殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#93 年貢の納め時

 

 

 

「何、今の遠吠え……!?」

 

 夜桜が疑問の声を上げた直後。

 船の落下が突如として止まった。いやそれどころか、少し()()()()()()()()()()

 

「――――――――ッ!」

 

 その時、俊介が全身に身震いするような悪寒を感じた。

 それは猛獣が大きく口を開いて自身の首に狙いを定めているような、絶対的な死の予感。

 ヘッズハンターと同調したことで超人的なまでに研ぎ澄まされた勘が全力で危険信号を鳴らしていた。

 

『俊介!』

 

 同じ悪寒がしたのだろう。ヘッズハンターが声を上げる。

 俊介は脱出ポッドの窓から市街地を見下ろしながら、低く呟いた。

 

「ピュアホワイトより『ヤバい何か』が……いる!」

 

 先ほどまで戦っていた、この世界でも一握りの異世界の強者。

 それよりも遥かに強い化け物が船の外から、確実に自分を観測している。こちらを見ているのが第六感で分かる。

 

「夜桜さん! 脱出ポッドを開けて!」

「えっ……?!」

「いいから早く!!」

 

 俊介が真っ先に取った行動は、夜桜を巻き込まないために彼女から距離を取ることだった。

 件の強者がここに突っ込んできた場合、夜桜が巻き込まれる可能性が高い。それを避けるためだった。

 

 

 

 

 ……しかし。

 

 

 

 

『ギャオ……』

 

 俊介はもう少し考慮すべきであった。

 ピュアホワイト相手にすら退屈そうだった()()()()()()()()が、わざわざ外に出て来て警戒した雰囲気を出していることの意味に。

 相手は異世界から訪れた人格でも正に別次元の実力であることに。

 

「俺が出たら脱出ポッドのハッチを閉め、て……ッ?!」

 

 開いた脱出ポッドのハッチから飛び出した瞬間、俊介が姿勢を崩す。

 いや、姿勢が崩したのではない。

 

「ふ、船が落ちてる―――――()()()()!?」

 

 突如として重力の向きが入れ替わったのである。

 先ほどまで床だった場所が突然壁と化したのだ。体勢を崩さないわけがない。

 脱出ポッドの中にいる夜桜たちも体勢を崩していたが、柔らかいクッションに包まれたポッドの中で転がった所でダメージは殆どない。

 

 しかしポッドの外に出てしまった俊介はそのまま滑り落ちていく。

 重力の位置は一定ではなく、何処か特定の場所を目指しているように縦横無尽に入れ替わり続ける。

 俊介は夜桜のぶち開けた天井の穴から飛び出してしまい、直角の壁と化した長い廊下を滑り落ちていく。

 

『俊介! これはいかん、ダークナイトを出すべきでござる!』

「ダークナイトの瘴気で船内の人間を全員巻き込んじまう! 夜桜さんもだ! 出す訳にはいかねえ!」

 

 中から飛び出してきた、珍しく焦り切った様子のニンジャに声を荒げる。

 何処かに掴まって落下を止めようとするも、ピュアホワイトと俊介の戦闘と謎の女の爆弾、そして妙な重力変化によって何処もボロボロになってしまっている。掴んでもすぐに崩れてしまい、落下を防ぐことが出来ない。

 

「くっそ……エンジェル! 外で準備してくれ、何かあったらすぐに変わる!」

『分かりました』

 

 エンジェルが現れ、滑り落ちる俊介の腕を掴む。

 いざという時はダークナイトを除いて一番耐久力のある彼女に変われば大抵のことには耐えられるだろうと言う判断だ。

 

 尤も、今起きていることがその『大抵』に含まれるのかは分からない。

 

 

 

「――――――――あの部屋に入るぞッ!」

 

 俊介は滑り落ちる最中、飛び込めそうな部屋を見つけて飛び込んだ。

 体を無理やり入れ込んだ後で気付く。その部屋は奇しくも、俊介とピュアホワイトが決着をつけた部屋だった。

 

 この部屋にはピュアホワイトとの戦闘の影響により、船の外が一望できるほどの巨大な穴が空いている。

 肝心のピュアホワイトの遺体は見当たらない。重力の変化で外に飛び出したのか、その辺りの瓦礫に紛れてしまったのかは今は分からない。

 その時、俊介の鼻孔に特徴的な香りが漂う。

 

「潮の香り……!」

 

 外が見える穴から潮の香りが入ってきていた。

 巨大な軍艦は横向きの重力によって落ち続け、市街地から海の上へと移動していたのだ。

 

 そして船が頭から尾まで全て海上に至った瞬間、横向きの重力が突然元の向きへと戻る。

 海上数十メートルから軍艦が水面に叩きつけられ、巨大な水柱が海上に立ち上った。

 船内にいる人間に思わずその場に倒れるほどの衝撃が走る。俊介は何とか姿勢を崩さずに踏ん張りながら、穴の外に再び目を向ける。

 

「これは……船が市街地に落ちるのを防いだのか……? ……まさか、この変な現象をやった人は」

 

 そう悩むのも束の間、俊介のいる部屋に大量の海水が流れ込んでくる。

 一瞬でくるぶしまで埋まるほどの海水が部屋を覆い尽くした。ヘッズハンターと同調して身体能力が飛躍的に増加しているため水の流れに足が取られるようなことはない。

 

 ザザザと海水が流れ込んでくる音。

 それに紛れるように、ギィィィとモーターが出力全開で高速回転するような音が微かに聞こえてくる。

 その音が聞こえてくる先は、海。

 

「海の中から何かが……」

 

 そう呟いた瞬間。

 部屋の中にガガガッと長さ一メートルほどの鉄棒のアンカーが大量にばら撒かれた。アンカーの先端には少し太めの被膜銅線が付いており、アンカー同士で繋がれている。

 

 俊介は脳でそれを理解するより早く、自身の勘に従って海面から脱出するために飛び上がった。

 その直後、アンカーから超高電圧の電気が放電された。導電率の高い海水に瞬く間に伝わり、部屋の中に流れ込んで来ていた一匹の魚が全身丸焦げになりながら水面に弾かれる。

 

 そして空中に飛び上がった俊介を狙うように海中から白い影が姿を現す。その中世の物を思わせる純白の鎧は背中に搭載された小型のスラスターを一気に点火して俊介に襲い掛かった。

 足場がなく、ピュアホワイトとの戦闘で疲労が色濃く表れていた俊介。ピュアホワイトに胸を斬られた傷さえ完全に治っていないのだ、いい加減に精神力でどうにか我慢するのにも限界が来ていたらしい。

 

 その鎧の攻撃を避け切れず、首を掴まれて壁に押さえつけられる。

 

「がはっ!! じ、人対の、翠さん……!!」

「ごめんね」

 

 科学の武器を搭載した純白の鎧を纏う翠。

 彼女は短く謝罪の言葉を口にした後、鎧の背中から蜘蛛足のような八本の補助アームを顕現させる。それを俊介を押さえつける壁に突き刺し、自分ごと俊介の体をその場に固定した。

 

 首を掴まれているせいで息がし辛い。

 俊介は苦悶の表情を浮かべながらも両手を背後の壁に押し当て、雄たけびを上げながら力を込めた。

 

「う、ぐ、おぉぉおおおおおおおっ!!!」

「ッ?! 主導権は宿主なのにこの力……まさか、同調!?」

 

 エンジェルほどではないとはいえ、ヘッズハンターと同調した俊介の腕力も人を外れた域にある。

 力を込める度に翠の蜘蛛足の補助アームがピンッと外れていく。翠が背部に装着されたスラスターの勢いを更に強めるが、それでも俊介が拘束を解こうとする力の方が強い。

 そしてもうすぐ拘束が解けると言った所で。

 

 

 

「翠、退いてください!」

 

 

 

 叫ぶような男の声が聞こえた。

 そう思った瞬間、俊介の体が不可視の力によって勢いよく吹っ飛ばされていた。

 どうやら先ほどの声の主は白戸で、魔法か何かで壁を破壊しながら船外に吹き飛ばされたらしい。

 

「ぐぅっ……!」

 

 海上から優に高さ十数メートルはある所まで吹き飛ばされる。

 今の俊介なら足さえつけば海の上だって走れる。しかし空中では如何とも身動きが出来ない。空気を蹴ることは出来ないのだ。

 

 

 朝七時。

 夏に近づきつつあり、ギラギラと勢いを増す太陽の光が海面で乱反射する。むせるような潮の香りが体を包み込む。

 

 俊介は太陽の方を背中にし、海面の方に顔を向けていた。

 海面にさえ落下すれば水上を走って逃げることが出来る。その着地のタイミングを見逃さないために海面の方を見ていた。

 

 

 

 

 ――――――――だが。

 

 

 

 

 海面を見ていたのが失敗であったと気づいた時には。

 

 自身より遥かに上空――――海面に大きな人影を作りながら高速で落下してくるそれに気付いた時には。

 

 いやそもそも、翠と白戸が二人で協力して船外に弾き飛ばすだけなんて、迂遠な作戦を取った意味に気付かなかった時点で。

 

 

 

 俊介は、()()()()()

 

 

 

「――――――――――――――――」

 

 

 

 全身に悪寒が走り、弾かれる様に太陽の方を見る俊介。

 しかし見た所で回避は叶わなかった。それは自身より数倍、数十倍、いやそれ以上に速かったのだから。

 

 驚愕の声すら出すことも叶わず。

 俊介が最後に見たのは。

 

 人対最強の男である牙殻零次―――――瞳に全てを食らい尽くそうとする獣性を宿した男が、自身に向かって拳を振りかぶりながら突っ込んでくる姿だった。

 

 

 

 

 ――――――――俊介の頬に拳が突き刺さる。

 

 

 

 

 その一撃は周囲の重力を歪めてしまうような強烈な一撃であり、俊介の体が海面に向かって叩き落とされる。

 しかし俊介の体が海水に触れることはなかった。

 なぜか水が独りでに動き、左右に割れ、空に巨大な粒となって浮き上がったのだ。まるで俊介の体を避けるように。

 

 

 そして俊介は海水によって一切勢いが減衰されることなく、黒い岩だらけの海底に叩きつけられた。

 元々白戸によって吹き飛ばされていた俊介は、水上十数メートルから深さ百メートルほどの海底に一直線で叩き落とされたのだ。ビルに例えると凡そ三十階程度の高さから超高速で地面に落ちたのとほぼ同義である。

 

 海の一部分だけが裂け、海底が露出するその様はまるで世界にぽっかりと穴が空いたようである。

 俊介は穴の海底に大きなクレーターを作り、その中央で動かなくなる。

 その全身から血が流れ出している。

 

 そして俊介のすぐ傍に、牙殻の体を操るダンケルクがゆっくりと舞い降りる。

 

「ヴォフ……」

 

 何度か足で俊介の体をつつき、起きる気配がないことを確認したダンケルク。

 そうした後に海底から遥か高い空に向けて顔を上げ、息を大きく吸い込み、遠吠えを上げた。

 

 

 

 

 

「――――アォォォォオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンケルクが遠吠えを上げるまでの様子を見ていた翠。

 牙殻の中にいる最強の人格が遠吠えを上げるのは、戦闘が始まる時と終わった時だけである。故に今、俊介とダンケルクの戦いと呼べすらしないような短い紡ぎは終わったのだ。

 

 空に浮き上がっていく巨大な海水の粒を見つつ、翠は隣にいる白戸に話しかける。

 

「ああ、重力の向きが滅茶苦茶に……。あの重力異常、自然復旧だとどれくらい掛かると思う?」

「今回は軽く斬っただけなので三ヵ月くらいだと思いますが、場所が悪いですね。市街地の上空に港のすぐ近くと、市民の方々の暮らす場所と余りに近すぎます。……私達がサビ残して人工復旧するしかないでしょうね」

「…………ダンケルクが出てくるといつもこれだ。周辺被害さえなければ許可なしで変われるだろうに。まあ、仕方ないことだけどさ……」

 

 翠がヘルムの横のボタンを押し、カシャンとヘルムの前面を上げて顔を露出する。

 その顔は何処か浮かない表情をしており、少し物悲し気な眼で海にぽっかりと空いた穴の方を見ていた。

 

「翠。やはり、あの少年と何かありましたね?」

「…………」

「まあ、今更気にはしませんよ。ダンケルクの一撃を食らって生きている訳もありません。……辛いでしょうが、これが私達の仕事です」

「分かってるよ」

 

 と、二人が会話していた時。

 プルルルと白戸の持つスマホからコール音が鳴り響いた。画面を見ると表示されているのは『牙殻』の文字。迷いなく通話ボタンを押す。

 耳にスマホを当てると、向こうからダンケルクではなく牙殻の声が聞こえてきた。

 

『……白戸。そっちは無事か?』

「ええ、二人とも無事ですよ。そちらはどうですか?」

『どう……って言ったもんかな。俺も結構ビックリしてるんだが……』

 

 牙殻が少しだけ言葉を止めた後、ゴソゴソと物音を鳴らしてから言葉を返す。

 

『怪人二十面相だが、()()()()()()。ダンケルクの一撃を食らったのに……』

「ッ……それはそれは。例の黒いオーラを放つ人格に変わったからですか?」

 

 白戸の脳裏に浮かんだのは、怪人二十面相―――――俊介が宿らせる黒いオーラを放つ人格。ダンケルクに変わっていなかったとはいえ、牙殻含む人対全員を一瞬で蹴散らし、あのピュアホワイトに極限まで威力を弱めた攻撃で大ダメージを与えた人格。

 あれが出てきたならダンケルク相手に生きていたと言うのもうなずける。

 しかし牙殻は白戸の言葉に『いや』と返した。

 

『……ダンケルクが負けるとは思えないが、あの人格が出てきたらもう少し長引いてると思う。つまりこいつは自分の持つ最高戦力を敢えて出さなかったんだ』

「それはどういう理由でしょう?」

『さあな。どんな思惑かは本人に聞いてみなきゃ分からんが……』

 

 一瞬だけ言葉を止める牙殻。

 牙殻は目の前で気絶する俊介の体にそっと触れ、少し悩んだ様子の声色で言った。

 

『俺にはどうも、怪人二十面相……この子が今すぐ殺さなきゃいけないほどの極悪人とは思えねえよ』

「……怪人に殺害許可が出された意味を理解していますか?」

 

 白戸が冷徹な声を出す。

 

「たった一度だけだとしても、私達三人が負けたというのが不味いんですよ。国内に潜む人格犯罪者が増長する恐れがある」

『俺が弱いから負けたんだ。ダンケルクが出てりゃあ勝ってた』

「そういう問題ではありません。人格犯罪者というのはダンケルクが『出ていなかった』ではなく『出せなかった』と考えてしまうのですよ。些細なことが増長のきっかけになるんです」

 

 「それに」と言葉を続ける白戸。

 

「警察の上層部や政府の連中は怖いんですよ。人対最強の牙殻零次に勝った犯罪者というのがね。だから本来、凶悪な事件を繰り返した人格犯罪者にしか出ないような殺害許可があっさりと怪人に出されたのです。怪人二十面相は殺せと暗に言われているのですよ」

『……ったく、どいつもこいつも……。策略で人の命を……』

 

 低く恨めし気な声を出す牙殻。

 二人はお互いに黙りこくり、沈黙が十秒ほど続いた後……牙殻が深いため息を吐いた。

 

『やっぱやめだ、俺は殺さねえ。文句があるなら俺以外の優秀な男を見つけるこった』

「…………」

『だがこのまま逃がすつもりも更々ない。この子は極悪人じゃねえが、窃盗や傷害事件を起こしてるのは事実だ。悪人よりの人物であることには違いない』

「ほう、つまり……どうすると?」

 

 白戸の問いに、牙殻は低い声で答えた。

 

『重人格犯罪者専用刑務所……『()()()()()()()』に収監させる。それが俺の判断だ』

 

 その言葉を聞いた白戸は少しだけ目を閉じて考え込んだあとで。

 電話の向こうの牙殻に聞こえない程度の小さな息を吐き、やれやれと言わんばかりの声を出した。

 

「……そうですか。ま、いい落としどころでしょう」

『この子の拘束と所定の場所までの移送は俺がやる。船の方は頼んだ』

「分かりました。では」

 

 スマホを耳から外し、通話終了ボタンを押す白戸。

 そしてすぐ横にいる翠の方を向き、少しせせら笑うような表情を浮かべ、意地の悪い声色を出した。

 

「おや、なぜか安堵したような表情ですが……どうかしましたか?」

「い、いや、何でも。……白戸があそこで折れるなんて珍しいなって思ってさ。いつもなら自分で殺しに行きそうなのに」

「……牙殻の偶のワガママです。三十過ぎで額面二十二万しか貰っていない、冷遇された男の頼み……稀には聞いてやらないと哀れでしょう」

 

 眼鏡を中指と人差し指でクイッと上げる白戸。

 その言葉を聞いた翠は少しだけ嬉しそうな表情を浮かべ……そうになったが、困惑と驚愕が入り混じったような表情にすぐ変わった。

 

「…………えっ、あいつそれだけしか貰ってないの? 確か元刑事だったのが人対に移動した身でしょ? もっと貰ってないとおかしいって」

「いえ、それだけですね」

「……そりゃ上にキレもするかもねぇ……」

 

 憐れむような翠の声。

 可哀そうなことに、人対最強の男の懐は全く強くなかった。むしろ翠の懐よりからっ風が吹いていた。

 流れ始めた妙な雰囲気を払うように、パン!と白戸が手のひらを叩いて音を鳴らす。

 

「万年カップ麺の牙殻の話はここで終わりです。これから海上保安庁と連携しつつ船内の人間の確保及び救助活動に当たります」

「分かった」

「翠は船が接岸できそうな地点で海上保安庁の人間と協力し、負傷者の救助活動を。私は船の奥に入って犯罪者を確保しつつ負傷者を運びます」

「……そっちの負担が大きいけど大丈夫? 重力を弄ってるから船が沈むのは遅いと言っても、いずれ沈むよ」

 

 翠の心配そうな声に、白戸は手をゴキゴキと鳴らしながら言葉を返した。

 

「問題ありません。ここ最近良いところがないので、少し本気でやりますよ」

「……そう。じゃあそっちは頼んだ」

「ええ」

 

 そうして人対の二人は、未来革命機関が起こした一連の事件の収集に取り掛かり始めた。

 彼らの仕事には人格犯罪者を捕まえるだけでなく、人格犯罪の被害にあった人たちの救助も含まれているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 夜桜は脱出ポッドの窓から、俊介がやられるまでの一部始終を見ていた。

 そして理解した。

 またもや自分の実力不足が過ぎて、何も出来ることがない状況に直面しているのだと。

 今から何をどうあがいても、この船に来た人対から俊介を助けることはできないのだと。

 

「っ……」

 

 いくら万能の才能を持っていたとしても、夜桜はそれを今まで磨いて来ることはしなかった。

 いや、凡そ殆どのことを人類最高峰のレベルで出来る自信はある。

 だがピュアホワイトや俊介などのように人を超えた人外の域には踏み込めていないのだ。それが歯がゆかった。どんな道具や技術や鍛え方をしても一朝一夕に埋められない差があった。

 

 窓の前で膝から地面に落ち、全身が鉛に覆われたような脱力感に襲われる夜桜。

 先ほどの人間技とは思えない一撃で、俊介は生きている可能性より死んでいる可能性の方が遥かに高い。

 もし俊介に息があったとしても、人対にとって俊介は余りに危険すぎる。その場で殺されるか、はたまた夜桜の全く知らない刑務所に収監されるかのどちらかだ。

 

 つまり、夜桜と俊介は二度と会えない可能性の方が遥かに高かった。

 俊介と二度と会えないという事実が夜桜の心を襲う。愛する人の死ぬ場面を見たかもしれない絶望が精神を蝕む。

 

(どうすればいいんだろう)

 

 心の傷は深く、埋め切れない程に大きい。

 それほどまでに、夜桜の心の中で俊介は大きな存在になりすぎていた。

 

(日高君と二度と会えないなら、この先に生きる意味なんて――――――――)

 

 精神がじくじくと黒い物に精神が覆われ始めていた、その時。

 

「しっかりしろ、夜桜……!!」

 

 橘が絞り出すような声を放ち、夜桜の体を補助アームで無理やり立たせた。

 

「大丈夫だ、安心しろ! あいつはまだ生きてる!」

「何を、根拠に……」

 

 夜桜の呟くような声に、彼女は空元気な声を返す。

 

「根拠はねえけど……ピュアホワイトまで倒したアイツが、そう簡単にくたばるかって! それに男ってのは、好きな子がいると結構タフなもんなんだよ……!!」

「好きな、子……」

「だから今は、やれることをやるんだ! お前にはまだやれることがある!」

 

 そう言いながら、橘は気絶している榊浦美優の方を見た。

 そして補助アームで夜桜の手を掴み、榊浦美優の体を強く握らせる。

 

「俺は頭が良くねえから上手く思いつかないけど……この女はかなり偉いんだろ!? だったら、人質か何かに使えるはずだ! 色々知ってるだろうし聞き出せることも多い!」

「榊浦、美優……」

「いつか来るチャンスで、この女は絶対に大きな切り札になる! だからこの女だけでも連れて帰るんだよ!! 次に繋ぐために!!」

「次に……次に……!!」

 

 橘の言葉に感化されたのか。

 それとも俊介が生きていて、尚且つ再会できる可能性はまだゼロじゃないと悟ったのか。

 

 夜桜は拳で強く床を叩くように立ち上がり、榊浦美優の体を背中に背負った。

 

「榊浦美優の身柄は絶対に何かに使える。それにこの女が今人対に確保されると、確実に大きな権力によって罪がもみ消される。それを許すことは出来ません」

「そうだ、その意気だ! っつ、いってて、傷が……」

 

 大きく声を出し過ぎたのか、苦悶の表情を浮かべる橘。

 それを見た夜桜は少し申し訳なさそうな顔をする。

 

「しかし、すみません……。橘さん、私が榊浦美優を連れ帰ると、あなたをこの場から逃がすことができなく……」

「いいんだいいんだ、気にすんな! 俺はこのまま要救助者として警察に確保される。実験台として囚われていたとか何とか言えば、まあ大丈夫だろ」

「ですが……」

 

 未だに暗い顔をする夜桜に、橘は脂汗塗れの苦しそうな顔を無理やり動かし、歪んだ笑顔を浮かべる。

 それは誰が一目で見ても作り笑いと分かるような酷い表情だったが。

 

「今日は全くいいとこなしの奴にさ、少しくらいカッコつけさせてくれよ。……な?」

 

 こちらを心の底から慮るその表情に、夜桜は『橘をここに置いて行く』決心の後押しをされた。

 それに考えようによっては、逃げるために下手に動くよりも、警察に救助された方が橘の傷を悪化させずに済むかもしれない。

 

「……橘さん。ありがとうございます」

 

 そう頭を下げた夜桜は、橘の方……ではなく、気絶して倒れているウィザードの方に近づいた。

 橘をここに置いて行く判断はそう悪くない。だがその場合一番のネックになるのは、気絶しているウィザードが目覚めてしまった時のことだ。目覚めたウィザードが腹いせに橘を殺害する可能性は大いにある。

 

 

 なので。

 

 

「爆弾、起爆」

 

 

 ウィザードの顔面に足の裏を押し付け、残っていた加速用の爆弾を全て爆発させた。

 まるで地面に飛び出した魚のようにビクンビクンと跳ねた後、ウィザードが完全に動かなくなる。これで暫くは気絶し続けているだろう。

 

「これで暫く目は覚めません」

「いや暫くって言うか、永遠に目覚めなさそうな動きを……」

「それでは!」

「あ、ああ……おう! 頑張れよ!」

 

 夜桜は脱出ポッドから出て、部屋の外に出た。

 幸いピュアホワイトと俊介との戦闘や、謎の女が爆弾を大量に爆発させたおかげで、船体のあちこちに穴が空いている。

 

 人が通れそうなそれなりの大きさの穴はすぐに見つかった。

 そして近くにあった紐で榊浦美優の手足を縛る。海の中を潜る時に暴れられても困るし、溺れないために泳ぐことのできる夜桜に引っ付くしかないからだ。

 

「……すぅーっ……」

 

 そして穴から外に出て、海の中に静かに飛び込んだ。

 水に飛び込んだことで目が覚めた榊浦美優をもう一度気絶させつつ、その口を手で塞ぎながら海中を静かに進む。

 

 幸い人対は船内の人間を助け出すことに躍起になり、海中を泳ぐ夜桜にまでは気が付かないようだった。

 俊介の中にいる隠れるのが上手な人格……ニンジャから盗み取った特殊な動き方を使っていたのもあるだろう。

 

 

(日高君、絶対にまた、会いに行くから……!)

 

 

 夜桜はそう心の中で決心しつつ、陸を目指して泳ぎ続ける。

 

 例え俊介のいる場所が地の果てであったとしても。

 例え地の底だったとしても。

 

 それが例え、あの世だったとしても。

 

 絶対に会いに行くという狂気にも近い感情を抱きながら、夜桜は泳ぎ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











長く続いた未来革命機関編はこれにて終了です。
作者ツイッターでは既にぽろっと漏らしましたが、『残り二章』で本作は完結いたします。
当初の目標通り、本作品の年内完結を目指して一層邁進してまいります。

そして作者のモチベアップのため、これを機に本作をまだ評価していない方は評価して下さると非常にありがたいです(乞食)。


それじゃあ残った設定をぶっぱしまくる残り二章、気合を入れて書いていきます。

この先の物語もどうかよろしくお願いいたします。

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