承認欲求モンスターを拾った件について   作:わかささ

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#1-3

 最初は驚いた。初対面の相手とのセッションなのにギターヒーローとしての演奏が出来ていたから。(いかづち)のように鋭く鼓膜をつんざく音、歌うようなギタービブラート、ところどころに滲み出る演奏のクセ、いずれも動画で聴いたギターヒーローの特徴だ。

 

 だけど、ドラムやドラムに合わせてる俺の音を意識してか後藤さんのギターが失速してくる。音を合わせられず、せめてミスしないようにとギターの演奏が固くなってしまう。その彼女の音は、怯えと悔しさを孕んでいた。

 

 ……このまま終わってしまうのは、勿体ないな(・・・・・)と思った。

 

 ここからは彼女に合わせられないドラムは不要だ、と動画の再生を止めた。

 

 後藤さんに目を向ける。彼女の目は怒られたらどうしようと怯える小さい子のように震えて少し潤んでいた。

 

「後藤さん、無理に合わせようとしないで好きにやってみて」

 

 そのスカイブルーの瞳を見て、安心させようとできるだけ優しい笑顔を心がけてそう伝える。

 

 後藤さんは一瞬呆けたような顔をしたが、目に力が戻り口が引き結ばれた。

 

 曲の一番が終わり二番に入る。

 

 それと同時に、完全ではないがギターの演奏が戻ってきた。一番ではベースとボーカルをドラムに合わせていたが、今回は彼女のギターに合わせる。

 

 他人の演奏に合わせようとして彼女の演奏が固くなってしまっていた。だったら後藤さんには好きに弾いてもらって、俺が全力で合わせればいい。

 

 お金をもらって人に見せる演奏じゃないんだ。他人と合わせられなくても、ミスりまくっても、奏者が楽しければそれでいい。間違いに怯えて楽しく演奏()れないなんて、ロックやってるのに勿体ないと思う。

 

 ……それに、好き勝手に突っ走るバカテクギターに合わせるという高難易度曲を弾くが如きミッション。いつものように決まった譜面を決まったリズムでただ正しく弾くだけではいけない。彼女の演奏を聴いてリアルタイムで彼女に合わせて音を発さなければならない。

 

 ――それはとても、とても楽しい話じゃないか。

 

 無意識に、頬が高く吊り上がった。

 

 ギターが走ってベースとボーカルを振り切ろうとするが、それに離されることなく追従する。彼女の音が独りぼっちにならないように、どんな音でも支えられるようにとベースの音を寄り添わせる。

 

 ギターの音からだんだん緊張が消えていく。イントロの時のように、ギターが歌うように痛快な音を響かせ始める。テンションが上がってきたからか、彼女は音に合わせて軽やかに体を揺らし始めた。ステップを踏むように白魚の指先が踊り、即興のアレンジが六弦の上で鮮やかにはじける。

 

 圧倒的な演奏に思わず唾を飲む。動画越しに彼女の演奏を聴いたことはあるけれど、生で聴くそれがこれほどすごいとは思わなかった。今となっては、ほぼ完全にギターヒーローとしての演奏が戻ってきている。

 

 ……まさか自分なんかが後藤ひとりとセッションできるなんて。しかもギターヒーローとしての演奏をする彼女と。とても嬉しくて、すごく楽しい。

 

 だけど、少しだけ残念だとも思う。だってこんな都合が良い展開は、やっぱり一夜の夢でしかありえないだろう? あんなに憧れていた人と、こんなに楽しく音を合わせられるなんて。

 

 ちら、と彼女の横顔を見ると手元を映す目がキラキラと輝いている。頬が紅潮して口の端が上がっていて。その華やかな表情に、ベースのテンポがほんの一瞬だけ速まった。

 

 

 ###

 

 

 シン、と静寂が防音室の内に満ちる。静かすぎて鼓膜に痛みを覚えるほどだ。

 

 しかし私の内ではドクンドクンと鼓動がうるさく響き渡っていた。

 

(すごい……すごい、すごい!!)

 

 前島くんに言われた通り、私は意識をギターだけに集中させてなんとか演奏を持ち直した。それでも走り気味だった私のギターをベースが常にそばで支えてくれた。次第に調子が戻ってきて、楽しくて思わずやってしまった即興のアレンジにすら彼は対応してみせた。その結果、前島くんと私の演奏はカッチリと噛み合い奏でられて。初めて全力でやって人と一体感を感じることができる演奏が出来た。その達成感から、興奮が全身で脈動している。

 

 また、やっぱりこれは夢なんだなって、少し残念な気持ちになった。だって私が誰かと演奏して、ギターヒーローとしての実力を発揮できて、しかもそれに合わせてもらえるなんて都合が良すぎるから。

 

 普段なら絶対そんなこと出来ないけど、夢のような演奏ができて高ぶっていた私は前島くんに話しかけようと彼の方を向く。

 

 ――そこには目を皿のように見開いて満面の痛ましい笑みを浮かべる、まるで冒涜的な魚類を連想させる顔をした人がいた。目に触れそうなほどつり上がった口の端から「くひっえひっ」と奇妙な笑い声が漏れている。

 

 魂まで凍りつくような寒気がして血の気がサッと引く。唖然として言葉を失ってしまう。その顔を見て先程まで私のうちにあったはずの熱はすっかり鳴りを潜めていた。彼の普段の顔が良い分ギャップもあって、ゾワッと鳥肌が立ってしまう。

 

「え、あっ……ま、前島くん? ですよね? えっと、かっ顔がヤバいんですけど……!?」

 

「えっ? あっ、ごめん。楽しくてつい顔が……」

 

(楽しくて!? 楽しかったらそうなるの!??)

 

 そう言いながら前島くんは自身の顔を粘土のようにこね始める。演奏前に見た整った顔に次第に戻っていくのを目にして、それで元に戻るんだ、と少し引いた。

 

 顔を元に戻し終わった前島くんがはち切れんばかりの笑顔で話しかけてくる。

 

「後藤さん、ギターすごかったよ! 思ってたよりもめちゃくちゃ上手くてカッコよかった!」

 

「あっ、わ、私もすごい楽しかったです! それに前島さんのベースもボーカルもとても良かったです!」

 

 興奮している彼に感化されて、私にも先ほど感じた熱が蘇る。お風呂上がりなのに汗をじんわりかいていて、でもそんなの気にならないくらい高揚していた。

 

 舞い上がるような心地に背を押されて、また「せっかくの夢なんだから」と勇気を出して弾きたい曲を提案する。

 

「あっ、えっと……つ、次はこの曲をやってみたいんですけど大丈夫ですか?」

 

「あ……うん。この曲は弾いたことあるから大丈夫!」

 

 わ、私が人とちゃんとお話できてる。うぇへへ……あり得ないほどいい夢だ。次の演奏も頑張ろう。とっておきの背ギターとか歯ギターとかしたら盛り上がるかな? 夢なら練習中でまだ出来ないアンジェロラッシュも出来るかも。

 

 そんなことを考えながら、しばらく前島くんと一緒に演奏していてふと閃いた。

 

(――これが夢なら本気で思えば、思った通りの夢が見られるのでは!?)

 

 その考えが頭をよぎった瞬間、私は目を閉じてギターを弾きつつ全力で自分に都合がいい夢を想像し始めた。

 

 うおおおお、今の私は文化祭でイケメン陽キャの彼ぴっぴとライブする女! 会場の国立競技場を観客で埋め尽くし、卓越したギターテクとクールな歌声で全てを虜にするバンドマン!! ドラゴ○フォースの『thr○ugh the fire and flames』で完璧なギターソロを一人でやりきってライブのオーチューブ生配信で同接一億を叩き出す超スーパーギタリストォ!!!

 

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

 

「「「ひーとーり! ひーとーり!」」」

 

 目を開けると、観客のひとりコールが会場を揺れ動かしていた。音が目に見えるならば、国立競技場という火口から歓声がマグマのように噴出して夜天を染め上げる様が目にできただろう。

 

 かつては世界各地で神の怒りとも考えられ、古くは日本書紀にも我々のご先祖様の畏れが記録されている噴火。科学技術が発達した現代でもその神威を防ぐ術を人類は持たない。例えば今、熊本の阿蘇山が噴火すれば一時間足らずで九州は人が生存できる環境でなくなるという説さえある。

 

『そんなものを連想してしまうような熱量の前では、たった一人のギタリストではどうしようもないのでは?』

 

 こんなセリフは、(後藤ひとり)を知らない人間しか口にできないだろう。

 

 会場いっぱいに収められた六万人の歓声と、配信越しに全国二億四千万の視線がたった一人に向けられている。常人では耐えられず白目をむいて口から暗緑色のヘドロ液を垂れ流し、ましてやコミュ障陰キャぼっちならたちまちの内に塵となって風に遊ばれて見えなくなってしまうだろう。

 

 私?

 

 ――無論、そんな醜態は晒さない。私に晒す醜態はない。

 

 一歩前に進んでスポットライトにその身を晒し、スタンドに設置されたマイクを手にする。それだけで、会場に――否、日本に静寂が降りた。張り詰めた弦を思わせるような静けさと緊張感に全国が包まれる。野生動物や昆虫、水生生物でさえもその雰囲気を感じ取り、何事かと息を潜めた。今ここにいる観客も、画面越しの視聴者も、空に瞬く星々でさえ、誰もが私の一挙手一投足、一呼吸、瞬き一つさえ見逃すまいとしている。

 

 それも当然だろう。今、この世界を支配するのはステージ上の私だ。今なら何でも弾いて歌えそうな心地さえしてくる。

 

 ふと、以前の私を思い出す。かつては陰キャコミュ障ぼっちで、家族以外の人とはまともに会話も出来なかった。そんな私に「今の私はこんな大きな舞台でライブをしているよ」と伝えたらどんな反応をするだろう。

 

 きっと「そんなの私なんかに出来るわけない」と言う。その舞台を想像しただけであまりの恐怖に膝が笑って腰が砕けて白目を剥きつつ泡を噴いてしまうだろう。でも、今の私なら大丈夫。だって、ここにいるのは超スーパーギタリストの後藤ひとりなのだ。だから……。

 

「――怖いことなんて、何もないっ!」

 

 会場いっぱいのマグマのような熱量全てを動力源にして、ギュイーン、とギターを掻き鳴らす。それを皮切りに始まる演奏に、至高のギターとボーカルを重ねる。天にも昇るような至上の演奏で、私はライブを無事に終えるのだった。

 

 

 

 国立競技場ライブ後、私は学校の校長先生が座るような革張りの高そうな椅子に座ってインタビューを受けていた。メディアの人たちがパシャパシャとカメラのフラッシュを焚く様子がサングラス越しに視界に入る。

 

「今回のライブは大成功でしたね!」

 

「でしたね。これも見に来てくれた皆さんのおかげです」

 

「なんて謙虚な姿勢なんだ……!」「すごいなー、憧れちゃうなー」

 

 超スーパーギタリストと呼称されるほどの大人物の謙虚な姿勢に全員がざわめく。

 

(私にとっては普通のこと、なんだけどな――(笑))

 

 そう考えつつ私は後ろ髪を腕でファサっとかき上げる。その瞬間、カメラのフラッシュが星々のように瞬き私の姿をレンズに収めた。

 

「今回のライブ次第でワールドツアーや人間国宝認定が検討されるとの噂がありましたが、ライブ中にそのようなことは意識されましたか!?」

 

 その質問に私はふっと苦笑を漏らす。

 

「いやあ……アウトオブ眼中でしたね。――ロッカー、ハヴ、ノーフューチャー。今やってるライブのことしか考えてませんでした」

 

 そう答えながら、私はペットのフラミンゴの顎を指先でなでる。懐から出したレモンを丸かじりし、表情を欠片もゆがませない私の姿に「"""カリスマ"""とはこういうことなのか」とメディアの人たちは慄きの表情を浮かべていた――。

 

 

 ###

 

 

「えっと、後藤さん、スポーツ飲料とかゼリー飲料とか色々買ってきたよ」

 

 その声でベッドに横になっていた彼女は目を開いた。

 

「知らない天井だ……」

 

 そうこぼす後藤さんは俺の部屋の天井をぼーっと見つめている。その頬は熱で真っ赤に染まっていて、額には冷却ジェルシートが貼ってある。

 

 俺と後藤さんは、時間を忘れて夜が明けるまで演奏を続けた。結果、ご飯も食べず雨に打たれていた彼女は風邪を引いて倒れてしまったのだ。

 

 その後、慌てつつも必死に彼女をベッドに寝かせて、最寄りのコンビニで飲食物やかぜ薬を買って帰ったところである。

 

「喉は渇いてない?」

 

 そう言って買ってきたスポーツ飲料をレジ袋から取り出す。熱のせいか夢うつつな様子の彼女は素直にペットボトルを受け取って、上半身を起こしその中身をコクコクと嚥下した。

 

 後藤さんがペットボトルのフチから唇を離して一息ついたところで口を開く。

 

「本当にごめん。雨に打たれてたんだからちゃんと休ませてあげるべきだった」

 

 そう言って俺は頭を下げた。

 

「あ、き、気にしないでください。あの、私も夢だーって思っちゃってたし……そ、それに、私も楽しかったですから」

 

「えっと……うん、わかった」

 

 気にしないでほしいと言う彼女はアワアワと顔と視線をあちこちに向けて傍目から見てかわいそうなほど慌てていた。これ以上謝罪を重ねるのはむしろ彼女に悪いと考えて話を変える。

 

「えーっと、今日の学校なんだけど後藤さんは風邪がキツそうだし行かない方がいいかな」

 

「あっはい……き、今日は無理そうなんで休んでます」

 

 そう答えつつも後藤さんは熱のせいかどこかぼんやりとしていた。上半身を起こしてるだけでもつらそうなので彼女に再び横になってもらう。間を置かずにそのまま寝息を立て始めた。

 

 買ってきた飲み物やゼリー飲料を側に置いておく。その側に「自分は学校に行くこと」や「かぜ薬などを買っておいたので飲んでおくこと」といった後藤さんへのメモ書きを残しておいた。

 

 玄関から出て、ドアを閉めて、深呼吸を一つする。

 

「……夢じゃなかったんだけど」

 

 後藤さんが眠る俺の部屋の窓を一瞥して、学校に行くために家を後にする。

 

 登校しながら、徹夜明けのぼんやりした頭で後藤さんについて色々なことを考えた。「なんで承認欲求モンスターになって行き倒れてたのかな?」とか「昨夜、途中で後藤さんも歌ってたけど素朴な感じで好きな歌声だったな」とか「後藤さんは休みって伝えた方がいいかな? でも接点がない俺が言うのもおかしいか?」とか。

 

 そんなことを考えながら登校してたらすぐに学校へついた。時間を忘れて演奏していたこともあってもう始業ギリギリだ。

 

 下駄箱に靴を入れて上履きに履き替えて、朝のホームルームに間に合うようにと早足で移動し始める。徹夜明けかつ早足での移動だったからか、下駄箱の陰から急に現れた女子生徒に反応できずぶつかってしまった。

 

「あっ、ご、ごめっ……!?」

 

「え"うっ」と悲鳴を上げて尻もちをついた女子生徒に謝ろうとする。しかしその言葉は形にならなかった。

 

 彼女は、ピンクの前髪の隙間からこちらを伺うようにスカイブルーの視線を向けてくる。しかし目が合ったせいか光の速さで斜め下に視線が逸れた。奇しくもそれは昨日の後藤さんと同じ反応だ。

 

 上下ピンクジャージに学校指定のスカートを履いた、水色と黄色のキューブが二つの髪飾りをした女の子。この学校には彼女の他にそんな格好の生徒はいるはずがなくて。

 

「え、あっ、す、すいませんでした!」

 

 そう言って素早く立ち上がった彼女はぴゅーっと教室に駆けていく。

 

 後藤さんは風邪を引いて家で寝てるのでここにはいるはずがない。しかし、彼女は体調不良など感じさせない元気な様子で目の前にいた。

 

 去りゆく彼女の背を目で追いつつも、俺の頭の中は困惑で真っ白になっていた。




「えっと、次回【#2 これからの「ぼっち」の話をしよう】、見てください」
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