ぼざろの二次小説がもっと増えてほしいので自分も書くことにしました。
対戦よろしくお願いします。
音楽知識はないです。
#1-1
朝食を済ませて食器を洗った後、防音室に入る。ドアを閉めると、シンとした静寂で空間が満たされる。世界から隔絶された、今だけは俺一人の場所だ。
母がバンドマンだった影響で家には防音室があった。また、母は楽器の蒐集家でもあり、ギターやベース、エレキドラムが部屋の隅に並べられている。複数並べられているうちの一本のベース──小学校入学祝い兼誕生日プレゼントにもらった──を手に取った。
指先のストレッチを行い、ベースをチューニングして、エフェクターとアンプに繋いでセッティングする。この作業を始めて九年になる。もうテキパキとこなせるようになった。
最近お気に入りの曲をスマホから流し、合わせて弾き始める。
まず、四分の四拍子が二小節流れる。そして八分の十拍子、八分の十一拍子、八分の十二拍子……と一小節ごとに拍子が一つずつ増えていく。不安を煽り急かしてくるようなメロディに合わせ、指で軽快に弦を弾く。この曲を弾き始めたばかりの頃は、リズムが取れずに何度もミスした。でも繰り返し弾くことで曲に慣れて、今は安定して弾けるようになっている。
「くひっ」
思わず笑いがこぼれてしまう。ああ、この出来なかったことが出来るようになる感覚がたまらないほど好きだ。
八分の二十五拍子の小節の後、しばらく八分の七拍子が続く。拍子が変わる意味での変拍子はないが、休憩になるような簡単な区間ではない。少し弾いた後、流している音源から四分の四拍子のチェロが重なる。どうしてもチェロの音が八分の七拍子に浮いて、その旋律に指が連れ去られそうになるのを必死に繋ぎ止める。ここはまだ安定させられずミスも珍しくない区間だが、なんとか最後まで八分の七拍子を刻めた。
「くへへっ」
また一つ、出来なかったことが出来た快感で勝手に口の端が上がる。
さあ、ここからがラストスパートだ。先程と同様に八分の十拍子から拍子が一つずつ増えていく。違う点は、BPMが178からだんだん増えていくことだ。最初はしばらく一小節ごとに10ずつ。次は一小節の内で10が四回。指数関数的にどんどん加速する。
暴力的な加速度がベースを振り切ろうとしている。かと思えば、次の瞬間にはもう置き去りにされてしまった。
それでも食らいつこうと距離を縮める。更に加速して引き離される。
脳から命令を出す。弦を弾く。更に距離が開く。もう人の速度じゃない。
まだまだまだまだ加速して、音の粒が連なり境界を超えて波になった時。
ファンファーレが曲の終わりを告げる。
その途端、体がゼエゼエと荒く呼吸し始める。集中しすぎて無意識に呼吸を止めていた。どっと汗が噴き出す。頬に熱が溜まる。指先がヒリヒリする。
「や、やっぱり、こういう難しい曲がやってて楽しい……」
荒く呼吸しつつも、ふひ、ふへえへ、と笑いが漏れる。頬がつり上がってしまい、両目は上向きの三日月型に、口は下向きの三日月型になっている。
人間に出来るかどうか怪しい難易度の曲をやるのが好きだ。そういう曲をやると母や友達に「笑顔が不気味で怖い」と言われたため、一人の時だけ難しい曲を弾いている。
ベースが好きで、毎日弾くのが日課だ。
どれくらい好きかというと、前世では背負ってたベースを庇って死んだくらい。歩道を歩いてて「車道から車が突っ込んでくるぞ」と視神経から警告された脊髄は、あろうことか我が身ではなく背負ったベースの安全を優先してしまった。結果、抱き締めたソフトケースの中身の無事と引き換えに、全身の骨と内臓をグチャグチャに混ぜ合わされるハメになった。理性があれば「俺はベースが大切すぎて、またベースのために命を落としてしまうかもしれない。もうベースは手放そう」と考えるのかもしれない。
しかし結局、この二度目の人生でもベースを手にしてしまっていた。馬鹿は死んでも治らないというが、それをベース馬鹿という形で実証しているのが俺、
「ん、もう時間か」
その後も難しい曲ややってて楽しい曲を弾いたり、ネットの演奏してみた動画に合わせて弾いたりしていた。しかしスマホのアラームが鳴ったので手を止める。ベースを弾いていると時間を忘れてしまうので、登校の時間を知らせるアラームをセットしている。
「放課後はギターの生配信に合わせて弾こうかな」
後ろ髪を引かれつつも、学校をサボるわけにはいかないので楽器と機材を片付けて防音室を後にした。
ちなみに、最初の曲はスプ○トゥーン3の『Cha○s Carnival』という曲だ。みんなも、
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今日は朝から雨が降っていて、放課後くらいに最も激しい雨になるという予報だった。始業前の教室では既に登校している生徒たちが雑談に花を咲かせている。陽キャが多くて全体的に仲がいいこのクラスではいつも見られる光景だ。
「前島くん、おはよう!」
雨の日のはずだがキターン! という謎の効果音と共に光が広がって、陽の光に晒されてる心地になる。やっぱり今日は晴れだったかな? 雑談していたグループのうちの一つから、赤毛の女子が笑顔で挨拶をしてくれた。グループの子らに断りを入れて、タッタとこっちにやって来る。
「おはよう喜多さん」
教室の自席にカバンを置きつつ挨拶を返す。
「昨日、バンドのみんなとアー写を撮ってきたの!」
喜多さんはスマホをタポタポと操作して、ほら見て、とその画面を見せてくれた。
満面の笑みの喜多さんと、その隣にユニセックスな見た目の美人が喜多さんに腕に抱き着かれている。さらにその隣には、顔に影がかかり生気を感じられないピンクジャージの女の子と、金のサイドテールの快活に笑う女の子がいる。
前世のマンガやアニメで見た結束バンドのアー写と同じ、手を繋いでジャンプする四人の女子が写っていた。
「青春っぽくて良い感じだね」
「でしょ! ちなみに私の隣の人が前島くんと同じベーシストのリョウ先輩よ」
喜多さんは俺がベースを弾くことを知っている。その縁でこうしてバンドのことについてちょくちょく会話をするのだ。
「アー写を撮ったってことは、バンドがそろそろ本格始動するのかな?」
「そうなの! 夏までに曲を作ってライブする予定よ。その時は約束通りチケットを持ってくるわね」
喜多さんがバンドを組んだらライブを観に行きたいとも話していて、その時はチケットを売ってもらう約束をしている。
笑みを浮かべて彼女に返事する。
「うん、楽しみにしてるよ」
本当に楽しみだ。結束バンドの初ライブ。
その後適当に授業を受けてお昼休み、自販機に飲み物を買いに行く途中、階段下の物置の奥にふと視線を向けた。ジメジメしていて重い空気が他人の侵入を拒絶している。今このとき、この空間は彼女だけの世界になっていた。その暗い世界の中に、ピンク髪ピンクジャージの女子が正座してお弁当を黙々と食べてる姿が目に入る。伸びっぱなしの前髪に阻まれてその奥にあるだろう目は見えなかった。
不気味で怖くて、思わず悲鳴を上げそうになった。彼女のことを知ってる俺でこれなのだから、知らない人にはオバケか幽霊かと思われても仕方ないだろう。
結束バンドのリードギター。ぼっちちゃん。ギターヒーロー。原作者に「人間じゃねえからな」とまで言われた生態がやべーやつ。後藤ひとりその人である。
彼女のクラスの前を通るたび、つい視線を彼女に向けてしまう。いつも寝た振りをしていて、直接顔を見たのはこれが初めてだ。その瞳は見えていないが。ピンクジャージにスカートという、ある意味ロックなファッションの彼女。前世で真似してピンクジャージを着てみたが、恥ずかしすぎてとても外には出られなかった。推しと同じ格好ができたのは楽しかったが。
そう、俺は後藤ひとりという『キャラクター』が好きだった。もちろん結束バンドの面々も、『ぼっち・ざ・ろっく!』という作品自体も好きだ。
そんなわけで、あわよくば結束バンドの面々とセッションをしてみたいという思いはある。その中でも特に後藤ひとりと音を合わせてみたい。良くも悪くも彼女に一番影響を受けたから。
しかし、いま目の前にいる彼女たちは『キャラクター』じゃなくて『人間』だ。後藤ひとり程ではないが、俺も人付き合いが苦手である。『人間』相手だと距離感を間違えたり話の流れにそぐわないことを口にしたり、どうしても人付き合いを間違えてしまう。間違えて人に変な目で見られたり嫌われることが怖い。それが好きな相手であれば尚更だ。嫌われるくらいなら最初から人と関わりを持たなければいいと考えている。
まあ、そんなわけで。
「俺から彼女らに関わることはないよね」
俺の預かり知らぬところで、いい感じに幸せになっててほしい。こちらからするアクションはせいぜいライブを観に行くくらいだろう。
未練を断ち切るように、踵を返して教室に戻る。今日はやっぱり、帰ったら好きな曲でも弾いて遊ぼう。一人で弾いて遊んで、ネットに適当な演奏動画を上げるのが俺にはお似合いだ。
別にベースで何者かになれなくてもいい。俺は、俺のためだけにベースを弾いてればそれでいい。
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放課後になると、予報通り雨足が強くなっていた。厚い黒灰色の雲が空と太陽を覆い、地面が雨に打たれて激しく波打っている。普段は空と大地をきっちり分けている境界が雨のせいで溶けてあいまいになっていた。
こんな強い雨なのに外に出たくないなという憂うつな気持ちを堪えつつ、傘をさして学校の昇降口から雨の中に踏み入る。普段は自炊するのだが、この天気の中で食材を買って帰るのは億劫だ。そう考えて、コンビニで適当に買って夕飯を済ませることにする。いつも歩く通学路を少し外れたところにあるコンビニで、唐揚げ弁当を買ってレンジで温めてもらった。
コンビニから出て、風邪をひく前にさっさと帰ろうと数歩歩いたところで。俺の右側から雨に紛れて、うぅぅ……と地を這うような低い音が聞こえた。雨音で軽減されてるはずのその音がやけに大きく聞こえて、思わずビクッと体が硬直してしまう。そのまま音が聞こえた方向、コンビニ脇の路地裏に視線を向けた。
緑色で背ビレと尻尾があるぬいぐるみのようなものがうつ伏せに倒れている。それは水溜まりの上にいて、まるでその水面から出てきたものじゃなかろうかと思わされた。
なんだろうと思ってしばらく見つめていると、そのぬいぐるみがのそりと起き上がった。背の高さは俺の膝くらい。フラフラとした足取りで体を左右に揺らしながら、パシャ、パシャ、と水音をたて、雨の中をこっちに近づいてくる。不気味で怖い。思わず一歩後ずさる。だけどあまりの恐怖からか、全身がこわばってそれ以上動けなくなった。ついに足元までぬいぐるみがやってくる。気付けば俺の膝がカタカタ震えていた。それはそのまま歩を進め、俺の脚にぶつかって尻もちをついた。
ゆっくりとそれが顔を上げる。目が合った。
伸び放題のピンクの前髪の隙間からスカイブルーの瞳がこちらを覗く。開けっ放しの口の端からはヨダレが垂れ流しになっている。頬がこけて目の周りはやつれていて。目尻には雫が貯まっているように見えた。
その子は視線を俺から、俺が持つ唐揚げ弁当入りのビニール袋に向けた。再度地を這うような、ぐうぅぅぅ、という低い音が鳴る。お腹の音だ。俺じゃなくて、目の前の子の。
「いっ……」
目の前の子が口を開く。
「いいねくれ~……」
そう言ってその子は倒れた。ぱしゃん、と水たまりが弾ける音が響く。俺も彼女も動けなくなった世界で、ざあざあと雨の音だけが鳴っていた。
「これ、承認欲求モンスターだ」
なんでだよ、と戸惑いが口から漏れる。前世、アニメのエンディングで見たデフォルメされた姿の彼女が、俺の目の前、そこにいた。