「……怪人二十面相。いや、日高俊介……」
「どうせ宿主が気絶してても、他の人格が聞いてると思うから言うが……気絶または睡眠中の宿主の体を乗っ取るのはやめとけ。本来寝てなきゃいけない体を無理やり起こすんだ、体に相当な負荷がかかる。その傷でそんなことやったら最悪死ぬぞ」
「さっきの通話内容通り、俺はもうその子を殺す気はねえ。大人しくしてな」
「…………」
「五、六年近く人対やってて、殺害許可が出た相手を『殺したくない』って思ったのは初めてだ」
「嫌な言い方だけどよ。ダンケルクの一撃で死んでくれてれば、俺が何かを考える必要もなかったのにな」
「何やってんだろうな、俺。ここまでずっとやってきて、今更……」
「…………」
「重人格犯罪者専用刑務所……『異世界プリズン』。そこに収監されてる奴らはほぼ全て人対が捕まえた連中だ」
「この国……いや世界が必死に隠ぺいしてる『人格犯罪』。その実行犯たちの巣窟だ」
「異世界プリズンの存在は公には秘匿されてるし、囚人の親族には刑務所に入ったことすら知らされない。つまり行方不明扱いになる」
「だがそこでは、表では絶対に知ることの出来ないことを知れるはずだ」
「あの場所で全てを見て、そして、もし万が一俺達がもう一度会う事があったら……その時は……」
「…………この国に、
「……ん、んん……」
まどろみから浮き上がるように目が覚める。
全身が重い。頬がずきずきと痛む。骨は……折れてないみたいだ。
その次に感じたのは、体に伝わる揺れと、等間隔で視界を照らす白いライト。少し人の熱が充満したような生々しい香りが鼻孔をくすぐる。
何となく、長い長いトンネルを通るバスに乗っているのだろう……そんな風に感じた。
緩やかに回転し始めた思考が、ようやく正常な速度にまで上り始める。
俊介は何度か瞼を開閉し、状況を確認するために頭を動かした。
「こ、こは……ほ、本当にバス?」
バスに乗っているようだ……と感じたが、本当にバスに乗っていた。
しかしただのバスにしては物々しすぎる。窓には何重にも目が細かい鉄網が張られていて、運転席と乗客席の間には分厚い鉄板が壁を作っていた。
俊介はバスの後ろの方に乗っているようで、誰かが乗っている姿は見えない。
その時、視界の端に半透明の見覚えのあるのに気付いた。
白い翼を縫った大きな体を窮屈そうにバスの中に折りたたんでいる。
『目覚めましたか、俊介』
「ん、エンジェルか……」
『申し訳ございません。まさか私が、気絶してしまうとは……』
そう言いながら俊介に向かって頭を下げるエンジェル。
しかし俊介は顔を横に振りながらエンジェルの謝罪を受け取らなかった。
「いやいや。エンジェルだから気絶するだけで済んだんだよ。あのまま俺が受けてたら、一体どうなってたか……」
ダンケルクの一撃を受ける直前。
俊介は事前に外に出て貰っていたエンジェルと体を交代し、その攻撃を受けて貰ったのだ。
入れ替わったエンジェルが防御行動も取れないほどにギリギリのタイミングだったが、どうやら何とか間に合ったらしい。
俊介は窓の外の景色に目を向ける。
しかし景色と言うほど情報量のある光景は広がっておらず、天井に等間隔に白いライトが並ぶトンネルをずっと走っているだけだ。
窓から視線を外し、俊介は問いかける。
「それにしても、一体ここは……」
「やあ、お目覚めかい?」
「ん?」
ふと、後ろの席から明るい声が聞こえてきた。
パッと振り返ると、そこには。
「いやあ参った参った! まさか私が刑務所にぶち込まれる羽目になるとは! しかしお兄ちゃんと出会えたから、これはむしろ幸運かな?」
「は?」
変な金髪の男が居た。
美形でスラっとした体形をしている男だが、誰かに思い切り殴られでもしたのか鼻が真っ赤に腫れている。折れてはないみたいだ。
俊介は怪訝な顔をしながら問いかける。
「どちら様ですか?」
「んん~……見覚えないか、そりゃそうか! 私と君は船で一度も会ってないものね!」
「船……? …………ッ!!」
『船』という単語を聞いた瞬間、俊介の脳裏に記憶がよみがえる。
夜桜と出会った時、近くに寝転がっていたので橘のついでに脱出ポッドに叩き込んだ男。てっきり敵の兵士か何かだと思い、見殺しにするのは忍びないとついでにポッドに叩き込んでいたが……。
よくよく見ればこの男は、橘から聞いた未来革命機関のボスである『ウィザード』の特徴と全て一致している。
俊介は思わず、その名を口に出した。
「う、ウィザード……! 未来革命機関のボスの……!」
「ピンポーン! あったりぃ~!!」
「…………」
……あれ?
なんか……橘さんから聞いてた印象より、ずっと口調が明るいな。
怖いくらいにずっとニコニコしてるし。
なんだこいつ。
「いやあ、ずっと君に会いたかったんだよね。この世界に来て未来革命機関を作った理由の九割はお兄ちゃんに会うためだし」
「お、お兄ちゃん……?」
「身長がちょっと低めで、髪が青くて、ロボットとか色々作ってたりする作業服の男の子だよ。いやもう成人してるから『男の子』はよくないかな?」
ウィザードが語る人物の特徴に、俊介は一瞬で思い当たった。
それは間違いなく、自身に宿るマッドパンクの特徴と一致していたのだ。
そしてそんな『思い当たる人物がいる』という俊介の表情を見て、一層口角を上げたにんまり笑顔を浮かべるウィザード。
後部座席から身を乗り出して俊介の首に腕を回し、気持ち悪いくらいにベタベタとスキンシップを取ってきた。
「ああ~、いいね! 凄くイイ! やっぱり中にお兄ちゃんがいるんだね!」
「なんだてめっ、気持ち悪いから離れろ!!」
「私が男になっちゃったからね。もし君が女だったらちょうど良かったんだけど……ああでも、別に男同士でも掘ることはできるからいっか?」
「ひえっ……」
俊介は他人に対して心の底から恐怖することがあまりないのだが、今ばかりは内臓の底から冷えるような恐怖を感じた。
正確には下半身の一部分が特に、だろうか。
そして恐怖の一言を放ったウィザードに対し、エンジェルが青筋を浮かべながら立ち上がる。
『変わってください俊介。今すぐそいつを殺します』
「どっちも落ち着け……いややっぱこいつぶちのめしてくれエンジェル!! 本当に怖い!!」
「そう酷いことを言わなくてもいいじゃないか~。ねえ、少しだけお兄ちゃんに変わってくれよ~」
と、そんな風に騒いでいた時。
バスの天井からにゅるりと半透明の頭部が生えてきた。
その頭はくるりとこちらを向き、のほほんとした声を出す。
『おっ、起きたでござるか俊介。おーい二人共、俊介が今にも掘られかけてるでござるよ~』
「お前ぶっ飛ばすぞニンジャ!!」
俊介は強い憎しみを覚えた。
もし人格の体に触れられるのならば今すぐ殴り飛ばしていたであろうと。
ウィザードに組み付かれる俊介がじたばたと暴れていると、バスの天井から三人の殺人鬼が降りてくる。
『拙者らが上で用事を済ませている場合にこんなことになっているとは……面白いでござるな、下にいればよかったでござる』
『……妙な病気が感染する場合もあるから、そういうのはやめとけ』
『…………』
降りてきたのは、ニンジャ、ガスマスク、マッドパンクの三人だった。
何故か三人とも手の中にデザインの違う時計を持っている。
しかし俊介は今、時計など気にしている場合ではなかった。
「ちょ、コラ、マッドパンク! こいつどういう事だよ!!」
『いや……それはだな……』
「そこにお兄ちゃんがいるのかい?!」
俊介が何もない場所に話しかけたのを見て、パッを顔を上げるウィザード。
目を爛々と輝かせながら、俊介が顔を向ける何もない場所に突進する。
そして別の座席の鉄パイプの部分に額を強打し、ずるずるとずり落ちるように気絶した。
「…………」
『…………』
「後で説明しろよ」
『はい……』
勝手に気絶した馬鹿のことは放っておいて、今はとにかく現状把握に努める。
俊介は今外に出ている四人と顔を突き合わせた。
「んで、今これどういう状況?」
『重人格犯罪者専用刑務所、『異世界プリズン』という所に向かっているらしい』
「刑務所……。ああそっか、俺もついに捕まったのか……」
ガスマスクの簡潔な言葉に落ち込む俊介。
思わず顔を下げてうなだれた時、ふとある事に気付いた。
自身の両手首に妙なリングが嵌まっていたのだ。
そのリングは実際に見るまでは嵌まっていることに気付かないくらいピッタリで、軽く引っ張ると皮膚まで引っ張られるような感覚がした。
「な、なんだこのリング?」
『詳しくは分からないけど、無理に外さない方が良いと思うよ。皮膚の真皮層くらいまで食い込むような構造になってる感じがするし』
「真皮層……?」
『皮膚の結構奥の方ってこと。それを無理に外そうものなら……まあ、トールビットに聞いたら詳しく教えてくれるんじゃない?』
マッドパンクがニヒルにそう言う。
拷問が大得意であるトールビットの方が詳しいということは、つまり無理に外そうとすると、かなりグロテスクで拷問チックな結果が待っているということである。それを聞いた上で無理に外そうとは思えなかった。
「……まあこのリングは今は放っておくとして。三人はバスの上で何してたんだ?」
『時間を測っていたんだ。それぞれが元々持っていた時計でな』
「時間?」
『このバスは山奥で地下のトンネルに入った後、ずっと一直線に走り続けているでござる。なので走った時間とバスの速度さえ分かれば、件の刑務所がこの国のどの位置にあるのか大体分かるのではと思ったのでござるよ』
「なるほど」
やっぱ頭が良いとこういう事もすぐ思いつくんだな。でも何の為にそんなことをしたんだろう。
三人との地頭の差を今更ながらに改めて感じていると、三人が少し苦々しい雰囲気を放っているのに気が付いた。
「……なんか浮かない顔してるけど、計測結果はどうだったんだ?」
『1時間22分でござる』
『6時間56分だ』
『5分……』
「は?」
俊介が思わず声を漏らす。
それほどまでに三人の測った時間はズレすぎていた。
「時計壊れてるんじゃないのか? いやその前に、その時計ってそれぞれの世界の物だろ? そもそも時間の単位が違うとかじゃ……」
『それは僕が最初に気付いて修正したよ。その上でこの結果だ』
「なんじゃそりゃ……? 一体どうなってんだ……?」
思いっきり首を傾げる俊介。
「ガスマスク。体感で6時間も経ったように感じたのか?」
『いや。俺は元の世界で時計なしで秒数を正確に数える訓練をしていたから、一応時計とは別に数えてみたんだが……そっちだと2時間30分程度だったな』
「んんんん……?」
全く意味が分からない。
一体何が起こっているんだ。
そう思っていると、突然、倒れ伏したままのウィザードが声を出した。
「認識阻害……それも人格にまで影響を及ぼすとなると、科学技術ではなく魔法の類だろうね」
笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がり、俊介の向かいの座席に座るウィザード。
額から少し血を流して冷静になったのか、先ほどまでの異常な興奮はなくなっていた。
俊介は警戒は一切緩めないまま問いかける。
「……時間の話をしてるって、なんでわかった?」
「時計が壊れたとか色々話してたら流石に分かるよ。私も馬鹿じゃないんでね」
「…………『認識阻害』って言うのは、幻覚的な奴ってことか?」
「捉え方としては概ね間違っていない。本来正しく機能するはずの五感がバグってしまっているんだよ。人格の時計まで弄るような魔法なんてどうすればいいのか、私にはさっぱり見当もつかないけどね。かなり高度なセキュリティだ」
「…………」
俊介はウィザードの話を聞いた後、ぽふりと背中を座席にもたれかからせる。
今の話で少しずつだが、実感という奴が湧いてきた。
自分は今から『とんでもない場所』に行く羽目になっているのだと。
「ああ……マジか……」
『今すぐこのバスを破壊して逃げますか?』
「おっと。このバスを破壊して脱出するのはオススメしないよ。最悪無限に続くトンネルから永久に出られない……なんて可能性もあるからね。ここで暴れるのは得策ではないと思うよ」
ウィザードにエンジェルの声は聞こえていないはずなのに、まるで聞こえているかのように言葉を紡いだ。
頭が良いんだろうけど、少しキモイ。
「…………」
俊介が窓を防護する鉄網に、額をくっつけるようにもたれかかる。
そして等間隔に並ぶ白いライトの光を目で追いながら、暫く……五分か、それとも一時間か、よく分からないが長い時間を過ごしたと感じたときだった。
ふっ、とずっと続いていた等間隔の白いライトが見えなくなる。
それと同時に、バスの前方からざわめきと目が痛くなるような光が差し込んできているのに気付いた。
座席に座りながら目を閉じていたウィザード。
しかし微かに聞こえるざわめきを耳にして目を開き、口角をうっすら上げながら言葉を吐く。
「おや。どうやらもうすぐのようだね」
「…………」
顔を鉄網から離す俊介。
しかし視線は窓の外の景色から一切外さない。
「重人格犯罪者専用刑務所……『異世界プリズン』。噂程度にしか情報がない、闇に包まれた刑務所。誰一人として出てきた者がいない刑務所」
ウィザードの語り口調が続く度、バスの外の景色の白色が強くなる。
逆光で未だに異世界プリズンの全容は見えない。俊介の逸る気持ちが強くなる。それと同時に見たくないという相反する気持ちもあった。
「さて、一体どんな場所なのか……拝ませてもらおうじゃないか」
その言葉が終わったと同時に。
窓の外の強い逆光が一気に消え、俊介の視界に重人格犯罪者専用刑務所――――異世界プリズンの全容が広がった。
「なっ……!」
超巨大な地下空間。野球ドームに例えると一体幾つ分と表現すればいいのか、それほどまでに広大な広さ。
天井や壁には幼稚園児がクレヨンで描いたような不細工な空が描かれている。そして太陽をイメージしたと思われる絵の中央には巨大なライトが付けられていた。
そして、地下空間の中央には天井まで届くほどの高い高いタワーがある。
タワーの上部からは八方向に橋が伸びていて、俊介達のバスは今その橋を通っている最中だった。ちょうどバスの窓から刑務所の全貌が確認できるようになっていた。
それから、高いタワーの下部にはまるで刑務所とは思えない繁華街のような街が広がっていた。そこには囚人と思わしき大量の人の往来があるのも見える。
色とりどりのネオンサインがギラギラと輝く風俗街のような場所もあれば、ぽっかりと空いた空き地のような場所もある。空き地では幾人かがスポーツのような物をしているのが見えて、運動場の役割をしているのだと一目でわかった。
そして明らかに異質だったのは、タワーから離れたとある区画。
それ以外の場所は人の往来などが上から丸見えなのに対し、その区画だけはなぜか巨大な黒いシートのような物に覆い隠されていたのだ。
上から見るバスではその区画だけ一切何の情報も得ることが出来ない。しかし何か悪寒のような、ピリリと背筋に走るような危険な雰囲気が漂っているのは理解できた。
「なんだよ、ここ……!」
俊介が思わず口に出す。
当初思い描いていた刑務所のイメージとは余りにも違いすぎたのだ。
そしてそれと同時に、これから先に待ち受ける物が自分の常識とは余りにかけ離れたものであることも理解できた。
「どんな場所かと思っていたが……。どうやら退屈せずに済みそうだ」
ウィザードもまた、窓の外を見ながらそう一人心地る。
対照的な表情を浮かべる二人を乗せたバスは、刑務所の中央にあるタワーへと向かっていった。
こういう『明らかにヤバそうな未知の場所に行く』って言うのが、作者的に結構大好きなシチュだったりします。
問題は作者の表現力が足りなくて上手く描写し切れないことですね。悲しみ。
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なんとこの度ついに、本作の総合評価が三万ポイントを超えました!
それについてのお礼のご報告を活動報告に投稿いたしました。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=313833&uid=348916
この場でも改めて、読者様方へお礼申し上げます。