ぼっち・ざ・ろっく!VSダイナミックコード 戦士の休息編 作:GT(EW版)
七月下旬。
梅雨も明け、本格的に夏が訪れ始めた頃。オリジナルソングを完成させた結束バンドは、四人とも春先より数段レベルが上がり、駆け出しのバンドらしい形になり始めていた。
結束バンドにとって嬉しい誤算だったのは、ギターヴォーカルの喜多が想像以上に要領が良かったことであろう。ギターと間違えて多弦ベースを購入して以来ものの見事にスタートダッシュに失敗し、楽器マニアのリョウに交換してもらってようやく本物のギターに触れることができた彼女だが、そこからの努力と飲み込みの早さは一際優秀だった。
何より、同校同学年のよしみで休み時間や放課後などで彼女の指導を担当していたぼっちが、こちらも虹夏たちの想像以上に要点を教えるのが上手かったのもあり、彼女は初心者ながら順調な成長曲線を描いていた。
そしてそのぼっちはと言うと──未だ本来の実力を発揮できてはいないが、それでもオリジナルソングを完成させて以来、時折目を見張るセンスを発揮し始めていた。
これはぼっち自身が当初より結束バンドの演奏に馴染んできたのもあるが、以前より良い意味で、開き直って弾くようになったのが大きいだろう。
未だ周りと波長が合わず一人で突っ走ってしまう欠点は改善されていないが、最初のライブの時のように周りを意識しすぎて基本の弾き方からグダグダになってしまうような状態にはなっていない。
周りを見る余裕は無くとも、彼女は少しずつ自分のペースで弾けるようになっていたのだ。
そうなると今度は彼女の突出した能力に対して、逆に周りの方が合わせるのに苦労しているが……それはギタリスト一人の責任ではなく、バンドメンバー全体の課題と言えた。
──そして八月のブッキングライブに選出するバンドを決めるオーディションでは、当初の想定以上の仕上がりを見せてきた結束バンドの演奏に、審査員であるSTARRYの店長伊地知星歌が仏頂面の裏で舌を巻いていた。
彼女が特に注目したのが、やはりぼっちである。
妹の虹夏がこのライブハウスで初のライブを行ったあの日、喜多郁代に代わるギタリストとして連れてきた少女。
ワンちゃんがどうのこうのと奇妙な歌を歌いながら入店してきた彼女は得体の知れないマンゴー仮面としてデビューし、最後までやりきったとは言え散々な演奏を披露した謎の存在だった。
あの後アレはなんだと問い詰めた自分に、虹夏は「ぼっちちゃんは本当は凄いんだよ!」と彼女をフォローしていたが……星歌の頭にはその時の彼女の、マンゴー仮面として弾いたわけのわからない演奏が鮮烈に焼き付いており、妹の審美眼を全く信用していないわけではないが、正直言ってこの時まで彼女の実力を疑問視していたものだ。
しかし、こうして改めて聴いてみると──彼女の弾くギターの音色からは、一朝一夕では身に付かない確かな研鑽の跡と、それに裏打ちされた確かな技量の片鱗を窺うことができた。
このオーディションで披露した「ギターと孤独と蒼い惑星」及び「あのバンド」という曲には、おあつらえ向きにギタリストの実力を試すような印象的なソロパートがあった為、多くのバンドマンたちの演奏を聴いてきた星歌は妹の見込みが間違っていなかったことを理解した。
山田リョウと同じく、彼女も既に高校生としては高い実力を持っていると言えるだろう。
しかし空恐ろしいのは、それでもまだ彼女は緊張や不安などの内面的な要因で、本来の実力を発揮しきれていないことだろう。
(この世界は甘くない。私もよくわかっているが……)
そんな彼女がこれから先経験を積んで自信を付けていけば……そう思うと、元ギタリストとして楽しみに感じた。
八月に行うSTARRYのブッキングライブ。
このオーディションは実を言うと彼女らがどれほど普段の練習を真剣に打ち込んでいるのかを確かめる為に行ったもので、最低限の形ができているのであれば星歌は出す気でいた。もちろん、前回のような出来であれば容赦無くはねのけていたところであったが。
前回は身内のバンドだからとオーディションをしなかったのが甘かったのだろう。今回も出れて当然だという認識をしていた虹夏には、発破を掛ける意味でも必要以上に厳しい言葉を浴びせてしまったものだが……そんな彼女は今、現状の自分たちができる精一杯の演奏を終えると、姉に対して「どうだ!」と言わんばかりの目で見つめていた。
対照的に不安そうな顔をしていたのがぼっちと喜多で、今回ばかりは普段飄々としているリョウも落ち着かぬ内心を隠せていなかった。
ニヤニヤと隣から向けられるPAの鬱陶しい眼差しに溜め息をついた後、観念したように星歌は応える。
「いいよ、合格だ。前よりはずっと、バンドらしくなったんじゃないか?」
「……! お姉ちゃんっ!」
「良かったぁ……!」
「村祭り」
「……ウプッ」
「なんだ今の」
緊張の面持ちを隠せなかった一同は、星歌が審査結果を口にした途端一斉に脱力して息を吐く。
満面の笑みで喜ぶ虹夏と、安心した顔で目を潤わせる喜多。平静を気取っているつもりで身体は正直にブルブルと震えているリョウに、今にも吐きそうな顔で蹲っているぼっちと、四人の反応はバラエティーに富んでいた。
「お前らもうちょっと結束しろよ……」
そんな彼女らの、まるで統一感の無い様子に苦笑しながら言うと、ベースを置いて一足早くリラックスしたリョウが言い返す。
「いろんな土壌と環境で、私たちだけのバンドが作り出されてるんだよ」
「リョウ先輩、最近同じことばかり言ってますけど気に入ってるんですかそれ?」
「うん。今はぼっちの頭にもその言葉が浮かんでる」
「あっ……ハイ、そうです。えっリョウさんってエスパー……?」
「Dynamic Cafeのオーナーさんに言われたんでしたよね。いいなぁ後藤さん……やっぱり二人だけでご馳走を食べてきたんですね……」
「き、喜多さん?」
ドジョウが何たらとは、リョウが最近マイブームのように口にしている言葉である。
どうにも喫茶店のオーナーが自分の音楽性に迷うぼっちに向かって掛けた言葉らしいが、名前も知らないおじさんに突然言われた言葉に対してそれほど強い感銘を受けるとは、彼女も見た目に反して純粋と言うか、まだまだ可愛いところがあると少し安心する。
そういう意味では正反対の性格に見えて、妹の虹夏とも気が合うわけである。
誰かは知らないがその土壌おじさんとやらが結束バンドに良い影響を与えたのだとしたら、心の中でぐらい感謝しておこうと星歌は思った。
「リョウ先輩! 私も頑張ったので、一緒に行きましょうよ! ご褒美プリーズ!」
「郁代が奢ってくれるならいいよ」
「そこ! 後輩に強請らない!」
「私は寧ろ、どんどん貢ぎたいんですけど……それはそうと私の名前は喜多キタです……イクヨなんて子は知りません……」
「渋くて気品があるいい名前だと思うけど」
「それが嫌なんです! ありきたりなシワシワネームじゃないですか!」
「それ言ったら山田もありきたり……ぼっちはどう思う?」
「あっ……私は後藤家の一人目だからひとりです。妹はふたり……」
「……名前なんて、呼びやすくて覚えやすいのが一番ですよね!」
「そだねー」
本当に大変なのはこれからだと言うのに、彼女らはオーディションを乗り越えた程度で解放感に満たされた様子で和気藹々と語り出す。
自分にもああいうキャピキャピした時代……は無かったが、キラキラと輝いていた時代はあったなと少しだけ感慨に耽りながら、星歌は虹夏に呼びかけた。
「虹夏」
「ん……なにお姉ちゃん?」
妹のバンドがようやく形になってきたのを見て、八年前に彼女が言っていた生意気な言葉を思い出したのだ。
「凄いメンバーを集めて、お姉ちゃんがやってたバンドより人気になってやる」──と。
柄にも無く感傷的になっている自分に気づくと、星歌はつくづく歳は取りたくものだと心の中で自嘲した。
「このバンドで、やっていけそうか?」
だが……
「うんっ!」
たった一人の大切な妹の、希望に満ち溢れたこの笑顔が見られるのならば……センチメンタルもたまには良いかと思った。そんな、干支の一回り離れた姉の感情である。
キンピーラ! ワサゲ!
──その後、結束バンドはオーディションを乗り越えた自分たちに何かご褒美をしたいという喜多の要望を受けて、喫茶店「Dynamic Cafe」で打ち上げをすることとなった。
初めて訪れた噂のお洒落カフェを前に、イソスタバエの予感を感じた喜多が早速「ハヤクイキマショウ!」と突貫していけば、伊地知虹夏もプレッシャーから解放されたテンションのまま店内へと駆け込んでいく。
そんな二人の後にのそのそと続こうとするぼっちはと言うと、相変わらず迫力のあまり入り口階段が車道まではみ出しているように見えるお洒落な喫茶店を前に二の足を踏んでいたが……今回は三人の仲間たちが一緒の為、以前ほど恐怖は感じていなかった。
そんなぼっちの前で、何かを考え込むように茫然と看板を見つめていた山田リョウが、入店する前に彼女に言った。
「今日のオーディション、まあまあ良かったよ。最近の合わせでもわかってたけど、ぼっちは虹夏の言ってた通り、本当にギター上手かったんだね」
実はつい最近まで疑っていた……という気持ちをあけすけに語る彼女に対して、ぼっちが抱いたのは不満でも謙遜でもなかった。
罪悪感である。自分の実力もハッキリさせられなくて、ごめんなさいという。
「あっでも私は皆さんに合わせるのがダメダメで……今日も、一人で突っ走っちゃって……」
ぼっち自身、バンドとして人に合わせて弾く自分の演奏が、動画配信者として一人気ままに弾いている演奏には遠く及んでいない事実を痛いほど認識していた。
故に、自らの実力を疑問視されていたことについて憤ることもない。極めて妥当な評価だったからだ。彼女は自分でも不思議に思うほどその事実を冷静に、客観的に受け止めていた。
「いいんじゃないかな? 今はそれで」
「……えっ?」
孤独を拗らせたギタリストの内面をどこまで理解しているのだろうか、しかしリョウは、ぼっちの認識を肯定するようにそう言った。
今はまだ、無理に周りに合わせようとしなくていいと。
「今の結束バンドは今日みたいに、突っ走るぼっちにみんなで合わせていく演奏をした方が、良い感じになる気がする。郁代と虹夏は大変だろうけど」
「精進します……でも私、俯いてばかりで……」
「それがぼっちのロックなら、無理に変えなくていいよ。俯いて猫背になるならそのまま……虎にでもなればいい」
「──!」
何気無い顔でそう呟いた後、リョウは「あっ……今私上手いこと言った。ぼっち、次の歌詞には今のフレーズ入れておいて」と、これまたどこまで本気なのか判断し難い顔で言い放つ。
しかし、その言葉はぼっちにとって天啓であり、救いだった。
暗くて陰気な自分に対して、物心ついた頃からずっと抱え続けてきたコンプレックス──それを彼女は生まれて初めて、イマジナリーフレンドではない誰かに肯定された気がしたから。
呆気に取られて固まるぼっちに、リョウは「Dynamic Cafe」と書かれた看板から振り返って微笑む。
「だからいつか、私たちに見せて。虎みたいな、力強いぼっちを……
白いサギが飛び立つこと──それはスピリチュアルでは、運気の上昇を意味する。
今二人が真っ直ぐ見上げた空には、白い翼をはためかせて地上を離れていくダイナミックバードの姿があった。
今いる場所から新たなる場所へ飛躍すること──それが、運気の上昇に繋がると言うのだろう。
優雅に空を舞うあの鳥も、大空へと飛び立つ為には地面を強く蹴らなければならない。新しい場所へ旅立つと言うのは、とても勇気の要る行動なのだ。
……それでも、その一歩を踏み出すことができたのなら──きっと多くの者たちの助けが追い風となり、自分一人では届かなかった未来を拓けるだろう。
後藤ひとりはぼっちである。しかしもう、ひとりぼっちではない。
長い間続いた戦士の休息は今、終わりを告げたのだった。
「あっはい!」
鳴り止まなくてなにが悪い
青春で なにが悪い
ぼっち・ざ・ろっく!
VS
ダイナミックコード
ぼっち・ざ・ろっく!
VS
ダイナミックコード
ぼっち
ダイナミック
私俯いてばかりだ それでいい
猫背のまま 虎になりたいから
ほぉ~~~~~~ん
消えた
輝く
──いろんなドジョウとカンキョウで、アナタたちだけのオンガクがウみダされてるんでしょ?──
【戦士の休息編・完】
今度はSIDEROS(シデロス)が(ヨヨコさん以外)全員いなくなってしまった。
出会いと秘密、アーティスト、彼らの気持ち、村祭り。
そして輝き続ける一握りのバンド。
次回、『DYNAMIC BOCCHI』 act.2
「SIDEROSの問題って…?」
はい。需要があったら続くかもしれないし続かないかもしれません。とりあえず本作はこれにて完結です。最後まで読んでくれて、ありがとう……(成仏)
なん民を拗らせた私はハーメルンの小説検索で「ダイナミックコード」を掛けてみましたが、件数が0だった。なので「お前が書かないなら……俺が書いてやる……」の精神でゴリ押ししてみました。
ごめん……(声優の盾)