殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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昨日中に間に合いませんでした
すみません


#86 届かなかった一本

 

 

 

「私は、まだ負けてない……」

 

 ピュアホワイトは地面に倒れ、俊介にマチェットを突き付けられながらもそう言った。

 体を防護する黒い鎧は全て剥がされ、心もとない薄さの鎖帷子を纏っただけの姿。十字架の剣は手元にあるものの、もし斬りかかろうとすれば、俊介がそれよりも早く弾き飛ばすだろう。

 

 まあ確かに、ほぼ決着がついたような物といえど、彼女に逆転の目がないことはない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、だが。

 

 俊介は視線を一切逸らさず、寸分の油断も見せずに言葉を発する。

 

「お前の勝利条件は、俺の中からダークナイト……アニーシャを出すことだろ?」

「…………」

「だけど俺は、アニーシャの力を使わずにお前の鎧を全て剥がした。分かってんだろ、俺がその気になりゃ今着てるその鎖帷子ごとお前をぶった斬れるって。でも敢えてそうしていない」

「くっ……」

「命を握ったも同然のお前相手に、俺が切り札のアニーシャを出すことはない」

 

 悔し気に顔を歪めるピュアホワイト。

 俊介が駄目押しの言葉のナイフを突きつける。

 

「お前の勝利条件が満たされることはもうないんだ」

 

 ピュアホワイトの目的は『俊介の中からダークナイトを出す』こと。

 だがダークナイトの力を借りていない俊介に制圧された時点で、俊介がどうしようもない時だけ頼るダークナイトを出す可能性はゼロになった。

 俊介は警戒を緩めないまま、頭の中で思考を回転させる。

 

(……だが、こっちだってまだ勝利条件を満たしてない。『真昼ちゃんを表に出す』ことが俺の勝利条件だ)

 

 場の状況は俊介に少しだけ有利に傾いた。

 だがここからが正念場とも言える。

 今からピュアホワイトの精神をぶち折って再起不能にし、真昼ちゃんが体を奪って会話できるくらいの隙を作る。

 そしてヘッズハンターには悪いが、少し会話を済ませた後はガチガチに拘束する。

 

(つっても、口喧嘩で他人の心を折るってむずいな……。いや、弱点は分かってるんだ。とにかく攻め立てるしかない)

 

 口喧嘩どころか人付き合いすらそこまでしたことがなく、学校で基本ぼっちの俊介。

 そんなコミュ力が劣った俊介でもピュアホワイトの弱点は一発で分かる。

 

 ズバリ、奴がしきりに口にしている『アニーシャ』だ。

 

 俊介よりも口喧嘩が強い人格はいる。キュウビとかニンジャとか。

 だがこの人格が宿ってから七年間、ダークナイトに一番振り回されたのは宿主である俊介だ。ダークナイトに関することなら殺人鬼のみんなよりも確実に詳しい自負がある。

 

 だからこそ()()()がある。

 

 

 

 

「お前……そもそも、アニーシャについて何処まで知ってる?」

「……アニーシャ様の生涯については一通り調べた。魔法使いの一族の村に生まれたことも、家族含めた村人を皆殺しにして村を出たことも、戦地で神の如き暴れ方をしたことも、魔王に魔物化の呪いを掛けられたことも」

 

 えっダークナイトって魔法使いの村で生まれたの?

 今の見た目、どう見たってヤバい黒騎士なのに。つーか皆殺しにしたんだ……。

 ……いや、いかんいかん。

 口喧嘩で俺が面食らってどうする。こっちが攻撃するんだから、余裕ぶった顔を浮かべないと。

 

「そういう来歴の話じゃない。性格とか考え方とか、人となりのことだ」

「そんなものは考えるまでもない。傲慢かつ狂暴、残虐にして……()()だ」

「…………」

 

 ……うん、そうだな。

 そこに関しては俺も同意だわ。

 

 駄目だ。話の始め方ミスったな、俺。

 相手と俺が知ってて当たり前のことを聞いてどうする。こっちだけが知ってる事を起点に有利な流れを掴まなきゃいけないんだから。

 人との敵意むき出しの会話ってマジで難しいな……!

 

「……確かにアニーシャは狂暴極まりない性格をしてる」

「ああ。だからこそ絶対的な強者である神に相応しい。出来ればその慈悲を頂き、私の胎で稚児(ややこ)を孕ませていただきたいところだ」

「孕っ……はあ?」

「なんだ?」

 

 『なんだ?』じゃねえだろイカれてんのか。

 そんな風に動揺してしまった隙に、ピュアホワイトが息を吸い込んで口から放つ言葉の回転速度を上げてくる。

 

「やはりアニーシャ様は神に相応しいお方だ。可能ならば結婚したいと考えて『ピュアホワイト』……白無垢などという名前を自分で付けたが、あの御方と私が婚姻の契りを結ぶなど身の程知らずも甚だしい願いだった。やはり地に頭をこすり付けながら一番の信徒である私に慈悲を与えていただけるように懇願するのがあの御方と私の正しい関係性だったんだ。その慈悲を頂けるためならば私は人間から生きたまま抉り取った心臓を百でも二百でも揃えて来るとしよう」

「うお……っ!」

 

 思わず気圧されるような言葉のマシンガン。

 しかも言ってる内容全てがゴリゴリと精神を削ってくるほど気味が悪い。

 

「てめッ……言ってる内容が全部気持ち悪いんだよ!」

「何がだ? 元の世界で出来なかったことをこの世界でやるだけだ」

「きめぇ……」

 

 だが、これでハッキリしたこともある。

 やっぱりピュアホワイトの精神の支柱はアニーシャだ。そこさえ壊せれば雪崩式に一気に崩せる。狂信者すぎて壊す方法が思いつかないのが問題だけど。

 

 ピュアホワイトが知らないようなこと、突っ込まれて嫌なことってなんだ?

 俺の方が一緒に居る年数は確実に長いんだ。

 絶対に突く事の出来る隙があるはずだ。

 

 人生で過去一番に頭が回転し、脳にある記憶が保存された棚を矢継ぎ早に開いて行く。

 

 

 

 

 

 ―――――――――そしてその時、一つの過去の記憶を思い出した。

 それはつい数日前、ピュアホワイトの正体を聞くためにマオの家に訪ねた時の事だ。

 

 

 

「サリアスって凄い聖騎士と、死ぬ前の世界で何かあったりした?」

『…………』

 

 腕を組んで考え込むダークナイト。

 顔を上下左右のあちらこちらに向け、低い獣のような唸り声をあげて考え込むが……。

 

『…………?』

 

 最後には首をこてんと傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……!」

 

 そうか、そうだった。

 そんなに深く考えなくても、もう既に答えに辿り着いてたんだ。

 

 俊介は視線と口調を強め、悔しそうな表情からふてぶてしい表情に変わっていたピュアホワイトに言葉を放つ。

 

「ピュアホワイト」

「なんだ」

「お前、さっきからアニーシャについて偉そうに話してるけど……実際にアニーシャと関わったこと、あんのか?」

「…………」

 

 彼女の表情が明らかに曇る。

 

 さっきからピュアホワイトはアニーシャについて何もかもお見通しといった風に話していた。

 だがアニーシャの方はピュアホワイトについて何も覚えちゃいない。

 つまり、二人の関係性は限りなく薄い。

 

 よく考えてみると、ピュアホワイトが語ってた内容はアニーシャについて調べただけのこと。

 何処の村の出身とかは調べりゃ分かるだろうし、性格が狂暴ってのも少しアイツの事を調べれば分かる。子を孕みたいって発言に関してはただのキモイ願望だ。

 ピュアホワイトは、実際にアニーシャと関わって何かをしたなんて事は一言も語っちゃいない。

 そしてアイツにとってそれは、絶対に大きなコンプレックスのはずだ。

 

 俊介は言葉を投げ続ける。

 

「俺はアニーシャと七年間ずっと一緒にいるけど、お前はどれくらい関わってたんだ?」

「…………ッ」

「アニーシャはお前のこと、全く覚えてないらしいぜ。自分を一番の信徒って言う割には、随分仲が悪いんだな? いや、それ以前の問題か……だってお前の存在が記憶にすら残ってないんだし」

「貴様ァッ!!」

 

 ピュアホワイトが顔を真っ赤にして吠えた。

 その様子を見て心の中でガッツポーズをする。

 

 間違いない、ここが奴の『弱点(ウィークポイント)』だ。

 

 奴は『自分が一番アニーシャ様のことを知っている』と考え込んでいる。

 それに、『自分が強い』ってことを戦闘中に何度も叫んで誇示していた。

 

 だから奴はこう考える。

 

 『アニーシャ様のことを一番知っていて、尚且つ強者である自分が、あの御方の信徒になってずっと傍にいるのにふさわしい』――――と。

 

 けど現実はどうだ?

 『アニーシャ様の傍にいるのに相応しい』なんて考えてるが、当のアニーシャは全くピュアホワイトの事を覚えていない。

 つまり二人は殆ど関わりがなかったってことだ。自分で信徒を名乗っているくらいなのに。

 

 そしてこの『アニーシャと関わりがないこと』は、奴にとって致命的なコンプレックスになる。

 だからこそ、七年間ずっと一緒にいた宿主の俺のことが羨ましくて仕方ない。アニーシャにお願いできるくらい深い関係の俺が妬ましくてしょうがない。

 

 俺の存在そのものが、奴のコンプレックスを刺激する『弱点』なんだ。

 

 

 

 ピュアホワイトが大声で叫ぶ。

 

「私は、アニーシャ様と女神の戦いを見届けたただ一人の人間だッ!! その私が、お、覚えられていないなど……そんなことあり得るかッ!!」

「本人が俺に覚えてないって言ったんだよ!! 妄想ばっかのお前と違って、俺は本人に聞けるんでな!!」

「うるさいうるさい黙れッ!!」

 

 奴が歯が砕けそうな力でギリギリと歯を食いしばった。

 顔が怒りで真っ赤に染まり、こめかみには血管がビキビキと浮き出ている。強く握りしめられた拳はブルブルと震え、手のひらに食い込んだ爪の傷から血がぼたぼたと垂れ始めていた。

 

 心の底から本当にキレてるって感じだ。

 ピュアホワイトにとって、それくらい『アニーシャと関わりがないこと』と『アニーシャに覚えられていないこと』は効いたらしい。

 

(あと一押し……! あと一押し、デカい何かをぶつければ崩れる……!!)

 

 だが、何かあるか?

 もう一つ、さっきのコンプレックス並にデカいダメージを与えられるネタなんて……。

 

 

 と、そう悩んでいた時。

 俊介の背後に姿を現したキュウビが大声で叫んだ。

 

『俊介! わらわに左腕を渡すのじゃ!』

「!?」

 

 言葉を発さず、驚いた様子の俊介が肩越しに振り返る。

 振り返った俊介に向かってキュウビが自分の事を指さしながら言葉を続ける。

 

『わらわの道術には、相手の脳内に自分の考えていることを送り込む術がある!』

「?」

『つまりじゃ! 人格のダークナイトの姿を直接アイツに見せて、本人から直接『覚えてない』と伝えてやるのじゃ!!』

「!!」

 

 さすがキュウビ!

 正直フライヤーのチャッカマン以外にも頼れるところがいっぱいあるぜ!

 

 彼女に言われた通り、左腕の主導権を渡す。

 それと同時に右手を首に当て、俊介は中から最強の怪物――――ダークナイトを呼び出した。

 

「出てこい、ダークナイト!」

『陰道・魂読み(ツクヨミ)!』

 

 キュウビの放った術。

 それは本来、術を放った者が相手の思考を読む術だ。殆ど無抵抗状態の相手にしか使えないため、尋問官などが多用する術である。

 

 しかし彼女はこの術を即興で独自に改良。

 自分の脳内の都合の良い情報だけを取捨選択し、相手に送り込む術へと形を変えた。これにより、余計な情報は送り込まずにダークナイトの姿だけをピュアホワイトに見せることが出来る。即興で術を改良できたのは彼女が天才だったから、としか言いようがない。

 

 

 

 俊介の中から、おどろおどろしい空気を纏ったダークナイトが姿を現した。

 宿主のすぐ傍で腰に手を当てて、ただ突っ立ちながらピュアホワイトを見下ろしている。

 着込んでいる黒い鎧はピュアホワイトが着ていた物と同じだが、着ている者の力量差なのか、桁違いの圧をその身から放っていた。

 

 ピュアホワイトが目の前に現れたダークナイトを見て、平伏する。

 

「あ、アニーシャ様ッ……!!」

『…………』

「私のことを覚えていらっしゃいますよね!? サリアスです、貴方が三柱の女神を倒した時に居合わせた聖騎士です!! 貴方様の一番の信徒になると誓い、この異世界で貴方を探し続けておりました!!」

『…………』

 

 ダークナイトはヘルムの奥から静かな視線をピュアホワイトに送り続ける。

 それはダークナイトが彼女のことをじっと観察しているようにも見えたが……長年一緒に居る俊介にはダークナイトが何を考えているかが分かった。

 ()()()()()()()()のだ。

 

「もしかして、ダークナイト。そいつに興味ない?」

『ギャ』

「な……ッ!!」

 

 俊介の方に振り返ったダークナイトがコクリと頷いた。

 途轍もなく暇なとき、足元に蟻の行列があったらボーッと見てしまうだろう。しかしそれは面白いと思って見ているのではなく、見るものがないから見ているだけで、蟻の姿形や習性にまで興味を持つことなどない。

 ダークナイトにとって、見知らぬ雑魚のピュアホワイトは足元を這う虫けらほどに興味の湧かない存在であった。

 

『……グ』

 

 しかし、ここでやっと『そういやこいつ俊介を攻撃してたな』と思い出したようだ。

 体に纏う空気が敵意を向けるべき存在を見つめてピンと張り詰めていく。

 

「ひ……っ」

 

 ピュアホワイトの顔が恐怖で強張る。

 

 目の前に現れた崇めるべき存在から直々に『覚えていない』と伝えられて心がボロボロになり、挙句敵意を向けられた。

 それにより、信仰心で覆い隠されていた生物の強者に対する本能的恐怖が顔を出したのだ。

 

 そしてその隙を見逃す俊介ではない。

 

「今お前、アニーシャに怯えたな?」

「い、いや、違うッ! そんな私は、敬愛すべき神に、恐怖なんて!! 何かの間違いだ!!」

「間違いだと? 自分のことをよく見てみろ。さっきからちょっとずつ後ずさってんだよ、お前」

「え……?」

 

 ピュアホワイトは自身の体に視線を下げた。

 震える手と足が彼女の意思に反して動き、俊介から離れるように、ずりずりと尻を引きずって後退している。

 自身の体を見て、信じられない物を見たように目を剥く。

 

「嘘だ、嘘だ、こんなのッ――――()()()!」

 

 後ずさろうとする手に魔法で生み出した剣を突き刺し、無理やり体を止める。手の甲から真紅の血が地面のひびに沿ってどくどくと流れていく。

 

 なんて無茶苦茶なことをする奴だ、と俊介は思った。

 ダークナイトに目配せをし、一緒にピュアホワイトの前まで歩み寄り、見下ろす。

 

「お前は頭の中で偶像のアニーシャを作って、それを崇めてただけだ。お前の信じるアニーシャは何処にもいない」

「嘘だ……。だって私のアニーシャ様は、全てを破壊する、最強の……」

「『()()』、ね。自分で都合のいい偶像だって言ってるじゃねえか」

 

 ピュアホワイトはピクリと反応したが、否定の言葉を返さず、ブツブツと小さく何かを呟いている。

 

 どうやら……完全に崩れたようだ。

 ダークナイトの姿を見せたのが決め手になったらしい。本人から直接興味ないって言われたらそりゃ堪えるか。 

 

 奴は動かないままぶつぶつ呟いているが、真昼ちゃんが出てくる気配もない。

 もしかすると、まだ中で様子を静観しているのかもしれない。

 それかさっきの戦闘で怖がって出てこれないのかも。真昼ちゃんは一般人だろうし、本気の剣の斬り合いなんて怖いに決まってる。

 

 しかしそうなると、いつまで経っても真昼ちゃんが出てくることはなさそうだ。

 幼馴染のヘッズハンターに変わって、直接呼びかけて貰うとしよう。

 

 そう思った俊介は。

 一瞬だけ、ピュアホワイトに向けていた警戒を緩めてしまった。

 

「ヘッズハンター、俺と体変わッ――――」

 

 

 ――――ドンッ!!

 

 

「――――ッ!?」

 

 

 俊介の脇腹に足が食い込む。

 ピュアホワイトが地面に勢いよく手を突き、その反動で蹴りを入れたのだ。

 

 勢いよく部屋の端まで吹っ飛ばされ、壁にぶつかった所で動きが止まる。

 肺から飛び出した空気を吸い直しながらも何とか身を起こした。口の中に溜まった血交じりの涎を吐く。

 

 

「ハハハ……アッハハハハハハ!!!」

 

 

 先ほどまで俊介が立っていた所で、ピュアホワイトが狂ったように笑っていた。

 いや、実際に狂っていた。先ほどまで辛うじて保っていた狂信者は、もはや正気とは思えない表情を浮かべている。

 

(クソ、やばい、追い込みすぎたッ……!)

 

 精神の追い込みの引き際を見誤った。

 その結果、精神が崩れすぎて完全に自暴自棄になってしまったようだ。

 完全に俊介のミスである。もっと寸前で止めておけばと思ったが後悔してももう遅い。

 

 ピュアホワイトは焦点の定まらない瞳をプルプルと震わせながら、魔力で生み出した光の剣を自分の首に当てる。

 

「今すぐアニーシャ様を出せッ!!」

「な……!?」

 

 彼女が大声で叫んだ要求に、俊介が大声で返す。

 

「出せる訳あるか! 瘴気でこの船にいる人間が全員死ぬぞ! さっき怯えてたお前もだ!!」

「ハハハ!! 怯える、誰が!? この私が?! 私は大聖騎士だァ!!」

 

 口の端から血の混じった泡が漏れている。

 ケタケタと狂った笑い声を響かせ、首に当てる剣を少し食い込ませた。傷口からたらりと赤黒い血が漏れ出る。

 

「アニーシャ様を出さないとこのまま死ぬぞ!? お前の会いたがってる真昼とは二度と会えねぇっ!!」

「チぃッ……!」

「さっさとしろよッ!!」

 

 大声で叫ぶピュアホワイト。

 まだヘッズハンターとの同調は切っていない。時速六百キロで走れるが、奴はこちらが走り出した瞬間に確実に自分で首を斬る。

 首を斬られる前に剣を弾けるかは五分五分……少し分が悪い賭けだ。

 

 俊介はその場から一歩も動かず、小声でぼそりと一人の人格の名前を呟いた。

 中から出てきたその人格の姿を確認した後、ピュアホワイトに叫ぶ。

 

「さっき姿は見ただろ! 今更外に出して何になるんだ!」

「口答えすんなッ!! さっさとしろッ――――あー、やっぱもう駄目だ」

 

 奴が言葉の途中で突然声を落ち着かせた。

 光の剣を首から少しだけ離す。

 

「今からこの首ぶっ飛ばしてやるからよ!! せいぜい真昼と会えなかったことを一生後悔しなッ!!」

 

 そして少し離れた場所から、勢いをつけて自分の首を斬ろうとする。

 俊介は隠れて左腕の主導権を渡していた人格の名を叫ぶ。

 

「『ドール』!! 動きを止めろッ!!」

『うん!!』

「がッ?!」

 

 ドールの操る左手がピュアホワイトの方に向いた瞬間、彼女の体が硬直した。

 剣を握る手の動きも止まった。今しかない!

 

『う、もう、無理ッ!!』

「いや助かった!! おらァ!!」

 

 ピュアホワイトの剛力をドールの手の力で抑え込むのは厳しかったらしい。硬直は一秒程度しか続かなかったが、時速六百キロで移動できる俊介なら一秒もあれば充分だ。

 彼女の手を勢いよく蹴り飛ばし、剣を持つ指をへし折る。光の剣は折れた手の中から弾き飛ばされた。

 その光景を見て、俊介は目を見開く。

 

 

「――は!?」

 

 

 おい、なんで俺の蹴りで指の骨がへし折れるッ!?

 さっきまで蹴りまくってもよろめくくらいしかダメージなかっただろッ!!

 

 そんな俊介の疑問は、ピュアホワイトの邪悪な笑みと共に答えが返って来た。

 

 

 

「――――聖騎士秘魔法『見えざる騎士の軍勢』」

 

 

 

 その言葉が唱えられた瞬間、ピュアホワイトと俊介の二人の周囲を五百本以上の光の剣が覆った。

 先ほど彼女の指が簡単にへし折れたのは、身体強化に使う魔力を全てこの魔法に注いでいたからだ。

 

 ヘッズハンターに向かって同じ魔法を撃ったが、その時は三百本。しかし今のこれは五百本。

 全ての刃先が二人に向いており、時速二百キロ近くで同時に襲い掛かってくる。

 

(俺のことを、自分ごと――――ッ)

 

 光の剣はピュアホワイトの鎖帷子を容易に貫く。身体強化をしていない人間など豆腐のように裂く。

 彼女は俊介を自身の懐に誘い込み、『自分ごと殺す』ために魔法を使ったのだ。

 

 

「――――ぁああああ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

 

 

 俊介は雄たけびを上げ、全身に走る死の予感に促されるままにマチェットを振るった。

 恐らくその時だけはヘッズハンターの技量を超えていただろう、そう思わせるほどに鬼気迫る剣戟。殆ど全ての光の剣を一瞬のうちに叩き落とす。

 

 

 ――――だが。

 

 

 俊介は自身に迫る剣は、たとえ死角であっても反応するが。

 ピュアホワイトに向かっていった剣の全てにまで反応し、叩き落とすことは出来なかった。

 

 俊介は五百本近くを一瞬で叩き落とした。

 なのに。

 たった逃した一本の光の剣が。

 

「う゛ッ!!」

 

 ピュアホワイトの脇腹に刺さり、深く抉り取った。

 一瞬で血が噴き出し、地面に大量の血だまりが出来上がり始める。

 

「あ……!!」

 

 俊介は顔を青くして、ピュアホワイトの体に駆け寄った。

 傷口を押さえようとするが、全く血は止まらない。

 ピュアホワイトはぜひゅーぜひゅーと苦し気に声を漏らしながらも、俊介に勝ち誇ったような顔を浮かべる。

 

「は、ハハハ……! どうだ、ざまあみろ……」

「馬鹿野郎ッ!! 何やってんだお前ッ!!」

「私の望んだアニーシャ様はこの世にいない……ならばとお前を道連れにあの世に逝こうとしたが、まさか全部叩き落とすとはな……」

「お前に一本当たってるだろうが! 何考えてんだ!!」

 

 俊介が必死に叫ぶ。

 段々とピュアホワイトの目が虚ろになっていく。

 

「は、は、は……。結局、私の神など何処にも存在しなかったな……」

「お前に完全に都合のいい神なんている訳ない! 数十億の人間全員を探したっている訳がない! 分かったら喋んなって、血がこんなに……」

「……そうか……。ま、そんなものか……」

 

 そして、ピュアホワイトは視線を()()()()()()()()に向ける。

 

「……舌を噛み切って自殺し、四肢の骨折を治したか。……フン、私の負けだ、()()

「真昼……!?」

 

 俊介が言葉を漏らす。

 だがピュアホワイトは俊介を無視して虚空に言葉を投げかけた。

 

「私が孤独な人間だと? ……かもな。私には遥か格上か、遥か格下しかいなかった。同じ高さの人間など一人もいなかったものでな」

「何の話を……」

「……人間を暴力の有無でしか見ていないから、ね。……私にそれ以外の指標を与えてくれる人間はいなかった」

「…………」

「お前は別の指標を持っているらしいな。愛だの恋だの……私には、もう分からないよ」

 

 

 ピュアホワイトは、すっと目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬の硬直。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして目を開くと同時に、げほっと口から血を吐いた。

 その瞳には先ほどまでのサリアスとは違う、別の人間の意思が籠っている。人格を交代したのだ。

 

 彼女はすっと微笑みを浮かべ、俊介の方を向いた。

 

「ああ、初めまして……。まーちゃんの宿主さん」

「ま、真昼さん!? 待って、喋らないで、今血を……」

『俊介、もう退くんだ』

 

 背後から俊介に誰かが声を掛ける。

 振り返ると、そこにいたのはトールビットだった。

 

「なんで……?!」

『彼女はもう助からない。その傷の位置は肝臓を抉ってる。出血量から見て、あと三分が限界ってところなんだよ……』

「ッ……俺が、剣を叩き落とし切れなかったから……」

『早くヘッズハンターに変わってやってくれ。少しでも時間をやるんだ』

 

 トールビットが静かにそう言うと、俊介は、すぐ傍にいたヘッズハンターに体を変わった。

 一瞬の硬直の後、ヘッズハンター……間狩伸介が穏やかな笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「……本当に、久しぶり。真昼」

「うん……。久しぶりだね、まーちゃん……」

 

 

 幼馴染は異世界で再会した。

 

 

 

 

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