投稿が若干遅くなりました。
午前2時すこし前。
人気のない山道の路肩、ダムの建設に伴って既に閉鎖されたトンネルの前に、2台の白いロングバンが乗り付けられた。
深夜である上、通ってきた道も今は「交通事故発生」という名目で通行止め。人通りは完全に途絶えている。
アイドリングされていた車のエンジン音が止まると、いよいよ周囲が静寂に満たされた。
地元か、この手の郊外に住んでいたことのある人間なら疑問を持つだろう。季節によってフクロウやカエル、コオロギ、ハトなどの鳴き声で、夜の田舎というのは意外に騒がしいものだ。
そして「その道」に詳しいものが見れば、車のライトが明るいため逆に分かりにくくなっているが、ワンボックスの中を中心に"帳"――人払いと目隠しを兼ねた結界――が降ろされているのが解る。
負の感情が集まりやすいこの手の場所は、空閑家の抱える「窓」や低級の術師によって監視され、強力な呪霊の出現が察知され次第本家の人間が送り込まれる手筈が整えられている。
ここは福岡県の山間部。宮若市と粕屋郡の境に存在する全国的に著名な心霊スポット――旧犬鳴トンネル前である。
「……帳の展開、完了しました」
運転手の男性が無線で報告すると、車内から続々と人が降り始めた。
「菊池に向かった兄ちゃん達は一足先に交戦入ってるッス。こっちも暴れるッスよ~!!」
いの一番に飛び出したのは、女性にしては長身で豊満なスタイルを持つ女性。九州ではかなり珍しい金髪碧眼であり、1人ラフなTシャツ姿。肩まで伸びた髪は少しボサっとしているが、顔つきのかわいらしさや生来の落ち着きの無さと噛み合って愛嬌に転じている。
「油断をするな。向こうは準1級呪霊だがこちらは1級相当が複数と見積もられている。適当に暴れて勝てる相手ではない」
それを諫めつつ降りてきたのが、185センチほどの長身にスーツ姿の男性。オールバックできちんと整えられた黒髪と厳格そうな顔つき、堂々として風格のある出で立ちはさながら県庁や銀行などお堅い仕事の管理職を彷彿とさせるが、まだ30歳過ぎである。
「世の中"いつかはク○ウン"とか言いよるばってん、あたし達ゃハ○エースたい」
続いて、乗っていたバンの車体をバシバシ叩いて豪快に笑っている少女。先程のレアと比べ、こちらは背が低く「ちんちくりん」という言葉がぴったりの貧相な身体をしている。
不釣り合いに髪は非常に長く、つやのある黒髪が腰のあたりで纏められ、黒が基調の高専制服(無改造)に身を纏っているのもあり見た目だけなら深窓の令嬢に見えないこともない。前述のとおり、本人が明け透けな性格のため台無しであるが。
("いつかはクラ〇ン"も大分古い流行語だったような……)
脳内でツッコミを入れながら最後に車を降りたひときわ幼い少年。
空閑徹、術師等級なし。
一族戦闘部隊でも最年少、11歳にして遊撃部隊に抜擢された神童だ。肩書きが「現当主の孫息子」という身内人事ではないことは、これまでの戦いぶりでとうに証明されていた。
この4人と、今は別動隊として熊本は菊池市に出向いている3人の準一級術師(レアの兄もここに含まれる)。
合わせて1級相当2人、準1級3人、2級1人と徹からなる計7人が、空閑家最強の遊撃部隊の陣容であった。
「徹」
「はい」
部隊の指揮官である徹大の指示に合わせ、徹が車体後部のドアを開けて一抱え程の塊を取り出し、呪力を込める。
すると「それ」がひとりでに浮き上がり、封鎖の隙間をくぐってトンネルの中へと入っていく。
「セッティング出来とるよ」
宏美が取り出したのは、昨年(2010年)に発売されたばかりのタブレット端末。
画面には、トンネル内部の様子が映し出されている。
「はぇ~……いつ見ても大したもんッスねえ」
小型のビデオカメラ(暗視仕様)をナイフに括りつけて「
湾岸戦争で活躍したUAVに着想を得た徹大が考案し、ドローンが一般化した時代を知る徹が実用レベルに押し上げた戦法だ。
呪霊はカメラに映らないため直接の対抗策とはならないものの、地形情報や罠などの有無、生きた人間がいるか等を事前に確認できるため、閉鎖環境に陣取ることが多い強力な呪霊相手には一定の効力を発揮する。
因みにこの時代、既にフランスの企業が民生用ドローンを発売しているため調達すれば同じことが出来るが、小刀による偵察にはほとんど音が出ないという大きなメリットがある。
「レア、感心する暇があったら準備を進めろ」
「えへへ、すんませ~ん……っと」
徹大の指摘ににへら、と笑いながら謝ると、レアは懐から1枚の呪力を纏った羊皮紙を取り出した。
「
「Shem-ha-mephorash」
するとたちまち地面が隆起し、人型を取って動き出す。
「あたし達を守れ」
レアの命令に、土くれは頭の部分を首肯するように動かし、術師たちの前に歩み出た。
舞屋家……旧ドイツ系ユダヤ人「メイアー一族」相伝の術式、
略式での作成は連続稼働時間が短く、数時間で勝手に材料に戻るという欠点を持つが、隙を作れれば戦闘中の製作も可能なため即応性が非常に高いのである。
「っし、準備完了ッスよ」
手についた土をはたいて払いながら、レアは簡単そうに告げる。
「こっちも偵察完了しました。トンネル内部に生存者ありません」
平然と報告する徹に、「うひー」と気の抜けた反応を返すレア、露骨に顔をしかめる宏美、ひとつ頷くのみの徹大。
次の瞬間映像が途切れ、「小刀」が敵に感づかれたことを察した4人は一斉に構えを取る。
刹那、トンネルの封鎖が破られ、彼らに向けてコンクリートの破片が飛来した。
「拡張術式"石壁"!!」
レアの掛け声と同時にゴーレムの身体が爆ぜるように広がり、破片をその身で受け止める。
「続けて"石楼"!!」
突き刺さったコンクリ片がゴーレムの身体に飲み込まれて行き、やがて元の1.5倍ほどの大きさになったゴーレムが人型へ戻った。
呪力を流して急激に形状を変更する"石壁"と、無機物による攻撃を取り込んでゴーレムの一部とする"石楼"の合わせ技である。
4人の眼前にトンネルの封を破った巨体が露わになると同時、地を這うように飛行していた日本刀が4本、呪霊の脛と膝に突き刺さった。
「"禁縁呪法"」
徹大が印を組むと同時に、呪霊の足元に出来た傷がひび割れのように広がり、肉が欠け落ちる。
やがてバランスを失ったのか、呪霊は叫び声を上げながら膝をついた。
「通りが悪い……宏美さん!」
「わかっとる! "邪眼"!」
徹の要請にこたえ、宏美が見開き血走った目で呪霊を睨みつけると、手に持った金棒のようなもので反撃に転じようとしていた呪霊が一転、頭を押さえて苦しみ出す。
その隙を突いて距離を詰めたゴーレムの拳が鳩尾にめり込み、呪霊はそのまま上空へ打ち上げられた。
「"大刀・穿"!!」
そこへ、狙いを定めた徹の"大刀"が直撃。
突きで放つことにより威力を一点に集中させた「飛ぶ刺突」が顔面を貫き、頭に大穴の空いた呪霊はついにその身を崩れさせ、完全に消滅した。
彼らにとって、4人が集まってかつ実力を発揮できる状況であれば、1級呪霊程度は流れ作業のごとく祓うことが可能であった。
「1級呪霊、識別名"赤鬼"撃破確認。けど気配は消えてないッスねぇ」
しかし後方で戦況を確認していたレアの発言通り、強大な呪霊1体を祓ってもなお、戦場独特の空気感……殺気が霧散していない。
「元より複数との情報だ。気を抜くな」
「はい。奥にいますね」
このトンネルで確認された呪霊は1級クラスが複数。
それを裏付けるように、トンネルの奥から先ほどと同レベルの呪力の気配が近づいているのを、徹の感覚は捉えていた。
「はっ、これくらいやったらあたし一人でも狩れっしまうわ」
宏美が不敵に宣言すると同時に、先ほどと似た巨躯がトンネルから現れた。
「あっちが青鬼……って感じッスかねえ?」
「恐らくな。同じ要領で行くぞ」
「了解ッス!!」
――結局。
彼らはこの後1級呪霊を含む十数の残敵を危なげなく処理し、そそくさと現場を引き上げて行った。
◆ ◆ ◆
夜が明け始めた峠道を、ロングバンが並んで走っていく。
主力を集めたことで負けることはほとんどなくなった一方、準2級以上の呪霊には配備の人員で対処できず九州全域をかけずりまわって対処する必要が生じている。
複数の1級呪霊を倒した彼らだが、本邸に戻ることは出来ずそのまま次の現場へと急行していた。
移動中に襲撃される可能性を考慮し、術師たちはロングバン2台に2人ずつ、順繰りで分乗する方式で移動している。今は1号車に徹大と宏美、2号車に徹とレアが乗車する恰好だ。
この任務と任務の間の数時間、場合によっては移動中だけが休憩時間であり、睡眠時間となる。
彼らは既に、そんな生活を2週間以上続けていた。
「いやー、坊ちゃんもすっかり主力ッスねえ。最初入ってきた時はマジかと思ったッスが」
「……出来れば、坊ちゃんは止めてください」
いつもの人懐っこい笑みで褒め倒すレアと、(少しでも睡眠時間を確保したいので)そっけない徹。ここ数日、何度か見られた光景であった。
「あらら、じゃ徹クンで。折角なんだからもっと威張っていいと思うッスよ? 自分らに混ざって普通に戦えてるってことは、最低でも2級レベル……自分の見立てでは準1級くらいはあると見てるッス」
「とおる」と言うより「とーる」という感じの発音で、自分の事のように誇らしげに話すレア。一方で、彼女が身内や対等な相手と話す時は「あたし」、目上の相手と話すときは「自分」で一人称を使い分けていることを徹は知っている。
「2級……宏美さん、凄いですよね。僕と歳も近いのに」
「もー、敬語じゃなくていいって言ってるのに……まあ、宏美ちゃんはもう実戦始めて2年目ッスから。術式も強いし、後経験だけ積めば1級も見えるんじゃないスかね?」
宏美の持つ"邪眼"は空閑家相伝でこそないが、「相手を睨んでいる間、視線に射殺されるという錯覚と耐えがたい苦痛を与える」という強力なものだ。
相手の防御を無視してダイレクトに「苦痛」を感じさせるため、よほど訓練された相手かそもそも痛みや恐怖を感じない相手でなければほぼ確実に隙を作ることができる。
コントロールが難しい、同じ相手に連続して使用することは出来ない(間に別の誰かを挟めば再使用可)、瞬きをすると解除される、同時に1人しか相手取れない、幻痛なので単体ではトドメを刺せないなど欠点が多いものの、チーム戦では非常に優秀な能力と言える。
「でも、不浄なものを見ると最悪目が潰れるッスから、"やることやる"時けっこう大変らしいッスよ。まだ女の子でよかったッス」
「やることって……」
ケラケラ笑いながらそんなことを言うレアに反論した時点で、徹はすっかり彼女のペースに呑まれていた。
「おや、その反応は知ってるッスね? 意外におませな所あるんスねぇ、てっきり訓練一筋でそういうことにはまだキョーミないのかと思ってたッスよ」
「いや、そう言う訳では……」
「いやいや、空閑の男なんスから、元気なくらいがちょうどいいッスよ。い・ろ・い・ろ♪」
うりうりと肩を突っつくレアだが、ひとしきり揶揄って満足したのか、ニヤニヤとした笑みをいつもの笑顔に戻して語り掛ける。
「……そういうことなら、いっこ提案があるんスけど」
「……何ですか?」
既にかなり嫌な予感がしていた徹だが、ここまで来て聞かなければもっと揶揄われるのが分かり切っていたのでしぶしぶ聞く姿勢を取り――
「自分を
普段と全く違う妖艶な笑みを浮かべてそう言い放ち、掴んだ徹の右手を豊かな胸に押し付けるレアを前に、徹は凍り付くほかないのだった。
あまりにも長くなったので分割しました。
もはやお家芸ですわ。