リリベル・リコイル ~錦木千束を暗殺せよ~ 作:いけめんなハルト
※男性向きのライトノベル的展開が主であり、原作のような百合展開はありません。
※一部オリジナルキャラクターが登場します。
無駄がなく素早い錦木千束の動きは、一般人であれば近づかれ、ワンアクションを起こされるまで反応すら出来ないだろう。
だが、僕もまた彼女と同じ――最強の名を冠するファーストのリリベル。十分に対応できる。
「いよっ!」
錦木千束の銃撃から守るように、再び眼前を右腕で覆う。
至近距離まで近づいてきた彼女は、これもまた再び右腕による死角へ潜るように移動した。
それに合わせ、僕は上げていた右腕を振り下ろし、M93Rのフォアグリップで錦木千束を殴る軌道を描く。
だが、これも錦木千束は銃撃を躱すように必要最低限の動きで回避する。
腕を振り下ろした後隙を埋めるように、反対の手に持つM93Rで牽制射撃を行うが――やはりというべきか、これも当たらない。
床を這うように、しかし素早く移動する錦木千束は、手に持つ拳銃の引き金を絞る。回避運動の影響で射角が制限され、頭部を狙った攻撃は不可能。――これはあえて防御せず、体に受けて最速の反撃に出る。
「固たすぎぃ~――っ!」
腹部に走る鈍い痛みに耐えつつ、僕は左手のM93Rを突き出し、ストライカーでの一撃を狙う。
一発を体に受けた代償として、僕の回避不能な最速の反撃が錦木千束に迫る。
彼女は床に片手を付き、ローファーで蹴り上げることでこれを防ぐ。
しかし、その防御によって体勢が固定された。――その隙に差し込むように、僕のハイキックが彼女の腹部を捉える。
「んがっ!」
錦木千束が重々しい呻き声を漏らすと同時に、体が宙に浮く。
だが、彼女は蹴撃の勢いを利用して立ち上がり、大振りの
これを僕は片手のM93Rのフォアグリップでまた受け流し、反対のM93Rをショートフックの要領で振るい、ストライカーでの反撃を行う。
錦木千束は、拳銃を持つ反対の手で叩き、反撃の軌道を逸らした。
そんな超至近距離による拳銃格闘戦を繰り広げる。
体感にして数分。実際には十数秒ほどの激しい攻防戦は拮抗していたが――錦木千束が持つ拳銃の残弾がなくなったことで、新たな展開を迎える。
「……っ!」
錦木千束は大きく後方に飛んで僕との距離を離す。
彼女の拳銃は僕のM93Rよりも装填出来る弾数が少なく、また銃そのものの数も僕の方が多い。
距離を取ったのは、拳銃の弾倉を交換するためだろう。錦木千束が持つ拳銃の遊底が下がり、薬室の弾丸まで撃ち切ったことを証明するホールドオープンの状態になっているのが良い証拠だ。
予想通り、距離を取った錦木千束は予備の弾倉が入っているであろう背負うサッチェルバッグに手を回す。
錦木千束は、銃撃を躱せるからこそ、普通では出来ない大胆な
彼女には銃撃が通用しない――だからこそ、僕はこの瞬間を待っていた。
「なっ……!」
僕は傍の長テーブルを蹴り上げ、錦木千束の視界を妨げる。直後に、二丁のM93Rのセレクターを『三点バースト』に変更。
残った僅かな弾丸全てを、長テーブル越しに錦木千束がいるであろう場所を狙って発射する。
重なるような連射音と共に、長テーブルに六つの風穴が出来た。同時に、二丁のM93Rは弾切れを知らせるように、遊底が下がりオープンホールドの状態になる。
ガタリと音を立てて長テーブルが床に落ちる。
同時に、錦木千束も床に腰を落とした。
「あ、ちゃ……油断したぁ~」
ファーストの赤い制服を上書きしていくような赤いシミが、錦木千束の腹部に広がっていく。しかし、そこに弾痕はない。
「しかも弾抜けしてるし……サイアク」
防弾制服が機能しない頭を狙ったつもりではあったが、偶然にも放った六発のうちの一発が錦木千束の腹部に着弾したようだ。出血量からみて弾丸は貫通し、致命傷ではなさそうだが……戦闘の継続は難しいだろう。
――防弾制服も正しく着用しないと弾が抜けることがあると聞いたが、これはその良い例だな。
「いくら銃弾を躱せるだけの動体視力があっても、銃口や視線、体そのものが見えなければ躱せるものも躱せない」
錦木千束が銃撃を躱せるのは、射手の視線や銃口の向き、服の動きから弾道と発砲タイミングを予測することが出来るからだ。――逆に言えば、それらの事前情報がなければ躱せない。
だから、長テーブルを挟んだ銃撃は錦木千束に通用した。
僕は空になったM93Rの弾倉を床に落とし、両手の袖口に出る新たな弾倉をM93Rに装填しながら、戦闘の続行が不可能になった錦木千束へ近づく。
彼女は拳銃を持たない手で被弾した腹部を圧迫するように握り、走る激痛で頬を震わせる。
それでも、錦木千束は脂汗を流しながらも、笑みを浮かべた。
「この千束を欺くとは……やるなぁ……っ」
「そっちも。――
錦木千束は、これ以上の抵抗を諦めたように、手に持っていた拳銃を下す。
それでも最後まで警戒は怠らず、僕は左手のM93Rをホルスターに戻し、腰からコンバットナイフを引き抜く。
――銃撃は躱されるリスクがあるから、ナイフで確実に止めを刺す。それで錦木千束の暗殺任務は終了だ。
左手のコンバットナイフを逆手に持ち、右手に持つM93Rのフォアグリップの下に左手首重ねるようにして固定する。
M93Rを使った射撃と、ナイフによる
その途中で――
「…………」
「それあげるから、ちゃんと見ろよ?」
笑みを浮かべたままの錦木千束の言葉に、僕は小さく頷く。
そして、『ルべリオン』のパッケージを跨いで、もはや抵抗の意思すら見せない錦木千束へさらに近づいた。少しして、ナイフの間合いに入る。
僕は確実に、そして命を失うまで苦しむ時間が最も少ない心臓に狙いを付け、錦木千束の左胸へ剣先を突き立てた。
その直前に、
『状況を報告しろ、ファースト――』
インカムを通じて響いた虎杖司令の声に、ナイフを突き立てる動きを寸のところで止める。
「今から、錦木千束の
『……ふん。なら、まだ錦木千束は生きているな?』
「はい。無力化しましたが、致命傷ではありません」
『ならそのインカムを錦木千束に渡せ』
「…………」
『これから錦木千束と交渉を行う。もし決裂した時は、任務を続行しろ』
「――了解」
僕はナイフを腰に納め、右手のM93Rの銃口はそのままに、インカムを錦木千束へ差し出す。
それに彼女は目を点にして、困惑を露わにした。
「司令部からキミに話がある」
「話って……まぁ聞くだけ聞いてやるかぁ」
錦木千束はインカムを耳に押し込むと、しばらく虎杖司令と言葉を交わす。
「はぁっ!? だから私は……ああもう、それ先生と楠木さんは知ってるの?」
続けて、錦木千束はガクリと肩を落とし、不服そうに頬を膨らませる。
「まぁ、たまに手伝うくらいなら……死ぬよりはいいか。分かったよ。同意しますよぉ~。……はいっ、これでいい?」
その後も錦木千束はブツブツと文句を垂れながら、へぁっ!――とインカムを僕へと放る。
インカムを再装着すると、すぐに虎杖指令の声が響く。
『撤収しろ、ファースト。状況が変わった――錦木千束の暗殺任務は終了だ』
「……了解」
それを最後に、通信は切られる。
これ以上の戦闘行為は命令違反になるので、右手に持つM93Rもホルスターに戻した。
「運が良かったね」
「良くねぇーよ。DAの仕事がしたくないからやめたのに、またやらないとだぁ……これもそれも、全部オマエのせいだぞぉ~っ!」
「自分でも言ってたじゃないか。死ぬよりは良いって。……殺されるよりは、殺すほうが良いだろ」
錦木千束は少し考えるように押し黙ると、あっかんべーっ――と表情を変える。
そんな挑発を受けて、僕は小さく肩を竦めた。
「パンツちゃんと履いてたら負けなかったしぃ~っ!」
「死ぬより局部を見られるほうが嫌なのか?理解出来ないな」
「こーれだからノンデリカシーは……今度はちゃんと服着てる時に来いよっ!」
「分かったよ。……次に会う時は暗殺じゃないと良いね」
錦木千束に背を向け、銃撃戦で割れた窓からベランダへ向かう。
その途中で、『ルべリオン』のDVDを拾い上げる。
「これ借りていい?」
「返品時は1000文字以上の感想文を用意してくるようにっ!」
「分かった。見終わったらこの住所宛てに送付しとく」
「待ってるよぉ~ん♪」
錦木千束とはそんなやり取りを最後にして、僕はベランダの落下防止柵を超え、真下の道路を見下ろす。
同時に、迫る大型トラックが真下の道路上を通るコースで走行しているのが分かる。
少し待ってから、その大型トラックの荷台へと飛び降りた。
車上で回転受け身を取りつつ、錦木千束のセーフハウスが離れていくのを見送る。
遅れて彼女がベランダから顔を出し、こちらに向けて手を振って見せた。
――つい数分前まで殺し合ってた相手に、良くもまぁ手を振れるな。……やっぱり変なリコリスだ、錦木は。
「っと――」
車上から窓が開いている助手席に体を滑り込ませ、車内に入る。
運転席には、角ばったロボットの被り物にピンクのリボンを付けた摩訶不思議な子供が、小さな体で器用に大型車を運転している。
「中々手こずってましたね」
ロボットの被り物から出るくぐもった抑揚のない声は、錦木千束のセーフハウスに突入する前に聞いていた、オペレーターのものと同じだ。
「うん。電波塔事件を一人で解決したって言うのも、納得の強さだった」
「でも、貴方ほどじゃない」
「……どうかな」
指に付けた深紅の粉を眺めて、素直な感想を口にする。
戦闘服と同色だったこともあって気付くのに遅れたが――間違いなく、これは錦木千束との戦闘の後に付着したものだ。
それらはすべて、先ほどの銃撃戦で錦木千束から銃撃を受けた箇所に集中している。
「なんです、それ?」
「フランジブル弾の破片。……錦木、弾に
――被弾した時の衝撃が弱かった理由はこれか。癖の強いC.A.R.システムを使うのも、精度が最悪な非殺傷弾を確実に当てるためだろう。
「えっと……リコリスって、リリベルと同じ
「さぁ。……ただ、不殺主義のリコリスがいるって聞いたことがある。あれ、錦木だったんだ」
――姉さんの他にもいたんだな。不殺主義者のリコリスが。
「政府の殺し屋が不殺主義って……変なの」
サイドミラーから再び錦木千束のセーフハウスを確認するが、ベランダに彼女の姿は既になくなっていた。代わりに、対向車線からパトランプとサイレンを響かせて走るパトカーとすれ違う。向こうでは派手に爆発音と銃声を鳴らしたので、当然の結果と言える。
――ラジアータが
「……実弾だったら、僕のほうが殺されてたかも」
指に付着した深紅の粉に息を吹きかけ、消す。
いくら防弾性能が高い戦闘服でも、あれだけの実弾を受けていたら先に戦闘不能になっていたのは間違いなく僕のほうだ。
――この暗殺任務。生かされたのは錦木千束じゃなくて、僕のほうだったかもしれない。