『夜兎』
茶吉尼・辰羅と並び称される宇宙三大傭兵部族の一角。
戦いを好む種族で、数々の星を潰し、一撃で軍勢すら吹き飛ばし、その超人的な身体能力を駆使し戦闘する。外見は地球人と遜色ないが、透き通るような白い肌と怪力、傷の治りの早さが主な特徴だ。
弱点は直射日光を浴びると弱ってしまう体質。
生活環境によって、その耐性は左右され、多少の日光なら平気な者。ほんの少しの日光で著しく衰弱した者がいる。
以上が主な夜兎の簡単な概要である。
そう。本当なら地球人ごときに負ける要素は無いんよ……
「はぁはぁ………」
「はは、もう限界か?」
ここは、高町さん家にある剣道の道場。
もう恒例となってしまった高町恭也さんとの地獄特訓の数々。最初は優しくしてくれるだろ、だって俺は幼稚園児だから!とタカを括っていたのは大きな間違いだった。その……なんていうか、想像の5倍くらい練習メニューが俺の為に組まれてたんです。え?ここは全国目指してる剣道部ですか?って心の中で愚痴ってた。
この鬼いちゃん(恭也さん)人間が潰れるか潰れないかのギリギリのラインを心得てるし。
「晴人、逃げるだけじゃ駄目だぞ?」
で、ついさっきまで試合をやったんだけどさ、うん無理⭐︎
夜兎の身体能力をフル活用しても、全然勝ち筋が見えん♤
痛いの嫌だから竹刀で打たれないように身勝手の極意(偽)を発動♡
でも、最後には壁際に追い詰められて防戦一方なるの…………
あまりにも勧誘がしつこかったから、一回だけって思った過去の自分をブチ殺してやりたい。
おかげで週に3日くらい地獄を見る羽目になっちゃっただろうがぁああああ!!
「あ、また晴人くんに無茶させてる」
「美由希」
「はぁはぁ……こ、こんちは〜」
苦節、1時間と22分と数秒。
漸く地獄が終わりを告げたようだ。
この人は高町美由希さん。俺のアイドルだ。
美由希さんは、なのはの姉ちゃんで俺に優しくしてる数少ない人物の一人。
あー、漸く地獄稽古から解放されるってもんだよ。
「この練習量にするなら、身体を造り上げることが第一だわ。
今からでも遅くないから、筋トレを重視したメニューに切り替えるべきよ」
俺のアイドルをフルスピードMAXで前言撤回。
まさか、ここで俺に追い討ちをかける提案をなさるとは……
「おいおい。確かに試合に夢中になったことは事実だけど、俺が身体造りを疎かにすると思うか?」
嫌ァ!ムキムキゴリラにされちゃうぅうううううう!!
「あっ。今、休憩中?」
「「なのは」」
この地獄からどうやって脱獄してやろうかと無い脳みそをフル回転させていると、なのはがひょこっと道場に顔を出した。おい、なのは。お前は言ってくれるよな。幼稚園児に酷な剣道をやらせるのはどうかと思うって。
必死になのはへ目配せし、助け船を早く出せとメッセージを強制的に送信。
俺の意図を汲んでくれたのか、なのはが天使の微笑みを見せてくれた。
「ねぇねぇ、この前の遠足でね」
お、おい。なんで遠足の話題が……
「ハルちゃんね、岩を軽々と持ち上げたんだよ」
「ぶっ!?」
な、なのはさん?
「へぇ……」
「それは初耳ね」
おぃいいい!絶対何か入っちゃいけないスイッチがピタゴラスイッチしちゃっただろうがぁあああああ!!
どうしよう。絶対今より練習が酷になるだろうがぁああああああ!!!
「あっ、お母さんがお昼だから3人を呼んでって」
「おぃいい!それが先だろうが!なんで俺が凄いアピールしちゃうの!!」
俺はなのはに詰め寄り、クレームを入れる。しかし、なのはは「にゃはは」と笑うだけで反省の意を決して示そうとはしなかった。
「晴人」
「ひっ……」
背中に突き刺すような重みの声が聞こえ、俺はゆっくりと振り返る。
「晴人くん」
「な、なんですか?」
いつの間にか恭也さんと美由希さんに両肩を掴まれていた。
右肩は恭也さん。左肩は美由希さん。二人とも優しく肩を掴んではいるが、それは獲物を確実に仕留める為の脱力した姿勢に違いない。いや、そもそもこの零距離で逃げることは毛頭出来るワケがないんだけどサ。
「「午後からも頑張ろうか!」」
「ご、午後からは、なのはちゃんと遊ぶ約束してて……」
ここで諦めたら試合終了だよ。
午後からも地獄特訓に付き合えば、心身共にズタボロになるのは確実。
俺は、なのはに話を合わせろと目配せし、逃げ道を作ろうと躍起になった。
「いいよ。また今度遊ぼうね」
なのはさんや? 純真無垢の天使な微笑みで逃げ道を絶たないで下さる?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「はぐっ、んぐぅ、はっ、ぷはーっ……美味え」
「誰も取りはしないだろうに……」
恭也さんの呆れた声を無視し、俺は目の前にある料理を一心不乱に食べる。
夜兎の身体ってどうしても燃費悪いっていうか、美味い飯に対して必死になるのは仕方ないって。
「晴人くん、お茶を飲みなさい」
「はひがろう……んぐ。ありがとうございます」
今、お茶を手渡してくれたのは、俺の女神の高町桃子さん。
なのはの母ちゃんで、人気の喫茶店[翠屋]を切り盛りしてる凄い人だ。
剣道よりも桃子さんから料理を習いたいくらいだわ、マジに。
「ところで晴人くん」
「? なんですか?」
「そろそろ晴人くんの両親に会いたいなーって」
「ぶほォっ!!」
俺は飲みかけのお茶を盛大に吹き出した。
「大丈夫!? 晴人くん」
「ゲホゲホッ!! ゴメンなさい。ふ、拭きますんで」
「いいのいいの。美由希、台所から布巾を」
桃子さんの指示で美由希さんが台所へ向かう。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫っス……」
恭也さんは俺の背中を摩りながら、俺を優しく気遣ってくれた。
その優しさを地獄特訓のときに見せてくれたら、俺の心はイチコロよ。
「ハルちゃん、まだお父さんとお母さん帰ってきてないの?」
「そ、そうだな。い、いつ帰ってくるんだろ〜?」
なのはの質問に俺は困りながら返答した。
だってさ、転生した俺に両親なんているワケないじゃん。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
俺は高町恭也。晴人のことを気にする人達の一人だ。
晴人は、アイツは自分の家族のことを決して俺達に話そうとしない。初めてアイツの家に行ったとき、どうしても不審に思うことがあった。
(こんな時間なのに、灯りが点いてない?)
なのはを家まで送ってくれた男の子を家まで送り、ご両親にお礼を言うつもりだった。だけど、待ち受けていた展開は想像とは違っていた。晴人の家には灯りが全く点いておらず、それどころか人の気配まで皆無だった。
「本当にいいのか?」
「は、はい! いらないご迷惑をかけてすいませんでしたぁ!!」
「あっ、ちょ……」
せめて、晴人の家族に伝言を頼もうとしたのだが、アイツは足早に玄関を開けるとすぐに鍵をかけてしまった。
「こ、これ以上、ご迷惑をかけるワケにはいきませんから……」
「待ってくれ。君、親はどうして……」
「えっとぉ………遠いところで仕事してるって………」
扉の向こうで言葉を詰まらせる晴人に俺は言葉を失った。
事情は分からないが、この子は一人暮らしを強いられている。
そして、晴人の今の行動をから察するにあまり良くない状況らしい。
俺がこの子に対して出来ることは少ないだろう。
でも、今この子を独りにしていいとは断じて思わなかった。
「明日、ウチの道場に来ないか?」
「…………………ん?」
「君の動きには見所がある。今から鍛えたら将来は……」
「いやいやいやいやいやいや!! そんなことないのでぇ!!」
遠慮する晴人に対して、俺は諦めずに誘い続ける。
「ウチは喫茶店だ。母さんは料理がプロ級に上手いぞ。どうだ?」
「是非、行きます! あ、やべ……」
最終兵器で晴人を釣ることに成功した俺は、晴人を道場に誘うことに成功したんだ。
しかし、真面目に来てくれたのは初めの一回だけで、後は逃げるようになってしまった。
何故だろう。結構優しくしているはずなんだけどな……
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「今日もボコボコにされた……」
遠い目をしながら自宅で冷凍食品の炒飯を食べる。
これが高町家の道場に行った後の恒例になってしまっている流れ。
普段なら何か料理に挑戦したりするけど、その気すら起きないという……
あれ? 前世の社畜生活よりもキツい気がすっぞ!
決して5歳児が歩んではいけない荊の道を歩んでる気がすっぞ!!
オラ、膝がガクガクしてきたゾ(涙目
「それにしても親か……」
そう呟くと、俺はスプーンを机に置いた。
この世界に俺の両親はいない。前世の親はというと……
『晴人ぉ、お金貸してくれる? 10万だけでいいの』
『………………………いつ返してくれんの?』
『げ、月末には返すから………』
思い出すのが情けなくなってきて笑えるわ………
「親なんていらないっつーの」
決して親に会いたいとか寂しいとかの問題じゃない。
俺が気にしてるのは、高町家に妙な勘違いをさせてしまってる件だ。
きっと多分、ドラマに出てくるような可哀想な子だと勘違いされてる。
そのせいで妙に俺に優しいというか、優し過ぎるというか……
『私のことを本当のお母さんだと思って良いのよ』
桃子さんにこの言葉をかけられて、嬉しさを感じた反面、とてつもなく焦った。
つまり、罪悪感が半端ないんです。
この状況を打破するためにどうするべきか……
好ましい解決策が思いつかないまま、俺は就寝した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「いい加減、起きんか」
「んぁ?」
あれ? 誰がお爺さんの声をモーニングコールに設定したん?
「久しぶりじゃのう。晴人くん」
「あ、詐欺師のお爺さんか…」
「ひ・さ・し・ぶ・りじゃのう……」
「うぉおおおおッ!? まさかのアイアンクローだとぉおお……」
この爺さんは、俺を転生させてくれた神様。
久々の再会にアイアンクローをかます神様だけど、一応世話になってて恩がある。
で、なんで再会してる理由を知りたいからアイアンクローからの解放を要求する。
「イッテェ……」
「久しぶりじゃというのに、無礼極まりないヤツじゃわい」
神様は俺を乱暴に地に降ろした。
俺は頭がうっかり取れていないかをちゃんと確認し、ちゃんと着いてて安堵した。
爺の魔の手から解放された俺は、頭を摩りながら神様に向き直る。
「なんでここに? え? また死んだ俺?」
「生きておる。就寝している間に君の精神だけを連れてきたんじゃ」
え……やだそれ 怖っ……
「えっと、どんな御用件で?」
「経過観察…といった感じかな」
「経過観察?」
え? そんなのあるの?
「そう。君が能力を悪用してないかの聞き取り調査といったところよ」
「悪いけど、陽射しに焼かれてるだけで悪さしてないんですが?」
「陽射し云々はさておいて、悪さしないのは人として当然じゃよ」
ほっほっほっと笑いながら、神様は俺の右肩に手を置いた。
「まぁ君の普段の行動を見る限り、あまり心配はしとらんけどね」
「ふーん、そう。え?見てんの?」
「バッチリの」
嫌ァ!? 覗き魔ジジイとか需要あるワケないだろうに!!
あっ、ごめんなさい。もうアイアンしないで。No アイアン。
「さて、悩みがあるんじゃないのか」
「悩み……ね。お見通しってこと?」
「まぁのう」
そこから神様は無言になり、真っ直ぐに俺の顔を見る。
俺は半ば諦めて、今感じてる高町家に対する申し訳無さを打ち明けた。
「なるほどのう。親か…盲点じゃったのう」
「別に親じゃなくてもいいんだ。
後見人というか、保護者がいるって証明出来たら……」
そうだよ。別に両親に拘ることはないんだよな。
ちゃんと保護者がいて、俺の一人暮らしが公認されたものとして伝えないと…
「よし分かった。なんとかしよう!」
「はぁ!?」
こ、こっちは真剣に悩んでるのに、解決策出すの早いなオイ!?
「あちらの世界にワシの知人がおる。頼んでみよう」
「ちょっと何する気なんだよ?」
「君の保護者役を引き受けてくれそうな娘を1人知っておる。
事情を話せば、引き受けてくれるじゃろう」
そんなわざわざ、申し訳無さ過ぎるんですが……
「遠慮することはない。今から頼んでみよう」
「いや! わざわざそn………あれ? 急に……」
やっぱり申し訳なくて神様にやめてくれと頼もうとした矢先、急激な眠気に襲われた。
「しまった。もう時間じゃったか」
「な、なに……」
「君の眠りが覚めよ……ておる。ここに居ら……時…が……じゃ」
ヤバい。眠た過ぎて、神様の言葉が聞き取り辛くなってる。
最後に、神様が何かを言ってたけど、俺はそれを聞くことは叶わなかった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「うわぁ! はぁはぁ…夢?」
気付けば、時刻は午前8時を回っていた。
俺は必死に辺りを見渡したけど、あの神様と過ごした空間じゃなく、いつもの俺の部屋。
そのことに安堵し、二度寝しようと横になった。
そして、少し嫌な気分に陥った。
いくら高町さん家にお世話になってるのを気にしてるとはいえ、あんな夢を見る程だったとは、と……
「今日、幼稚園休みだっけ?」
部屋の壁に掛けてあるカレンダーを見る。
休みの日は道場に連れていかれるか、なのはと遊ぶか、道場に連れていかれるか。
でも、今日ばっかりは何もやる気起きないからこのまま昼まで二度寝を満喫して……
【ピンポーン♪】
に、二度寝を満喫……
【ピンポーン♪】
に、二度寝を……
【ピンポーン♪】
どこのどいつだクソ野郎……
俺みたいな子供は寝て育つのが使命なんだぞ……
俺は半ギレになりながら、力強い足音をさせて玄関へと向かう。
そして、インターホンを押している奴に一言言ってやるために玄関を開けた。
「朝っぱらから誰だ!? この…………」
「ひゃん!? お、おはようございます。私は久遠と申します」
野郎ではなく、とてつもなく可愛いらしい着物を着こなした美人が玄関前に立っていた。
「晴人くんの保護者役。この久遠、誠心誠意頑張ります!」
………………どうやらまだ寝ていて夢をまだ見てるらしい。
俺の保護者役がこんな和風美人なワケがないから、そっと玄関の扉を閉める。
二度寝しよーっと……