ぼっち・ざ・ろっく!VSダイナミックコード 戦士の休息編 作:GT(EW版)
何故、こんなことに……
頭の中で鳴り響く追いピアノの音を反芻させながら、伊地知虹夏の案内を受けてライブハウス「STARRY」に辿り着いた後藤ひとりは、この日の出来事を回想していた。
さながらそれは、処刑台に上がった瞬間頭の中に駆け巡る走馬灯のように──自分は一体どこから間違えたのかと、ひとりは鮮明かつ冗長な脳内メモリーを振り返った。
ひとりはただ、この孤独を終わらせたかった。
物心ついた頃から母親の胎内に帰りたがっていたか弱き生き物である彼女だが、彼女自身はそんな自分の将来を強く不安に感じ、焦りを抱いていた。
しかし持ち前の妄想癖と斜め上に暴走しがちな行動力、そして内なる承認欲求モンスターを抱えた彼女はやること為すこと上手くいかず、学校では小、中とクラスの輪に入れない暗黒時代を過ごすこととなった。
幼稚園の頃はまだ良かった。見兼ねた先生が一緒にいてくれたから。そんな人格者たちの存在や温かな家族の存在があったからこそ、後藤ひとりは友達一人いない孤独を抱えながらも性格自体が歪むことはなく、心優しい少女に育ったのだろう。
しかし残念ながら、彼女には自らの心優しささえ表現することが苦手な人間だった。
すなわち──重度のコミュ障である。
これが彼女が容姿端麗で頭脳明晰、運動神経万能だったならば、その程度のことは些細な問題だったのかもしれない。
たとえ口が上手くなくても、学校という狭いコミュニティーの中で自己表現を行うには、何か一つでも突出したものをアピールすれば周りは一目置くものだ。
例えばクラスの中で際立って見目麗しければ、教室の端でじっと本を読む姿も陰気さではなく、奥ゆかしくミステリアスな淑女だとプラスの印象を与える。
例えばテストで満点を取り続ければ、普段の寡黙さは多くを語らない理知的で聡明なイメージを与える。
例えば足が速ければ、運動会やマラソン大会では一躍輝きを放つヒーローとなる。その勇姿は寧ろ普段の物静かさとのギャップを生み、活躍の後には勝ちまくりモテまくりの人生を送ることができるだろう。
しかし、後藤ひとりはいずれも持ち合わせていなかった。
授業は真面目にノートを取り宿題もしっかりとやっているが、ことごとく要領が悪くテストは赤点ばかり。
運動会ではいつも周りの足を引っ張る有様であり、引きこもりがちな生活により走る姿はまるでヤドカリだと自虐する。
容姿に関しては──実は全てのマイナス要素を打ち消して余りあるほどの潜在能力を持っているのだが、その武器を扱うには彼女は悲しいほど自覚もセンスも無かった。
姿勢は猫背で前髪は伸び放題。前衛的な美的センスは彼女に本来似合う服装を好まず、学校指定外のピンク色のジャージを常に着用。
おまけに肌のケアも行わず一日中押し入れで過ごすこともある不摂生さと併せれば、磨けば光る原石も本来の素質の1%も引き出せていなかった。せめてほんの少し前髪を整えて背筋を伸ばせばそれだけでも人目を引く美少女になれたかもしれないが……その状態は頑張っても十秒持たないのが現状である。
しかしそんな彼女にも一つ、誰にでも誇れる特技がある。
中学の頃から青春を犠牲に、毎日六時間以上引き続けてきたギターである。
きっかけは何の気なしに見ていた音楽番組である。
「自分は昔から喋ることが苦手だったけど、ギターを始めてバンドマンになって、YORITOやKYOHSOのみんなと出会ってから人生が変わったよ……」と。
テレビの中でそう語っていたのは、当時から人気バンドであるKYOHSOの中でも物静かな印象を受けるギタリストの言葉だった。
本人が語ったように、彼は確かに喋りが上手い方ではない。何かを、話す時は電波の調子が悪いかのようにワンテンポ置くことが多い姿には、ネット上の一部のファンの間から「電報ニキ」と呼ばれているほどだ。
しかし口数の少なさに反して飛び出す言葉はどれも聞き手の印象に残るものが多く、ファンのみならず同業者たちからも「名言しか言わない男」として尊敬を集めていた。
後藤ひとりもまた、彼の言葉が響いた者の一人だった。
彼の言葉を聞いた瞬間、ひとりはまさに、今自分がするべきことは「これだ!」と天啓を受けた。
私もギターをやれば……バンドマンになれば、男女問わず友達1000人越え、彼氏はバスケ部のエースの超リア充女子のヒーローになれるのだと!
勉強も運動もできなくても、一流のギタリストになれば多くの人々の尊敬を集め、内なる承認欲求モンスターさえも飼い慣らすカリスマになれるのだと──その希望を、彼女はギターに託したのだ。
(私にきっかけをくれて、ありがとう、KYOHSO……ありがとう、電報の人……)
自分に道を示してくれたバンドマンの言葉に多大な感謝を込めてギターを弾き、その恩に報いる為陰ながらそのバンドを応援しているひとりだが、彼の名前を今でも覚えていないところだけは微妙にリスペクトに欠ける彼女であった。
ともあれ後藤ひとりはそのような経緯で元バンドマンの父親からギターを授かり、中学一年生の頃からギタリストの道を歩んできた。
根は素直で……素直すぎる彼女は、勉強と違って練習すればするほど上達していくのが楽しくなり、これこそが自分の人生なのだと理解した。元は周りからチヤホヤされたいという下心から始めたことだったが、気づけばギターそのものにのめり込んでいたのだ。
その結果──中学の三年間はあっという間に過ぎていった。
まるで秒速で四季が移り変わっていく、年寄りの感覚のように。
上達したギターの腕前を学校のみんなに披露する機会もなく、気づけばいつの間にか中学校生活が終わっていた。寧ろギターの練習に時間を割いたせいで家族以外の人間と関わる時間がさらに無くなり、友達はおろかバンドメンバーを集めることもできなかったものだ。
失意の目で卒業式を終えたひとりは、それでも高校生になったら絶対にバンドをやるのだと決意した。
その決意を胸に入学した高校は、実家から片道二時間の秀華高校。中学時代までの人間関係(虚無)をリセットし、彼女はバンド少女として心機一転して新たな学生生活に踏み出したのである。
この四月に彼女はこれまでの後藤ひとりと決別し、その背にギターを背負うダイナミックな後藤ひとりとなり、意気揚々と登校したのだった。
そして──彼女に声を掛けてくれた子は、誰一人現れなかった。
(孤独……圧倒的孤独……っ)
今日の自分は誰が見ても完璧なバンド少女だった筈だ。わかりやすくギターを背負い、ジャージの上着の下にはデスメタルバンド的なドクロのTシャツも着ている。なのに何故誰も自分に話し掛けてくれなかったのか、これがわからない。
今朝のニュース番組の特集では、高校では軽音部が一番人気があると言っていた。ならばみんなギターを持っている人に興味を持つ筈……! 何故……!? と、ひとりは放課後の帰宅道で、一人呆然としていた。
そして彼女は理解した。結局、自分は孤独で……学校に居場所など無いのだと。
「……もう、学校行きたくない……」
自分の居場所はネットだけ。オーチューブに投稿した彼女のアカウント「ギターヒーロー」の動画にコメントをくれるネットの民だけが自分の味方なのだと、ひとりは現実世界で生きることに限界を感じた。
思えば最初からそこで開き直れる性格だったなら、何の苦労も無かったのだろう。SNSが日常生活に染みついているこの現代社会、彼女のような人種はそこまで珍しいものではない。だから現実世界に居場所が無くて「何が悪い」と開き直ることができれば、彼女は動画サイトで承認欲求を貪る怪物として大成する道があったのかもしれない。
しかし彼女は本質的には誰よりも繊細で……寂しがりな少女だったのだ。
……アア……アア……
おびただしい孤独感に苛まれたひとりは虚ろな表情で無意識に、普段とは別の道を歩いていた。
そんな彼女の歩みを止めたのは、頭上から無機質に割り込んできた踏切の遮断桿だった。
そこで初めて、彼女はハッと意識を現実に戻す。見れば警報灯が赤く点滅を繰り返しており、サイレンの音がけたたましく鳴り続けている。
危うく線路の中に閉じ込められそうになったひとりは、一歩退いてその場で立ち止まる。しかし憂鬱とした心境故か、電車が通過してくるまでの時間が随分と長く感じた。
……アア……アアン……
そんな待ち時間の中、ひとりの優れた音感は、サイレンの音とは別の音が近くから鼓動のように鳴り響いていることに気づいた。
(何の音……あっ、ひ、人がいる……!?)
チラリと後ろに横目を向けると、そこには自分と同じように信号に待たされている大学生ぐらいの青年の姿があった。
かなりの美形である。野球帽を前後逆さまに被り、少しパンクなジャケットを華麗に着こなした金髪の青年がロードバイクにまたがってひとりの後方に待機している。
青年の目はひとりにも踏切にも向かっておらず手に持ったスマホを何やらじっと真剣に見つめていたが、ひとりの方はそんな彼の存在に対して過剰に反応していた。
知らないイケメンがいつの間に近くに立っていたことにビビったのもそうだが、一番はその行動である。
「キズを塞ぐようにKISSして 濡れる言葉ユルシテ 今呑み込んでやんよぉ~……」
(突然歌い始めた──ッ!?)
カンカンと鳴り響く踏切のサイレン音でリズムを取るように、金髪の青年は唐突に歌い始めた。
それは人前で流暢に話すことのできないひとりから見れば想像すらつかない、神をも恐れぬ陽キャの行動(独自調べ)であった。
しかもその独唱、やたらと上手かった。
(あ……この歌……アッポリの「あがいんすと・ざ・るーる」だ……)
ダイナミックコードの人気バンド、
しかし、その意味はネットで調べたので知っている。「ルールに逆らう」という、売れ線の中でもロックらしい挑戦的なテーマだったので印象に残っていたのだ。ラブソングという苦手なジャンルではあるが、個人的にサビの部分は気に入っていた。
そしてひとりはその曲を視聴者ウケの良い売れ線の曲として、ギターヒーローとして何度か弾いたことがあった。
「More Than This こんな衝動今までにない Tell Me How You feel
こんなに 悦んでんだろう? wow wow」
(上手だなぁこの人……本人さんみたい……)
同性のクラスメイトの顔すら直視することができないひとりには、見知らぬイケメンの顔を直視することはできない。見れば直ちに爆死してしまうからだ。故に彼女は、すぐさま踏切に視線を戻した。
しかしそんな彼女をしてもついつい聞き入ってしまう。思わず自分も背に掛けたギターに手を伸ばしかけてしまうほどに、青年の口ずさむ歌は疲れた心に染み渡るように響いていった。
「Don't stop the Dance これから陽が昇り始めるまで踊り果てよう
キミだって望んでんだろ……? wow wow」
(……来るぞ……来るぞ……)
《/b]》
(キタ──────ッ!!)
このサビを聴くと、沈んだ心がフッと元気になる。
ひとりが脳内で翻訳したフレーズはほとんど空耳であるが、ギターヒーローの動画を出した時もここのフレーズに対するコメントの反応は特別良かったので気に入っていた。その上彼女自身、猫より犬派だったので歌詞に共感することもできた。
尤も、実際にはこれもラブソング的な歌詞なのだが、彼女的にはそんなことよりも何よりコメント欄の反応が大事なのである。
空耳で記憶して本当の歌詞を覚えていないというコレも元の曲に対するリスペクトが微妙に欠けているが、そんな彼女でも今でも感謝の気持ちを以てアッポリの活動を追っているつもりだ。
やがて電車は通り過ぎ、踏切は解放される。
それと同時に熱唱していた金髪の青年はロードバイクを発進させ、瞬く間にひとりの近くから走り去っていったが──彼の歌を聴いたひとりは、お布施を出さなかったことを申し訳なく思うほど満足感に満ちていた。
そして、彼女の中である種の心境の変化が起こった。
それはギターを始めるきっかけをくれたKYOHSOのギタリストの言葉のように……後藤ひとりに天啓を与えた。
(……そっか……私もあんな風に、自由にやればいいんだ……)
後藤ひとりは孤独。
しかし孤独とは──自由。
踏切のサイレンの音すら自らのリズムに変えてみせたあの青年の姿勢に、彼女は答えを見た。
「ありがとう……踏切太郎さん……」
誰だか知らないが、その歌で自分に大切なことを教えてくれた青年にひとりは深く感謝し、今にも成仏しそうな声で礼を言う。
視界が拓かれたようだ。まるで雲よりも高い山をオートバイで踏破したようなイメージを……乗ったことはないが脳内に描きながら、ひとりは衝動的にギターを手に取った。
「フフッ……私は武道館をも埋めた女……」
常に思い浮かべるのは、妄想の中で毎日文化祭ライブを成功させた最強の自分だ。
その目に狂気の色を浮かべたひとりは──脚が疲れたので近くの公園のベンチに腰を下ろしてから、演奏を始めることにした。
周囲確認──ヨシ。公園の中にはどこからか飛んできた白サギがいるだけで、おあつらえ向きに人の姿は無かった。
人前で弾くのは怖いので、今まで外でギターを弾いたことは無い。しかしこの時は朝の決意から始まって学校での失敗、そして先ほどの青年の歌を聴いたことで、彼女のテンションは一周回ってダイナミックになっていたのだ。さながら壊れかけのラジオのように。
「ワンちゃん! わんわん逃せ! わおーおーー↑↑ フゥフゥ↑↑↑」
彼女は、これまでの人生の間心に燻り続けていた熱情を一気に発散するかのように、ギターを弾いた。
ギターヒーローの時でさえ披露したことのない歌声まで追加したそれは、彼女が独自のアレンジを加えたギターと孤独の「Against the Rules」だった。
「わ……すご……! 歌い方は独特だけど、なんて激しくて、熱いギタービブラート……まるでギターヒーローみたい!」
演奏に集中していたあまり、白サギの他にもう一人、観客の中に金髪の少女が加わっていたことに気づき死亡するのがこの後のことである。
そうして後藤ひとりは、バンドマンの道を歩き出した。
なお、この熱唱に全てを出し尽くした後藤は
続く結束バンドの初ライブにウソのようにボロ負けした。