気分がだんだんドラゴンに侵食されるぜ
大空を飛んでいると、日付の意識が曖昧になる。竜であるこの身は飛びながらでも睡眠を取れる。イルカは右脳と左脳を交互に休ませるというが、まあおおよそ似たようなものだ。
地球の大気が写す青と、宇宙という虚空が持つ黒。その狭間を飛んでいれば、基本的に居眠りをしたところで激突するものなどありはしない。
……その代わり、全く変わり映えしない景色に鬱屈としてくるのが常だが。どうせ同じ空なら多少は変化や刺激がある方が良いというものだ。
さて、あの子供達との関わりから何年経ったか。
最後に見たのは幾つもあった巣を引き払って南極の一箇所に絞った時だったはずだ。
原因はといえば、やはり人間に見つかってしまったことだろう。当事者の子供だけなら良かったが、どうにも
特に日本の子には二度と会えぬとばかりに泣きつかれ少々罪悪感があった。
……その主はいつでも会えるという事実を隠したことへ、だが。
今生の別れとばかりに大泣きする子へ説明するには、こう……何と言うべきか。落ち着かせる時間が無かったのだ。泣き声聞きつけて人間山程来ちゃってたし。何なら爆速で迫る母親らしき声がすぐそこに居たし。
まあ、あれだ。わざわざ小さな子の家を訪ねてプライバシーも糞もない言い草を並べるブン屋連中は纏めて物理的に薙いでおいたのでそれで許して欲しい。今頃檻の中にいるだろうから。
閑話休題。
そろそろ顔見せでもしていつでも会えるのだと説明した方がいいかなーと思い、私は意を決して地上へ降りた。そして人間に化けた。ざんぎりの白髪に細い線の男だ。
竜のままでいろと? 空飛ぶ超巨大トカゲなんて街中に現れてみろ、その後私は囲まれ棒で叩かれて剥製になるぞ。
なお、この時点で私には敗因が3つあった。
1つ。数ヶ月くらいだと思ってたら10年経ってた。
1つ。長身痩躯の男が女児の家に尋ねてきたという側から見た絵面。
1つ。昔から言われ続けた「笑顔が胡散臭い」という言葉を思い出せなかった。
赤いランプのお兄さん方と追いかけっこする羽目になった。警視総監殿が気づかなければ檻の中に何年居る事になったか。「何してんだオメーは」とバカを見る目で檻越しに見られて数少ないプライドが傷ついたがまあ仕方ない。
「十数年越しにそのツラ見たかと思えば何してんだお前」
「昔顔馴染みになった子の顔を見にきたのだが?」
「何をバカなことをみたいな顔すんな、ソイツは俺のセリフだ音速トカゲ」
ため息と共に吐き出される紫煙は既に3本目。此奴のヘビースモーカーっぷりは知っていたが、嫁を娶って多少落ち着いたはずだが。
「嫁はどうした、またぞろ怒鳴られるから隠れて吸っているのか?」
「……逝ったよ。末期ガンだった」
「何時だね」
「発覚がお前と別れて半年後。その1年後には灰になっちまった」
悲嘆より先に納得が来た。最後に会った時、嫌に命の灯火が揺らいでいると思ったが……そうか、癌。
1000年前と比べ倍以上を生きるようになった人類。その代償とでも言えばいいのか、自らの器に苦しめられ死ぬ者は多くなったように思う。
「すまなんだ」
「構いやしねぇよ、もう割り切ってる……で、だ」
3本目の灰を手に持つ小箱に納め、男は此方を見据える。その目はどこか穏やかで、苛烈さとは無縁だった。
……老成した目だ。初めて会った時のギラついた獣のような色が嘘のようで、どことなく寂しくなる。一組織の長ともなれば、ここまでになるか。
「お前さんが会いたいっつってた子はどんな子だ?」
「ウマの子だよ。紫水晶のような瞳が綺麗な子だった」
「それで特定できんのはお前だけだっつうの、ったく……名前は?」
「……うむ」
「…………おい待て、まさか」
「……名を聞いた覚えがない」
天を仰ぐ警視総監殿。そりゃそうだ、私自身がそんな気持ちだもの。
よく巣へ来る子だと思っていたが、思い返せば名前を聞いた覚えがない。向こうは「ドラゴンさん」と呼んでいたし、こちらはこちらで「君」としか呼ばなかった。
「お前さぁ……もういいわ、昔からだもんなその名前への関心の薄さ」
「本当にすまん……」
「いいっつったろ。ともかくだ、ウマ娘ってんなら話は早い、とりあえず中央行ってみろ」
「中央」
「…………府中のトレーニングセンター学園。この国じゃ一番ウマ娘が集まるとこだ、どうせ総当たりするなら数多いとこからの方がいいだろ」
バカを見る目で説明される。すまん、基本人間社会には関わらないようにしてるから
「方角は?」
「だいたいあっちだ。それで十分だろ、お前なら」
指をさした方を見る。諦めたような顔で4本目を吸い始めた男の顔を見据え、一言。
「娘に嫌われるぞ」
「ほっとけ、手遅れだ」
「そうは見えんがな」
「理由は?」
「今笑ったからさ」
存外と顔に出やすいということを、そろそろ此奴は知った方が良いと思うのだがね。
◇
鍵を開けてもらい、屋上へ。
高層ビルゆえに風が強いが、好都合。
「往くか、府中へ」
腕が翼へ。足は鋭く。
首が伸び、皮は革へ。
数瞬の後、視界に映る見慣れた境界線。
『思えば、目的を持って飛ぶのはいつぶりだろうかね』
人の足など何するものぞ。阻む風の壁を鼻で笑って押し退ける。
飛ぶ、ただそれだけ。それだけのことにひどく心地良さを覚えるあたり、自分もまた獣の子なのだろう。