夜桜は目の前に現れた二人の男女を鋭い視線で睨む。
未来革命機関のボスであるウィザード。
後ろから橘の体を抱き留めるように拘束し、彼女の首にナイフを突きつけている。ナイフの切っ先に震えなんて物は存在せず、ウィザードがその気になれば何の躊躇いもなくその凶刃を首に突き立てるだろう。
対して、素性も何も分からない黒髪のポニーテールの女。
黒光りする拳銃の筒先を地面に向け、手をぶらぶらと力なく動かしている。一見油断しているように見えるが、その瞳は強い警戒の色をにじませて辺りを注視していた。
「まさに三つ巴……と言ったところかな」
「くぅっ……」
ウィザードが口端に笑みを浮かべながら、橘を拘束する手の力を強めた。
ナイフの切っ先が肌に触れ、橘が思わず声を漏らす。
「橘さんを人質にして榊浦美優を助けるつもりか、ウィザード……!」
「んん……? いやいや、勘違いしないでくれ」
わざとらしく首を横に振るウィザード。
そして夜桜の背後で気絶している榊浦美優に視線を向ける。
「そこの女とはただのビジネスパートナー。互いに相手を利用し合うだけの関係さ。利用価値があるうちは助ける事も考えるが、今は……
「
「……ゴッホン!!」
夜桜が疑問気に声を出した所で、銃を持つ女がゴホンとわざとらしく咳払いした。
女は左右に揺れるようなゆらゆらとした声色で、拳銃を持つ右手で榊浦美優を指さす。
「あのさ~。私が榊浦美優をパパッと殺すから、その後で好きに話し合ってくれない? 私帰って二度寝したいんだよね。まだ朝の七時になってすらないんですけど? 普段ならまだ朝ご飯食べてないよ私」
会話に割り込んできた女に、夜桜がキッと鋭い視線を向ける。
「殺させる訳ないだろ……!」
「ふーん。じゃあ一つ聞くけどさ、その女をどうする訳?」
「……しかるべき場所に突き出す」
「しかるべき場所って、警察に突き出した後に刑事裁判でも受けさせるの? 笑わせないでって」
女は全く笑ってない顔で声を発し続ける。
「妙なお題目掲げるテロ組織に加担して、多くの無辜の市民を使って人体実験してるんだよ? 死刑が当たり前、どれだけお国の力が働いても無期懲役が限度。なら今殺したってあんまり大差なくない?」
「榊浦美優には、数百人分の人生を狂わせた報いをキッチリと受けさせる。今ここで殺してすぐ終わりだなんて私が許さない」
「ふーん、つまり社会的恥辱を味わわせてキッチリ苦しめてから殺したいって事か。中々惨いね~!」
「…………」
夜桜を煽るような物言いをしつつ、拳銃の安全装置を指で弄ってガチガチと音を鳴らす女。
先ほどから口から発する声色は明るいものの、表情は険しい物で固定されている。
榊浦美優を殺そうにも殺せない状況に苛ついているのか、それとも別の何かに苛ついているのか。感情を荒立てているのは分かれど、何を考えているのかまでは夜桜にも読み切れなかった。
(というよりこの女。よくよく思い返すと、やけに殺す事に拘ってるな……)
夜桜はふとそう考える。
謎の女が左手に持つアタッシュケースには榊浦美優の研究資料が入っているのだろう。それを盗んだ上で榊浦美優を殺す事で、奴の研究結果を自分達の陣営で完全に独占する。
榊浦美優の研究室で第三者の介入を発見した時はついついそう思い込んでしまっていた。榊浦美優を殺すのが相手の最終目標だと。
だが、よく考えると……。
『研究結果の独占』が目的なら、榊浦美優を殺すよりも奴を誘拐した方が得は大きいはずだ。本人を締め上げた方が吸い出せる情報も多い。
『榊浦美優の確保を優先、でも他の組織に盗られるくらいなら殺す』なら分かる。だけど謎の女は一人しか姿が見えないし、人間一人を誘拐するのにたった一人というのは余りに考えにくい。
となると。
本当に最初から『研究資料を奪って榊浦美優を殺して帰る』のが目的なんだろう。
……『榊浦美優の研究資料を奪った上に殺す』のが一番得な陣営って何処だ……?
そんな夜桜の思考を遮るように、ウィザードが声を発した。
「夜桜。私の話の続きをしよう」
「…………」
「今から質問をする。お前か、私が今捕まえているこの女か、どちらでもいいから答えろ。そうすれば味方になってやる」
「何……?」
たった一つの質問に答えるだけで、味方になる?
これほどまでに敵対している未来革命機関のトップが?
夜桜の疑問を他所に、ウィザードは言葉の続きを紡ぐ。
「たった一つ。シンプルな質問だ」
そうしてウィザードは橘の口を塞いでいた手を外し。
彼女の肩に付いている作業用の補助アームを愛おしそうな手つきで撫で、いきなりへし折らんばかりの力で強く握った。
「この女が付けている第三アーム。これの製作者……いや、『製作者の人格が宿っている宿主の名前』を教えろ。たったそれだけでいい」
「アーム? 名前?」
ウィザードの質問の内容は極シンプルだった。
しかし俊介が助けに来るまで橘と面識のなかった夜桜には、アームの製作者の名前など分かるはずがない。
そう、夜桜に『は』心当たりがない。
「っ…………」
だがアームを実際に身に着けている橘に心当たりがない訳がなかった。
何せ作った本人から、折れた両腕の代わりとして補助アームを貰ったのだ。名前を知らない訳がない。
橘は首元に突きつけられるナイフに顔を青ざめさせ、恐怖で口を開こうとするが、空気ごと唾を飲み込んで口を閉じるのを何度も繰り返す。
そんな明らかにおかしい彼女の様子にウィザードが気付かない訳もなく、更に拘束する腕の力を強める。
「ま……装着者のお前なら当然分かるだろうな。さあ早く言え。それで全て丸く収まる」
ウィザードが更に脅しつけるようにナイフを近づけ、彼女の首の薄皮を切る。
傷口からぷくっと玉のような血液が漏れ出し、微妙に見える鎖骨の方へとゆるやかに流れていった。
上ずった声で橘が問いかける。
「そんなの聞いて、どうするってんだよ……?」
「無論、製作者の人格である
「ああ、そうかい……!」
ウィザードの返答を聞いた橘が少しだけ首を動かす。
そして背後から自身を拘束する男を鋭く睨み、震えた声で啖呵を切った。
「女の体の下級兵士だからって舐めてんじゃねーぞ……!! 俺はどれだけ弱くても、受けた恩を仇で返すようなクソ野郎じゃねーんだ……!!」
「……何だと?」
「それによ、敵の前に未来革命機関のボスが直々に出向いて来るなんて普通じゃありえねー……! 兵士の一人も連れねーで来たって事は、それだけ余裕がないんだろ? ……あのピュアホワイトが俊介に圧されてるから、このままだと何もできずに俊介にやられるから、焦って出てきたんだろ!?」
「…………」
ウィザードが押し黙る。
そしてそこでやっと、夜桜が『アームの製作者が宿る人物』の名前に気が付いた。橘が恩を受けて、自分の身を顧みずに正体を隠すような人物。それは橘と一緒にこの拠点までやって来た『日高俊介』に間違いない。
「夜桜、俺のことは気にすんな……!! 既に一度死んでんだ、もう一回死ぬくらいなんてことねーからっ……!」
橘が夜桜に向けて、明らかに怯えながらもそう言葉を放つ。
その様子を見て夜桜は大きく顔を歪めた。
(日高君の名前を隠したい気持ちは分かるけど! ここで名前を隠した上にウィザードを挑発するのは明らかに悪手でしょ……!!)
橘が勇気を振り絞って自分の命を捨てる姿勢を見せているのは理解できる。
ウィザードが一人で出てきたことが即ち、ピュアホワイトが俊介に圧されているという証明になる……その推理も大筋は外れていないだろう。
だからって、自分の命を握る人物を挑発するのはどう考えても悪手である。
俊介がピュアホワイトを圧しているという推理に至ったのなら、橘がやるべきだったのは遅延行為だ。ピュアホワイトとの戦闘を終わらせ、俊介がこちらに来るまでの時間を少しでも稼ぐ時間稼ぎ。
少しでも口を閉じて黙り、何とか時間を作るべきだったのだ。
(……クソ……ッ!)
だが橘の『自分の身を呈してでも俊介のことを隠したい』という強い思いが夜桜の良心に突き刺さった。たとえ取った行動が悪手だったとしても、夜桜には彼女が無能だと無慈悲に切り捨てるような行動は出来なかった。
……突然だが、夜桜は相当に優秀な人間だ。
つい少し前まで裏に殆ど関わりがない女子高生だったので、余りに非倫理的すぎる光景には驚いたり、無慈悲すぎる行動はとれなかったりするが……。概ね優秀と言って全く差し支えないスペックを持っている。
そのため、並大抵の状況と相手ならば仲間の悪手を完璧にカバーできただろう。
そう、並大抵の状況と相手ならば、だ。
「お探しの相手の名前は『
謎の女が突然口を開き、アームの製作者であるマッドパンクが宿る俊介の名前を口にした。
「はぁ?」
「えッ!?」
「…………っ」
余りに突然の発言に夜桜たちは一瞬固まり、一斉に奴の方向に顔を向ける。
ウィザードが眉間にしわを寄せつつ、声を放つ。
「『日高俊介』だと? 今まさにピュアホワイトと戦っている男の名前だろう、それは」
「複数人格ってご存知? あの日高って子が正にそうなんだよねぇ。ビックリ仰天!」
「だが……あの男は『
「そっちが知らないだけで、それ以上の人数が宿っていたっておかしくないよね?」
「……馬鹿な。榊浦美優の改造人間でもないのに、三人以上宿していてマトモな精神を保つだと? いやしかし……」
視線を少し下に落とし、考え込む素振りをするウィザード。
そして夜桜は二人に対する警戒を怠らないまま思考を全力で回転させていた。
(なんで……なんで日高君が複数人格なんてことまで知ってるの?! いや、日高君は戦闘に強い人格を状況ごとに切り替えて戦う癖があるから複数人格だとバレても最悪おかしくはない……。だけどアームの製作者が宿ってるのが日高君だってことまで分かるのは流石に飛躍しすぎでしょ!!)
明らかに何かがおかしい。
頭に気付かない内にもやが掛かっているような感覚がする。
日高君が複数人格だと知っている。
榊浦美優を殺したがっている。
何故か日高君が未来革命機関を襲撃したタイミングでこの拠点に来た。
拳銃。
黒いスーツ。
黒髪のポニーテール。
女。
日高君の。
日高君のお母さんが働く、スーパーの裏手で……。
…………あ、ぁ?
「――――――――ッッッ!!!」
夜桜は頭の中のシナプスが全て繋がったような感覚と共に、目をかっぴらいた。
どうして今まで思い至らなかったのか。いや、何故思い出せなかったのか。
こんなに怪しい人物の身辺を考えたら一瞬で辿り着いてしかるべきなのに、なぜか今までその答えに至ることができなかった。
「そうか、お前……ッ!!」
「あぁ~ん? あらら、その顔は……ようやくお目目が覚めた? 夜桜ちゃん♪」
女はにやけ面を夜桜に向ける。
そんな奴の顔面に向け、夜桜は恨みを込めた低い声を放った。
「お前、榊浦豊の手下だな……!!」
「榊浦豊だと……? ハッ! 榊浦美優の父親が直々に娘を殺しに来たか。愉快だが、なるほど、納得だ」
ウィザードが鼻を鳴らして笑う。
その目には第三者の女に対しての訝し気な物はなく、全てに納得したような目をしていた。
「でもさぁ、榊浦豊の手下ってのはちょぉ~っと物言い悪くな~い? 悪いと思うよねぇ~?」
「は……?!」
「頭の中のもやを一つ晴らしたところで、次から次に立ちはだかる謎の全てなんて解けっこないんだよ。だってお前にはその資格がないからね。ただの天才さんだからね」
「何を言って……」
夜桜が疑問を口にするより早く。
遮るように、女が言葉を口にした。
「私は『
「…………は!?」
夜桜が声も出せない程に困惑した表情を浮かべる。
(娘……榊浦豊の娘……?! 愛人!? 不倫?!)
思考が一気に昼ドラ傾向に染まる。
しかしそれも仕方ない。夜桜は榊浦親子と敵対関係になるにあたり、表に出ている榊浦親子の情報は全て調べ尽くした。
だがその中に、榊浦豊に榊浦美優以外の娘がいるなんて情報は一切なかった。
「おっとっと、そろそろ口を閉じないと。調子に乗って話し過ぎる癖も直していかないと、お父さんにまた怒られちゃうからね。反省しないと」
つまり榊浦豊の娘というのは、この女がただホラを拭いているだけの『偽物』なのか。
もしくは、榊浦豊が世間から本気で隠している『本物の娘』なのか。
女の正体が何なのかは、夜桜には全く分からなかった。
「……どうやら、中々愉快な状況らしい」
「それで、ウィザードさん? 勿論教えてあげた私の味方になってくれるんでしょ?」
「いいだろう。そちらの方が得も大きそうだ。榊浦豊は榊浦美優より優秀そうだしな」
そして最悪なことに、橘の命を握るウィザードが完全に敵側に回る事を決心したらしい。
ナイフの切っ先が彼女の首に向けられる。
「この女は邪魔だな」
そして夜桜が止めるよりも早く、ウィザードの持つナイフが橘の首に吸い込まれ―――――
――――――――ドドドドドドドドドッッ!!!!
突然、未来革命機関の拠点が大きく揺れた。
夜桜は甲板で行われている人外決戦の影響かと考えたが、揺れは上階からではなく階下から来ている。
実際の所、この揺れはヘッズハンターを恐れたピュアホワイトの艦砲の一斉射撃による物だった。
「ッ――――」
しかし船の構造に詳しくない夜桜にそんな事実は分からない。
だが天才は一瞬の隙を見逃さない。
夜桜は足裏の爆弾を起爆させ、目の前に向かって急加速する。
一番の目標はウィザード。揺れによって狙いがズレたとはいえ橘の首にナイフを突き立てようとしていたのだ。
ウィザードは揺れによってナイフの狙いがずれたものの、手の中でナイフを回して刃の向きを調整する。
そして首に刃先を突き刺すのではなく逆手持ちで横一文字に切り裂こうとした。
その攻撃を止めようとした瞬間。
夜桜の視線と決意の決まった橘の視線が交錯する。
橘の瞳の水晶体には謎の女の姿が映っており、拳銃を榊浦美優に向けようとしているのが見えた。
「―――――シッ!」
橘が何をするつもりか分からない。
だが決意の籠った眼には先ほど自身の命を厭わず啖呵を切った時の覚悟が籠っていた。
その覚悟を感じた夜桜は少しの間だけウィザードの相手を橘に任せる。
夜桜は右足を軸に一瞬で振り返り、謎の女の拳銃を裏拳で弾く。
「いッ!?」
高速回転で拳銃を弾かれた女が声を上げる。
夜桜は体の回転をそのままに、裏拳を決めたのとは別の手で女の腕を掴んだ。
そしてそのまま関節技を決め、壁に押し付けるように体重を掛けて女の関節を外す。拳銃は遠くに蹴り飛ばした。
女の手を放してすぐさま背後に振り返る。
橘はウィザードのナイフを自身の豊満な胸に突き刺し、その動きを止めていた。
「ぐぅッ……!!」
ナイフの刺さった深さ的に内臓までには達していないだろう。
だが彼女のシャツには赤黒い血が滲み始めていた。
夜桜はすぐさま背後に飛び、回し後ろ蹴りの踵をウィザードの額に叩き込む。
のけぞるウィザード。蹴りの衝撃に思わずナイフの柄から手を放す。
「――――せやァッ!!」
空中で回転しながら二度目の蹴りを顔面に叩き込む。
その勢いで背後の壁に叩きつけられたウィザードに飛び掛かり、顔面に手のひらを押し付けて爆弾を連続で起爆させた。
後頭部が若干壁にめり込むほどの衝撃が走る。
ウィザードはそのまま意識を失い、背中を引きずるように地面に座り込んだ。
「―――――ふぅ」
夜桜は軽く息を吐き、胸にナイフが刺さった橘の傍に膝を突く。
万能の天才は一瞬の隙を見逃さない。
砲台の一斉射撃からおよそ三秒。
夜桜が全てを片付けるのにはそれだけしか掛からなかった。
夜桜が強すぎて敵組織の戦闘系の幹部じゃないと太刀打ちすら出来ないんですが
なんで当初は清楚なヒロイン設定だった子が主人公側の主力になってるんだよ
俊介が暴力一辺倒で相手をボコボコにするタイプだから、夜桜は頭の良さと肉体的な強さが整ってるバランス型にしようと思ったら、なんかどっちも強い化け物が出来上がったよ
キャラが強すぎてプロット壊れたのこれが初めてだよ
ちょっと隙が出来たからってなんで普通にウィザードと謎の女倒しとんねん
やめてよね(震え声)
PS
第三者の謎の女が本編中で唐突に色々言ってるように見えますが、キチンとキャラ設定固めてるので安心してください。
後から見返すと読者様方に全て納得してもらえるような設定と展開をモットーに頑張っています。