「真昼……その、なんて言ったらいいか……」
間狩は彼女のすぐ傍で両膝を突き、言葉に詰まった喉を動かそうと口を無意味に開閉させる。
もうお互いに残された時間は少ないのに、こういう時に限って上手く言葉が出てこない。
そんな間狩の様を見ていた真昼が、くすくすとか細い笑い声を出した。
「まーちゃん、すっごく強かったね。なのに性格は昔と変わってないから……ちょっと面白くって」
「怖く……なかったのか?」
「ううん。だって、まーちゃんだって分かってたから」
心の底から間狩を信頼し切っていると分かる、真昼の声色と言葉。
そんな彼女に対し、間狩は心が痛くなった。
「……俺なんて、そう立派な人間じゃない」
「え?」
「俺は、真昼が自殺した後……気がおかしくなってたくさん人を殺したんだ。真昼を虐めてた奴らも、全く関係ない人も。元の世界じゃ悪名高い殺人鬼として名を残してる……そんな奴なんだよ」
『自らが殺人鬼だ』という告白。
もしかすると話さずに隠しておくこともできたかもしれない。ピュアホワイトと戦う時に上級兵士の体を斬ったり殺気を飛ばしたりしたが、自分が殺人鬼であることは一言も発していないからだ。
だがここで隠したまま『なあなあ』で話を終わらせて逃げると、心にぬぐい切れいないしこりが残る気がしたのだ。
拒絶され、侮蔑されるのは怖い。でもそれが当然だ。
殺人鬼なんて受け入れる方がマトモじゃない。
それでも今の真昼にだけは、隠しておきたくなかった。
「さつ、じんき……」
真昼が少し困惑したように呟いた。
そして、そのすぐ後に。
「……それって、私が自殺したのが原因かな?」
「あ、いや……」
間狩は言葉を濁した。
彼が殺人鬼になった理由の殆ど……というか全てが真昼に関連している。そしてその中で一番大きな決め手になったのは真昼の自殺である。
だが直接『真昼が自殺したせいだ』と言うのは流石に憚られた。なので間狩は言葉を濁したのだが……この会話の流れで言葉を濁すなど、『はいそうです』と言っているような物だった。
真昼は顔を間狩に向けたまま、視線を外す。
「私もね。サリアスが人を殺す時、たくさん見殺しにしちゃったんだ。止めることは出来ないけど、邪魔くらいはできたのに」
「それは……そんなの真昼は悪くない。奴は化け物みたいな強さだったんだ、一般人の真昼が何もできずに見殺しにしてしまっても気に病むことなんかない」
「理屈じゃそうかもしれないけど、心じゃそんなに上手く納得できなかったんだ」
「…………」
間狩は押し黙る。
彼女が話を続ける。
「人が死ぬ時の顔と声って頭に残るんだね。それが数百人分、頭の中で重なっていって……どうしようもなくなった時に、一度だけ体を奪ってまーちゃんに助けを求める言葉を書いたりもした」
「……そうか……」
「その後で死ぬほど……っていうか死ぬまで殴られたんだけどね。体を奪ったからって」
榊浦美優の部屋にあった自分の名前が書かれた紙はそういうことだったのか。
体を奪って一度だけ書いたはいいが、恐らくサリアスか榊浦美優に没収されたのだろう。榊浦美優はそれを何故か手元に残していたので、研究所を散策していた自分が偶然見つけたのだ。
「……その助けてほしいって書いた紙、俺が見つけたよ」
「え、ホント? あはは、なら書いた意味はあったんだね……殆ど愚痴みたいなものだったんだけど」
「…………」
再び少しだけ押し黙る間狩。
そして意を決したように、真昼に問うた。
「その……」
「どうしたの?」
「どうして、俺の名前を書いて助けを求めたんだ?」
それはあの時、助けを求める紙を見た時にも生じた疑問。
『なぜ自分に助けを求めたのか?』
元の世界で幼馴染だったとはいえ、この身体能力を手に入れたのは真昼が死んだあとだ。しかも彼女が虐められていた頃、自分は虐めに関わるのが怖くて少しだけ距離を取っていた。自殺する直前には直接助けを求められたのに警察に相談しようなんて逃げの選択を取ってしまっている。
この世界に間狩が来ている確証はない。それどころか真昼が知っている間狩は助けを求めたとして役に立つような人間ではなかった。なのに一体どうして。
彼女は視線を間狩の顔に戻し、少しだけ口角を上げる。
「自分でもよく分からないけど……あの時一番に思い浮かんだのが、まーちゃんだったんだ」
「どうして……? こんな、俺を……」
「なんでかなぁ」
そう言いながら、少し真昼は悩んだ素振りを見せたあと。
「…………
「……は?」
「そんな反応されるとちょっと傷つくなぁ……」
はにかんだ顔を見せる真昼。
間狩は一瞬だけ全てを理解できなくなり呆けた顔を晒したが、彼女の語った言葉を理解し、すぐに動揺を隠し切れない表情で焦り始める。
「お、おっおおお、お、俺のことをッ?!」
「そうだよ~、っていうかやっぱ気付いてなかったんだね。中学や高校になって疎遠になったけど、私なりにアピールしてたつもり――――――――ごぶッ!!」
「ッ! 真昼!!」
突然彼女が口から血を噴き出した。
口の端から粘りのある赤黒い血を垂らしつつ、ごほごほと何度も咳き込む。顔は血が流しすぎて青くなり始めていた。
その様子を見て、何百人も人を殺した間狩には分かってしまった。
真昼はもう本当に限界が近くて、あと少しで死んでしまうと。そういう死の気配を全身から漂わせていた。
彼女の口の端に垂れた血を手で拭う。
もうそんなに時間はない。……後悔のないようにしないと。
「……真昼」
「な、に?」
「本当に、ごめん!!」
その場で地べたに頭を擦り付ける間狩。
頭を下げたと同時に過去の記憶が脳の奥からせり上がってきて、不思議と目から涙がこぼれ始めた。
「真昼が
「…………」
「俺はあの時、自分の力よりも先に『警察に相談しよう』って、他人の力に頼って……! 怖くて逃げちまったんだ……!!」
額を地面につけたまま、悔しさを隠し切れずに指先で地面を擦る。
真昼を虐めてた奴らを殺すのなんて簡単だった。本当に、なんであそこで俺は他人に頼っちまったんだ。怖がらなければ自分の力で真昼を守れたはずなのに。
そんな後悔ばかりが心の底から噴出する。
いくら体が強くても、心の性根は弱々しい子供のままだ。真昼に引っ張ってもらっていた気弱な少年時代のままだ。
なんでこんなに情けないんだ、俺って男は。
そんな風に涙を流しながら、地面に額を擦り付ける間狩の頭に。
真昼は優しく手を乗せた。
「顔、あげ、て……?」
「……うん」
頭の上に乗せられた手を優しく手に取り、頭を上げる間狩。
彼女は間狩の顔を見て、慈母のような表情で目を細めた。
「許して、あげる……」
血の付いた手で間狩の涙を拭う真昼。
涙が拭われる度に頬に血液が付くが、間狩は一切気にしない。その手の暖かさに身をただゆだねる。
そして間狩の目から流れる涙が止まった頃、真昼はぽそりと口にした。
「私もね、気付いて、たんだ……」
「え……?」
「まーちゃんの対応は、間違って、なかったって。警察に相談するのは正しい方法だって。なのにね……あの時私は、『なんで今すぐ助けてくれないの』って勝手に裏切られた気持ちになって……」
間狩の顔から拭った涙の量よりも多く、彼女の目から涙がこぼれ始める。
唇を横に引き、間狩の顔を見ながらもその視界を涙でぼやけさせる。床の血だまりに涙が落ちて薄い波紋が広がる。
「私の方こそごめんね……! 自殺してごめんなさい……あの時、踏みとどまって生きてたら、きっとまーちゃんは殺人鬼にならなかったのに……!! もっといい未来があったはずなのに……!!!」
「違う、真昼は悪くないんだ!」
「ごめん、ごめんね……!! 生きられなくて、死んじゃってごめんね……!!」
彼女が悲しそうに謝りながら、段々命の灯を薄くしていく。
間狩が必死に彼女は悪くないと言うが、一度噴き出した自罰の念が生きる活力を奪っているのだろう。
彼女は急速に死へと向かい始めた。
(嫌だ……)
せっかく異世界で再会できたのに。
(こんな涙でぐちゃぐちゃの顔で、お互い悲しい気持ちになりながらまたお別れなんて嫌だ!!)
心の中でそう叫んだ間狩は。
頭で考えるよりも早く、口から『
「俺も、真昼が好きだ……!」
脈絡のない一言だった。
会話の流れなど何もあった物ではない。
間狩の言葉をし聞いた真昼は、一瞬頭がフリーズして少しだけぽかんとした顔を浮かべる。
「え……?」
「小さいころからずっと好きだったんだ! でもなんでか分からないけど、こんなに好きなのに、年が上がるたびに疎遠になっていって……。もしかすると真昼は俺の事が嫌いなんじゃないかって思って……。本当はずっと好きだったのに!!」
「そ、そうだったんだ……」
間狩の心の底からの告白に、真昼は少しだけ目を見開いた。
そして嬉しそうに、瀕死の人間とは思えないほど明るい笑顔を浮かべる。
「嬉しいなぁ……。私達、両想いだったんだね……」
笑みを浮かべつつ、目端から涙をこぼす真昼。
その顔を見て間狩は静かに思い出した。
(ああ、そうだった)
思い出した記憶は、自分がどうして真昼を好きになったかのきっかけについてだ。
劇的でドラマチックなきっかけじゃない。
創作物で擦られまくったようなありふれたきっかけだが、それは確かに自分の心に焼き付いていた。なのにいつしか忘れてしまっていたその記憶。
『まーちゃん、あそびにいこ!!』
太陽が爛々と輝く昼の時分。間狩は夏の暑い時間に外へ出て遊ぶのが苦手だった。
ただそれでも彼が、彼女と一緒に遊びに出かけたのは、空の太陽よりも明るい彼女の笑顔が好きだったから。
こちらの心まで温かくなるような元気な笑顔がたまらなく好きだったんだ。
(そっか。俺は真昼を殺したいと思ってたんじゃない……ずっと手元に持ち続けたかった訳でもない……)
優しく、そして力強く彼女の手を握る。
出血のし過ぎで目も見えなくなってきた真昼だが、自身の手を握る間狩の存在を感じて嬉しそうに頭を揺らした。
(俺は、『この笑顔がもう一度見たかった』んだ……)
体が裂けそうになるほど求めても二度と得られない物。
それを探し続けるうち、ヘッズハンターは狂ってしまった。一番愛した人の顔すらよく思い出せなくなるほどに。
史上最悪の殺人鬼・間狩伸介。
自分でも気づいていなかった全ての謎は今、解き明かされた。
真昼がぼろぼろと涙を零す。
好きな人からの告白で生きる活力を少しだけ取り戻したが、それも限界はある。今の一言で作り出せた時間の猶予はおおよそ三十秒と言った所だ。
「嬉しいなぁ、でも悲しいよぉ……。両想いだって知ってたら、もっと仲良くなれたのに……」
間狩は彼女と指を絡ませ、恋人繋ぎをする。
もう聴力も弱くなってきただろう彼女の為に、顔を近づけて話す。
「真昼。……俺達はこの世界で、奇跡的に会えた」
「う、ん……」
「それでさ、二度あることは三度あるって言うだろ? だから……」
一度言葉を止め、息を吸い込み。
優しい声色で真昼の耳元に語り掛けた。
「だからッ……
「……ふ、ふふ……次があるかなんて、分からないよ……?」
「絶対にある。俺の勘は当たるんだ」
彼女がへにゃっと顔を崩し、明るい笑顔を浮かべた。
もう血を流し過ぎて殆ど力も入らないだろう。それなのに間狩に負けないくらい力強く、彼の手を握り返した。
「ならね、私ね……。まーちゃんが見つけやすいように、うんと目立っておくから……」
「ああ……」
「私のこと見つけたら、すぐ会いに来てね? 約束だよ……」
「分かった、約束だ……!!」
真昼の呼吸がどんどん浅くなる。命の終わりが近い。
それでも必死に寿命を延ばそうと、はっはっと短い呼吸を素早く繰り返しながら、絞り出すように声を出した。
「だか、ら…………『またね』……」
「ああッ……! 『またね』、また、また会おう…………」
間狩が言葉を言い終わるよりも前に。
彼女はその顔に明るい笑みを保ったまま、命の灯を消した。
『またね』の言葉を聞き届けた彼女の死に顔は死への恐怖では埋まっていない。
次の世界への希望を抱き、静かに逝っていた。
まだ体温の残る手を名残惜しそうに離し、ヘッズハンターは立ち上がる。
笑顔で永久の眠りについた彼女を少しだけ見つめたあと、俊介に体を変わった。
一瞬の硬直のあと、俊介は目の前にある真昼の体を見て悔しそうに顔を歪めた。
そしてすぐ傍に居るヘッズハンターに頭を下げる。
「……ごめん、ヘッズハンター……!」
『なにがだ?』
「俺があの時最後の一本を叩き落せていれば、いやそもそも奴の心を追い詰めすぎていなければ……!!」
『…………』
確かに俊介のミスはあった。
だがそれを責める気などヘッズハンターには毛頭なかった。
『俺が真昼と少しだけでも話せたのは、俊介が俺と一緒に戦ってくれたからだ』
「それは……」
『俊介がいなかったら、三分間の会話すらできなかったんだ。謝られる筋合いなんてないさ』
「でも……」
言葉を続けようとする俊介を、トールビットが手を出して遮った。
困惑した俊介に対し、彼女は静かに首を横に振る。
『駄目だよ、謝っちゃ駄目なんだ。ヘッズハンターと真昼ちゃんが話した時間を否定してしまうことになる』
「っ……」
『俊介は短くても時間を作ったんだ。だから、それでいいんだよ』
「…………」
顔を俯けさせる俊介。彼女の言葉に理解はしても納得は出来ないらしい。
長い間、ヘッズハンターと真昼を幸せな形で再会させられなかった戒めに心が苛まれるだろう。それでも俊介は強く生きていくはずだ。殺人鬼の全員が認めるほどの男なのだから。
ヘッズハンターはトールビットに近づき、小声で言う。
『ありがとう』
『まあ……ね。俊介は人の死に慣れてないし、動揺してどう言葉を掛けていいかなんて分からないだろうからさ』
『そういう所が、俊介の良い所なんだけどな』
口を閉じて彼女から離れる。
部屋の中を少し歩き、足を止め、顔を上げた。
『……そういや、まだ朝の七時なんだよな』
ヘッズハンターは戦闘の最中に壊れた壁から、船の外の景色を眺める。
透き通るような青空が夏の香りと共に全身をめいっぱい撫でてくれる。元の世界で真昼と遊んだ夏の街並みを想起しながら、目端に溜まる水滴を親指で拭った。
『これから、だもんな』
そう呟く。
そうだ、まだこれからなんだ。
だってまだ朝の七時だ。
朝食の味が口から消え去り、お腹が空いてくる昼までには時間がある。
早く昼が来て欲しい、時間が過ぎて欲しいと思えば思うほど長く感じるものだ。
――――それでも。
生きていれば、必ず『
だって、時間は絶対に前に進み続けるんだから。
ヘッズハンターは視界の端にチラついていた前髪をかき上げた。
空の上には、思わず目を細めてしまうほどに眩い太陽が爛々と輝いている。
それは間狩伸介が元の世界で自殺した日と同じ景色。
何処までも永遠に続いているような青空が、ヘッズハンターの前に広がっていた。
今度彼女と出会う時は両手に抱えきれない土産話を持っていこう。
お互いに会えなかった時間を取り戻せるくらい、たくさんの土産話を。
『また会おうな……真昼』
小さく呟いたその言葉は、青空に薄れて消えていった。
決して全てが上手く行った結末ではないです。
しかし俊介とヘッズハンターがハッピーエンドを目指さなければこの三分間の再会すら叶いませんでした。
一日中雨が降った日の翌朝に、淡い寿色の陽光が雲の隙間から落ちてきているのを見ているような気分です。
窓を開けると、雨の香りがまだ微かに残っている肌寒い空気が部屋の中に入り込んできます。
身を震わせながらも空から地上に掛かる天使の梯子を見ると、今日の天気は昨日の雨を忘れるくらいに良い物なんだろうな……とふと感じます。
それでもまだ地面には太陽の光を反射する水たまりが残っていて、それを見て「昨日は雨だった」と思い出しながらも、晴れの今日を生きるために歩き出します。
ヘッズハンターは今そんな気持ちです。
決して悲しくない訳ではないけど、それでも前に進もうとしてるんですね。
作者はそんなヘッズハンターが一番好きです。