――――
でも実は、私は『研究』がそこまで好きではない。
『お父さん……?』
『…………』
『今日は、一緒に遊んでくれるって……約束したのに……』
私と同じく浮遊人格統合技術の開発者として世界中に名を馳せる前から、父は人間の精神に関する研究にのめり込んでいた。
ほぼ毎日夜遅くまで研究を行い、幼少の私が楽しみにしていた遊びの約束を忘れて眠りこけている事は何度もあった。
『…………』
父は娘の私にだけ冷たいという訳ではなく、母とですら深く接することはなかった。
だから私には家族全員で『家族らしい何か』をした記憶はない。
私は父と関われない寂しさを埋めるように、よく母と会話をしていた。
『何でお母さんは、お父さんと結婚しようと思ったの?』
『うーん、なんでって言われるとちょっと難しいけど……お父さんとお母さんは幼馴染でね? 二人とも実家が田舎の方だったから、よく川遊びとかしてたんだ』
『か、川遊び? お父さんが?』
『そうだよ~。でも、お父さんを外の遊びによく誘ってたのは『
『空……』
『
母は元々二重人格で『海』と『空』という二人の人格を持っていたらしい。
内気で臆病、外で遊ぶより家の中で大人しくしているのが好きな『海』。
常に元気いっぱいで体を動かして遊ぶのが大好きだった『空』。
対照的な二人の人格が母の体に宿っていたそうだ。
『でもね……空はお母さんが大学生の頃にいなくなっちゃったんだ』
『どうして?』
『お父さんはね、お母さんが二重人格だってことを昔から知ってたんだよ。それでお父さんはね、凄い有名な教授がいる心理学部に行って猛勉強して、私達を一つの人格に統合させてくれたの』
『へえー……』
主人格は今の母の原型であり、内気だった『海』の方だった。
だから快活な性格の『空』は主人格に統合されてそのまま消えてしまったようだ。
母は懐かしむような目の色をしながら語り続ける。
『お母さんと空が一緒になったその日にお父さんにプロポーズされてね。その……お母さんも昔からお父さんのことが好きだったから、そのまま学生結婚したんだよね』
『が、学生結婚? いくつで?』
『二十歳で』
二十歳で学生結婚。
そういえば、父は大学二年生……ちょうど二十歳の時に転学部していたはずだ。
心理学部から生物学部という一見何の関係もない分野に席を移し、そのまま博士号を取って主席で卒業している。その後に心理学の博士号も取っているが。
母と結婚した時となぜか別の学部に転学部した時が一致している。
きっとこの二つの事柄は無関係じゃない。
でも……何故そんなことをしたのかは父にしか分からない。そして私が聞いたとしても答えてはくれないだろう。
『お父さんは……きっと
いつ頃に気づいたのかは忘れてしまった。
だが中学を卒業する頃にはそう確信していたのを覚えている。
同級生が家族で揃って遊びに行ったと話しているのが羨ましかった。
親が構ってきて鬱陶しいとか、この年になって一緒に出かけるなんて恥ずかしいとか、そんな事をにやけ面で語っているのに心が爛れそうになった。
『私も……』
一度くらい家族全員で遊びに出かけてみたかった。
そんな幼少期の私が抱いたささやかな願いがずっと心から消えなかった。
だから私は。
父が目指すその『何か』を叶えれば、私の方を向いてくれるのではないかと思った。
私をもっと見て欲しかった。
……幸いなことに、私は生まれつき頭が良かったらしい。
大抵の言語は三日も勉強すれば頭に染み付くし、普通の人が揃って頭を悩ませるような問題もスラスラと解くことが出来た。
父が何故心理学部から生物学部へと移動したのか。
その理由が分からなかった私は、両方を学ぶために医学系で最もレベルの高い国外の大学に入学した。どちらも修めておけば、理由は分からずとも父の目指す『何か』と似通った知識を身に着けられるだろうと思ったから。
数年経ち、大学を飛び級で卒業して帰国した私はとある大学の研究室に入った。
その大学を選んだのは、父が当時勤めていた『渦島製薬』というかなり大きな企業との関わりが深かったからだ。それ以外は名前すら覚えていないほどに興味がない。
私も渦島製薬に入れれば良かったのだが、当時の渦島製薬は研究職を応募していなかった。後の事を鑑みるに、その時行っていた研究の『失敗』を新しく入って来た産業スパイなんかに絶対リークされる訳にはいかなかったのだろう。
とにかく。
私はその研究室から渦島製薬に共同研究を持ち掛け、無理やり父との接触を増やした。
研究部門のリーダーだった父の実の娘、という身分もあったからだろう。当の父にはあまり何も思われていなかったが、他の面々からは徐々に信頼を得始めることができた。私自身が優秀なのもあっただろうけど。
そうして渦島製薬と関わりを深めて本格的に研究チームに加わった頃、今まで父が何を研究していたのかの詳細をやっと知ることが出来た。
曰く、解離性同一性障害の薬について研究している事。
曰く、その薬は従来の治療方法とは全く異なる……主人格と別人格を精神的ケアで統合させるのではなく、人格を剥離させて二つに分けるという物であること。
そして……。
治験と称して行った非合法な実験で、既に
人格を剥離した時に予測していなかった何かが作用したらしく、脳死したらしい。
治験者の同意があったとはいえ、非合法な人体実験を行った上に死なせてしまった。挙句に失敗した理由は分かりませんと来た。
こんな事が表に出たら渦島製薬という企業そのものが倒れかねない。だから私が帰国してすぐに渦島製薬の研究部門に入ろうとしてもブロックされたのだ。信用の置けない者を招き入れ、万に一つでも外部に漏れる訳にはいかないから。
そして私は、父達が人体実験で死人を出してしまった事を聞いた時。
心の底から
父が明確な弱みを私に見せたのは初めてだったから、この失態をフォローすれば父は今度こそ私の方を向いてくれると思ったのだ。
私は先ず、父達の作った薬が何故治験者を殺してしまったのかを脳を開いて調べた。
だが……その理由はさっぱり分からなかった。
『サンプルが死体一つだけで少ないから』などという次元の話ではない。恐らくこの分野では人類の最先端にいるであろう父や私や他の研究員達でさえ手も足も出ないのだ。
人間の脳はまさにブラックボックス。脳の構造や機能をある程度解明することは出来ても、その深奥までを解き明かすことは出来ない。
父達が作った薬は、今の人類が立ち入ってはいけない場所に無理やり足をねじ込んでいるような物なのだ。
だから私は、アプローチを変えた。
薬を使って治験者が死なないようにする改良は完成まであと何十年掛かるか分からない。
だからこの際、治験者が死んでしまうことは許容する。結果的に生きてさえいれば問題ないのだから、父達の薬が効果を発した後に蘇生薬で強制的に蘇らせてしまえばいい。
私は独自に調合した蘇生薬を持ち、国外から調達した多重人格の治験者を父達の前に連れ込んだ。
治験者は親からの虐待で人格が分裂し、酷い他傷癖で精神病院に縛り付けにされていたような奴だ。病院側に十万ドルも握らせれば簡単に身柄を渡してくれたし、殺したところで探す人なんていない。
『お父さん。お父さんの薬は失敗してないよ、最終的に生きてさえいればいいんだから。私が調合した蘇生薬を使って、一度治験者を殺した後に生き返らせるんだ。良い案でしょ?』
『…………』
『主任、あの薬は明らかな失敗作です! 貴方の娘は恐ろしい過ちを繰り返そうとしている!!』
『…………』
父以外の研究者が私を批判する。
だが当の父はじっと私の方を見つめ、静かに呟いた。
『良いだろう。やってみろ、美優』
『お父さん……!』
『し……主任! 正気ですか!? す、既に……人が一人死んでるんですよ?! その薬で!!』
一人の研究員が青ざめた顔で後ずさり、私と父に怪物でも見るような目を向けてくる。
『も、もう私には無理だ……! 毎日夢に、私達の殺した治験者の顔が出てくる! 『よくも殺したな』と何度も囁いて来るんだ!』
その研究員の悲鳴にも似た言葉に、他の研究員達が呼応し始める。
どうやら全員が自分達の作った薬で一人の人間を殺し、その事実を隠蔽したことが心を蝕んでいたらしい。くだらない。
だけどお父さんだけは何も狼狽えることなく、私の方をじっと見ていた。
『……美優。私は新しい可能性を欲している』
『新しい可能性?』
『お前も私達の作った薬を調べていただろう。なら分かったはずだ……この薬は、今の科学文明には
『うん、流石お父さんだよね。たとえ未完成だとしても、普通の人間にはこんな時代を先取りした物なんて作れないし』
研究員達が狼狽えるのも無視して、父がこちらに歩み寄ってくる。
『蘇生薬を混ぜた所で大した効果があるとは思えない。それは薬の副作用である死を何とかしているに過ぎず、薬自体の改善をしている訳ではないからな。だが……この薬の完成に繋がる、何かの可能性を示すかもしれない』
『…………』
『試してみろ。そしてもし新しい可能性を示せた時は……お前を認めてやる』
『!!』
お父さんが吐いた言葉に、心が動く。
やっぱり私は間違ってなかった。お父さんが目指す『何か』を叶えれば、私の方を向いてくれるんだ。
この蘇生薬が何かの可能性を示すかもしれない……いや、かもしれないじゃない。
たとえこれが失敗したとしても。何度でも、何人でも、幾百の死体を積み上げることになっても新しい可能性を示してやる。
きっと私は人生で一番の笑みを浮かべながら、治験者に薬を投与した。
父達の薬が作用し、治験者が死ぬ。
私の調合した蘇生薬が作用し、治験者が息を吹き返す。
『……ッ!! ぁ、ぁあ……!!』
息を吹き返した治験者は一度大きく困惑したような表情を見せた。
そして不自然に一瞬硬直した後、すうっと雰囲気が変わる。
先ほど暴れていたのとは打って変わり、鋭い視線で部屋の中をじろじろと見渡している。
『……まさか、成功……?』
先ほどまで狼狽えていた研究員の誰かが呟く。
精神病院から渡されたデータで、治験者の中にいる数人の人格達の素性は把握している。だが事前に渡されたデータの中にこんな落ち着いた人格はいなかった。全員マトモに口もきけないような暴れん坊か、泣き虫しかいないはずだ。
じゃあ……今目の前にいるのは、
『……私は、確かに処刑されたはずだが。それになぜこんな
『ふむ。まるで元は違う人物だったみたいな言いぶりだが』
お父さんが顎に手を当てながら質問する。
すると治験者の女は怒りの表情を浮かべ、耳まで真っ赤になった顔をぶるぶると震わせながら声を絞り出した。
『当たり前だ……! 私の名は『
『……新不。聞いたことがないな』
『何だと貴様……新不を耳にしたことがない? お前は森の中で暮らして来たのか? この国のほぼ全ての事業を支える超エリート一家だぞ』
『知らないな』
『ハッ。どうやら、上手にヒトの真似をするお猿さんだったらしい。森に自生するバナナまでは事業を伸ばしていないのでな、貴様が知らんのも無理はない』
なんだコイツ。
薬を投与した時に暴れないよう縛っておいたから、未だに縛られたままだと言うのに、信じられないくらいエラそうだ。
お父さんを侮辱されて若干イラッと来たし、私も少し嫌味を言ってやろう。
『そんな名家のお嬢さんが、どうして処刑されたのかな? 余りに口が悪すぎて、暴言で訴えられたりでもした?』
『……この、クソメスがッ!! 私がそんな、自分の犯罪をもみ消し忘れるようなミスをするかッ!!』
凄いキレた。
というか犯罪行為はやってたんだ。私が言える事じゃないけど。
『あの男……あの黒い忍び装束を着た、ふざけた雰囲気のチャランポランのせいだ……! 奴が私が裏でやっていた犯罪を全て明かし、ついでに自分の犯罪を押し付け、クソコラまでばら撒きやがったんだ……殺す!!』
『わあ。それは面白そう。どんなコラだったの?』
『貴様も殺す!! クソメス!!』
どうやら触れられたくない事らしい。
じゃあ言わなけりゃいいのに。
『美優。少し黙っていろ』
『はい。お父さん』
お父さんに怒られたので口を閉じる。
クロエは面白いくらいにキーキーと声を出しながら暴れていた。……いや、あり得ないくらい力が強いな。四肢と胴体を拘束する分厚い革のベルトが千切れかかっている、普通の人間にできる技じゃない。
お父さんがクロエに再び声を掛ける。
『この国に新不なんて名家は存在しない。断言する』
『ハッ。新不が手を伸ばしていないなんて、一体何処の後進国だ?』
『ここは日本だ』
『…………知らないな。そして嘘を言っている訳でもなさそうだ。人工衛星まで飛んでるこの時代に、私が聞いたことのない国名なんてある訳がない』
奴は怒りながらも、この状況を理解するために頭を必死で回していたらしい。
自分で名家の娘と言うだけはある。
クロエは眉間にしわを寄せ、言葉を吐いた。
『なら、何処なんだここは。処刑されて行きついた、私の知らない世界……まるで
『異世界……。違う世界からの来訪者……新たな可能性……』
父はそう呟いた後、私の方をくるりと振り返る。
そうして、ポンと私の頭に優しく手を置き、ぐしゃりと撫でた。
『よくやった、美優。可能性を示したな』
『…………っ』
初めて感じた父の体温。
この年になってやっと知った、家族の温もり。
それは、私に新たな原動力を与えるには十分すぎる物だった。
……異世界の人格を宿らせる技術は、後に『
異世界からの来訪者がもたらす物の利益は大きく、現代社会が抱えていた数々の問題をあっという間に解決した。
国にもたらした利益も尋常ではなく、それらの恩恵を以て、一人目の死んだ治験者の事を更に深い闇に葬るのは容易い事だった。
私達親子が浮遊人格統合技術について研究する専門の研究所も建ち、私達は一躍世界でもっとも有名な研究者に成り上がった。
……だが、私にとって世間の目なんてどうでもよかった。
もう一度、お父さんに褒めてもらいたい。
その為だけに研究を続けた。
どうすればお父さんがもう一度褒めてくれるか。
そんなのは分かっている。
お父さんたちが作った、人格を剥離させるあの薬を完成させるんだ。蘇生薬を混ぜるなんて代替方法じゃない、本当の形に。
だけど私達ではどう逆立ちしたってあの薬を完成させられない。根本的な何かが足りない。
だから、アレを完成させられる技術を持った人格を異世界から呼び寄せる必要がある。
今は十歳の子供に浮遊人格統合技術の注射が義務付けられている。
でも注射を受けた子供に人格が宿るかは運次第だし、宿った人格が優秀かどうかすらも運次第だ。そんなの効率が悪すぎる。
お父さんも優秀な人格を宿した人格持ちを国の認定人格持ちにして保護したりと、優秀な人格を呼び出すために色々やっているみたいだが……ハッキリ言って効果は薄い。
何時からかネットで広まっていた、『浮遊人格統合技術はガチャと同じ』という言葉。
ああ、正にその通りだろう。これはガチャと同じだ。
自分の望む物を手に入れるなら、運任せよりも、資金に物を言わせて大量に回してしまう方が効率が良い。
だから私は未来革命機関に入った。
この機関なら大手を振って、大量の人間を使った人体実験が行える。
妊娠した母体の中にいる胎児に改造を施し、人格を宿す確率を大幅向上・宿す人格の数の限界も向上させたデザインベイビーを作り出す。一人の子供に数人の人格が宿るという訳だ。
デザインベイビー一号はピュアホワイト。これは私の最初にして最高の成功作と言える。
その後も強さはピュアホワイトに遠く及ばないものの、複数の人格を宿したデザインベイビーを効率的に生み出した。もう多くの人格を宿せるデザインベイビーの作り方は完全に確立させた。
だから、この方法を使って多くの人格を宿し続ければ、いつか目的の技術を持った人格に辿り着ける。
このまま未来革命機関で母体の調達を続けてもいい。或いは国にこの結果を持って行って、妊娠した女性にデザインベイビーの処置を受けさせることを義務化させたっていい。
とにかく、この方法で人格を大量に宿らせ続ければ、絶対に辿り着く。
だから、あともう少し。
本当にもう少しなのに。
「――――見つけたッ!! 榊浦美優ッ!!!」
「夜桜ぁ……ッ!!」
どうしてあともう少しという所で、こんなに大きな邪魔が入るんだ。
私はただ。
お父さんの温もりをもう一度感じたいだけなのに。
作者には研究職の人が何してるかとか海外の大学とかのことがあまり分かりません。
なのでそこら辺は深くツッコまないで下さるとありがたいです。知識不足で申し訳ない。
そもそも原因不明の死を蘇生薬で何とかできるってバグだろ
榊浦美優の内心が狂気すぎて話の流れぐちゃぐちゃでもう滅茶苦茶だよこなくそ
……そういや初めて異世界から来た人格が出てきたわけですが
一体誰の関係者なんだ()