「モルフォ、ちょっとこっちに来てみぃ」
有馬記念を明日に控え、私は調教師さんに呼ばれて馬房を自ら出た。
「先輩!?」
「よぅ、元気だったか?」
「はい、先輩も一緒なんて、どうして……」
不思議に思う私の頭と顔に、何かをつける調教師さん。
あっ、と思った。
それは頭絡だった。
黄色と青が組合わさったおしゃれな……
「これは、ハーツクライが使ってた頭絡や。そして……」
「カノヤザクラっちゅう、現役中に亡くなってしもたスプリンターのものでもある」
独り言を言う調教師さん。
現役中にって……
「重賞三連覇がかかっててな、牝馬にしてはかなりの斤量を背負うことになった……今思えば、止めればよかったんやろな」
「例年より速いスピード決着だったせいかカノヤザクラは脱臼してそのまま……」
「ハーツクライは厩舎の先輩やったから、験担ぎとしてメンコと頭絡を譲って貰ってつけてたんや。本当はこれを受け継がせるつもりはなかった。けどな……」
「明日の有馬記念……モルフォのラストランになる。カノヤザクラとハーツクライの無念を、持っていって欲しい」
きっと彼は私にその言葉が届いてるなんて、思わないだろう。
でも、私は知ってしまった。
自分のためだけじゃなくて、他のもののために走ることを決めた。
先輩は、病気で引退せざるを得なかった。
カノヤザクラさんは、怪我をしてそのまま儚く散ってしまった。
二頭の無念と後悔を、関係者の願いを乗せて、私は勝たなくてはならない。
たとえ、オルフェーヴルがどんなに強くてもだ。
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2013年 12月22日
有馬記念
芝 2500メートル (良)
「……オルフェーヴル」
「ブルーモルフォか」
どことなく真剣な面持ちの彼は、私の今までとは違う雰囲気に気づいた。
「私さ、今まで自分のため、周りの期待に応えるために走ってたけど。」
「今日は、尊敬する先輩二頭と、私を大切にしてくれた、愛してくれた人たちのために、勝つよ」
まっすぐオルフェの瞳を見返すと、彼も驚くことに同じ気持ちを持ってることに気づく。
「空からでも、見えるように…………圧勝させて貰う」
「空からでも……そうだね、やれるものならやってみなさい」
もう言葉はいらない。
あとは走りで語るのみ。
『各馬スタートしました!』
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『おっと、これは………!逃げた!ブルーモルフォ逃げた!ぐんぐん差を広げていく、これは大逃げです!』
私は普通に逃げたことはあっても、大逃げというものをすることはなかった。
ただ、今回は別。
最速で、最大着差でゴールする……!
コンディションは今までのなかで最良、まるでようやく本格化したみたいだ。
やはり、後方にいるのは……オルフェーヴル。
虎視眈々と私の背中を狙っている。
だけど、手遅れにならないように、注意してね?
もう気づいたら届かないかもしれないから。
私はぐんぐんペースを上げて進んでいく。
確かにステイヤーと比べたら物足りないかもしれないが、私は3200までなら問題なく好走できるスタミナを持ってる。
そうそうバテるものか。
私は一番最初に向こう正面に入った。
3コーナーを回り、機は熟したと言わんばかりに、少しスピードを下げて脚を溜める。
直線に、入った。
「これが最後の鞭や!!」
「行くわよ行くわよ!!!」
一方的に差を広げていく、ソラなど使うものか、馬なりなんて許すものか。
届くように、みんなに、私の思いが……!
どんどん後続を突き放したが……瞬間、ゾッとした。
「喰ってやるっ……!!」
「ようやくお出ましね!」
ここまで差を広げた私を捕らえるのは苦だっただろう。
その暴力的な末脚で、私を捕らえたのだろう。
でも……私にはさらに上がある!!
「はああああ!!!」
キングジョージのときと同じ、何かがカチッとはまったような感覚がした瞬間に、大逃げしたのにも関わらず爆発的な脚を発揮する。
並ぼうとするオルフェーヴル、突き放そうとする私。
『あと200!!!』
「最後の……勝負だぁーーー!!!!」
まだ脚は残ってたのか、それともただのありきたりな執念か。
オルフェーヴルが、お前にだけは負けないと迫る、迫る。
並んだ、抜いた、抜き返した、抜いた、並んだ。
『あと100!!オルフェーヴル先頭……いやブルーモルフォか!?わからない………これは二頭だけの世界、マッチレースです!』
日を浴びた栗毛の馬体と青鹿毛の馬体が輝く。
それは一種の神話、伝説の光景。
お互い抜いたと思ったら抜き返し、並び、競り合う伝説のマッチレース。
それは二頭の戯れだった、でも死闘でもあった。
絶対に譲れないものを持った二頭はもう限界だ。
気力だけでカラダを動かしてると言っても過言ではない。
「私が勝つ!!!」
「俺が勝つ!!!」
同時に、ゴール板に雪崩れ込んだ。
『これは、どっちでしょうか。オルフェーヴルかブルーモルフォか!?僅かにブルーモルフォ体勢有利か?再びオルフェーヴルが差し返したか?』
『審議、一着と二着だけ決まりません。審議です』
『ああっ、今掲示板に出ました!一着は……』
一着 ブルーモルフォ
オルフェーヴル(同着)
『なんと、なんと同着ー!!有馬記念で同着は初です!これによりオルフェーヴルはG16勝、ブルーモルフォはG110勝です!!』
「え?」
「は?」
え、同着……?
つまりどっちも一番ってこと?
エ、エ、ナニコレ。
「……取り敢えずさ、オルフェーヴル。言っておきたいことがあるんだけどね」
「私、こんなに走るのが楽しいとは思わなかった。ありがとう、オルフェーヴル。」
そう言って微笑むと、オルフェーヴルは真っ赤になっていた。
かわいいな。
「いや、俺も……アンタに会えて良かった」
「そっか……よし、折角勝者は二頭なんだから一緒にウイニングランしよっか。」
観客は興奮し、何度も「オルフェ!モルフォ!」と熱烈にコールしている。
「でも、もしまた走ることができたなら」
「そのときは今度こそ、決着をつけようか」