ベースとドラムと時々ピアノ 作:自分をピアニストだと思っている一般人
初めて、その音を聞いた時……俺はその音に魅了された。魅入られたと言ってもいい。
その音を……ピアノを初めて聞いたのは、たまたま両親の友人の家に付き添いで連れて行かれたときだった。
「ねえ、おばさん。これ、なんていうの!?」
「これはね……ピアノ、っていうのよ。奏くん」
「ぴあの…………さわってもいい!?」
「ええ、いいわよ? ここに座って弾いてみましょうか?」
「っ! うんっ!」
誘われるがままに、そうしてあの頃の俺はピアノの鍵盤に初めて触れたのだ。
鍵盤を指で押した瞬間、何故か音が出た。それが不思議で、おかしくて……楽しくて……気付けば俺はピアノに夢中になっていた。
「なあ、奏? そんなにピアノが好きなのか?」
「うん、だいすき!」
「そうか! なら、ピアノ……習ってみるか?」
「いいのっ!?」
「いいぞぉ? お父さん、奏がピアノを演奏しているところを見たいからな!」
父にそう言われ、俺はピアノを学び始めた。父や母にピアノを褒められるのが嬉しくて俺は夢中になりながら演奏を続けていた。
我ながら、あの頃の俺は気が狂っていたんじゃないか? と思うぐらいにはストイックに練習していた。
そんなある日、俺は二人の幼馴染のうちの1人と初めて会話をした。
そう……その幼馴染は俺がピアノを始める切っ掛けとなった人の娘だった。
いつものように、その人の家の一室にあるピアノを借りて演奏をしていた。
そのとき、ふと後ろから声をかけられたのだ。
「ピアノ、すきなの?」
「うん、すきだけど……きみはだれ?」
「……リョウ、このいえのあるじ」
「いえのあるじっ!?」
青い髪と、黄色の瞳……まるで人形のようなきれいな少女……
リョウもまた、この当時は母親の影響でピアノを学んでいた。そのおかげか、俺とリョウはすぐに打ち解けて仲良くなった。
「ショパン、いいよね」
「え、ぼくはバッハのほうがすき」
「かなではセンスがない」
「むむ……リョウのほうがない」
……仲は良かったはずだ、多分。
幼い頃の俺と山田は……ピアノを学ぶ場では天才なんてもてはやされた。コンクールだって入賞した。それで少しばかり……俺は天狗になっていた時期があった。
全能感、というべきだろうか。ピアノを通じて俺はなんでもできるんじゃないか、ってそう勘違いしていた時期があったのだ。今となっては恥ずかしい話である。
そんな時に出会ったのが、もう1人の幼馴染だった。
出会い方は、多分……これ以上ないぐらいに最悪だっただろう。
当然だ、片や天狗になっている生意気なガキで……片や姉が音楽に全部時間をつぎ込んでいて構ってくれないことに拗ねてるような少女だったんだから。
初めて出会ったとき、ソイツはすごく音楽が嫌いだ。って顔をしていたのはよく覚えている。
当時の俺は、そんな彼女が気に食わなかった。まあ、子供らしい理由だが……自分のプライドというか、全能感を台無しにするようなヤツだったから心底嫌いだったんだろう。
好きなことにケチつけられて、ムカッとしたのも多分あるけど。
だからまあ、売り言葉に買い言葉というべきか……俺とソイツは毎度のように喧嘩をしていた。
そんな俺たちの喧嘩をいつもあわあわと仲裁しようとしていたのはリョウだった。
リョウは、ソイツとも昔馴染みで付き合いが長かった。だから、俺とソイツが喧嘩をしているのがすごく嫌だったんだと思う。
だから、ある日……俺とソイツの喧嘩が一向に終わらなくて、リョウを泣かせてしまったことがあった。
どちらが悪い、と言われたら多分どっちもが悪くて、引くに引けなくなった結果……ずっと言い合いになって、リョウがそれを見て泣いてしまった。
昔のことであっても、あのときのことは今でも鮮明に思い出せる。
リョウを泣かせてしまって、俺とソイツははっとしたように顔を見合わせてしまった。
でも、お互い謝りたくはなかった。当然と言えば当然だ。お互い自分の主張があって、それを譲りたくなかったからだ。だから、謝ったら自分が負けたみたいに思えてしまうから謝れなくて。
多分、そのままだったらずっとリョウを悲しませちゃうんじゃないかって……俺はふと思って。
気付いたら、リョウの好きだって言っていた曲を俺は弾いていた。
ソイツは、その演奏を大人しく……少し聞き入るように見ていて、リョウも気付けば泣き止んで俺の演奏に聞き入っていた。
「……なあ、なんで音楽キライなんだよ」
「だって……おねえちゃん、ウソつくもん……音楽すると、ウソつきになっちゃうもん……」
そうして落ち着いたからか、俺はソイツに問いかけて、彼女はそう答えていた。
「……でも、僕とリョウはウソついたことないぞ」
「それは……そう、だけど……」
「────じゃあ、僕がお前が音楽がスキになるまでつきあってやる」
「……え?」
「僕は絶対にウソはつかない。そのショウメイにつきあえ。お前に音楽をおしえてやる」
そんな変な宣言を俺はして、その金髪の少女……
こうしてはれて仲直り……といえるかは怪しいけれど俺と、リョウと虹夏の長い腐れ縁が始まった。
────
「…………うーむ」
「なんか考え事~?」
「ん? ……ああ、虹夏か。まあ、そんなところだよ、ピアノ用の編曲が全然上手くいかなくてな」
学校の教室で悩むようにペンを走らせていると、聞き覚えのある声が耳に入ってくる。
顔をあげればそこにいたのは案の定、金髪赤目の美少女……腐れ縁の幼馴染、虹夏の声だった。
「どれどれ……?」
「あ、おいこら、見なくていい」
「えーなんで! ちょっとぐらいいいじゃん!」
「こういうのは完成してこそ見せ甲斐があるんだよ」
覗き込もうとしてくる虹夏から隠すように楽譜を折りたたむ。遠慮なく見てくるのは勘弁してほしいものだ。距離感とか色々考えて欲しい。
「ケチー……まあ、でも奏がそういうなら完成楽しみにしてる」
「そうしてくれ。……完成したら最初に聞かせるからさ」
「うん、楽しみに待ってるね!」
にへら、と笑って虹夏は本当に楽しみな様子をみせる。そんな彼女を見て少し顔が熱くなっていることに気付き、咳き込んで話題を逸らす。
「ん"ん"ッ! ところで、リョウは何処だ? この時間だとだいたい────」
「呼んだ?」
「うおうっ!?」
虹夏の傍にいるだろう? と聞こうとしたら、真横から青いショートヘアーが飛び出るようにリョウが現れた。
「お前……いつから……?」
「編曲書いてたときから」
「最初からじゃないか……虹夏?」
ぼーっと見てくる黄色の目を見つめ返し、ため息を吐きながら虹夏にジト目を送る。
意図は単純、分かってただろお前。である。
「いやー、奏がだいぶ真剣だったからつい……邪魔しちゃ悪いかなーって?」
「……はあ、まあいいけどさ」
別に見られて本当に困るものってわけでもないから気にはしてないけども。
「にしても、奏って本当にピアノ大好きだよね~」
「まあな、俺にとっての音楽といえばピアノだし」
「さすが天才ピアニスト」
「昔の話だろ、表舞台から姿を消したピアニストを天才なんてもてはやすものじゃない」
リョウの褒め方に少し顔を顰めながら、返す。これといって重い話とかではないんだが、俺は今のところ表舞台から姿を消したピアニストみたいなことになっている。
別に引退した、とか手の怪我で演奏できなく────みたいなことはない。なんとなく、ああいうコンクールみたいなのが肌に合わなくなって、一時的にそういう場所から退いているだけである。
「あー、奏みたいなピアニストがキーボードやってくれたら私としても助かるんだけどなぁ~」
「だからその話はナシって言っただろ……ピアノとキーボードは色々と勝手が違うし、俺が好きな音が出せるわけじゃないから気が乗らないんだよ」
チラチラ、と催促するようにこちらを見つめる虹夏を見て、眉間を押さえながら俺は以前のように断る。
俺が好きなのはピアノの音であってキーボードの音ではない。曲によってはピアノ以外の音を出すこともあるキーボードは些か俺にとっては慣れないモノでもあるのだ。
「そもそもの話、俺はコードとか知らないんだぞ。今から学び直さないといけないことを考えるとバンドに足並みを合わせられないだろう」
「え、コード知らなかったの?」
「いや知らないって言っただろ」
「ピアノやってるのに!?」
「ピアノやってるからだが!?」
ピアノ学ぶ場所でコードとか学ぶと思ってたんかお前は、と俺は思わず虹夏を見た後……教えてなかったのか、とリョウを見る。
「私はできたから」
「お前を基準にするな、脳味噌フロッピーディスク」
「照れる」
「「褒めてない」」
音楽周りだけはマジな天才だからなコイツ。なんでこいつピアノとかのクラシックから入ってベースバチバチにできるんだよ……
「ピアノ教室とかで最初に学ぶのは、音階とか楽譜の読み方なんだよ……
ドレミファソラシドとか、ト音記号ヘ音記号とか、ハ長調とかそういうの。コードは殆ど学ばないよ」
そもそもピアノはコードは知らなくても弾けるからな。と付け足しながら俺は虹夏に告げる。
「……ほぼほぼ音楽の授業だね?」
「それでピアノは成立するからな。あとは弾き方さえしっかり身に着ければ立派なピアニストなんだよ」
実際、ピアノをやっているヤツはだいたい音楽の授業で学んだ内容は既に学び終えたあと。ということが多いだろう。それさえ覚えておけば弾ける方だし。ソースは俺。コードとか知らなくてもピアニストにはなれる。
「まあそれに……」
「それに……?」
「俺が参加したらワンマンライブになって二人が目立たなくなるだろ」
「リョウもそうだけどその溢れ出る自信は何処から出てるの」
「俺の場合は実績と経歴からだけど」
「これ以上ない説得力!? そういえばコンクールとかでも入賞してたね!!」
元天才ピアニストを舐めてはいけないぞ、虹夏?
え? リョウが自信満々なのは何故かって?
知らない、コイツ無駄に自分に自信だけはあるからな。
「えへへ」
「心を読むな、そして褒めてない」
わざとらしく顔を赤く染めて頬に手を添えるリョウを呆れた顔で見つめる。
……もっとも、俺が参加しない理由はそれ以上に二人が奏でる音が好きだから、というのもあるんだけど。
俺が混ざって二人の演奏の良さを潰すとかしたくないし……
「自由気ままに演奏する方が俺には性に合ってるしな」
「……そっか、うん。そうだね。なら無理強いはできないなー。残念、キーボード確保できると思ったんだけどなあ」
「他に良さそうな人を誘ってくれ」
「…………ノルマ代、浮くと思ってたのに」
「「おい」」
リョウは相変わらずリョウであった。お前、俺の動画配信サイトのチャンネルといい金の話になるとがめついよな、ほんと。
「褒めてもなにもでないよ?」
「だから褒めてないし心を読むな」
コイツ俺限定で読心術でも覚えたのか? そう思わずにはいられなかった。
────
「~~~……♪」
鍵盤を指で叩く、それの繰り返し……そこに音が生まれて、繋がって……曲ができる。
この行為が俺は好きだった。まあここ最近は……そのやり方も変わってきてはいたのだが。
「────っ……ご清聴ありがとうございました」
演奏を終えて、お辞儀をすれば立ち止まっていた観客から拍手が巻き起こる。
所謂、ストリートピアノというやつだ。探せば意外といろんな場所にある。なぜ、俺がこんなことをしているかと言われれば……
「奏、今日もグッジョブだった」
この目の前でカメラを構えて、サムズアップする幼馴染……リョウの悪知恵のせいである。
「……帰るぞ、撮るモノは撮ったしもういいだろ」
「もう一曲だけやらない?」
「いやだ、人に注目されたいわけじゃないんだぞ俺は」
「残念」
本当に残念そうにしながら、観客をかき分けて去ろうとする俺についてくるリョウ。
……どうしてこうなったか、と言われたら本当に気の迷いと、コイツの悪魔の囁きのせいだった。
リョウは、金の使い方が荒い。好きなアルバムが出たらすぐに買うし、欲しい楽器が売られているのを見つけたら迷わず購入するし、気になっているお店にはすぐに入って何かしら食べて帰ろうとするほどだ。コイツの両親は病院経営をしていてそれなりの裕福層だ。そして重度の子煩悩。それ故に、コイツ自身もかなりのお小遣いを貰っている。……だというのに常に金欠で、ここ最近はその辺に生えてる食べられる雑草を食ったりするほどには金の使い方が荒いのだ。
そんなコイツが、金儲けのためにやろうと誘ったのが……俺のピアノ演奏の動画投稿だった。
最初はなんで俺がしなければいけないんだと断った。そしたらこいつは「ベースは弾いてみたをする上ではかなり地味だから再生数にならない、その点ピアノは再生数を稼ぎやすい」とか言い出すし、だったら自分でやれ。と返せば「それはなんか両親に負けた気がして嫌だ」とか言い出したのだ。
そう、何を隠そうコイツはベースをやっている。所謂ロックと言われるジャンルだ。
母親がクラシックを嗜んでいる人なのに何故なのか……と言われると、溺愛されすぎて鬱陶しいから反抗のためにロックを始めようとした、というどうでもいいくだらない動機ではあるのだが……そのせいで俺が巻き込まれそうになったのは勘弁してほしい。
当然、俺は呆れて断ろうとしたのだが……
「虹夏へのプレゼントを買うための費用の足しにできるよ」
「────」
こんな風にコイツに囁かれてまんまと乗せられたのである。……俺、もしかして虹夏のことになると限りなくチョロいのかもしれない。
まあ、結果としてコイツにされるがまま……俺は動画配信サイトでチャンネルを開設してピアノの弾いてみた系の動画を投稿するようになったのだ。撮影担当は他ならぬリョウである。まあ編集は俺がするんだけど。
「というか、ストリートピアノでわざわざしなくてもいいだろ……」
「こういうのは生の観客の反応が大事な時もある。こういう場所で客足が多いピアニストは動画サイトでも意外と目に留まって再生してくれる人が増える」
「……へぇ」
「ちなみに今のは私の偏見」
「おい」
少しでも感心した俺の心を返せ。
「それに……」
「ん?」
「奏は顔も良いしスタイルも良いから、こうして顔出しさせることでビジュアル目的で食いつく視聴者をゲットできる」
「そっちが目的だろお前」
絶対そうだコイツ。金のことになると目がないというか、実際に目が金になるヤツだ。そっちの方がコイツの狙いだって確信できる。
「あと、奏のピアノをいろんな人に聞いてもらえる切っ掛けにもなるし」
「────」
それで、これも本音だから俺としては困る。コイツが善意で俺の演奏をたくさんの人に聞いて欲しいと思っているのは事実だ。あまり強く言えないのはこういうところを知ってしまっているからなのかもしれない。
「はぁ…………まあこの際、俺のピアノに関してはどうでもいい。そっちはどうなんだ、バンドメンバー集めは捗ってるのか?」
「……ぼちぼち」
「つまりダメってことだな……」
まあ俺にキーボードで参加してくれって誘う時点でそうだろうなとは思ってはいたけど。
「ギターもボーカルも全然見つからない。このままだとベースとドラムだけの地味なバンドになってしまう」
「ロックやバンドのことはほとんど分からないが……よく見る売れ線のバンドとかじゃ当然のように見かける枠がいないってのはまずいんだろ?」
「まずい、かなりまずい。助けて奏」
「………………そんな捨てられた子犬みたいな目で見ても俺は助けないぞ」
潤んだ瞳で見つめられても俺は絶対手を貸さないぞ。そもそもキーボードやらないって言ってるしボーカルもやりたくはない。ピアノ一筋なのだ俺は。それ以外を求められても困る。
「まあ……ほんとに困ったら言え。ピアノでいいなら手を貸してやる」
「一度とは言わずそのまま参加してキーボードをやって欲しい」
「図々しいなお前ほんとに」
妥協案用意した意味なくなるだろそれ、と俺はリョウに対して呆れた目を向ける。コイツ一回締めた方がいいのだろうか……
「やっぱりいた!!」
「ん?」
「……?」
そうしてぶらぶらと帰る途中で、誰かに声をかけられて俺とリョウ立ち止まる。
ほかに人はいなさそうだし、間違いなく俺たちに向かって今言ったよな……? と声のした方向を振り向く。
するとそこには橙色の髪の少女が立っていて────
「リョウ先輩! 私を家族……じゃなかった、バンドにいれてください!!」
そんな少しやばそうな発言と共に、バンドの加入希望を告げていた。
「……言われてるよ、リョウ」
「山田 リョウはお前だフロッピーディスク、俺には
面倒くさそうに丸投げしようとすんな、お前目当てでバンドに入ろうとしてくれてるんだから。
えー、という顔をしながら加入希望者(推定)に向き合うリョウ。
先が思いやられるし虹夏が苦労しそうだな、と
俺はなんとなく……このとき感じていたのは余談である。
朝比奈 奏
伊地知 虹夏、山田 リョウにとっての共通の友人であり幼馴染。
山田の母切っ掛けでピアノを始め……
その後、リョウ、虹夏と知り合い友人となる。
結束バンドに誘われてはいるが、
コード……? なにそれ……?状態だったり
バンドやロックのことは殆ど分からない
クラシック音楽マニアなので誘いを断っている。
成績は上の下。平均よりはそれなりに高いらしい。
イメージCVは 内山 昂輝