ぼっち・ざ・ろっく!VSダイナミックコード 戦士の休息編   作:GT(EW版)

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下痢コーヒー

 アスファルトを照りつける快晴の空の下、ポニーテールを揺らして伊地知虹夏が走る。

 

 光があれば影が差す。立ち尽くす後藤ひとりことぼっちが儚げな横顔をさらしながら、黄昏れたように虚空を見つめる。

 

 仕上げとばかりに、最後は魔王の凱旋が如く堂々たる歩みで地を踏みしめ、壇上の奥から山田リョウがその姿を現した。

 

 決めポーズには、ドラムの虹夏が左手を腰に掛けながら右上を向き、ギターのぼっちがポケットに手を突っ込みながら虚ろに左下を向く。

 そしてセンターポジションにはベースのリョウが、腕を組みながら気だるげな表情で正面を見下ろしていた。

 雛壇のような台座の上に集結した三人のバンドマンの姿を、太陽の光がスポットのように眩しく照らし出す。

 

 

 ──そんな彼女らに向かって、台座の下からカメラを回していた喜多郁代が満足げな笑顔を浮かべて呼びかけた。

 

 

「はーいカット~!」

 

 

 彼女ら「結束バンド」の撮影風景である。

 

 喜多の声が掛かったところで、ぼっちが暑さで溶けたアイスのような顔で真っ先に日陰へと移動し、虹夏が我慢の限界とばかりに膝に手をついて息を整えた。三人の中ではリョウだけが特に変わらず、いつも通りである。

 

 そして一人テンションの高い喜多が、撮影を終えたスマホのカメラ映像を見ては「キャーこれよこれ!」と黄色い歓声を上げていた。

 

「そうそう、ここからパパッとカットバックして、グっと来て、ババーン! と顔のアップで横からロゴがシャキーンと来るわけですよ!」

「ゼェ……ゼェ……ねえ喜多ちゃん、私思ったけど……! アー写の撮影に、PVみたいな動画は要らないよね? 私、こんなに走る必要なかったよね……!?」

「ご、ごめんなさい! 三人の中なら伊地知先輩が一番動きのある画を撮れそうだったから」

「私は楽しかった」

「リョウはそうだろうね」

 

 一連の撮影時間はこの公園に来てから大体十五分と言ったところか。

 慣れない行動をした結果撮影が終わった途端に日陰で死亡したぼっちは当然としても、どちらかと言えばインドア派である虹夏も疲れた様子であり、予想外な運動を強いられたことで呼吸が乱れていた。

 そんな彼女はこの状況を作った張本人である喜多に、一連のビデオ撮影を終えた今になってツッコミを入れる。

 

「って言うか、真ん中には喜多ちゃんが映らないと! うちのフロントマンなんだから」

「! そうでしたね! 皆さん被写体として優秀だからつい楽しくなって、自分が映るの忘れてました!」

 

 結束バンドの四人目のメンバーである喜多が、彼女に言われて本当に今気づいた様子で照れ笑いを浮かべる。

 そんな彼女の顔を見ると毒気も抜かれ、虹夏は「もー!」と笑い飛ばしながら二人で仲良く撮影した映像を閲覧していた。

 「中々うまく撮れているじゃん!」と喜多の撮影技術を褒めながら、虹夏は本来の用途がよくわからない物体が数多く並ぶ公園の景色を見渡した。

 

「だけどこんな新宝島って感じのロケ地、よく見つけたねー」

「私、ギター……多弦ベースでしたけど、練習を始める前の暇な時間はよくバエスポットを探してこの辺りをぶらついていたんです! そしたらアー写の撮影に丁度良さげな公園があるのを思い出したので」

 

 喜多郁代がヴォーカルとして加わってから数日後、結束バンドは本格的な活動の第一歩として全員集まり、アー写──アーティスト写真の撮影を行っていた。

 アー写とはバンドの方向性やメンバーの特徴を伝える大切な物。メンバー全員を集めたその日の放課後、虹夏の提案に「それなら私にいい考えがあります!」と乗ってきたのが事の発端である。

 喜多の案内のもと訪れた撮影スポットにて、彼女らは渾身のベストショットを求めて活動に当たっていた。

 

「カメラ、好きなんだ」

「そうなんですよー! 私って元々撮られるのが好きだったんですけど、最近は誰かを撮るのにハマってます! はい、後藤さんチーズ!」

「……グボァ……」

「えっ、ぼっちちゃんどうなってるのその姿」

 

 言い出しっぺの虹夏よりもテンションの高い様子でウキウキと語る喜多が、不意打ちで木陰にスマホのカメラを回す。

 そこには今までの人生で家族や学校の集合写真以外で一枚も誰かと写真を撮ったことの無かった事実を思い出し、青春コンプレックスを発動している下北沢のツチノコの姿があった。

 喜多のスマホカメラは、その姿の貴重な撮影に成功する。

 

 

 カシャ! カシャァ……カシャ……カシャカシャァァ……

 

 

 ……が、追撃に襲いかかってきた不可解な現象に虹夏が固まる。

 写真を撮られたと思ったら仰向けになって電子音のような奇声を発し始めたピンクの珍獣にも驚いたが、重ねて不可思議な現象である。

 虹夏の目つきも普段のにこやさから一転し、真顔で喜多に訊ねた。

 

「ねえ喜多ちゃん……今のシャッター音、なんかおかしくなかった?」

「特製のカメラアプリです! 知り合いのカメラマンが作ったんですけど、これを使って連写するとシャッター音にエコーが掛かるんですよー!」

「うん、すごい……凄いけど、何の意味あるのそれ?」

「はい、エコーが掛かります!」

「そっかぁ」

 

 何となく気にしたらいけないような気がしたので、虹夏は話題を変え、横でぼっちのことを良くない目で見ているリョウに釘を刺しておくことにした。

 

「リョウ……お腹すいたのはわかるけど、ぼっちちゃんを食べようとしない」

「いや、ツチノコって美味しいのかなって」

「あれはぼっちちゃんだよ!」

 

 ドラムにベース、ギターにヴォーカルが集まりいよいよ結束バンドもバンドらしくなってきた。しかし、ここに来て虹夏は思い始めたことがある。

 

 

 ──もしかしてこの子たち、問題児なのでは? と。

 

 

 結束バンドは、のどかな春真っ盛りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼっちが喜多と出会った翌日──結論を言えば、彼女は無事に結束バンドへと復帰することができた。

 

 

 元々、虹夏もリョウも怒っていたわけではない。

 逃げたこと、急に音信不通になったこと、ギターを弾けると嘘を吐いたことを彼女が土下座して謝り、「どうか私を滅茶苦茶にしてください!」とまで言われては、謝意は十分に伝わった。

 

 或いはそれに対しては、ぼっちが彼女のフォローに回ったのも大きかったのかもしれない。

 

 ぼっちは言った。喜多さんの手は指先の皮が固くなっており、ギターを弾く為に相当の努力をしていた筈だと。

 結果的にその努力は空回りだったわけではあるが、彼女だってみんなとバンドをやる為に必死で取り組んでいたことは、決して嘘では無かったのだと。

 言葉は上手くなかったが、普段はコミュニケーションに消極的なぼっちがそこまで言うとなれば、虹夏とリョウの出した答えは一つだった。

 

 虹夏は「私も喜多ちゃんにこのバンドを盛り上げるの手伝ってほしいな!」と歓迎の言葉を掛けると、リョウは無言で親指をクイッと横に払い、「来な、うちのバンドへ」と促したのである。

 

 ……尤もリョウのその仕草は「Go to Hell!」という意味で受け止められてしまい、喜多がショックのあまり泣き出してしまうハプニングが発生したものだが。

 

「紛らわしいことしない」

「ごめん……」

 

 結果、喜多の背中を摩りながら虹夏がリョウを嗜めるという、その場にいたのがぼっちでなくとも困惑不可避な光景がライブハウスで目撃されたものだが……晴れて結束バンドに、ヴォーカル兼ギター見習いが加わったわけである。

 

 

 しかし、それでも喜多にはまだ罪の意識がこびりついていた。

 

 自分が掛けた迷惑に報いる為、先輩たちに何か罪滅ぼしをしたいと語った喜多は、「なら丁度いい」とSTARRYの店長である虹夏の姉、伊地知星歌の提案を受けて店の手伝いをすることとなった。

 丁度、ぼっちの初勤務と同じ日の出来事である。

 しかしこれがまた、想定以上の効果をライブハウスにもたらしたのだった。

 

「よく働いてくれるじゃないか」

「惰眠を貪る余裕までできてしまった……」

「時給から引いておくからな」

「そんな」

 

 ぼっちが初めて会った時は思い詰めていたこともあってか、喜多はどこかアンニュイな雰囲気を漂わせていたものだが、本来はとても陽気で笑顔の絶えない少女である。

 さらにはスポーツも万能な彼女は体力にも定評があり、臨時店員にして右へ左へと大活躍を見せた。

 

 同じく初めてシフトに入ったバイト初日のぼっちが、混乱のあまりわけもわからず自分を攻撃していた様子と比較すれば、彼女の要領の良さは一層際立っていた。

 

 

「才能あるんじゃないか? このアルバイト」

 

 

 思わぬところで良い人材を見つけたと、店長の星歌が呟く。

 その言葉に、PAが微笑んだ。

 

「フッ……」

 

 微笑んだその目で、チラリとリョウにアイコンタクトを送る。

 

「フッ……」

 

 PAの視線を受け止めたリョウが不敵な笑みで応じると、今度は彼女が横目をチラリと、カウンターについているぼっちに向けた。

 

 ──えっ、何これ? 何かのコミュニケーション? ま、まさか陽キャだけに通じる陰キャを炙り出す為の合言葉的な何か!?

 

 彼女らの心意に理解が及ばなかったぼっちは、「とりあえず流れに身を任せておく」という、彼女にしては落ち着いた無難な解答を引き出すことができた。

 

 

「……フッ……」

 

 

 渾身のキメ顔で、ぼっちがニヒルに微笑む。

 今ここに、三人のリレーが完成したのだ。

 

「何笑ってんだあいつ」

 

 一方、店長はそんな彼女らを怪訝な目で見ていた。

 しかし一同の顔は何故かやりきった感に満ちており、ライブハウス内の空気を妙な感じに変えてしまった。

 喜多などはぼっちのキメ顔を見て「キャー! 前髪に隠れてよく見えなかったけど、後藤さんってキリッとするとクールな顔だったのね!」と顔を赤らめ、キターンと目を輝かせていたものである。

 元々は山田リョウのユニセックスな雰囲気に魅かれて結束バンドに入った過去のある彼女は、自他共に認めている面食いの女の子だった。

 

 そんな混沌とした空気に割り込めたのは、結束バンドのリーダー伊地知虹夏ただ一人である。

 

「ぼっちちゃん、流されなくていいから。それよりコーヒーの注文入ったよー!」

「あっはい」

「コーヒーの入れ物は、他のドリンクと違うから気をつけてね」

 

 内なる心で(もしかしてこのライブハウスでまともなの、私だけ……?)と疑問を抱き始めていた虹夏は、せめてぼっちちゃんだけはこちら寄りの存在にしてみせると決意し、甲斐甲斐しく仕事の指導を引き受けた。

 ぼっちをコーヒーメーカーの元へ案内し、カップの場所を教えて淹れさせる。とは言っても、やり方はファミレスのドリンクバーと同じで、カップをセットすればワンタッチでコーヒーを注いでくれる簡易なものだ。

 しかし。

 

 

 

 ブチチブリュッ!!  ジュボボボボボ……

 

 

 

 淹れた瞬間、思わず目を覆たくなるような──およそ飲み物とは思えない音が注ぎ口から聴こえてきたことに、虹夏がうわぁ……と天を仰ぐ。

 どうやらこの店で一番まともじゃないのは人間ではなく、コーヒーメーカーだったようだ。

 

 

「なにこの音」

 

 ぼっちが珍しく露骨に嫌そうな顔で、ドン引きした様子で呟く。

 深く溜め息を吐いた虹夏は、彼女に一言謝った後、テーブルで書類とにらみ合っている姉に対して呼び掛けた。

 

「お姉ちゃん……やっぱり買い換えようよコレ。飲む気失せるってこのコーヒー」

「一応業者に訊いてみたが、壊れているわけじゃないらしい。飲んでみれば美味いからお前も気にするな」

「気にするよ!」

「ライブに夢中になればドリップ音なんて誰も気にしない──と言いたいが、私も最近頭痛くなってきたから返品しておくよ。……悪かったな」

「ありがとう……」

 

 

 ──姉妹が働くライブハウス「STARRY」は、今日も平和だった。

 

 

 

 




 次回は作詞回
 そろそろクロスオーバーSSらしくダイナミックコードの人気キャラが関わります。土壌
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