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前島くんが喜多さんに手を握られて倒れた後、私が寝泊まりする部屋には引き続き前島くんの部屋を使わせてもらうことになった。内鍵が付いているし、流石にご両親の部屋に彼の一存で他人は入れられないためだ。
「そういえばさっきセッションしたって言ってたわよね? 私も後藤さんと前島くんの演奏聴いてみたいわ!」
「あっ、えっと、私も聴いてみたいです」
と、これからの話が一段落したところで喜多さんとピンクジャージの私が口にした。彼女たちは今日は結束バンドのスタジオ練習の日だったが、私が分裂する事件があったため断りの連絡を入れてこっちに来たらしい。私たちの演奏のついでに、帰るには少し早い時間だしと喜多さんたちもギター練習をしていくことになった。
前島くんがグラスを片付けてる間、私たちは防音室で演奏の準備をする。その間、喜多さんと前島くんの関係が気になったため少し質問してみた。
「あ、え、えっと。喜多さんは前島くんと友達なんですよね? 前島くんがベースを弾けることも知ってたんですか?」
「うん、中学の時からずっとクラスメイトで、話をしてるうちに自然と知ったの。演奏を聞かせてもらいにこの家にお邪魔したこともあるのよ」
でも、と喜多さんが少し唇を尖らせる。
「ベースとボーカルが出来るのに、前島くんはバンド組むことに興味がないみたいなのよね。もったいないと思わない?」
あんなに上手なのにねー、と喜多さんがぼやくのを聞きながら(確かに、あんなに上手ならきっとチヤホヤされるのになんでバンドを組みたがらないんだろう?)と私も不思議に思った。
――ギターのジャアーン、という音が防音室に響く。
適当なタイミングで指を滑らせて弦の振動を止めると、喜多さんともう一人の私がパチパチと拍手をした。
「すご~い! 感動~! やっぱり後藤さんも前島くんも上手いわね~」
「は、はいっ。よ、よかったです」
私と前島くんがセッションしてそれを喜多さんともう一人の私に聴いてもらってたところだ。
最初は(ちゃんと上手に演奏しなくちゃ……!)と考えて緊張してたけど、前のセッションと同じように前島くんに合わせてもらって少しずつ緊張が解けて、万全とは言えないけど及第点くらいの演奏はなんとか出来た、と思う。
ふと喜多さんの方を見ると、あごに手を当てて何か考えてる様子だった。
「うーん、結束バンドで練習してる時は今の後藤さんみたいな演奏が出来てないんだけどどうしてかしら?」
「あ、えーっと、演奏を人と合わせる経験が足りないからだと思う。実際、前にセッションした時も他の音と合わせるのに苦労していたっぽいし、今のもギターだけに集中してもらって俺がそれに合わせる感じだったから」
その前島くんの回答を聞いて、彼に無理やり私のギターに合わせさせてしまってたかと考えて反射的に謝った。
「あっ、ご、ごめんなさい。無理に合わせさせてしまって……」
「ああ、いやいや。それがイヤだってわけじゃないんだ」
前島くんは慌てたように手を左右に振ってそう口にした。
「後藤さんと何回かやって気づいたけど、俺って人に合わせるような演奏が得意っぽいんだよね。ベースがギターに合わせるのはどうなんだとも思うけど、これはこれでやってて楽しいし」
「あっ、えっと……た、確かに。まるでお手本通りな、どんな音でも合わせられそうなベースだなって思いました」
もう一人の私のその言葉の後、「でも、なんていうか、尖ったところがないっていうか……」という小さな呟きが続けて聞こえた。彼女は人に聞かせるつもりではなかったのだろうが、近くにいた私にはその言葉が耳に入る。確かにさっきの演奏はそんな感じだったなと納得して軽く首肯した。それと同時に先日セッションした時のベースがふと脳裏をよぎる。
(あれ? あの時は演奏に合わせて思わず体が動いてしまうようなベースだったけど、今のはそうじゃないような……?)
そう思って無意識に前島くんの顔を見る。その表情にはちょっとだけ陰が差していて、でもそれはすぐに消えた。ほんの僅かな間だけだったからか、喜多さんともう一人の私は気づかなかったみたいだ。
「あー、うん。だから『ギターなのにベースに合わせてもらうなんて』とか、あまり気にせず自由にやってほしいな。後藤さんのギター好きだし」
「あっ……うぇへへ、あ、ありがとうございます。自由にやります」
不意に褒められて思わず脳内がお祭り騒ぎになってしまう。ふと抱いた小さな疑問は、浮かれた気分に押し退けられて私の頭からこぼれ落ちていた。
「あっ、だからえっと、ピンクジャージの方の後藤さんもセッションを重ねたらすぐに実力が出せるんじゃないかな。あー……あとは人と接する練習とか? 人の目が苦手なのか一緒に演奏してて全然目が合わなかったし、それだと人の音に合わせにくいから人と接するのに慣れるのもいいかも」
「そうなのね……よしっ、セッションの方は練習で毎日付き合ってもらってるから、後藤さんのところに毎日お話に行くわね! 人と接する練習よ!」
「ま、毎日っ!? あっ……おっ、お手柔らかに、お願いします……!」
「あっ……が、がんばって、もう一人の私……!」
喜多さんにキタキタ輝く瞳を向けられて、ピンクジャージの私は顔が青ざめて若干白目を向いて小さく震えていた。一方の私は、毎日の会話イベントを回避できた安堵で顔がにやけていないか心配になりながらも、もう一人の私を応援する。
かつて虹夏ちゃんに「ぼっちちゃん会話を楽しもうよ……?」と言われるくらいには会話を楽しむことが苦手な私だ。ギターとかが絡む会話ならまだいいけど、毎日の雑談は会話デッキと精神力の消耗が激しすぎる。うう、死地に赴くあなたを見送ることしかできない私を許して、もう一人の私……。
その後は、喜多さんのギター練習にみんなで付き合ったり。
「コードはなんとか弾けるようになったけれど、歌いながら弾くのがまだ難しいのよね」
「え、えっと、やっぱり慣れだと思います。ギターが無意識に弾けるようになればだいぶ変わるかと」
「やっぱりそうよねー。ちなみに透くんはベースもボーカルもできるけど、どれくらいやってるの?」
「えーっと、じゅ……小学一年の時からベースに触ってたから九年くらいかな」
「えっ、すごーい! そんなに続けられるなんて努力家なのね~!」
「い、いやーあはは……(ぜ、前世も含めて十二年やって三年目の後藤さんくらいの実力だからあまり自慢できない……!)」
流行りの曲を私ともう一人の私と前島くんで演奏して喜多さんが歌ったり。
「まっ……前島くんって最近の曲もたくさん弾けてすごいですよね。や、やっぱり練習してるんですか?」
「あ、うん。つい覚えてる曲ばかり弾いてしまうから意識して新しい曲も覚えるようにしてるんだ。ていうか後藤さんも最近の曲ほとんど弾けてすごいよ」
「あっ、い、いやぁ~それほどでも……うぇへへへ」
「前島くん、最近の曲だけじゃなくて古い曲もたくさん弾けるのよね! 前に弾いてくれた『ひとり○っちじゃない』とか好きだったわ。私たちが生まれたばかりの頃のポ○モンの映画の曲なんだけど」
「うぐああっ!? あっ、あっあ"っ……(あれ? それそんなに昔だったっけ……?)」
「あっ前島くんが突然倒れてもがき苦しみながら足先からジワジワ溶けてる……って、後藤さんたちも仰向けになってビクビク震えながらショッキングピンクの泡を噴いてる!?」
「「あっ……あばばばば……(な、なんでそんなピンポイントに私に刺さるタイトルの曲を……)(『ひとり○っちじゃない』……? 私は
「……どうしよう、みんな死んじゃった……」
そんなこんなで、喜多さんともう一人の私が帰る時間になる。二人を見送るために玄関から外に出ると、地面や建物はオレンジ色に染まり日は沈みかけていた。もうすぐ夜が降りるんだ。
「喜多さん、後藤さんも、今日はありがとう。おかげでいろいろと助かったよ」
「あ、ありがとうございました」
「ううん、こちらこそギター練習させてくれてありがとう! 後藤さんのことで私に手伝えることがあったら何でも言ってね!」
「あっ……え、えっと。な、何かあったら私にも言ってください」
――またね、と玄関の前で別れの言葉を交わした後、喜多さんともう一人の私は並んで夕焼けの方に歩いていく。地面に落ちる二人の陰が連れ立って、楽しげにゆらゆら揺れながら私の足元から離れていった。
いつかどこかで見たような、子どもが友達と遊んだ後に「カラスが鳴くからまた明日」と別れて家路につく光景が思い浮かぶ。胸の奥が詰まるような感覚が、ほんのちょっぴりしたのだった。
その日の夜、前島くんの部屋のパソコンに私用のアカウント作ってもらった。今はそれを使ってオーチューブとトゥイッターのアカウントを作成している。ホントはイソスタのアカウントも作るつもりだったけど、陽キャの光が強すぎて目が潰れたのでそっちには手を出せていない。
「な、なんて名前にしよう。『guitarhero』は使えないし……。チヤホヤされるために作るアカウントなんだしそのまんま『承認欲求モンスター』とか? いや直球すぎるよね」
こういうアカウントとかゲームキャラの名付けって結構悩んでしまう。腕を組んであーでもないこーでもないと考えを巡らせる。
しばらくそうしていたらアイデアが一つ降りてきた。
(あっそうだ。『承認欲求モンスター』から『承認』を除いてちょっとイジって……よし)
アカウント情報を入力して、作成のボタンを押す。ディスプレイには『RockYouMonster』という名前のアカウントができたことを示す画面が映っていた。
(うん、け、結構カッコいいと思う……ふへ)
二人が帰ってから即席で撮って編集した弾いてみた動画をそのアカウントに上げながら小さく笑みを浮かべる。こんな大変な事態なのにちょっと不謹慎かもだけど、これから前島くんと……他の人と一緒にやる演奏がたくさんできるって考えるとなんだか少しワクワクした。
「あっ、じ、次回【#3 ライブをお通夜にしてやった】、です」