ぼっち・ざ・ろっく!VSダイナミックコード 戦士の休息編   作:GT(EW版)

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イクヨリト、タイチョウフリョウ

 転がる朝、君に岩が降る。

 

 それと巡り会った時、少女たちはまるで、頭の上から岩が落ちてきたようだと語った──。

 

                                 著者:ぽいずん♡やみ

                                 映像協力:道明寺辰哉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は朝7時30分。

 その日、山田リョウの姿は朝のHRが始まる三十分前には既に、下北沢高校一年の教室にあった。

 窓の向こうから窺う外の景色には少しずつ桜模様が浮かび始めており、冬明けの肌寒さも落ち着きを見せ始めていた。

 

 しかし、この日は八分咲きほどになる桜の花弁に向かって、冷たい雫が降り注いでいた。

 空を見上げてもこの下北沢の町を明るく照らす朝日の姿は無く、一面がどんよりとした雲に覆われている。

 そんな天気を迎えて、リョウが儚げに呟く。

 

 

「雨は……嫌いだ……」

 

 

 他の者が見れば深窓の美少女、或いは王子かと疑うほどに物憂げな顔をしながら、窓際の席に着席したリョウは外の景色を漠然と眺めていた。

 その日は特別何か予定があるわけではないが、何となくいつもより早くに目が覚めた彼女は、これまた何となく早めに登校して今に至る。

 特に理由は無いが、この日は身体の調子がすこぶる良い日だったのかもしれない。

 しかしそんな体調とは裏腹に、今の気分は優れなかった。

 全ては一日の始まりの出鼻をくじくように降り落ちるこの雨が、起床時にはノリ掛かっていた筈の心のリズムを乱していたからだ。

 それが彼女の中で、如何ともしがたい鬱屈した思いを抱えさせていた。

 

 

 

 

 ──しかし、そんな彼女の心のリズムを力業で整えようとする何かが、窓の向こうに映る視界の端で振れ動いていた。

 

 

 それは、メトロノームの動きだった。

 

 

 メトロノームとはオランダの発明家ディートリヒ・ニコラウス・ヴィンケルが考案し、ドイツの発明家ヨハン・ネポムク・メルツェルが1816年に特許を取得した音楽器具のことを言う。かのベートーヴェンも利用していたと言うそれは、振り子の腕が左右に振れることで刻まれる音色が一定のリズムとなり、演奏する楽器のテンポを合わせることができる画期的な発明である。

 現代でも一般的な器具として数々の場所で利用されており、同じく音楽に携わるリョウ自身もまた、当然のように世話になっていた。

 そのメトロノームが今、雨の中で懸命に揺れ続けている。

 

 左へ、右へ。

 左へ、右へ。

 

 地球が回るのと同じように、メトロノームの振り子は常に一定のリズムを刻み続ける。

 この雨がどれほどリョウの心を乱しても、メトロノームの振り子だけは一片も惑わされることはない。

 振り子の腕はどんな時でも変わらず、常に自らのペースを守り続ける。たとえ年金制度が崩壊しようと、消滅可能性都市の問題が起ころうと、メトロノームは決して世界に振り回されることはない。

 寧ろ「俺こそが世界だ」とばかりに天に向かって中指を突き立てていくその生き様は、ロックンロールの世界で生きたいと願う天性のベーシスト、山田リョウに示す指針の一つとさえ言えた。

 

 しかし、その鼓動も決して永遠ではない。

 

 メトロノームも機械である以上、それを動かしている仕組みを誰かが止めてしまった時には呆気なく、唐突に終わりを迎えてしまう。

 今、リョウが見つめている窓の先でも──メトロノームの動きはそれを操作していた者の手によって幕を下ろすこととなった。

 

 

 ──メトロノームは、ワイパーだった。

 

 

 これまでリョウの視線の先で規則正しいリズムを刻んでいた振り子とは、信号の前で停車中の車が豪雨に曝されたフロントガラスを守るべく起動したワイパーの振動だったのである。

 

 もちろん、リョウは別に、車のワイパーをメトロノームと勘違いしたわけではない。

 大それた感傷ではないが……車のワイパーがいかに自分のペースを貫き、フロントガラスを守っても「開け放たれた天井から直に入り込んでくる降雨」に対しては全くの無力であるという事実が、どことなく世の無情さを表わしているような気がしないでもなかった。

 そう思うと少しだけ、何か良い詩が作れそうなインスピレーションが湧いた気がした。

 

 

「おはよー! 今日は珍しく早いねー! 私ももうちょっと早く来れば濡れなかったかなぁ……んー? 何見てるのリョウ? そんな、古池に落ちたカエルを見るような目をして」

 

 リョウがしばらくの間、一言も呟くことなくぼーっとその光景を見つめていると、後ろから快活な少女の声が聞こえてきた。

 彼女にとっては唯一の友人であり、先日バンド仲間になることになった少女──伊地知虹夏である。

 

 普段から規則正しい生活をしている虹夏は、この日は珍しく自分よりも先に教室に到着していたリョウの姿を見て感心げな顔を浮かべたが、「ん」と短く返事をするだけで視線を返そうとしない彼女の様子を見て怪訝に感じたのか、鞄を持ったまま釣られたように窓の向こうへと目を向けた。

 

 途端に、虹夏が声を漏らした。

 

「ええ……」

 

 その声に込められた感情は驚きか、それとも呆れか。

 しかし今のリョウと同じ光景を目にした伊地知虹夏が抱いた感情は、極めて明瞭だった。

 

 

「雨の中オープンカー乗ってるのー!? あ〜、屋根壊れたのかな? かわいそうに……」

 

 

 普段マイペースなリョウが思わず機嫌を悪くするほどの大雨の中で、屋根を閉めずにオープンカーを乗り回すなど通常では考え難い状況である。

 しかし、窓の向こうに見える赤い車の運転手は、それをやっていた。信号が青になるまで停車している間にも、その運転手は天気にされるがまま大雨に打たれていたのだ。

 

 その状況に対して、考えられる理由は主に二つだ。車の故障等彼がそうせざるを得ない何らかの事情があったか、もしくは彼自身がおかしくなっちゃったかのどちらかである。

 

 そして迷わず前者と判断し、アクシデントに見舞われた運転手のことを心配すらしている姿が、リョウから見た伊地知虹夏の性格を性格に表わしていると言えた。

 

 しかし、山田リョウは彼女とは別の──後者であると考えていた。

 

 あれは……乗っている人の方が、何かおかしいと。

 生粋のベーシストであり、自身のことを「変人」だと理解している彼女だからこそ、同類の存在には敏感だったのだ。

 アレは屋根の開閉機能が壊れているのではなく、彼が望んで開けているのだと。

 

「最近の下北は、変な人が多いね」

「リョウがそれ言う?」

「照れる」

「喜ばない喜ばない。変な人のところには変な人が寄ってくるんだから、リョウも気をつけなよ?」

「うん、大丈夫」

 

 普通の人間ではいたくない。それはバンドマンの、特にベーシストにとっては本能のような性分である。

 故にリョウは自分が変な人だと認識されることに強い喜びを感じていたが……それはそれとして、人並みに繊細な少女らしさも併せ持つ為、友人付き合いしようと思うと扱いが難しい人種であった。

 そんな彼女のことを深く理解しているからこそ、虹夏は苦笑する。

 

「真似しちゃ駄目だからね?」

「考えとく」

 

 車と言えば、近い将来には自動車学校に通うことになる。

 リョウが自分の車を買ったら……オープンカーを雨の中で乗り回してドヤる姿も、「濡れるの嫌だし普通に閉めるでしょ」と常識的に対処する姿も、どちらも容易に思い浮かんでしまうのが少し面白いところだ。

 

 ……まあ、一番可能性が高いのは自分では運転せず、他の人の車に我が物顔で乗り込んで送迎を任せる姿であるが。

 

 そんな未来予想図を描き終えた頃には既に外の信号は青くなっており、奇妙なオープンカーの姿は急カーブを回り颯爽と走り去っていた。

 

 

 

 

 

ボクノコトスッカリワスレタノカーイ? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四月上旬。

 満開を終えた桜が次々と散っていくこの時節、学生にとっては入学や卒業等により環境が一変する境目の時期となる。

 その中では見知ったクラスメイトたちと共に高校二年生に進級することになるリョウと虹夏の二人の間では、特別な変化は少なかった。

 幸いにして二人は今年度も同じクラスであり、一日の間に話す時間も変わらない。

 

 ──ただ一つ、大きな違いと言えば二人が組んだロックバンド「結束バンド」が本格的な活動を開始することだった。

 

 リーダーの虹夏はドラムで、リョウはベースを担当する。

 元々バンドを立ち上げる予定があった虹夏が、「音楽性の違い」により前のバンドを脱退したリョウに「暇なら手伝って」と声を掛けたことで結成することになったの新バンドである。

 そして今年度よりギターヴォーカルとして加入した他校の一年生、「喜多郁代」を迎え入れた結束バンドは、結成後初の活動として虹夏の姉が経営するライブハウス「STARRY」にて開催されるブッキングライブに参加する予定だった。

 

 ……予定だったのだ。

 

 しかし彼女らの結束バンドは、のっけから窮地に立たされていた。

 

 

「喜多ちゃん、やっぱり来なかったね……」

 

 

 ライブ当日──ギターヴォーカルの喜多がいなくなってしまった。

 

 

 

 

 練習時点から何度も「合わせ」を拒否されていたことから、薄々と感じ始めていた恐れが現実となった瞬間だった。

 

 

「イクヨ、タイチョウフリョウ……」

 

 

 ライブの日を楽しみにしていた虹夏に対して、リョウなりに気を遣ったつもりで言い放つ。しかし慣れないことをしたからか、その口調は受信した信号をそのまま放つ電報のようだった。

 彼女は体調不良だったのだと。仕方が無かった。切り替えていけと。

 しかしその意図が伝わったのか否か、虹夏は青ざめた顔で言い返す。

 

「じゃあギターもヴォーカルも無しでやるの!? どうしよう……どうしよう!?」

 

 結束バンドとして初めて行うことになったこの日のライブに、伊地知虹夏が懸けてきた想いは大きい。

 もちろんリョウにはそんな彼女の気持ちを茶化す意図は無かったが、彼女の方は虹夏ほど狼狽えることはなかった。

 

「本当に体調不良ならそれはそれで心配だけどさ……ここのところ連絡もつかないんだよ? もしかしたら逃げたんじゃ……そんなに嫌だったのかな、私たちのバンド……」

「気まぐれ屋さんなんだろうね。最初の頃はよくあるよくある。ドタキャンは私が前にいたバンドでもあった。郁代のファンも苦しめ……」

「よくないよー!」

 

 もちろん、内心ではリョウもそれなりに動揺もしているし、逃げたギターに対して思うこともある。

 しかし、今日のライブを観に来るのは虹夏にとっては気安い関係である学校の友人たちがほとんどである。曲目も控えめな、極めて小規模なライブだ。

 故にこのライブが失敗しても、結束バンドが受けるダメージは小さくて済む。失踪したメンバーなら後日改めて捜せばいいし、死んだなら他の人を捜せばいいと気長に、楽観的に考えていた。

 

 それに……自分よりも慌てている人間が目の前にいると、却って冷静になるというのもある。

 

 尤も、だからと言ってやるからには最後まで全力でやり通すつもりだ。

 盛大なやらかしもロックの醍醐味と言えなくもないが、万事順調に行くのに越したことはないのだ。その方がお金も儲かるし、と……リョウは理性と感情のメトロノームを揺らしながらリーダーに語り掛けた。

 

「落ち着いて、虹夏。大丈夫だから」

「いやいやいや、落ち着けないよ! ドラムとベースだけのライブなんて、みんなになんて言えば……」

「今日だけならそれでも何とかなる……といいなぁ。とにかく落ち着いて」

 

 このリーダー、伊地知虹夏は頭も良いし人当たりも良いし、ドラム捌きも安定している。リョウは決して口にはしないが、そんな彼女のことを人としてリスペクトしていた。

 しかし数少ない欠点が、窮地に立たされると盛大にテンパり、冷静な判断が全くできなくなるところにある。状況が状況であればそこも年相応な可愛げであったが、ライブを目前に控えた今その状態に陥るのは、彼女の為にも良くないと思った。

 

 彼女の良いところも悪いところも理解しているリョウは、今はとりあえずバンドのリーダーであり唯一の友達でもある虹夏を宥めて落ち着けることを第一に考えることにした。

 

 その結果、彼女は一つ話をすることに決めた。

 それはこの状況で語るに相応しい教訓と言うか、「為になる話」だ。

 そしてそれはリョウが小さな頃に体験した、掛け替えの無い思い出話でもある。

 

 

「私ね……楽しい思い出があるの」

 

 

 虹夏の返事を待たず、リョウは唐突に語り出した。

 虹夏はそんな彼女の様子に首を傾げると、コイツはこの状況でまた変なことを言い出すのかと、その目を〈●〉〈●〉のようにして怪訝な眼差しを贈った。

 

「いきなりどしたの? 悪いけど今は……」

「私ね……楽しい思い出があるの」

「なんかキャラ違うし! 最近のリョウ変だよ本当に」

「楽しい思い出があるの」

「……わかったよ……言いなよ」

 

 普段はクールで知的な雰囲気(詐欺だが)さえ感じさせる凜とした目つきが特徴的なリョウだが、その日の気分によってはその目をパッチリと開き、まるできらら漫画キャラのような顔をすることがある。

 

 そういう日は決まってハイな状態でテンションがおかしくなっているものであったが、今回のそれは普段の妄言とは違い、何か有無を言わせない気迫のようなものを感じた。

 そんな彼女の雰囲気に気圧され、虹夏は観念して続きを促した。

 

 彼女に普段の落ち着きを取り戻させるという意味では、この時点でも既にリョウの目的は果たされたと言えるだろう。

 しかし、リョウはあえて語り出した。自分たち結束バンドの向かう未来にとって、必要なことだと思ったのだ。それと……先日雨の道路で見かけた、あのオープンカーの運転手の姿を思い出したのもある。

 

(あの車に乗っていたのは……もしかしたら……)

 

 彼女は語った。

 ともすればベーシスト山田リョウ誕生のルーツかもしれない、彼女自身の楽しい思い出を。

 

 

(ヨリトさん……だったのかな……?)

 

 

 ──それは音楽業界において今や知らぬ者のいない大手音楽事務所兼レコード会社「DYNAMIC CHORD(ダイナミック コード)」が主催した、ある年のクリスマスライブの話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、同時刻。

 

 

 

 下北沢の公園に、一羽の白サギが舞い降りた。

 その威容、もはや「ダイナミック・バード」と呼ぶべき豪快な羽ばたきを見せたその鳥は、翼を折り畳んで時計台の上に降り立つと、その場から遠くの景色をじっと見据えていた。

 黒い双眸に映るその景色には、幾度となく点滅を繰り返す信号の傍ら、汽笛を鳴らしながら疾走していく電車の姿がある。

 

 そしてその電車が通過していった踏切の前では、ギターケースを背負いながら死んだ目で一日の出来事を回想している一人のバンド少女と──彼女とは特に関係ないが、ロードバイクにまたがりながら思い詰めた形相で自分の世界に没頭している金髪の青年の姿があった。

 

 

 さらに、これはそんな二人が与り知らぬ話ではあったが……電車の中では赤髪の少女が一人、罪悪感の籠もった声を漏らしながらその場に俯いていた。

 

 

「……ごめんなさい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

ボクノコトスッカリワスレタノカーイ? 

 

キズヒトツノコッテナイノカーイ? 

 

ネェ……

 

 

 

DYNAMIC CHORD(ダイナミック コード)

 

 

 

暗く狭いのが好きだった

 

深く被るフードの中

 

無情な世界を恨んだ目は

 

どうしようもなく愛を欲してた

 

 

 

ぼっち・ざ・ろっく! 

 

 

 

かき鳴らせ 交わるカルテット 革命を 成し遂げてみたいな

 

クリティカルなキズを ア・ゲ・ル♡

 

打ち鳴らせ 嘆きのフォルテ どうしよう? 超奔放凶暴な本性を

 

「ユルシテ」って涙を流すキミ ざまあないね! 

 

 

 

ぼっち・ざ・ろっく! 

 

        VS

 

         ダイナミックコード

 

   ~後藤ひとりを処刑せよ~

 

 

 

 




 本作は原作より

 クズ度が少し減った分ダイナミック度が上がったシコべ山田
 胃を痛めるドヤム虹夏ママ
 ねっとりした歌い方をするイクヨリト
 作画崩壊成分を一身に担う電報(電子音)ネキ後藤
 鬼ころしよりビールの方が好きな廣井さん
 写真科6年の道明寺辰哉

 でお送りするかもしれません。

  ごめん……(成仏)
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