ぼっち・ざ・ろっく!VSダイナミックコード 戦士の休息編 作:GT(EW版)
六月──結束バンドが再始動し、四人がいつものメンバーとして定着してきた頃。
夏が近づきつつあるこの時節、ぼっちの心は今日も降り続ける梅雨と同様不安定だった。
(駄目だ薄っぺらい……こんな歌、落ち込んでる時に聴いたらさらに追い詰められてしまう!)
ぼっちはこの一週間、自宅では机と向かってはああでもない、こうでもないと唸り続けていた。かと思えば何かに取り憑かれたように突然奇声を上げ出したりと、その姿を襖から目撃した母親が霊能力者を紹介しようとするほどに、今の彼女は精神的に参っていた。
……良い歌詞ができない。
四人揃った結束バンドは八月に行う予定のブッキングライブに備え、現在オリジナルソングの作成を進めていた。
作曲担当は山田リョウで、既に形になったものがぼっちの元に提出されている。ロックらしくそれぞれの楽器の主張が強い、聴いただけでも彼女の非凡なセンスがわかる良い曲だと思った。
しかしその曲に乗せる歌詞の作成が、想定以上に捗らなかった。
中学時代図書館に入り浸っていたのはこの為だったのだと作詞の役目を自ら立候補し、皆からも快く一任されたと言うのにと、ぼっちは自らの情けなさに項垂れてた。
元々、作詞には人より慣れている自負があった。日常生活に対する不満や、筋金入りの陰キャとしてこの胸に抱えている心の叫びを文章として表現すれば、自ずとそれっぽい形にはなるのだ。
普段も衝動的にギターを弾きたくなった時には即興でその場限りのオリジナルソングを歌うこともあり、実際のところぼっちの作詞センスは結束バンドの中でも頭一つ抜けて高かった。
……が、ぼっちは自分らしさを全開に出した歌詞を、結束バンドの曲として世に出すことに抵抗を感じていた。
中学時代の自分が作った歌詞を改めて客観的に読んでみると、どれも誰かを呪う為の呪詛にしか見えなかったのだ。
これをあのザ・陽キャとも言える喜多に歌わせるとなると、なんだかとても申し訳なく感じた。とは言え彼女に合わせた明るい歌詞を作るとなると、彼女らのような光の存在を遠くに感じているぼっちには何から何までその価値観が理解できず、「夢は必ず叶うよ」や「諦めないで」等、当たり障りの無いテンプレートなフレーズしか書き込むことができなかった。
(うん……一応、できた。書くには書けたけど……なんか気分悪くなってきた。とりあえずリョウさんに見てもらおう)
仮の完成を終えたところで他の誰かに意見を求めるという行動を取れたのは、中学時代までと比べれば間違いなく彼女が成長した証であろう。
どちらにせよ、作曲者との擦り合わせは必要となる。早速ロインで歌詞ができたことをリョウに連絡すると、返事はすぐに送られて来た。
《了解。Dynamic Cafeって店にいるから来て》
……カフェで待ち合わせとか、これはもう陽キャを名乗っても良いのではないか?
そう思ったぼっちは雨の空の下傘を差し、いつものジャージ姿で不気味に小躍りしながら家を飛び出していった。
アババババ ドンドンドン
看板に「
家を出る時には脳内にハイテンションなBGMを流していたぼっちであるが、約束の店についた途端萎びたチワワのように縮こまってしまう。まさに冷や水を浴びせられた気分だった。
(そう言えば、外食なんて一人でしたことなかった……! どうやって入ったらいいの!? 何か儀式があったかな? あったよね!? わからない……! まるで全然、わからない……っ)
さながら踏めば即死のトラップが敷き詰められた敵異星人の要塞に、一人で挑むようなこの状況。
ぼっちの目には前方に見える新しめな木造建築の店があまりにも大きく、心なしか入り口の階段が歩道を封鎖して車の道路まではみ出しているかのように見えた。
だが、この中には大切な仲間が……先輩が囚われているのだ。入らないという選択肢を、選ぶわけにはいかなかった。
ええい、ままよ……彼女は突入する。
「勝手に入りまーす!」
意を決したぼっちは入る為に必要であろう儀式をあえて行わず、虹夏先輩を見習い勢いでゴリ押すことにした。
風情ある手動の扉をガチャリと開き、ぼっちは木造りの喫茶店「Dynamic Cafe 下北沢支店」へと入店するのだった。
(ヒェッ……中もお洒落……)
外装通り、中も上品で大人の雰囲気を感じる静かな店だった。
今着ている全身ピンクのジャージは彼女にとってはスーツと同様の正装である為、それを恥じることはしない。しかし脳内で繰り広げられる(こんな店に私が入って良いんですか……!?)というセルフ格付けチェックに翻弄され、足を踏み入れたと同時にぼっちの中で再び躊躇いが生まれた。
「ぼっち、こっち」
連絡の通りリョウは先に入店していたらしく、既にカウンターに座ってモグモグとパエリアを食べていた。
この店の看板メニューなのだろうか? 奥の方にテーブル席をちらりと一瞥すると、そこにも同じ料理を口にしている筋肉質の成人男性の姿があった。
「あっ、失礼します……」
「入ってきた時と違って謙虚だね」
入店時の一声でぼっちの入店に気づいたリョウが、手招きして自らの隣の席に誘う。ぼっちは謹んで応じるが、そう言えば彼女と二人きりになるのはこれが初めてであることを思い出した。
虹夏にしろ喜多にしろ、ぼっちがリョウと会話する時は誰かもう一人は必ず、間に入っていたのだ。
彼女は二人と違って掴みどころの無い性格をしている為か、今ひとつ何を考えているのかよくわからないところがある。
良い人であることは間違いないのだろう。虹夏の親友である上に、自分のことを褒めてくれる人なのだから。ぼっちは基本的に、自身に優しくしてくれる人物が好きだった。
「じゃ、歌詞見せて」
「あっはい。お願いします」
「うむ、拝読いたす」
中々美味だったとパエリアの批評を終えてスプーンを置くと、リョウはぼっちの手渡した歌詞ノートをペラペラと捲る。
途中、歌詞とは全く関係の無い気合いの入ったサインの落書きに対して真面目な感想を述べたりしながら──リョウはぼっちの考えた当たり障りの無い無難な歌詞を見て、しばし考え込むように間を空けた。
緊張するぼっちに向かって、リョウが言い放つ。
「個性を捨てたバンドなんて、死んだのと一緒だよ」
「……っ」
バンドマンとしての彼女の矜持が窺える、歯に衣着せぬ物言いだった。
厳しい言葉を言ったその理由を、彼女は詳しく語る。それは彼女自身のプロ意識と言うよりも、自らの失敗に基づいた過去の経験に起因するものだった。
リョウが結束バンドに入る前に所属していたバンドのことである。
彼女はそのバンドの青くさくて真っ直ぐな歌詞が好きだった。しかし売れる為に必死になって歌詞を売れ線にした結果……元の持ち味を見失い、どんどん個性が消えていった。
それが嫌になって、彼女は元のバンドを脱退したのである。これは自分がなりたかったバンドマンではないと。よく聞く言葉で言えば、「音楽性の違い」という奴だ。
そしてリョウが抜けた後もそのバンドは結局上手くいかず、程なくして解散してしまったらしい。
「そんなことが……」
その頃にはリョウ自身、音楽に対する熱も冷めていて──しかし心のどこかでは、またバンドをやりたいと夢を諦めきれない自分がいた。
そんな彼女を誘ってくれたのが、伊地知虹夏だったのだ。
「バンド作るから、暇なら手伝って。私、リョウのベース好きだから!」と、屈託無い笑顔でそう言われた。
故にもう一度夢を追う機会をくれた彼女に対して、リョウは普段から言葉にはしないが多大な恩を感じていた。
「……リョウさんも、虹夏ちゃんに誘われたんだ……」
「うん。だから私は、このバンドには死んでほしくないんだ」
虹夏に誘われた者同士奇妙なシンパシーを感じながら、ぼっちはノートに書き綴った個性の無い歌詞に目を落とす。
つまらない、と感じる。何よりぼっち自身が、自ら書き綴った面白みの無い歌詞に納得していなかったのだ。
「ぼっちは面白い人なんだから、他人のこと考えてつまんない歌詞を書くより、自分の好きな歌詞を書きなよ。みんなも、ぼっちなら面白い歌詞を書けるって思ってるよ」
(……期待が重い……! だけど、嬉しい……)
バンドの経験以前に対人の経験が圧倒的に不足しているぼっちは、どこまでなら自己主張して良いのかと、周囲に対して常に躊躇いを抱えていた。
ソロなら発揮することができる卓越したギターの技量を集団では全く活かせないのも、最大の要因はそこにあるのかもしれない。
そんなぼっちに対して、リョウは彼女自身のバンドへの向き合い方──信念を語った。
「バラバラの個性が集まって、それが一つの音楽になるんだよ」
メンバーは全員考え方も性格も違うが、それこそが一つの音楽──結束バンドの個性になるのだと。
続けて、わかりやすい一例を彼女は挙げた。
「それに……陰気な歌詞をリア充っ子に歌わせるのって面白いじゃん。レヴァフェの「
思わぬところから出てきたメジャー曲の歌詞を思い出し、ぼっちは納得する。
白い胸に透けてる 紫の血潮 僕のモノじゃないなら噴き出すのを夢見てる
キミの裏切りにはね 贖罪なんて無い
ああ キミの心臓が止まる日まで
僕はキミを許さないよ
ああ 叶うならばこのナイフで
僕の愛を伝えたいの
聞こえる 悪魔のクリスマスキャロル
今日 からね
僕はルシファーってことで
「……確かに」
ぼっちは業界のトップ層で活躍しているアーティストの代表曲の歌詞を思い出し、それを歌っている喜多の姿を想像して苦笑した。
件の曲は深刻な青春コンプレックスを患っている彼女が、唯一ノーダメージで弾くことができるクリスマスソングなだけはある。説得力は抜群だった。
彼らのような成功例を引き合いに出すと、案外聴いている人たちの多くはコテコテの売れ線よりも、独創的な尖ったセンスを求めているものなのかもしれない。
──よし、帰って1から歌詞を練り直そう。
リョウの言葉で自身のフィーリングを、個性を肯定してもらえたぼっちは内なる承認欲求がプラスに働き、たとえ呪詛めいた歌詞になろうとまずは自らの心に従うことを決意した。
「ブドウジュースをお持ちしました」
「あっえっ」
席を立とうとしたぼっちを引き止めるように、カウンターの向こうから店員が二人分のドリンクを運んできたのはその時である。
突然現れたダンディーな店員を前にぼっちは(ハッ……!? これはドラマとかで見る「あちらのお客様からです」という奴なのでは……!?)と店内を見回してみるが、カウンターにはリョウしか座っておらず、そのリョウも意外そうな顔をしていた。
「貰うけど、私頼んでないよ?」
「こちら、御代は要りません。ただ今当店の新メニューとして検討している最中でして……是非貴方たちのような若者に味見していただきたいのです」
「いいね……気に入ったよこの店」
「恐縮です」
白と赤、二人分のドリンクは彼女の頼んだ注文ではなく、ダンディーな店員からのサービスだったのである。
いかにも普通の一社員ではなさそうな品のある風貌をしたその店員は、ウェイターや料理人と言うより「オーナー」という立場が似合う雰囲気を纏っている。
そのオーナーらしき男性から遠慮なくグラスを受け取ったリョウに合わせて、ぼっちもそのドリンクを受け取った。
「あっ私たち、未成年です……」
「ご安心ください。こちらはノンアルコールのブドウジュースとなっております」
「私はビールの方が好きなんですけどね……」
「えっ」
「冗談」
ワイングラスに注がれていたそれぞれのドリンクは、一見大人が高そうな店で飲むような代物に見えるがアルコールは入っていない。
しかしグラスの中で赤い液体を転がして弄ぶリョウの姿はどこか手慣れた様子で堂が入っており、言われなければ未成年と気がつかないアダルトな雰囲気があった。
喜多さんが魅かれるのも少しわかるかも、と思いながら、大人の雰囲気を放つ彼女の仕草を真似しながらぼっちも手渡されたドリンクを啜ってみた。
リョウの飲んだ赤い色のブドウジュースと違い、ぼっちが飲んだのは白いブドウジュースだった。
「どうです? ここのワインジュースの味は」
「うん、美味い。白いのはどう?」
「あっはい、美味しいです」
流石に自家製の物となると、自動販売機で買えるような普通のジュースとは違う。ぼっちは味の違いがわかる方ではないが、溢れ出た感想はお世辞ではなく素直な賞賛だった。
そんな二人の飾らない感想を受けて、口ヒゲの紳士は嬉しそうに目を細めた。
「尤も、ワインはブドウの品種だけでなく、育った土壌で全然味が違うんですよ」
そう語った彼の言葉を試してみるように、ぼっちはもう一度白ブドウジュースと向かい合う。
ここは通なコメントをした方が喜ばれるかなという強迫観念から、絞り出すようにレビューを付け加えた。
「ここの土の味がする……」
「土の味」
「あっ匂いでした」
「闇の深いぼっちはいなかった。草の味なら私もわかるけど」
「えっ」
……何か今、リョウさん変なこと言わなかった? と思いながら、いや気のせいかと思考を追いやり再びグラスに口をつける。
やはり高級感のある味だ。無料で飲むのが申し訳ないほど、よくできた美味しいジュースだった。
「この地で育てられたブドウの味は、ここだけの特別なものなんです」
言って、店員が微笑んだ。
「貴方たちの音楽と同じです」
「?」
「あっ……」
つい先ほどまでバンドの個性について語っていたリョウの言葉に追従する、真理を突いた言葉だった。
「
少しの間を置いて姿勢を正し、しみじみと澄ました顔で彼は言い放った。
「いろんな土壌と環境で、貴方たちだけの音楽が生み出されてるんでしょ?」
喫茶店「Dynamic Cafe 下北沢支店」を後にした二人は向かい合い、リョウがまず頭を下げて謝った。
「本当にごめん、お金は来月返します」
「あっいつでも大丈夫です」
食事の代金である。山田リョウはお金が無かった。
店員──あの後行った自己紹介でわかったが、彼は本当にこの店のオーナーだったらしい──彼の言っていた通り、ブドウジュースはサービスで代金は要らなかった。しかし当然ながら、それ以前にリョウが食べたパエリアの代金は据え置きだった。
彼女の方から誘ったのに奢らされることになったぼっちは、釈然としない気持ちを抱えながらも今回は彼女の言葉に救われたのも事実なので、それ以上言及する気にはなれなかった。
ただ……しっかりした大人っぽい先輩だという認識は、少し改めた方が良いのかもしれないと思った。良い意味で言えば、山田リョウというベーシストが最初に思っていたよりずっと親しみやすい人間であることがわかったが。
「あの……今日はありがとうございました。次は絶対、もっといい歌詞を作ってきます!」
そんな彼女と今一度向き直り、ぼっちは宣誓する。
まずは自分らしい歌詞を作る。元々再生数を稼ぐ為に売れ線の曲ばかり演奏していたギターヒーローの自分には、叩かれてヘコむようなプライドは持ち合わせていない。皆が任せてくれるのなら、とりあえずは後藤ひとりが納得できる歌詞を作ってみようと思ったのだ。
「うん、頑張って」
少し吹っ切れたぼっちの様子を見て、リョウが微笑みながらエールを送る。
既に雨は上がっており、白サギの羽ばたく空には色鮮やかな虹が架かっていた。
『いろんな土壌と環境で、貴方たちだけの音楽が生み出されてるんでしょ?』
──筆が乗ったぼっちは、その後無事に結束バンドのオリジナルソング「ギターと孤独と蒼い
後に彼女らの代表曲として世に知れ渡ることになるこの曲であるが、最終候補の一つとして競い合っていた没案のノートには、「ドジョウと環境と青い
土壌おじさんの台詞は人生に通ずる名言ですね