殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#92 獣

 

 

 

 夜桜は胸にナイフが突き刺さっている橘の横に跪き、傷口を見る。

 刃物が突き刺さった痛みで苦しそうな顔はしているものの、特段それ以上の異常は見当たらない。

 

(……自分から刺されにいったからか、それとも乳が大きいからか分からないけど……少なくとも今すぐ死に繋がる傷じゃない。言い方は悪いけど、本当に上手く刺されてる……)

 

 夜桜は知らぬ事であるが、橘は機関の下級兵士の訓練の一環として人体解剖を行っていた。

 涙目になり吐しゃ物をまき散らしながらも行ったそれにより否応なしに人体の構造を脳に刻み込まれていたのだ。無論知っているだけで致命傷を避けるのが上手く行くかどうかは別問題であるが、そこは橘自身の運否天賦だったという所だろう。

 

(それでも、心臓に近い位置に傷があるのは不味い。早く止血しないと……)

 

 今はナイフを抜かない方がいい。下手に抜くと栓を失った傷口から血があふれ出し、失血死する可能性がある。

 そう判断した夜桜は眉間にしわを寄せる橘に優しい声色で声を掛けた。

 

「橘さん、このナイフは今は抜かない方が良いと思います。苦しいと思いますが何とか耐えてください」

「あ、ああ……」

 

 少しでも血を足に流す為、そこらにあった瓦礫に橘をもたれかからせるように座らせる。

 苦しくて寝転がりたいのは分かるが少しでも傷口からの出血を減らすためだ。我慢してもらうほかない。

 

 

 

「……さて」

 

 夜桜はくるりと後ろに振り返った。

 壁に吹き飛ばしたウィザードは完璧に気絶している。しかし第三者の女は利き腕の関節を外しただけであり、未だに意識を保っていた。

 

「いったた……あーもう、どんだけ天才なんだ……っと!!」

 

 ゴキン!!と大きな音を鳴らして女が外れた腕の関節を嵌め直す。

 痛みで若干涙目になりながらも、腕の動きを確認するために何度か右腕を上下に振るう。そして夜桜の方を向いた。

 

「ちょっと予想外だったかも、まさかここまで強いなんて……。あんた何度か格闘技の大会に出てたでしょ、私一応その映像全部確認してるんだよ? なのに全然強さが違うじゃん」

「ここ最近の出来事で私自身でもびっくりするくらいに強くなってる。昔と一緒にしないで」

「こっわ……。昔って言っても一年も経ってないじゃん。なんなんだよマジで」

 

 女は若干引き気味な視線を夜桜に向ける。

 しかしその目は諦めの悪い狡猾さを孕んでおり、未だに継戦の意思があることを物語っていた。

 

「まだやる気なの?」

「勝ちの目があるうちは足掻かせてもらおうかな。私にも責任感がない訳じゃないんでね」

「そう……」

 

 爆弾を武装し、いつでも起爆させられるように構える夜桜。

 それに対し拳銃を弾かれ、素手の状態である謎の女。

 

 一見有利不利が明確に分かれている状況だが、一体どんな手を使ってくるのか。

 そう夜桜が疑問に思った瞬間、女の左手の親指が動いた。

 

 

 

 

 ――――――――カチッ

 

 

 

 

 妙な音が鳴った。

 左手の手の中に隠すように持っていた何かを親指で押したようだ。一体何だ。

 夜桜がそう思ったのも束の間――――――――

 

 

 

 

――――――――ドドドドドドドドドッッッ!!!

 

 

 

 

 突如船のあちこちで鳴り響く轟音。内臓から全身が震えるような衝撃。

 夜桜にはこの音が何によるものか一瞬で分かった。いつも自分が使っている物に他ならないから。

 

()()――――ッ?!」

 

 なぜこのタイミングで爆弾を起爆させたのか。一体何を爆破したのか。

 それに一瞬気を取られた夜桜の隙を突き、女が走り出す。

 目線の先には先ほど弾き飛ばされた拳銃があった。

 

「チッ!!」

 

 夜桜が女の動きを防ぐために、手にあった小型爆弾を投げつける。

 しかし投げつけた爆弾は何故か『上』に逸れた。

 

「なんで『上』に……いやこれは……!!」

 

 爆弾が上に移動したのではない。

 自分達が緩やかに『下』に落ちている。

 

 この船は夜桜の知らぬ技術で宙に浮いている。

 それが幾度の爆発音の後に効力を失い落ちているというのだから、考えられることは一つしかない。

 

「さっきの爆発で船の動力部か何かを破壊したのか……ッ!!」

「大当たり♪」

 

 夜桜の爆弾を避けた女は足で銃を弾き上げ、手で受け止める。

 そしてその銃先を淀みない動きで榊浦美優の方に向けた。

 

 再び爆弾を投げても間に合わない。

 そう判断した夜桜は、爆弾を銃のように人差し指と中指で摘み、それをもう片方の手で包むように握った。

 そして爆弾を起爆させる。

 

 起爆した爆弾の衝撃は、包まれた夜桜の手によって指向性を持つ。

 夜桜の投擲速度よりも遥かに速い衝撃は真っすぐ銃を構える女の方向に向かっていき――――

 

「―――――うおっとッ!?」

 

 咄嗟に回避した女の服の裾を少しだけ焼き焦がした。

 完全な死角からの攻撃を回避した女は焦った様子を見せつつ、夜桜に引いた目を向ける。

 

「マジか……ッ! 自分の手で爆発に指向性を持たせるとか、思いついても普通やらんでしょ……!!」

「出来るからやっただけだ! 手はちょっと焼けたけど……!!」

「馬鹿かよ! いや……天才って言った方がいいかなぁっ!!」

 

 足の裏に仕込んだ爆弾で急加速して女に迫る夜桜。

 勢いそのままに鋭い右ストレートを顔面に放つが、既の所で首を逸らされて回避される。

 振り払うように放った横薙ぎの後ろ回し蹴りも優に回避される。

 

(私の攻撃を回避してる……いや、既に当たらない場所にいるみたいな妙な感覚……!! 何これ……!?)

 

 落ちる船内の中、夜桜の拳戟を避け続ける女。

 その眉間には深くしわを刻み、汗を流しながら余裕なさげに回避に徹し続けている。

 妙な回避方法をしているものの、夜桜のプロの格闘家顔負けの速度を誇る攻撃を避けるのはかなり辛いようだ。

 

「だあああっ、クソッ!! 変な状況になると『予測』がブレるッ……!! 起爆させたのは失敗だったかなこれ、上手く行くと思ったんだけどなぁ!!」

 

 女が後ろに飛び下がって距離を取り、拳銃を夜桜に向ける。

 ……と見せかけて橘の方に銃先を向けた。

 

(何を……!?)

 

 戦闘の邪魔にならないように、橘は大きな瓦礫の裏に全身を隠している。

 女の立つ位置から瓦礫の裏の橘を狙うことは出来ない。普通ならば。

 

 しかし、異世界の人格がもたらす物は常に夜桜の予想を超えてきた。

 ピュアホワイトのような怪物がいるなんて実際に会うまでは思いもしなかったし、巨大な船を空に浮かせる技術があるなんて考えもしなかった。

 相手がその行動を取るならば、無意味な行動と決めつけるよりも、それをする『意味』があると考えるのが当然だ。

 

(この女の妙な避け方が、異世界由来の物なら……。瓦礫の裏にいる橘さんを狙う方法があるかもしれない!!)

 

 夜桜は女の攻撃を止める方に指向をシフトする。

 爆弾を指で挟んで手で包む。再び指向性を持った爆弾銃を作り出し、女の手を狙って撃ち放った。

 

「ぐッ!!」

 

 女の手が僅かに横に逸れるが、苦し紛れのように引き金を引く。

 その銃弾は崩れた壁に向かって飛んでいき、チュウンッと甲高い音を鳴らして跳弾した。

 高速で放たれる銃弾が瓦礫の裏に隠れている橘の鼻先を掠める。

 

(跳弾……この女、弾かれる銃弾の向きすら計算して弾を撃てるのか!?)

 

 夜桜が目の前の女に視線を向けた時、女がニタリと邪悪な笑みを浮かべているのに気付いた。

 そこで気づく。

 

「やばッ――――」

 

 跳弾で相手を狙えると言うのなら。

 夜桜に自身の発砲が妨害されるのも考慮した上で、橘ではなく榊浦美優を狙う事も出来るのではないだろうか。

 最初に橘を狙ったのは、夜桜が確実に妨害しに来て、その上で『妨害に成功した』と油断させるための作戦だったのだ。

 

 拳銃の向きと引き金を引くタイミングで銃弾を避けることは出来る。

 だが一度放たれた銃弾を止めることは夜桜には出来ない。時速二千キロ以上で移動する物体を夜桜の動体視力で捉えるのは不可能であった。

 

 女の勝ち誇ったような声と共に、銃弾が気絶する榊浦美優の脳天へと向かっていく。

 

「まだまだ経験が浅ッ――――――――」

 

 

 

 

 

 

 そして、再び。

 

 

 

 

 

 

 

 大きく船が揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未来革命機関の拠点の遥か下。

 絡み合う二重らせんの金バッジを付けたスーツの男がビルの屋上に立っていた。

 そして空に浮かぶ軍艦を睨みつつ、声を出す。

 

「白戸。市街地に落ちようとする巨大な軍艦を発見した。間違いない、未来革命機関の拠点だ」

 

 耳に当てたスマホに冷静に話し続ける男。

 

「……ああ。今は俺が『斬って』船の落下を抑えてるが……どうも妙に軽い。空を飛ぶ装置がまだ完全にぶっ壊れてないみたいだな」

 

 スマホから男と女の声が僅かに漏れる。

 それを聞いた男は静かに頷いた。

 

「分かった。お前達が海に着き次第『ダンケルク』に変わる。海上保安庁への連絡もそっちで頼む」

 

 会話を終えた男はスマホの通話終了ボタンを押し、再び空に目を向ける。

 そして自身のすぐ横にあぐらをかいて座る半透明の巨体を持つ獣人に声を掛けた。

 

「ってことだから、上手く頼むぞ。『ダンケルク』」

『ヴォゥ……』

 

 神殺しの獣人は低く唸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 船が大きく揺れた後。

 女の放った跳弾は、榊浦美優の頭のすぐ傍に銃痕を作った。

 

「な、ッ……こんな予想外の事ばっか起きるなんて―――――」

「――――――――そこだぁッ!!!」

「ぐぅッ!?」

 

 夜桜の拳が動揺した女の脇腹を捉える。

 女の顔が衝撃と苦痛で大きく歪む。しかし防弾ベストのような物をスーツの下に着込んでいるようで、意識を刈り取るには至らなかった。

 

 足がもつれつつも夜桜から距離を取り、拳銃を持っていない手で脇腹を押さえる女。

 口から粘ついた唾液を吐きながら、ブツブツと何かを呟く。

 

「ご、はっ……チッ、クソ……今ので勝ちの目が消えたか……」

 

 そんな女に警戒を緩めないまま、夜桜は周囲の状況を今一度確認する。

 

(船の落下が止まってる……?)

 

 先ほどまで体に感じていた緩やかな浮遊感が消えていた。

 一体なぜ止まったのか。

 誰かが浮遊させる装置を修復したのか?

 それとも、誰かが外部から何らかの力で止めているのか?

 

「いや今はそれよりも……」

 

 夜桜はキッと目の前の女に鋭い視線を向けた。

 何はともあれ、今はこの女に集中すべきだ。

 

「作戦失敗、か……くそ……」

 

 ブツブツと何かを呟き続ける女。

 拳銃を持っていない手をスーツの内側に突っ込み、薄っぺらい何かを取り出した。

 

「……?」

 

 思わず疑問げな顔を浮かべる夜桜。

 女がスーツの内側から取り出したのは……顔をすっぽりと覆い隠す目出し帽だった。そこら辺の衣料品店でも買えるような市販品だ。

 

「夜桜ぁ……。私にお前を殺す許可が出ていたら、今頃、私が勝ってたからな……ッ!! 馬鹿! ボケ!」

「一体何を……」

 

 負け惜しみの言葉を吐きながらも、女は目出し帽をすっぽりと頭に被る。

 何の変哲もない目出し帽を被っただけで、それゆえに、夜桜は帽子を外したり被るのを妨害したりはしようとしなかった。

 

「勝ちの目はない……だけど逃げる目はまだある、まだ見える……!」

 

 そう言いながら女は物陰に姿を隠した。

 夜桜が咄嗟に動いて追いかけようとした時。

 

 

 

 

――――――――ドドドドドドドドドッッッ!!!

 

 

 

 

 先ほどの幾重に重なった爆発音がもう一度響いた。

 あの女が逃げた先でスイッチを押したらしい。

 

「お、おおっ……!」

 

 先ほどまで止まっていた船の落下が再び始まる。

 その上先ほどより船の落下の勢いが強い。

 

 どうやらあの女は爆弾の起爆スイッチを二つに分け、船を浮遊させる装置の壊れ具合を操作していたらしい。

 二回目の爆発で船を浮遊させる装置は完全に壊れ、重力に抗う力を完全に失わせたようだ。

 

「や、ヤバい……!!」

 

 こんな巨大な軍艦が一気に地上に落ちたら、中にいる人間は確実に死ぬ。

 それは天才である夜桜も例外ではない。

 

 

 

 そう考えていた時――――――――。

 

 

 

 

 

 

「――――()()()()ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 思わずほっと安堵してしまうような優しい声が響いた。

 声がした方にバッと顔を向ける。

 そしてその場所に立っていた彼の名前を呼ぶ。

 

「日高、君……!!」

「とりあえず説明は後!! 今すぐ船から降りよう!!」

 

 夜桜がぶち開けた天井の穴から床に飛び降りる俊介。

 その動きは一般的な男子高校生とは思えない程に軽やかであり、夜桜は一瞬違和感を覚えるが無視して言葉を続ける。

 

「それならそこに脱出ポッドがある!! 榊浦美優が使おうとしてた奴だけど……」

「分かった! 榊浦美優と橘さんを今すぐ中に!」

「うん!!」

 

 夜桜は脱出ポッドのハッチを開け、榊浦美優を中に叩き込む。

 負傷した橘とついでのウィザードを俊介が持ち、脱出ポッドの中に入る。

 

 そして脱出ポッドの中に入った所で夜桜は気付いた。

 ポッドの窓の外に多くの人々が暮らす市街地が広がっている事に。

 

「…………ッ」

 

 この巨大な軍艦が市街地に落ちる。それは最早小型の隕石と言って差し支えない。

 恐らく多くの人々が死に至る。

 しかしそれを見た所で一体どうすればいいのか。自分には今すぐこの船の落下を止める術も、粉々に破壊する術も持っていない。

 

「…………」

 

 船が市街地に来ていることは俊介も知っていたようで、苦い顔を浮かべている。

 俊介はダークナイトに頼んで船を破壊することは出来るが、それでは中にいる人間も全て殺してしまう。夜桜さん達や実験台にされている無辜の人々まで全てだ。

 しかし船が市街地に落ちても数えきれないほどの被害者が出る。

 

 その上で、俊介は夜桜だけは救うためにこの場所へと真っ先に来たのだ。

 

 後で自身が殺人鬼の汚名を被る羽目になったとしても、夜桜が生きていればそれでいいと納得するために。

 

 

「脱出ポッド、閉めるよ……」

「うん……」

 

 

 船が、落ちる。

 落ちる。

 落ちる……。

 

 

 落ちて――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――アォォォォオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 獣の遠吠えが、響いた。

 

 

 

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