承認欲求モンスターを拾った件について   作:わかささ

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たくさんいただいた感想やここすきを度々ながめて、ぼっちちゃんが自分の動画のコメント欄を見てる時のようにとろけて執筆の気力を回復させていました。お気に入りや評価、誤字報告と併せて、いつもありがとうございます。

ベースはクロマチックスケールっていうのを多めにやっててだいぶ指が動くようになってきました。音は半分くらいの確率でちゃんと鳴らせるって感じです。音を鳴らすの楽しい。感想と併せてアドバイスしてくれた方もありがとうございます。


#2 これからの「ぼっち」の話をしよう
#2-1 後藤さんズ


 壁時計の秒針の音がチッ、チッ、とやけに大きく聞こえる。昨日もこんな場面が会った気がするな?

 

 今、俺と彼女たちは前島家のリビングでテーブルを挟んで対面していた。テーブルの上ではお茶が入ったグラスが四つ、シンと佇んでいる。空気が重くてはたから見れば修羅場に見えるんじゃなかろうか。

 俺の正面には黒ジャージを着た後藤さん――額に冷却ジェルシートを未だ貼っているが顔は紅潮しておらず、風邪はだいぶ良くなった様子だ――が、困惑の表情で俺や他二名の様子を伺いながらソワソワした様子で座っている。その隣には同じような様子で、ピンクのジャージに身を包んだ女の子がどこかきまりが悪そうに座っている。今朝、俺が学校でぶつかってしまった方の後藤さんだ。

 そしてその正面、つまり俺の隣にはまるでこれから神父に罪を告白するかのように身を縮こませて固くなっている――

 

「ごめんなさいっ、後藤さん! 全部私のせいだわー!」

 

 喜多郁代さんがいて。彼女は両手を合わせて勢い良く頭を下げた。

 

 

 

 時は今日のお昼に遡る。今朝、後藤さんとぶつかってから俺は教室でずっと頭を悩ませていた。

 

(なんで後藤さんが学校にいるの? 今朝は眠るところを見て家を出たから俺より早くは登校できないはず。いや、登校できたとしても学校で見た後藤さんは健康そのもので風邪を引いてる様子は全然なかったし……)

 

「いや、ホントにどういうことなんだ……?」

 

「何が『どういうこと』なの、前島くん?」

 

「ズェアッ!? ……き、喜多さん? どうしたの?」

 

 自分の世界に入り込んでいたせいで、急に喜多さんに声をかけられてビックリした。その喜多さんはニコニコとこちらの顔を覗き込んでいる。

 

「いえ、前島くんの方こそ何か悩み事でもあるのかなって。しかめっ面で机の周りをグルグル歩き回ったり、頭を抱えてブリッジみたいにのけぞったり、かと思えば教室のすみっコで膝を抱えて座り込んだりしてたから」

 

「へっ!? そ、そんなことを……!?」

 

 辺りを見渡せば教室のみんながチラチラとこちらを伺っていた。不審な行動をしていたクラスメイトに不安を抱いていただろうと容易に想像できて罪悪感が募り、彼ら彼女らに謝罪する。それを見たみんなは笑みを向けたり手をひらひら振ったりして「気にするな」と伝えてくれた。うう、その優しさが身にしみる。

 

「無自覚だったのね……」

 

 喜多さんには呆れたように苦笑され、羞恥に思わず視線が斜め下に向いてしまう。

 

「ねえ、前島くん。もしよければ何があったか私に話してみない? 力になれるかはわからないけど、話すだけでも楽になるかもしれないし」

 

 そういう喜多さんはこちらを気遣うように、木漏れ日のような柔らかい笑みを浮かべていた。

 

 

 

「――って感じで実は今、俺の家に後藤さんがいるはずなのに学校でも後藤さんを見かけて、何がどうなってるのかわからなくて朝から頭を抱えてて……って喜多さん!? とんでもない勢いで汗かいてるけど大丈夫!??」

 

 結局、俺は昨日後藤さんを拾ってからの出来事を全部喜多さんに話した。話し終わって喜多さんの顔を見たら彼女の笑みは岩のようにこわばってしまってどっと汗が流れていて思わずうろたえる。

 

「い、いえ大丈夫よ前島くん! いや、あまり大丈夫じゃないかもだけど……!」

 

 忙しなくあっちを向いたりこっちを向いたりしていた喜多さんだったが、深呼吸を一つして覚悟を決めたかのようにこちらに向き直る。

 

「その、今日の放課後、前島くんの家にお邪魔してもいいかしら? 後藤さんと一緒に」

 

 そう言って彼女はずい、と距離を詰めた。顔が近くて思わずうろたえてしまう。お日様のようないい匂いがふわりと鼻孔をくすぐって体が硬くなる。

 

「そ、それは大丈夫だけど……その、なんでかな?」

 

「ええ。後藤さんが二人いる原因に心当たりがあるの」

 

「きっとアレのせいだわ」と呟き、喜多さんはアー写当日に何が会ったのかを話し始めた。

 

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

 

 その時、後藤さんは地面に仰向けにひっくり返っていて、コンクリの上で夏の日差しに灼かれるミミズのように苦しんでいた。喜多さんのキラキラした写真でいっぱいのイソスタを見せられて青春コンプレックスが発動してしまったためである。

 そんな後藤さんに対して、

 

「ぼっちちゃんもイソスタ始めてみたら~? SNS大臣もそう思うでしょ?」

 

「ぜひ! 友達になりましょう? バンド活動していくなら、メンバー個人のアカウントあった方がいいと思うし」

 

 と、伊地知虹夏さんと喜多さんが声をかける。二人にとってはなんでもないようなことなのだろう。だけど後藤ひとりという生き物にとって、それは王水のように暴力的に心を溶かす劇毒だった。

 SNSを勧められた後藤さんが電車の急ブレーキのような甲高い悲鳴を上げ始める。さらにその全身がバグったゲームの画面みたいにノイズ混じりに歪み始めた。

 

「キィ"ィ"ィ"ィ"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!? ウマレテシマウ……承認欲求モンスター……!」

 

「ご、後藤さん!? SNSはもういいから戻ってきてー!」

 

 その尋常じゃない様子に喜多さんは思わずそう呼びかけ、その声が聞こえたのか無事に後藤さんは正気に戻った。その後は何事もなかったかのようにアー写撮影を再開した結束バンド一行。

 問題はこの後、撮影場所を探してる途中の会話で起きたらしい。

 

「残念だけど後藤さんがSNSしたくないなら無理強いはできないわよね」

 

「あっはい……すいません」

 

「いいのよ気にしなくて! あっそうだ」

 

 そう言って喜多さんはスマホをタプタプと操作する。後藤さんが見せられた画面にはトゥイッターの一ツイートが表示されていた。

 

「ほらこれ! 私の友達なんだけどトゥイッターにベースの演奏してみた動画を上げてるのよ」

 

 上手だから聴いてみて、という喜多さんの声は後藤さんの耳に入っていなかった。代わりに四桁超のリツイート数、五桁超のいいね数、表示件数に至っては五十万を超え、三桁超のリプライでたくさんチヤホヤされている演奏動画が後藤さんの視界に飛び込んで来てその目がギン、と血走る。

 

「あっ……あアァ"……!」

 

 一度は収まった後藤さんの承認欲求衝動が再び暴れだす。その衝動は後藤さんの体をゆがめてひずめて捻じってひしゃいで――。

 

「ア"!?」

 

 もがき苦しむような断末魔を上げた直後、後藤さんの全身がバチュンッ、と弾けてバラバラになってしまった。

 

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

 

 場面は前島家のリビングに戻る。お昼にしてもらったアー写の時の出来事を、後藤さんに伝えるために再び喜多さんに話してもらっていた。

 

「その後は弾けた後藤さんをみんなで回収して元に戻したの。見つけた分は全部混ぜ合わせたけど体積が少し小さくなっていたのよね。だから近くのサイクルショップで空気入れを借りて元の大きさに膨らませたんだけど……きっと、集めきれなかったパーツがあったんだわ」

 

「その回収できなかったパーツがこっちの後藤さんなのかも……。俺が後藤さんを見つけた時は小さくて膝くらいの高さしかなかったし。ご飯を食べさせてお風呂に入れたら今の大きさに戻ったんだ」

 

「あっ、そういえばお風呂に最初に入った時は浴槽にお湯がいっぱいだったんですけど、しばらく浸かってたら体が元の大きさに戻っててお湯も二、三割くらい減ってました」

 

「お湯を吸収して元に戻った……ってことかしら」

 

「人体の五分の三は水だっていうし……そう、かも? たぶん……」

 

 この時、俺と喜多さんは視線を交わしただけで互いに同じ感情を抱いたと思う。すげえな……後藤さんホントに人間か? と。

 ついでに気になったことがあったので、イヤな予感がしつつも喜多さんに一つ質問した。

 

「……ちなみに喜多さん。その時の動画ってもしかして俺の?」

 

「あっうん、前島くんの動画よ。SNSを始めなくても、見るだけでも楽しいわよねって思って」

 

 ああああ、そんな気はしてたけどやっぱり! 間接的とはいえ俺が原因じゃん……! なるべく結束バンドとは関わらないつもりだったのにバタフライがエフェクトしてる!

 こんな大変な事態を招いてしまって申し訳なさを覚えた俺は、できる限り後藤さんが元に戻れるように力になろうと心に決めるのだった。

 

 話をまとめると、俺がトゥイッターに上げた動画が原因で後藤さんの承認欲求を刺激されて、今回の事態を引き起こしてしまったということになるのだろう。

 

 

「うーん、これからどうする? こっちの後藤さんをこのままにしておくわけにもいかないわよね」

 

「あっはい、できれば早めに元に戻りたいです」

 

「ま、前島くんにお世話になり続けるのも申し訳ないですし……」

 

「そうだね。しばらくは大丈夫だけど、流石に長い間家に置いておくのは難しいかな」

 

 このまま放っておくわけにもいかないし元に戻るべき、という意見で満場一致になった。そして話は『どうやって元に戻るのか?』にシフトする。

 

「物理的にくっつけたら戻れないかしら?」

 

「試しに後藤さんと後藤さんでくっついてみる?」

 

「「あっはい……」」

 

 触れ合っただけで簡単に一つになれるとは思わないが一度試すことを提案する。立ち上がった後藤さんズがためらいがちに手を繋いだ。二人共俯いて目を合わせず、繋いだ手の辺りに視線を落としている。

 

「もっと思い切りくっついた方が良くないかしら? ほら後藤さん!」

 

「「あっ、はいぃ!?」」

 

 そういうと喜多さんは後藤さんズの背を押して、二人をより密着させようとする。勢いが少し強かったせいか互いに抱きつくような形になった。片方の後藤さんはバランスを崩して相手の方に半ば倒れかかるような体勢だ。もう片方の後藤さんは慌てつつも相手が倒れないようにと腰に手を回してぎゅっと彼女を抱き留める。

 

「だ、大丈夫?」

 

「あっ……う、うん」

 

 あっちょっと待って、これ……あっ無理、絵面が良すぎる。ぼっち×ぼっちもありだな……。俺、二人を眺める観葉植物になります。二人に注視しすぎたせいか、喜多さんが「強く押しすぎたわ、ごめんね」と謝る声もどこか遠くで聞こえていた。

 くっついた後藤さんズはスンスンと鼻を動かして、二人とも顔をしかめた。片方は風邪を引いてずっと寝てたから汗臭くて、もう片方は押入れに住んでるので防虫剤のニオイがしたからだと思われる。

 

 しばらくそのままの体勢だったが特に変化はなくて。また、アー写の時みたいに分裂させてくっつけても、もし体積や体重が二倍になったらどうやって元に戻すかの結論が出なかったため、物理的にくっつける案は保留になった。

 

 

「むむむ……物理的にくっつけるのがダメならどうすればいいかしら?」

 

 その言葉に、ふと思いついた風を装って案を一つ口に言葉にする。

 

「そういえば、最初に小さい後藤さんに会った時、『いいねくれ~』って言ってたんだ。弾ける直前もバズった動画を見てたし、もしかしたらいいねを沢山もらえたら元に戻れるんじゃない?」

 

 ちょっとメタ読みっぽいというか、前世知識にはなるけれど。原作では後藤さんの前に承認欲求を満たす手段が表れたりチヤホヤされて承認欲求が満たされた時に承認欲求モンスターが描写されることがあった。今回承認欲求モンスターが現れたのも承認欲求を満たしたくてっぽいので、いい感じにチヤホヤすれば満足して元に戻るんじゃないか? という考えだ。

 

「うーん、本当にいいねをたくさんもらっただけで元に戻れるのかしら?」

 

 その案に対して喜多さんは懐疑的だ。まあ、俺が逆の立場でも疑うだろうし仕方ないと思う。

 

「試しにやってみる? いいねじゃなくてチヤホヤって感じだけど」

 

 そう言って俺は口に両手を添えてメガホンの形にして黒ジャージの後藤さんを褒めてみた。

 

「昨日セッションした時、後藤さんギターめちゃくちゃ上手かったよ! すごいカッコよかった!」

 

「あっ……いやぁデュフヘヘヘ、そんなあ」

 

「やっぱり後藤さんすぐ顔に出るわねー。……って後藤さんちょっと透けてる!? 髪の毛のさきっぽの方が透けてるわ!」

 

 その声を聞いて黒ジャージの後藤さんの髪の毛の先に視線を向ける。喜多さんが言う通り、毛先数センチが向こう側が見えるくらいに透けていた。

 喜多さんは慌てて後藤さんの肩をつかんでブンブンと揺する。

 

「ちょ、ちょっと後藤さん大丈夫それ!??」

 

「んはっ!? ……あっ、褒められてふにゃふにゃになってる黒ジャージの私の横顔が今ちょっとだけ見えてました」

 

「え、ホントに!? 位置的にピンクジャージの後藤さんと同じ視界だったってこと?」

 

「あっ、た、多分そうだと思います。私がさっき見てたのと一緒なので……」

 

 マジかぁ……。自分で提案しといてなんだけど「ホントにこんなんで元に戻れるの?」とは思った。だけど、どんなに非現実的だろうと戻れるならそれに越したことはないだろう。そもそも分裂してるこの事態がすでに非現実的だし。

 それに俺が上げた動画がきっかけでこんな大変なことになっているんだ。それを解決する一助にくらいならなければいけないと思う。

 喜多さんの方に目を向けると視線が合う。互いに考えていたことが同じだからか、同時にうなずきあった。

 

 ――そう、後藤さんチヤホヤ祭りの開幕である。

 

「後藤さんの弾くギターが素晴らしすぎる! その歌うようなギタービブラートが最高に耳に心地いい! 死ぬまでずっと聴いてたい!」

 

「後藤さんって前髪に隠れてるけど実は顔がカッコよくて素敵だわ! それに難しくてすぐギターを諦めそうになる私に根気よく教えてくれてすごく感謝してる! いつもありがとう! 最高のギターの先生よ!」

 

「えっ、あっ、おっお前が人間国宝っ!」

 

「ふ、ふああっ……!? え、えへへ~も~、そんなことあるかもですけど~……?」

 

 急に多量のチヤホヤを摂取した後藤さんの表情がふにゃっと緩む。加えて褒められる度に後藤さんの髪の先からじわじわと透明な部分が広がっていく。この方向性で間違ってないと確信を得た俺たちは手持ちの語彙力を総動員して後藤さんの色んなところを褒め称えた。地球のみんな! 後藤さんにチヤホヤを可能なかぎり与えてくれ! たのむ!

 

 

 ……しかしその後、三十分ほどチヤホヤするが結局は元に戻れなかった。あとに残ったのはたくさん褒められて完全に表情がとろけきった黒ジャージ後藤さんと、褒め疲れて床に這いつくばる喜多さんとピンクジャージ後藤さんと俺だけだ。

 

「くっ……もう褒め言葉のレパートリーがない……!」

 

「類語辞典を開いて『カッコいい』とかの類語を片っ端から使ったのに……これで足りないなら口でチヤホヤするだけじゃダメなのかしら……」

 

 喜多さんのその言葉を聞いて少し考える。これ以上にチヤホヤされるならやっぱり……。

 

「オーチューブとかの動画サイトやトゥイッターやイソスタとかのSNSに演奏動画を上げて数字を稼ぐ感じになるのかな。……あとは路上ライブするとか」

 

「えっ!??」とひときわ大きい声を上げたのは黒ジャージの後藤さんだ。褒められてとろけて半分粘液化していた彼女の総身がビシッと硬直する。

 

「ライブをやったことはないけど、ネット上の相手にいいね貰うのと目の前の観客にチヤホヤされるのじゃ全然違うはずだし」

 

「「そ、それは確かに……」」と口にしたのはライブを経験したことのある後藤さんズ。

 

 喜多さんがポンと手を打つ。その頭上では豆電球がキターンと輝いていた。

 

「あっ、じゃあライブハウスでライブするのはどうかしら!?」

 

 路上ライブもいいけどライブハウスの方が盛り上がるわよね、と喜多さんが続ける。

 

「確かに。……ああ、でもライブハウスは一つ問題があるんだ」

 

「問題? あっドラムがいないわよね」

 

「それもあるけどもっと切実な問題かな。……お金が、ないです」

 

「あっ……」

 

 俺が自由に出来るお金は、両親から月々振り込まれるお小遣い含む生活費と、毎年のお年玉を貯金した分くらいだ。動画サイトの広告収入もあるにはあるが、高校生が持つには大金なので親が管理する広告収入用の口座にあり、これには手を付けられない。

 

 例えば、原作では結束バンドは初ライブのために四人で四万円をバイトで貯めていた。黒ジャージの方の後藤さんはSTARRYでバイトすることは出来ないし、他にバイトをするにしても極度の人見知りのため難しいはず。ピンクジャージの後藤さんも喜多さんも結束バンドでライブするためにバイトしているので余裕はないだろう。このため、ライブハウスでライブするなら俺一人で四万円くらい準備しなければならないが、お小遣いでは賄えないしライブ二回分でお年玉貯金も消し飛ぶ。

 それを乗り越えてライブしても現状まったくの無名なので集客できない。例えばこれからすぐライブしても後藤さんが満たされる程の観客数にはならない可能性の方が高いと思う。

 

「――というわけで、全くライブが出来ないわけじゃないけど、現状はリターンが釣り合わないって思うんだ。えっと、だからもしライブをやるとしたら、まずはネットに弾いてみた動画を上げたり路上ライブしてファンを増やす。それで集客が見込めるようになってからライブするのがいいと思う。まあライブするならの話で、できれば動画投稿と路上ライブで後藤さんが満たされるのが理想だけど……」

 

 必要な時に身銭を切るつもりはあるけど、いざという時のために出来るだけ取っておきたい。高校生に四万円はでか過ぎる。

 

「あっ、その……さ、さすがにライブ代も出してもらうのは悪いので、その……」

 

「ど、動画投稿でお願いします……!」

 

 と、ピンクジャージ後藤さんと黒ジャージ後藤さんはお金を出してもらうのは悪いのでとライブを断った。さりげなく路上ライブを口にしていないのはわざとかしら?

 

「あれ? 路上ライブは?」

 

 そう言って喜多さんは小首を傾げる。こういうポーズを飾り気がなく自然にかわいくできるのはなんというか、喜多さんならではだと思う。

 一方、喜多さんから指摘を受けた黒ジャージの後藤さんはビクッと体を震わせる。視線を斜め下にスーッと逸らして、唇を固く結んだその表情はこわばっている。やがて、ゆっくりと目をつむってわなわなと身震いしながらも振り絞るように言葉を発した。

 

「……はい、路上ライブも、がんばります……っ」

 

 そう言う彼女の顔は土気色になり、まるでこれから屠殺場に連れて行かれる家畜のようにふるふると体が震えていた。その様子から一人で路上ライブしているところを想像して絶望していることが容易にわかる。

 ピンクジャージの後藤さんはその様子を見て「一人で路上ライブするのが私じゃなくてよかった」と言わんばかりの安堵のため息を吐いて、直後「助けられなくてごめん、もう一人の私……!」といった神妙な顔で自身の無力を噛み締めていた。

 

 

 ……流石に後藤さん一人で路上ライブさせるのは酷だろう。力になるならここかなと考えて口を開く。

 

「ライブ代の代わりにってわけじゃないけど、俺もベースボーカルとして手伝わせてもらってもいいかな? 動画も路上ライブもベースとボーカルがあった方が演奏に幅が出るし」

 

 その言葉を聞いた後藤さんはバッと顔を上げてぽかんとした表情でこちらを見つめてくる。

 

「あっ、はい! よ、よろしくお願いします……!」

 

 一人で路上ライブしなくていいとわかったからか、後藤さんの顔に生気が戻ってへにゃ、と表情がやわらぐ。安堵に満たされた瞳で見つめられて思わず(俺が守護らねば……)と庇護欲を掻き立てられてしまった。なんというか、普段はこんなにかわいいのに演奏してる時はカッコいいんだよな。ギャップで情緒が乱されちゃうな……。

 

 喋りすぎて喉が渇いたのでお茶を一口飲む。ドラムが足りないが、必要ならば家にあるパソコンを使って打ち込み音源を用意できるため大丈夫だろう。

 

 というわけで、後藤さんの承認欲求を満たして元に戻す方針でこれから行動することになった。俺はグラスをテーブルに置いて、最後の議題を口にする。

 

「あとは黒ジャージの後藤さんが住む場所の話になるかな」

 

「あっはい……り、理想は実家に戻ることですけど……ま、前島くん家にこのままいると迷惑でしょうし」

 

 黒ジャージの後藤さんが言った通り、理想は彼女が後藤家に戻れることだ。このまま前島家に居ても生活費的にはなんとかなるだろうが、慣れない場所での生活は彼女のストレスも大きいだろう。

 しかし……

 

「うーん、こっちの後藤さんも『後藤ひとり』さんだって信じてもらえるかわからないわよね」

 

「後藤さんのご家族からしたら急に家族が二人に増えるわけだし……事情を知ってる人じゃないと信じるのは難しいかもしれないかな」

 

「あっはい……そ、そうですよね」

 

 黒ジャージの後藤さん自身もわかっていたのだろうが、それでも元に戻るまでは家に帰れないだろうと聞いてショボンとする。

 

「これまで通り前島くんの家に寝泊まりするのがいいんじゃないかしら? 確かおば様は今おじ様のところに行ってるのよね」

 

「ああ、うん。向こう半年くらい父さんのとこで過ごすって言ってたかな」

 

 今はこの家に両親がいない。父は海外の大学で准教授をやっててそっちに住んでいる。母は俺の高校進学を機にしばらく父の元で過ごすと先週から出国しているのだ。

 そんなわけで、後藤さんさえよければ家に居候させるのはやぶさかではないのだが。

 

「でも会ったばかりの男と二人きりは後藤さんが不安じゃない? 喜多さんの家に……はご両親がいるから無理かな」

 

「そうね、流石に後藤さんのことを説明できる気も隠し通せる気もしないわ……」

 

 でも、と喜多さんは言葉を続ける。

 

「前島くんとは別に二人きりでも大丈夫だと思うわ」

 

「え、なんで?」

 

「えい」

 

 喜多さんが不意に俺の手を握る。予想外の接触に体がビクッと硬直してしまう。スキンケアを欠かしていないからかその肌は絹のように滑らかで、かつ旬の果実のように瑞々しい。しかしその指先は彼女がギターと向き合った時間の分だけ固くなっていた。これら滑らかな部分と固い部分、二つの肌の感触は一見相反するもののように思えるが、どちらも喜多さんの努力の積み重ねで生まれたものだ。そう考えるとどちらも彼女の内面のキラキラした部分を具現化したもののように思えてくる。同時に、そんな宝石のように尊いものに俺なんかがこの手で触れるなんて、と背徳感のようなものが総身をつたってゾクッと体を震わせた。

 彼女の手のひらで手のひらを、指先で手首を微かに摩られる。そこで感じた彼女の肌の触り心地にドギマギしてしまい、顔が熱くなって頬がさくらんぼのように赤く染まる。「あ、う、えと……」と意味を成さない言葉が口から漏れて、三秒もたたないうちに酩酊したかのように目を回し、体から力が抜けてしまった。

 

「女性が苦手で触られるだけで腰が抜けて動けなくなってしまうのよね」とどこか霞みがかったように喜多さんの声が聞こえる。

 

「だから、前島くんからは後藤さんに何も出来ないから安心していいわよ。三秒くらい触れば動けなくなっちゃうから」

 

「アッ……アッアッアッ……」

 

 彼女の言う通り、俺はこの世に生まれてから異性に触れられることが極端に苦手になっていた。多分、前世で交際経験が全くなくて生きてるうちに女性への免疫がなくなってしまったからじゃないかな。まあ交際経験どころか異性と手を繋いだ経験すら前世ではロクに存在しませんでしたが……。

 ちなみに、この体質は中学の時の運動会で彼女にバレた。フォークダンスのペアが喜多さんで、手を繋いだ時に下半身が溶けて自重を支えきれず崩れ落ちてしまったのだ。崩れた時に跳ねた俺の飛沫が頬にぴちょ、とくっついた喜多さんは涙目になっていた。その節はマジでごめん……。

 俺は意識がおぼろげになりながらも喜多さんへの抗議の言葉を口にする。

 

「な、なんでバラすの……カッコ悪いから知られたくないって喜多さんは知ってるでしょ……」

 

「ごめんね前島くん。でもこうでもしないと後藤さんが不安になっちゃうでしょ?」

 

「あっ、えっと……じ、純情でかわいいと思いますよ……?」

 

「あ、わ、私も男の人と手を繋いだら前島くんとおんなじようになると思いますし……?」

 

「ふへへ……ご、後藤さんにもフォローされた……」

 

 どうせ前世は人生ぼっちちゃんでしたよーだ……。

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