「さっきは失礼なことをして、すいません」
「いいんですよ。誰でも驚くと思います」
突如、我が家に来訪した和服美人『久遠さん』
とりあえず、俺は客室に久遠さんを案内して、慣れない手つきで茶を用意した。
クソ。前世でもこんな完璧美人の相手なんてしてねぇから緊張するわ。
「えっと、久遠さんはあの神様に保護者役を頼まれたんですよね?」
「そうですね。困ってる子がいるから力になってくれ、と……」
え? この美人さん、まさか二つ返事で無茶振りをOKしたの?
「すみません。わざわざ俺のために……」
「いいんですよ。困ったときには助け合いですから」
うぉ眩しい。その邪気が一切無い微笑みが眩し過ぎるぅ!!
一体どんな徳を積んだら、そんな素敵な笑みを浮かべることが出来るんだ。
「晴人くん? 何か私の顔についてますか?」
「い、いえ、な、なにもついてねぇでしゅよ!」
や、ヤバい。緊張し過ぎて挙動不審になっちまう。
落ち着け。相手はただの和服美人のジャガイモだと思えば……
「? 晴人くん?」
ヤバい無理。この人、可愛い過ぎるわ。
「ん”ん”ッ! 茶菓子を用意するのを忘れてました」
「え、ちょっ……」
俺は咳払いをして、客室から避難し冷蔵庫へと向かう。
気持ちを切り替えるためにも、あの幸せ空間から脱出する必要があった。
なに始めから気持ちを固めてしまえば、変に挙動不審にならなくても済むはず。
それに何も考え無しに冷蔵庫に向かったワケではないのだよ。
「お待たせしました。これ美味しいですから」
冷蔵庫から秘密兵器を持ってきた俺は、久遠さんの前にそっと置く。
「これ、翠屋っていう喫茶店のシュークリームです」
桃子さんが遠慮する俺に渡してくれるシュークリーム。
毎回貰うワケにもいかないから本気で断ろうとしたことがあるけど、桃子さんの謎の圧力に屈したのは良い思い出だ。
「は、晴人くん……」
あ、あれ? 久遠さんが心無しかワナワナと震えてる気が……
「すいません。シュークリーム、ダメでした?」
失敗した。まさかアレルギーでダメだった感じか?
俺が本気で焦っていると、突然久遠さんが俺の右手を握りしめてきた。
「晴人くん」
「は、はい……」
久遠さんが俯いて身体を震わしている。
俺は何の虎の尾を踏んでしまったんだと半ば後悔を始めたときだ。
久遠さんは右手でサムズアップして、目を爛々と輝かせていた。
「ナイスです♪ まさか翠屋のお菓子を食べることができるなんて!」
「へ?」
よ、喜んでるところ悪いんですけど、説明プリーズ?
「美味ひぃ♪ このシュークリーム絶品ですぅ♪」
困惑する俺を無視し、久遠さんは幸せを噛み締めるようにシュークリームを食べてる。
これは久遠さんが食べ終わるまで話は出来ないと察したとき、久遠さんの頭に生えてきたモノに俺の視線は釘付けになる。
「く、くくく久遠さん? 頭に可愛いのが生えてるんですけど……」
久遠さんの頭に生えてきたモノ。それは狐耳だった。
コスプレで着ける偽物なんかじゃなく、生き物のようにぴょこぴょこ動いてる。
そして、トドメと謂わんばかりに……
「頭ですか? 私の頭がどうかしましたか?」
「いや! 尻尾まで生えてきてるんですけどぉおおおお!?」
頭を気にする久遠さんには悪かったけど、俺は久遠さんの尻尾に指を指す。
それに気付いた久遠さんは一瞬焦った表情になり、狐耳と尻尾をぽん♪と一瞬で消した。
少しの間、沈黙が俺と久遠さんを支配したけど、
「み、見なかったことにしませんか?」
「可愛く頼まれても無理なものは無理です」
と、気まずそうに答えた俺は悪くないはず。
「コホン…私の正体についてはどうか内密に…」
本当に恥ずかしそうに呟く久遠さん。
「だ、大丈夫です。俺、あまり友達と知り合いはいませんから」
今のところ、高町さん家しか縁がないからな。
鬼いちゃん(恭也さん)とは是非とも縁を切りたいけれども。
それに話したって嘘突き小僧のレッテルを張られるだけだし。
「翠屋を知ってるんですね。意外というかなんというか…」
「お供えとして、よく翠屋のお菓子がお供えされるんです。でも、生菓子の類は保存が効かないという理由からお供えされたことがなくてですね……」
俯きながら残念そうに話す久遠さん。
なるほど。だから翠屋のシュークリームを出されたときに目の色を変えたのか。
「えっと今更ですけど、何とお呼びすれば……」
久遠さんが紛れもなく神様だと察した俺は、おそるおそる聞いてみた。
どういう神様なのか知らないけど、ご機嫌を損ねて良いワケがない。
「久遠さんでいいですよ。寧ろ、呼び捨てでもかまいませんよ」
「呼び捨ては流石に。久遠さんと呼ばせてもらいます」
呼び方の件で咎められることはないと分かった。
なら、今回の件が終わったとき報酬の話をしなければならない。
「久遠さん」
「なんでしょう、晴人くん?」
「今回の件で、俺は自分の魂をどれくらい払えばいいですか?」
真顔でそう聞いた俺に、久遠さんの目は点となる。
「私を死神かなにかと勘違いしてませんか?」
どうやら、死神ではなかったようだ。
よかった。お礼で目玉やら五臓六腑やら要求されるのかと……
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「久遠さん、準備はいいですか」
「うん。私、頑張るからね!」
そして、運命の時間がやってきた。
あの後、桃子さんに連絡して、俺の保護者に会ってほしいと伝えた。
すると、翠屋が休みの日に来てほしいと頼まれたのである。
ちなみに久遠さんへの礼は、翠屋のお土産を好きに選んでもらうことだ。
「いきますよ。お邪魔しまーす」
深く深呼吸した後、俺は翠屋の扉を開ける。
「あ。ハルちゃん、こっちこっち」
なのはの声がした方に視線を移すと、店のテーブルに桃子さんとなのはが座っていた。
「いらっしゃい、晴人くん。そちらの方が……」
「はい。晴人くんが大変お世話になりました。私、久遠と申します」
「ご丁寧にどうも。私は高町桃子と申します」
と、二人は深々と互いに礼をし、桃子さんは俺たちを席に着かせる。
「あれ? 恭也さんと美由希さんは?」
「二人ならいないの。お兄ちゃんは彼女さん家に。お姉ちゃんは友達の家に行ったよ」
鬼いちゃん。いつか必ずこの手でブッ殺してやるからな。
前世で高校生だったとき、俺には彼女という眩い存在はいなかったというのに……
俺の情けない妬みはさておき、しばらく楽しい時間が続いた。
軽い挨拶を交わした後、桃子さんが用意してくれたお菓子に久遠さんが狐耳を召喚しそうになったから、慌てて俺が久遠さんの頭に飛びかかるハプニングもあったけど、それを差し引いても凄く楽しい時間になった。
「久遠さん、ちょっと2人だけでお話しさせてもらえませんか?」
「は、はい……」
この時、久遠さんは俺に目配せしてきた。
それにちゃんと気付いた俺は、なのはに向き直る。
「あっちに行っとこうぜ」
「え? なんで?」
「いいから。大人は大人で大切な話があるんだよ」
「じゃ、なのはの部屋に行こうよ! ゲームしよ!」
おいおい、前世でゲームしてきた俺にゲームで挑もうというのかい。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ハルちゃん、すごいの! なんで分かったの!?」
「ふはははははは! このオレの眼を欺こうとしても無駄ァ!!」
なのはの部屋に移動した後、どのゲームをやろうかと話になった。
桃鉄やマリオ、ボンバーマン、ポケモンに似たパチモンのソフトがあり、凄く興味が惹かれる中、無難にマリオのパチモンソフトにしておいた。多少の設定はマリオとは異なったものの、大筋はマリオの設定のままだった。
だから、ステージのギミックで隠し通路がある場所とかなんとなく分かるんだよォ!!
「小癪なァ!? 」
「負けないで! ハルちゃん!!」
とはいえ、初めて見る雑魚敵とステージ。
初見殺しが当然あるワケだ。だが、そこを躱しきるのが残念な元大人。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!」
前世で見た亀の甲羅を歩く栗の行列に叩き込む。
気持ち良い音を奏で、栗の行列はステージから退場していく。
そして、ボスの部屋へと辿り着いていた。
「凄い。なのは、そこまでいけないのに!」
「瞬殺してくれるぞ、この晴人様がなァ!」
ここぞとイキり倒しながら、俺はボスの部屋の扉を開ける。
「ふはははは! 知っているぞ! 貴様の倒し方を!!」
俺を待ち受けていたのはクッパのパチモンのボス。
そのボスの背後には斧が見えた。あの斧を手にしてしまえば、こちらの勝ち。
俺の知る斧と同じ役割なら、ボスを溶岩へと叩き落とせる片道切符だ。
「勝った! 死n……ちょっ!? どこ行く気だ!!」
しかし、ボスは予想外の行動を取った。
俺に踏まれるために前進してくるかと思いきや、ボスはくるりと振り返る。
ボスの目の前には俺の勝利の鍵である斧。その斧をボスは手に取った。
唖然とする俺。そんな俺を嘲笑うかの如く、ボスは斧を無慈悲に振るった。
BAN!とステージが音を出し、ステージが崩れていく。
かなり前進してしまっていた俺は、脱出することは叶わない。
ぽちゃん♪と情けなく俺の分身であるマリオのパチモンは姿を溶岩へと消した。
『Game Over』
「ふっ……なのは、俺のほっぺをつねってくれ」
「そんなことをしなくても夢じゃないんだよ」
なのはさんや、嘘でもいいから夢と言ってくれ。
俺、心はそんなに強くないんだよ。ホントだよ。
その後、他のソフトを試してみたが、初見殺しに俺は敗れていった。
良い線まで行くんだけど、幼稚園児にクリアは無理だと断念した。
「あー疲れた。久々にこんなゲームしたわ」
「うん! ハルちゃんのおかげでかなり進んだよ!」
精神的に疲弊する俺とは反対に、なのはは大変ご機嫌である。
「ん?」
ふと視線をなのはの机にある物に移す。
深い理由なんてないけど、そのある物が気になったんだ。
「どうしたの?」
「なのは、この人がなのはの父ちゃん?」
俺が気になった物は写真立て。
その写真立てに入ってる幸せそうな家族写真だ。
なのは、桃子さん、美由希さん、恭也さん、そして、この人が……
「そうだよ。なのはのお父さん」
そう答えたなのはの顔に暗い影が差したように見えた。
それを見た瞬間、俺はマズイことを聞いたと察した。
「なのは、悪い。聞いちゃマズかったよな」
「ううん。ハルちゃんならいいよ」
そう言うと、なのはなりに説明してくれた。
なのはのお父さん「士郎さん」は事故に遭ったらしい。
それで意識不明の重体になり、現在も入院しているとのこと。
「お父さん、このままずっと起きないのかな……」
「なのは……」
何か励ましの一言をかけなければと正直焦る。
しかし、そのタイミングでなのはの部屋の扉がコンコンとノックされた。
「晴人くーん。そろそろ帰る時間よ」
と、扉の向こうから桃子さんの声がかかる。
バッと時計を確認するともう夕方の5時を過ぎていた。
「ハルちゃん、今日は楽しかったの」
「なのは……」
なのはは、明るく笑っており、さっきの暗い表情が嘘のようだった。
俺はなんて言葉をかけていいか分からず、「また遊ぼう」とかも言えなかった。
「じゃバイバイ」
「うん、バイバイ」
結局、俺は気の利いた言葉を思いつくことはなかった。
帰り際、久遠さんに桃子さんがお土産を渡すのと同時に、
「また来てくださいね。久遠さん」
「はい! 必ずまた参ります!!」
と元気にやり取りした後、久遠さんが俺の左手を優しく握る。
「ちょっ、ちょっと!」
「照れなくても大丈夫ですよー♪」
「て、照れてねぇし…」
俺の様子が面白いのか、桃子さんとなのはは笑っている。
それに耐えられなくなり、俺はズンズンと家を目指して歩き始める。
「ハルちゃん、また遊ぼうねー」
後ろから聞こえるなのはの声に対して、俺は右手を黙って上げて振る。
「晴人くん? どうしたんですか?」
「なんでもねぇッス…」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「晴人くん、何かあったの?」
「………………………」
晴人くんは、しばらく口を開こうとしなかった。
帰りの道中に何回か話しかけたのですが、なんでもないとだけ……
何かを遠慮して隠そうとしてるのは一目瞭然なんですけど……
「じゃ、ありがとうございました」
「はい。ありがとうございました……ってあれぇ!?」
なんとか相談に乗ってあげたいと考えていたとき、いつの間にか晴人くんの家に着いていました。
「わぉ!? き、急にどうしたんですか……」
「な、なんでもないです……」
驚いて目を見開いて私を見る晴人さんの目から顔を逸らす。
気を取り直して、晴人くんが何に悩んでいるのか聞き出すのよ私。
「晴人くん、ひとつお願いしてもよろしいですか?」
「お願いですか………」
ひとまず、桃子さんから貰ったお土産を食べたいという名目で晴人くんの家に上げてもらいましょう。
「やっぱり俺の魂が要るんですね……」
「私を死神か何かだと思ってます?」
なんで、神妙な顔付きで魂を差し出さそうとしてくるの、晴人くん?
「すぐに皿とフォークを用意しますから」
ひとまず魂の献上を丁重にお断りした後、晴人くんの家に再び上げてもらいました。
「お待たせしました。翠屋のショートケーキです」
「ッ♪ ありが……じゃなかった。晴人くん」
「ど、どうしたんですか?」
「何を悩んでいるですか?」
私の前に出されたショートケーキを食べたい気持ちを飲み込み、私は晴人くんに向き直る。
「何も悩んでいませんって…」
「隠し事はよくないですよ」
しばらく見つめ合う私と晴人くん。
最後まで誤魔化そうと視線を泳がせる晴人くんでしたが、私は決して目を逸らしません。
「……話しても仕方ないことですよ」
「例え解決しなくても、自分の思いを胸中に隠さないでください」
私は隣に座るように晴人くんに促す。
晴人くんは俯きながら、渋々と私の隣に座ってくれました。
「俺、泣きそうになったんですよ」
「泣く?」
「実は、なのはのお父さんの話を聞いたんです」
晴人くんは話してくれました。
桃子さんの旦那様が事故に遭い、意識不明の重体で入院していること。
なのはさんに対して無遠慮に聞いて、余計に悲しませてしまったこと。
「俺、中身大人なのに、なのはみたいな小さい娘に何してんだって思って……」
そう話す晴人くんは、歯を食いしばって、両手にギュッと力を入れていた。
「自分が情けなくて、どう謝ったらいいのかも分からなかったんです」
そう呟いて、俯く晴人くん。
そう自分を責める晴人くんに対して、私は自然と右手を置いた。
「よかった。貴方のような優しい人がこの世界に来てくれて」
その言葉と同時に晴人くんの頭を優しく撫でる。
「久遠さん?」
「静かに…貴方の力をほんのちょっとだけ分けてくださいね」
そう伝えた後、晴人くんはゆっくりと意識を手放して眠りにつく。
「たまには神様らしいことをしないといけませんから」
そう呟くと、私は変化を完全に解いた。
私の本来の姿である狐の大妖へと変化していく。
『さて、善は急げです』
そう告げたと同時に客室の窓が勢いよく開く。
そこから外へと飛び出すと、人に見られぬように上空へと一気に駆け抜けます。
『彼方ですね』
そして、私は病院へと疾風の如く駆け出す。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
どれくらい寝てたんだろう?
俺が意識を取り戻したときには、朝の9時を過ぎていた。
確か久遠さんと一緒にいたはずだと思い出し、客室を見渡す。
「久遠さん、帰ったのかな…」
久遠さんのために用意したショートケーキは無かった。残っているのは皿とフォークだけ。
「夢じゃないけど、夢みたいだな」
俺は正直困惑している。
何故なら、久遠さんと最後何を話していたのか思い出せないから。
翠屋のお土産を今すぐに食べたいと駄々を捏ねた残念和服美人の姿は完璧に思い出せるのに。
しばらくなんとか思い出そうと「うーん?」と唸っていると、家の電話が鳴った。
正直電話に出るのが面倒くさいと思ったけど、渋々と電話に出てみた。
『ハルちゃん!!』
「なのは? 何だよ急に……」
もしもしを言わせないくらい間髪入れずに、なのはが俺を呼んだ。
『お父さんがね! 目を覚ましたって!!』
「え?」
『これからね! 皆とお父さんのお見舞いに行くの!!』
電話の向こうで嬉しそうに捲し立てるなのは。
「……………よかったな。お父さん、きっと喜ぶぜ」
『うん!』
その言葉を最後に通話は切れた。
俺はしばらくその場に立ち尽くした後、客室に戻る。
そして、
「ありがとうございます」
と、この場にいない優しい神様に向かって感謝した。