やっぱ呪術界ってクソだわ   作:TE勢残党

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 一週間以上開いたので実質初投稿です。
 なお今話は今まで以上にえげつない描写があるため、閲覧は自己責任で願います。


#18 作戦

 深夜の廃病院。

 

 設営されていた悪趣味なステージには所々クレーターや何かが地面をえぐり取ったような痕ができ、廃墟から古戦場のような有様へと変貌しつつある。

 

 中央には呪術師が4人。

 

 この惨状を生み出した原因である巨大な怪物は、徹の反転術式を体内に叩き込まれ爆散している。

 

 あたりには紫色の肉片のようなものが散らばり、その場は不気味なほどの静けさに包まれた。

 

 『やったか!?』などとお決まりの台詞を吐く者はいない。ただ、驚愕と共に臨戦態勢を解けずにいる。

 

 通常、呪霊は致命傷を負うと消滅する。そもそもが負の感情が寄り集まって出来た呪力の塊だから、存在を保てなくなればただのエネルギーに戻るのである。

 

 この怪物が"そう"なっていないのは、常識的に考えるなら「受肉体として身体を持っているから」。

 

 だが、今回は――

 

「嘘……再生してる……!?」

 

 楓の震え声は、蠢く肉塊が作り出す不快な音にかき消されず、不思議とよく聞こえた。

 

 飛び散った肉片が集まり、失われた部分はボコボコと泡立ちながら再生し。

 

 術師たちが動けずにいた間に、それはまんまと元の姿を取り戻した。

 

「――おぎゃああああああ!!」

 

 吼える姿には衰えが見られない。あれだけの無茶をした手前、多少なりとも呪力を消耗している筈だが、術師たちの眼前にそびえる巨体は、最初に殴り込んできた時と何ら変わった様子がなかった。

 

(手ごたえはあった……何か仕掛けがあるに違いない)

 

 思索を巡らせる拓斗とは対照的に、徹は復活した"それ"にめがけてサバイバルナイフを殺到させる。

 

 轟音と共に放たれる「大刀」は確かに"それ"の肉体を削り取っていくが、徹の"蝕"による傷の悪化と拮抗するどころか、それを上回るスピードで傷が回復していく。

 

 怯みもしないで振り下ろされた巨腕を避けた徹は、返す刀に全開の呪力を込めてフルスイング。

 

 徹の膨大な呪力によって強化され、また「武人の蛮用に耐える」と謳われる同田貫の肉厚な刀身は、それでも鋼と見紛う硬度の胴を半ばも切断できなかったが、刃毀れ一つ起こさずに4メートル以上の巨体を吹き飛ばしてのけた。

 

「……受肉体、核が三つある! 何かタネがあるはず!!」

 

 その隙に、徹がその目で「視て」得た情報を展開。

 

(核が3つ……被害者3人、水子、親!?)

 

 それが呼び水となり、拓斗の思考が繋がって――ひとつの悍ましい結論を出す。

 

「壇上の女の子だ! アレを経由して土地の呪力を吸い上げてる!!」

 

 言われて徹がステージを見やれば、確かにほんのうっすらと、壇上に並べられた3人の少女だったものから怪物へと呪力の糸のようなものが繋がっているのが見える。

 

 ――実の所、徹の「兜割り」は正常に動作し、()()()()()()()()()()3か所を含む怪物の全身を破壊していた。

 

 だが実際には、徹が見た"核"は呪力の源という意味では正しかったが、その真の意味は「呪力の供給ポイント」でしかなく、破壊しても繋ぎ直して呪力を流せばすぐ復活する程度のもの。

 

 そこにあったのは、呪力感知に天賦の才を持つ徹でさえ注視しなければ分からないほど巧妙に隠された呪力のパイプライン。

 

 加工された少女への呪力の繋がりはつまり()()()()で、最初から壇上に置かれていた"母親"たちこそ、ダメコンと存在の固定化を兼ねた外部電源にして事実上の本体だったのである。

 

 この早期にその事実に気づけたのは、守矢拓斗の頭の回転の速さと、何より徹の眼があったからだ。

 

 仮にこの場に徹か拓斗がいなかったらトリックを暴けず、眼前の巨体は不死身の怪物でしかなかっただろう。

 

 ――なお、戦っている彼らには知る由もないことだが、この時培われた「呪力の供給源を外部化し、敢えて発生源を目立たせる縛りで本体の強度を増す」技術は、後に「嘱託式の帳」という形で結実する。

 

「……俺と拓斗さんで時間を稼ぎます」

 

 拓斗の言を受けて、術師たちの脳裏には一つの作戦が思い浮かんでいた。

 

 問題は、誰が指示し、誰がやるか。

 

「楓さん、やってください」

 

 一瞬の間を置いて、徹は「命じる」という罪を背負った。

 

「――っ!!」

 

 拓斗の歯噛みは、「背負わせてしまった」と「自分では手を汚してやれない」が半々。

 

 今はなんとかいなせているが、徹単独では"あれ"の足止めには不足。殺しても復活するとなれば猶更、正面からでも1~2発はあの打撃を受け切れるだろう「ミシャグジさま」は必須だった。

 

「いいや、こういうのは年寄りの役目――」

「御影さんはそのまま待機すべきです。奴の狙いをそちらに向けたくない」

 

 御影の言い分は情に篤い彼女らしいものだったが、徹は取り合わなかった。

 

 御影は術式が焼き切れている間は楓よりも役に立たず、また回復次第"あれ"を領域に叩き込めるよう隠れたまま機を窺うべき。

 

 死に物狂いで抵抗されるだろう"母親"の()()には、感情面を除けば楓が最も相応しい。

 

「……っ、ぅあ……!!」

 

 そして楓も、怪物が出現した時点で「足手まといにならないために自害する」という選択肢を提示できるだけの覚悟を持っている。

 

 それを知っている徹は、彼女なら土壇場で躊躇したりもしないと判断した。

 

 例えそれが、彼女が任務中ずっと気にかけていた学友3人を介錯しろという指示であっても。

 

 楓の知識量なら、彼女等が意図的に損傷を調整された状態にあり、反転術式と最新の外科治療を施せば()()()()()()()()()程度にとどめ置かれていると気づけてしまうとしても。

 

「これを」

 

 徹は彼女に、1本のサバイバルナイフを優しく飛ばしてよこす。

 

 呪物どころか、何の変哲もない軍用品だ。それでも、人の命を奪うには十分な鋭利さを持っている。

 

「~~っ!!」

 

 楓は今にも泣き出しそうな引きつった顔でナイフを睨みつけ――

 

「………………うらみます」

 

 たっぷり2秒ほど逡巡してから、絞り出すような呪詛と共にそれを受け取った。

 

 殆ど同時に、吹き飛ばされていた怪物が建物の崩れる音と共に戻って来る。

 

「さあ、時間を稼ぎましょう」

 

 ――楓さんの心の準備が出来るまで。

 

 後に続いていただろう徹の言葉を、拓斗は読み取って頷いた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……美緒、先輩」

 

 楓の眼前には、見るも無残な姿に「加工」されたかつての先輩の姿がある。

 

「なにやってるんですか、先輩……結婚前なのに、母親だなんて……」

 

 泣き笑いで語り掛ける楓に、応える者はない。

 

 "美緒先輩だったもの"は既にヒトとは呼べない姿へと変貌しており、自発的に声を出すこともない。

 

 鍵盤のように作りかえられた白い何かを押すと、反射のようにびくりと震えて押した場所に応じた音階の「声」を出す。

 

 今の彼女は、ただそれだけのために存在していた。

 

 

 ――呪術師に悔いのない死などない。

 

 

 高専の入学時から、教官たちに口を酸っぱくして言い聞かされる言葉だ。

 

 実際、呪術師の殉職率は極端に高く、彼らは階級に関わらず寿命が短い。

 

 彼らの多くは、実戦を通じて殺される覚悟を決めている。

 

 楓の学友も、全員が3年や4年まで上がれた訳ではない。途中で死んだ者も、心身を壊して高専を去った者もいる。

 

 長く業界にいるということは、それだけ多くの戦友を見送ってきたことと同義だ。高専で2年あまりを過ごした彼女は、既に中堅の域に入っている。

 

 けれど。それでも。 

 

「こんなのってあんまりじゃないですか……!!」

 

 良い意味で擦れていた彼女の心に、どうしようもない揺さぶりを与えるだけの衝撃が、眼の前の光景にはある。

 

 戦友を介錯するだけなら、彼女はこんなにも傷つかなかっただろう。悪趣味な殺され方をしただけでも、その体を呪霊のエネルギー源にされただけでも同様だ。

 

 だが、それら3つを同時に重ねられ、しかもかすかに息のあるモノを目の前に出されて。

 

 楓の心は明確に軋んでいた。

 

 思わず"それ"に抱き着いて、人肌の温度とかすかな呼吸が残っていることを知りさらなるダメージを負う。

 

「ぅ、あ……ぃ、ま、楽にしてあげますから……」

 

 呻きながら、それでも徹に持たされたナイフを震える腕で振りかぶる。

 

「はー、はー、……ぁ、ぁぁ、ぁああああああああッ!!」

 

 そうして、心が上げた悲鳴を代弁するような絶叫と共に、刃を突き立てた。

 

 何度も何度も、身じろぎ一つ出来なくなっている"それ"が完全に死んだと確信できるまで、何度も。

 

 

「ふっ、はぁっ、あ、あぁ、お、う゛ぇっ……げぇっ……」

 

 やがて、悪趣味な楽器がただの赤黒い肉塊へと変貌を遂げた頃。ようやく手を止めた楓は、両手にべったりと付着した血と、時間差でやって来た人の肉を貫く感触にたまらず嘔吐。

 

 遠く戦闘音の響くステージ上に、びちゃびちゃと音を立てて吐瀉物の水たまりが出来、すぐに血だまりと混ざってゆく。

 

「おぇ、げほ、ぉめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ」

 

 助けてあげられなくてごめんなさい。こんなになるまで何もできなくてごめんなさい。殺すことしかできなくてごめんなさい。こうしないとあの怪物に勝てなくてごめんなさい。

 

 先輩への憧憬だとか、変わり果てた先輩を見た衝撃だとか、救えなかった無力感だとか、強烈な嫌悪感だとか、それを先輩に対して抱いてしまっている自己嫌悪だとか。

 

 そういうものがごちゃ混ぜになった謝罪は、心から発される祈りに似ていた。

 

 

 やがて、謝り続ける声が枯れ、たまらずむせて顔を上げた時。

 

 半分ほど潰れた女の顔と、目が合った。

 

「ヒッ、ぁ、え……?」

 

 恐怖で悲鳴をあげたのは一瞬。次に困惑と嫌な予感が来て、最後に絶望が襲う。

 

 それは行方不明になっていたコトリバコ護衛組の一人。

 

 井口楓の1つ後輩にあたる少女の成れの果て。

 

 ここに踏み込んだ当時、呪詛師がまさに加工を進めていた少女そのもの。

 

 完全に楽器化されているほか2人と違い、半端な所で加工を止められた彼女は、まだ顔と首に人型の面影を残していた。

 

 そんな少女が、半ば潰れた口をぱくぱくと動かす。

 

 半ば潰れ、声も殆ど出ていなかったが、何度も繰り返されるうち、楓はその意味する所を読み取れた。

 

 読み取れて、しまった。

 

『はやく、ころして』

 

 ――悪趣味なオブジェはまだ、2つ残っている。




 核が3つあるように見えたのは徹の視点であって
 羂索は三つの核が受肉体の体内にあるなんて一言も言ってませんからね。

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