実は、思い出語りは少し苦手。
――――風鳴りが笛のように響く。
――――傍らに友は無く。
――――見下ろせば、笑い合う幼子たち。
ああ、羨ましい。
どうして
空を飛びたいと確かに願った。
自由になりたいと心の底から渇望した。
願いは全て叶えられた。
誰一人、
だというのに、嗚呼、だというのに。
「―――――――!!!!!」
吠える、叫ぶ。誰にも届かぬ轟音で。
寂しい。苦しい。縛るもの無き天地の境界線が、ただただ恨めしい。
そして、何より。こんなものを一心不乱に望んでしまったわが身が、何より愚かしくて仕方がなかった。
人だけではない。あらゆる命は、あらゆるものに雁字搦めにされることで、他者という鎖を幾重にも打ち込まれることで、ようやく地に立つことが出来るのだと。
どうしようもない真理を悟るには、あまりにも重すぎる代償だった。
◇
「おぉ、ここが……」
府中、中央トレーニングセンター学園。聞きしに勝る大きさだと感心する。
馬の子らは、「ウマ娘」と呼ばれるように女子しか生まれない。その特性上ここは事実上の女子校であり、当然セキュリティも厳しい。
――――なので、ほんの少しだけ
何もしないし、一回りしたら帰るので許してほしいと守衛の男性に会釈する。すると男性はそれがさも当然かのように笑顔を返し、「お気をつけて」と言って入構証を渡してくる。
――――認識阻害。この場合は認識改竄というべきか。相手が自身に抱く心証を歪ませるそれは、この時代においては失われた神秘。悲しいかな、竜という生き物はこうでもしないと第一印象が悪くて仕方がない時代があったのだ。今この場における使い道は全くの邪道だが。
次いで、気配の希釈を掛ける。これもまた同じ神秘の一つ、要は影を限りなく薄くする。最初からこれ一つで良いだろうと思うかもしれないが、「いつの間にかいた」と「先に目撃情報があった」では後者の方が悪印象を持たれづらい。まどろっこしいかもしれないが、まあ生きる知恵である。
そうこうしているうちに練習場の一つへと着いた。人ならざる耳と尾を持つ子供たちが、各々の走り方でその精度を上げるべく鍛錬を重ねている。当然、それはただ走るだけでなく、意図的に膝を高く上げる、地面に敷いた縄梯子を避けるように動くなどで自身の身体がいかに動いているのかの理解も深めていく作業になる。
竜が空を飛ぶ時も同じだ。翼の伸ばし方、角度、尾の位置。ほんの僅かでもズレてしまえば気流の影響をモロに受け、失速から墜落へ繋がりかねない。ある程度速度が乗ればあとは自身の身体のスペックに任せればいいが、そこまでの“立ち上げ”の過程は些細なミスで大きな事故につながりやすい。今となっては当たり前にこなせるが、その昔、飛び始めたばかりの幼い時分にはよく空から真っ逆さまに落ちて脳天をぶつけたものだ。
閑話休題。そうこうしていると、二人一組で走っている子供たちが目に付く。明るい茶の長い髪を二つくくりにした、猫のような目の子と、樫の樹のような焦茶の髪を短く切った男勝りな子だ。視線が前方と互いを行ったり来たり、どうやら双方ともに負けず嫌いらしい。
「おうおう、よくやるものだ」
猫目の子は体格が良い。あれは天性の肉体でとにかく前を陣取って譲らない、言うなれば力押しで強引に押し切るやり方が最も実力を発揮できるタイプだろう。対する焦茶の子はどちらかと言えば技巧派か。恐らくは猫目の子に対抗するためのものだろうが、柔というよりは柔の要素が入った剛。極まった剛に対し、足りない分を直感で補っている。
その横で突っ走る白い髪の子は……なにやら頓珍漢なことを言ってはいるが、あれもあれで途轍もない。
猫目の子と同じタイプの力押し。だが、白い子の場合は特徴的なのは足の幅だろう。他では真似できない巨大な歩幅と、その振り子運動が生む甚大な力を制御できる剛力で多少遅れようと強引に距離を捻じ伏せてしまう。かなりの気分屋のようだが、ああいう手合いは
その他にも有望そうな子ばかり、流石は「中央」と名が付くだけあるか。磨けば幾らでも光りそうな原石ばかりだ。
「いやはや、見ているだけで楽しいものだね」
――――心は凪いでいる。
楽しいと、思っているはずだ。だが、それに胸を躍らせるには、700年ほど長く生きすぎた。
私はそこへは行けない。
私は誰にも理解されない。
私はどう取り繕っても怪物だ。
空を飛ばずとも、人間のこの体でも、きっと彼女達を簡単に追い越せるだろう。彼女達では届かない知恵をひけらかすことだって簡単だ。
だが、そんなことに意味はない。どう足掻いても価値なんかない。
――――私は、どうしてここにやって来たのだったか。
「……ふ、ふふ」
馬鹿々々しくなって、笑いが漏れる。
まさか、まさか。まさかとは思うが、“あの子たち”なら理解してくれると?
あの子たちは今を生きる子供達で、であれば当然、私はただ邪魔なだけ。
「帰ろうか。気は済んだ」
消えよう。そして、忘れてしまおう。
すべて、すべて。
私が一瞬だと思っていた時間が10年であったように、ほんの少し私が気を抜いている間に、全ては私を置いていってしまうから。
孤独の苦痛に耐えるには、すこし、暖かすぎる時間だから。だから、忘れてしまおう。
無かったことになれば、この胸の痛みだって、きっと……
「――――ドラゴン様?」
「竜神さま?」
「ドラゴンさま?」
「……」
ああ、だというのに。
どうして君達は、そう目敏いのだろうね。
「お久しぶりね、ご機嫌いかが?」
「じ、十年ぶり、です……」
「――――会えて、良かった」
風吹く草原のような瞳。
岩間に生える紫水晶のような瞳。
透き通る青い空のような瞳。
顔も声も、名前すら忘れてしまったのに。
瞳の色だけは忘れられなかったことを、ようやく思い出した。
「ああ、何から話したものかな……そうさね、まずは――――」
少しだけ、ほんの少しだけ、胸に走る痛みは引いていた。
ドラゴンの秘密2
実は、アルバムをたくさん作りたかった。