やっぱ呪術界ってクソだわ   作:TE勢残党

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#38 交戦(下)

 らしくない、と思っていた。

 

 空閑家は呪術師らしくない新し物好きの一族だ。

 

 魔法少女とやらがこれだけの戦果を挙げているのだから、事前に力を見せつける工程は必要かも知れないが、捕まえて取り込み工作を仕掛けるのがいつもの空閑家だろう。

 

 それこそ、適当な分家にでも保護させて冷遇した所を自分か徹也あたりが優しくしてコロっと……というのが空閑のやり口だったはずだ。呪詛師だと確定した訳でもない相手をいきなり殺しにかかるのは、流石の空閑家でもやや強引な気がしていた。

 

 何も考えずに殺しにかかるのは取り込み工作より簡単だが、ビビっていることの裏返しでもある。故に「及び腰」。違和感があった。

 

 今目の前にいる禪院直哉が、きっとその答えを持っている。

 

「直哉さん、ここは空閑家の管轄区域ですよ。来られるにしても事前に」

 

「ケチケチすんなや。空閑の縄張りっちゅうことは、その上に居る俺等の縄張りでもあるやんな? こっちとしても緊急やったから報告がちいとばかし前後してもうたかも知れんが……さっき言うた通りや。そこの嬢ちゃん、おぼこい見た目のクセして中々のワルでな」

 

 飄々と、そして堂々と理屈を並べたてる直哉からは、一応は敵地のど真ん中だというのに微塵の揺らぎも感じられない。空閑家と禪院家が友好関係だから……など考えるタイプでないことは、徹も良く知っている。

 

「伝わってないみたいやからもっぺん言うで。俺の親戚の禪院唯って子が、そいつにかどわかされて家出してもうてん。で、慌てて調べたら唯ちゃんの居場所は分からんかったけど、堤このは言う誘拐犯の居所は分かった。だからこうして一番脚の速い俺が飛んで来とんねん」

 

 徹は、眼前でメソメソするばかりの魔法少女の背景情報を殆ど知らされていない。

 

 ただ、1級クラスの呪霊を簡単に撃破する戦闘能力と認識阻害能力、そして呪霊の存在が公にされる脅威について説明を受けたのみだ。

 

「ま、うまい具合に無力化してくれとるようやし、そこは流石やね。真依ちゃんにも武勇伝をよーく聞かしとくわ。クク、呪詛師相手やからって女の子の顔面ぐちゃぐちゃにすることある? これもうお嫁いかれんで? 田舎モンは野蛮やなあ」

 

 呪詛師。

 

 これは、そのように処理する用意が既にできているという意味だろう。禪院家の権力であれば造作もあるまい。

 

 ここで禪院直哉が乱入してくることは、本当に空閑家にとって想定外か?

 

「じゃ、そういうことやからこの子はウチに連れてくわ。唯ちゃんの居場所以外にも術式から何から、聞きたいこと山ほどあるんや」

 

 ここまでくれば、乱入したこの男も味方などではないことが「魔法少女」にも理解できるだろう。さっきからインカムを耳に押し当てて何かを聞いているようだが……インカム?

 

 戦っている最中もそうだったが、魔法少女はインカムから遠隔で指示出しか何かをされていた。恐らく単独犯ではなく、オペレーターがいる。

 

 徹が領域展延を纏って攻撃を仕掛けた時。

 

 ほんの僅かであるが、幼い少女の声で「よけて」と叫んだ声が音漏れしていたのを、徹の知覚は拾っていた。

 

「……直哉さん」

 

 そそくさと魔法少女を担ぎ上げようとする直哉の背中に、あくまで平静を装って問いかける。

 

「何や、お前と違って今大荷物で忙しいねん」

 

 

 

「その禪院唯って子は、どういう術式を持っているんですか?」

 

 

 

 空気が、凍った。

 

「……オマエ、常識ないんか? 他人の術式の話はタブーやろが。お里が知れるで」

 

 取り繕ったように青筋を立てる直哉だが、1拍の間が全ての答えであった。

 

「よく分かりました」

 

 禪院は、この件を身内の恥として内々に片づけようとしている。

 

 空閑は、圧力を掛けられてそれに追随せざるを得ず、非公式の禪院直哉襲撃(領域侵犯)を黙認した。

 

 どこかのタイミングで禪院と空閑の間には密約が結ばれていて、今回の件は「禪院と空閑にちょっかいを出したバカな呪詛師が一人始末された」という顛末だけが残る。

 

 魔法少女は闇に葬られ、そして禪院唯は元の居場所に連れ戻され、世はこともなし。そういう結末が、初めから用意されていたのだろう。徹はそう結論付けた。

 

 これらの事情が徹の耳に入らなかった理由は不明だが、徹大が暗闘から自分を遠ざけようとしているらしいことは、徹にも分かっていた。随所で一般市民の感覚が顔を出してしまう徹では、根っから呪術界育ちの猛者どもと政治戦をするには向いていない。戦力面では手放しで評価される徹の、数少ない弱点であった。

 

(直哉さんは恐らく、公的にはここにいないことになっている。友好関係の家同士とは言え、事前連絡なしに相手の土地で呪詛師狩りなんかしたら関係悪化は免れないからだ。そして、俺が起こすワガママは既に想定されている。第三班の到着がその証拠)

 

 自分が女に甘くて、つい助けに行ってしまうと()()()()()()()()()()()()()()()からこそ、徹は自分のすべきことが分かった。

 

「直哉さん。その魔法少女をこちらに引き渡してください」

 

「あ゛?」

 

 一瞬、視線が交錯する。

 

 徹の目に冗談の色が一切ないのを確認して、直哉の呪力が膨れ上がった。

 

 目にも留まらぬ速さで何かと何かがぶつかり合い、余人の目には火花が舞っていることしか見えない。徹が刀を持っているからか、直哉は初めから得物を解禁していた。

 

「内緒やで、ぶっちゃけダサいと思っとんねん。アレコレ理屈付けて武装を縛るの」

 

(うんうん……うん?)

 

 どこかで聞いたセリフだな、と聞き流そうとして、違和感で立ち止まる。

 

「昔は素手にこだわったりもしとったけどな、オマエを見てると拘ってんのが馬鹿らしくなってきよってん」

 

 投射呪法を使いこなす直哉の最高速度は亜音速に到達する。しかしそれは、全力で呪力強化をした時の徹の最高速度と大差がないし、徹の眼をもってすれば見切ることは難しくない。

 

「甚爾くんの時に気づければよかったんやけどな。要するに、強くなるためには常識に囚われとったらいかんのや。小さくまとまっとるから、誰も彼も大した強さにならんねん」

 

 厄介なのは、直哉が体中に仕込んだ武器。

 

 袴姿のどこに隠しているのか、打撃をすれば両手にナックルダスターを装備、蹴りを放てば草履の裏から刃が飛び出し、裾からは拳銃や手榴弾が飛び出す。

 

 そのほとんどは徹に有効なダメージを与えるには至らないが、徹が知る「原作」の直哉とは似ても似つかない行動であった。

 

「これも効かんか、ならこいつはどうや?」

 

 直哉は懐から短刀らしきものを取り出すが、その刀身は禍々しく輝いている。

 

 それを自分の腕に躊躇なく突き立てると、呪力で紫色に変色した腕がバラけ、触手のようになって飛び出す。

 

「随分大盤振る舞いしますね。てっきりそういう搦め手は苦手かと」

 

 言いながら、刀身から射出される呪力の腕のようなものを刀で捌いていく。

 

 ポケットから取り出し浮かべる「小刀」の本数を順次増やして行き、ついには最大出力16本に。

 

 16本のサバイバルナイフと触手が競り合い、空間が衝撃で満ちていく。

 

 既にトップスピードに到達している直哉はスピードでは勝っているが、火力では劣り決定打を与えられない。

 

 徹はその技巧で直哉を捉えられてこそいるが、速度で負けて致命打を回避されている。

 

 状態は拮抗……ではなく、直哉側のジリ貧。

 

「ずっと考えとったんや。俺がここで足踏みしとる間に、オマエはどんどん先に進む」

 

「悟くんも、甚爾くんも、産まれ持ったモノが違った。せやから俺も、産まれ持ったものをどう活かすかが重要やと考えとった」

 

 直哉の独白に、徹は答えない。

 

 真っ暗な立体駐車場の中を、刃物がぶつかって生じる火花だけが明るく照らす。

 

「オマエは違う。名門産まれ、当主の息子、相伝の術式、俺と同じや。同じで、何でそないに強い? 俺とオマエで何が違うんや?」

 

 問いかけに、徹は答えない。

 

「考えて、鍛えて、戦って、1コ思ったことがあんねん」

 

 ほぼ音速に等しい領域にまで到達した直哉は、無言で刀を振るい続ける徹にそれでも言葉をぶつけ続ける。

 

()()()()()()()。まずそれを認めんと、先に進まんのやろ」

 

 直哉はさらに加速。そのスピードはとどまることを知らず……そして、"壁"を超える爆発音が当たりに響く。

 

「いや、それも正確やないな。要は考えが狭かったんや。術式の解釈を広げるんは鍛錬の基本やのに、自分の頭の固さでジャマしとったらしゃーないわな」

 

「認めるわ。オマエはもう今の俺より強くなっとる。初めてや。初めから"アッチ側"にいた連中やなく、同じ所から始めたヤツに追い越されたんは」

 

 吹き荒れるソニックブームを叩きつけられたコンクリの柱にヒビが入り、床は割れ、徹の顔に初めて、切り傷がついた。

 

「せやから――ここでもっぺん引き離したる!! アッチ側に行くんは、俺や!!」

 

 音速を超えたスピードで、自壊も構わず跳ねまわる直哉は、それでも徹の反応が間に合っていることを確認すると、両手を組んで掌印を形作る。

 

 

領 域 展 開

 

() (ほう) (げっ) (きゅう) 殿(でん)

 

 

「領域……!」

 

 いよいよ無視できなくなった原作からの乖離に、徹が目を見開く。

 

 彼は「原作」で直哉が死後、呪霊として復活を果たし、同様の領域を使いこなすに至ったことを知らない。

 

 だが、直哉の術式を考慮すれば、その領域に付与された効果は察しが付く。

 

 1秒あたり24フレームでの行動の強要。

 

 それにいち早く適応した徹は、本来であれば細胞レベルでのフリーズという即死レベルのペナルティが毎秒課されるその領域の中、ゆっくりと手を動かし印を結ぶ。

 

「……は?」

 

 徹は既に、1/24秒刻みでの行動制御を可能としていた!

 

 

領 域 展 開

 

(ばん) (しょう) (つるぎ) () (おか)

 

 どこかから響く鐘の音。直哉の領域の中に、場違いな丘が現れる。

 

 沈みつつある夕日が輝くその丘には、剣山のごとく大量の日本刀が、折れた旗が、壊れた銃が突き刺さり、飛び出している。

 

 否、丘ではない。それは山であり、材質は死体である。

 

 それは剣の丘と言うよりも、屍山血河を体現する古戦場であった。

 

 領域展開への最も有効な対策は、こちらも領域を展開すること。

 

 領域同士はぶつかり合い、そして綱引きの様相を呈する。どちらかの領域に完全に塗りつぶされるような事態は滅多に起こらない。

 

 ――両者の実力に、隔絶した差が開いていない限り。

 

「な……これは……!?」

 

 直哉の時胞月宮殿は、みるみるうちに夕日と死体の山に削り潰され、その存在を保てなくなっていく。

 

 1分とかからず押し合いは決着し、後には死体の山の頂上に立つ徹と、それに見下ろされる直哉だけが残った。

 

 領域展開の直後は術式が焼き切れ、使用不可能になる。

 

 反転術式を使いこなせない直哉に、勝ち目はない。

 

「これを使わされたのは初めてです。安心してください。()()()()()()()()()()()()()殿()()()()()()()()()()、ほどほどにしますよ」

 

 徹が手を動かすまでもなく、直哉の身体にナイフが()()()()()()()現れる。

 

 その傷口はジワジワと広がり続け、やがて直哉は失血により気を失った。

 

「ふぅ……また怒られるな、これは」

 

 領域を解除し、私情(というテイ)で禪院の人間を蹴散らし魔法少女を確保してしまった件についての申し開きを考えていると。

 

 

 

 魔法少女がいたはずの場所を、巨大なワームのような呪霊が通過していったのが視界に飛び込んで来た。

 

「――は?」




領域初登場。晩鐘劍ヶ丘は大雑把に言うと、地面が死体で出来てるUBWです。
色んな屍を積み上げて進んで来た徹の心象が具現化されていますね。

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