼白になって逃げて行ったのだ。
ヘッズハンターも想定していた反応とよっぽど違ったのか、少し強引にでも調査の続行を決めたようだった。俺も、気になる事を後日に回すよりも一気に調べ切った方がいいかもしれないと考え、彼の意見に肯定の意を込めて頷き返す。
彼に両足を渡すと、一般男子高校生とは比べ物にならない脚力と速度で走り始めた。
「どぅわっ!? 速すぎるって!!」
『口閉じてろ、舌噛むぞ!!』
そのまま人目のない裏路地に入り、室外機やパイプを足場にして、4階建てはあろうビルの屋上まで一気に登る。なんて身体能力だ、オリンピック選手でもここまで出来るかは怪しいんじゃないだろうか。
ビルの屋上から下を覗くと、焦った様子で、外聞も気にせず走り続ける金髪女子生徒の姿が1人。先ほど出て行った細木に間違いない。
『何処に向かってる……?』
「あの方向は確か……言い方は悪いけど、ちょっと寂れた住宅地があったはず」
『なんだって? じゃあまさか、家に帰ってるのか?』
途中、繁華街や駅の方に繋がる曲がり角はあったものの、彼女は脇目も振らず住宅地の方向に走り続ける。セットしているであろう金色の髪は汗で肌に張り付き、薄めの化粧は汗で崩れかけ、息も絶え絶えだ。
そしてやがて、築数十年は確実に経過しているであろう古い二階建てのアパートで足を止めた。
錆まみれの階段を一気に登り、廊下の一番奥にある扉の鍵を焦った様子で解除して、勢いよく中に入る。
「
1LDKの部屋に発するにしては、大きすぎる声量で誰かの名前を叫ぶ。
そうすると、奥の部屋から小学校低学年くらいの子供が2人、姿を現した。
「おねえちゃん、声大きいよ!」
「また隣のおっさんに……うわっ!」
細木が2人の子供に思い切り抱き着く。
その表情は安堵に包まれていて、目の端には、涙も滲んでいるように見えた。
―――――
俺たちは、細木が居るアパートの、すぐ近くの家の屋根に座っていた。
『お兄ちゃん、大体こんな感じだったよ』
ドールに渡していた左腕の主導権が返ってくる。
彼女に、ガシャポンで出てきた小さな熊の人形を操ってもらい、部屋の様子を教えて貰っていたのだ。偵察に行ってもらうよりも早い、いわゆる生中継的なアレである。
しかし、ドールに教えて貰った部屋の様子。
星野の名前を聞いた彼女が真っ先に取った行動が、恐らく弟と妹であろう2人に会いに行く。想定外すぎる行動に、ヘッズハンターと俺は驚きを隠せない。
「一体、何がどうなってるんだ?」
『……分からん。ただ、星野に怯えてるみたいだな。それも真っ先に家族の心配をするほど、尋常じゃないくらいに…………』
ヘッズハンターの顔が曇る。
……俺は、殺人鬼達とのあれこれのおかげで、人並み以上に勘が良くなった方だと自負している。だから何となく、感じるのだ。
俺達は多分……なにか、盛大な勘違いをしているんじゃないか? と。
ハンガーの言った、『ちょっと厄介そう』という言葉が、頭の中で何度も響いていた。