ストライク・スリー! ~大振りエースは砕けない~   作:デスフロイ

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第6話  無表情の不動明王

 7回表が始まろうとしていた。

 三橋が、打席の前でバットを持ったまま、固まっていた。先ほど、春市を仕留めた姿とは、まるっきり別人だ。

 バンッ!

 重々しい音を立てて、降谷の剛球がミットに突き刺さっていく。狩場が、受けるたびに顔をしかめていた。

 

(は、速い……榛名さんより、もっと速いかも? しかも重そう……オレの球と、比べたら、完全に、大人と子供だ……)

 

 もちろん、打てる気など1ミリたりともしない。

 そう思っているのは、本人だけではない。

 

(まあ、コイツにはデッドボールだけ気を付けてやればいいだろ。さすがにかわいそうだからな。降谷、七分、いや五分の力でいいからな。真ん中高めに3球放ってやれ)

 

 狩場が出したサインに頷き、降谷が投げた。

 唸りを上げるような、全力投球。

 反応できず、ピクリとも動けない三橋。

 ド真ん中に飛び込む球を、狩場はミットで受けた。

 

(うぐー……何力んでるんだよ! 押さえろって)

 

 が、次の球も同じ勢い。

 またも顔をしかめつつ受けた狩場が、タイムをかけてマウンドに行った。

 

「どうしたんだよ? 気合入りすぎだぞ。いくら少ないイニングだからって、ペース配分を意識する練習と思ってさ。ましてや相手がアレだぞ」

「……あのピッチャー相手に、手を抜きたくない」

 

 ぽつり、と降谷が言った。

 

「ナメられたくないってわけか。お前とじゃ、速さがあまりにも違いすぎて、向こうが気の毒になるくらいだけどな。ま、当てたりはするなよ」

 

(……分かってない……)

 

 降谷は、狩場の後姿を見て、内心ため息をついた。

 三球目。

 けなげにも、三橋はバットを振ったが、狩場が捕球した後であった。

 二人目の泉もフルカウントまでは粘ったが、結局バットにも当てられずに三振した。

 戻りながら、ネクストの栄口に囁いた。

 

「速いけど、コントロールはイマイチだ。粘った方がいいかも」

「わ、分かった」

 

 栄口なりに、心中期するものがあった。

 

(巣山は、さっきのエラーを他のプレイで取り戻してきてる。俺は、ここまで何もできてない。何かやらないと!)

 

 しかし、栄口の決意も、最初の1球目で砕けそうになった。

 

「ボール!」

 

(外れたのはいいけど。これって、マシンの球とは全然別物だろ! 球速だけの問題じゃないぞ、これ)

 

 栄口は息をついた。

 

(できそうなことを、やるしかない。俺も、西浦のバント職人って呼ばれた男だ。ダメモトでセーフティバント狙ってやる)

 

 2球目は、内角へストライク。思わずのけぞりそうになる栄口。

 3球目は、外角高めのボール。

 

(やっぱりバラつくな……待った方がいいのか?)

 

 が、4球目は外角低めにスプリットがいいところに決まった。

 

(追い込まれちゃったよ! 奥の手行くか。今のスプリットが来たら空振りだ。あのスピードのストレートをうまくバントできるか? ええい、どうにでもなれ!)

 

 内角ストレート。そこにヤマを張って、待ち構える。

 降谷の腕が振りぬかれ、剛球が来た。

 栄口は、バントの構えをしながらすでに足を進めていた。

 しかし、さすがに降谷の剛球を、セーフティバントで殺しきるには至らなかった。まともに芯を食ってしまい、ライナーで降谷の少し右に飛んでしまった。

 降谷が、グローブを差し出す。

 が。

 何でもないライナーを、降谷が弾いてしまったのだ。

 栄口はそれをちらりと見て、全力で一塁に駆け込んだ。

 降谷も球を拾って送球するが、間に合わない。

 

「だはー……」

 

 狩場がミットで顔を覆った。

 降谷はキャッチングが下手で、狩場が普通にボールを送り返しても、たまに取り落としたりするのだ。守備でもやっちまうか、と内心で狩場はため息をついた。

 西浦ナインも、その様子は見ていた。

 

「あの降谷、ひょっとして守備は全然ダメなんじゃねーか?」

「さっきもレフトでトンネルしてたからな。うまくそこをつけるかも……!」

 

 泉と阿部が、顔を寄せ合って話していた。

 

(次は俺だ。あの、すんげーストレートが相手か。楽しみだなーくそ!)

 

 打席に入ったのは、3番田島。

 

(降谷、切り替えていけよ。一番難敵のコイツとは、もう対決しない可能性が大きい。目いっぱいでいけ!)

 

 降谷は、狩場のサインに頷いた。

 そして、1球目。

 内角に投げ込まれるボール。

 

(このスピードなら!)

 

 思い切って振り込む田島。

 が、その手元で、ボールが鋭く沈んだ。空振り。

 

(フォーク!? いや、確かこいつ、スプリット投げられるんだった! 今のがそうか)

 

 田島が、ふうと息をついた。

 

(さっきの沢村といい、この降谷といい。誰だよ、青道の投手層が薄いとか言ってたの。俺は楽しいけど、チーム的にはヤバイな……)

 

 続いては外角に外れたボール。

 3球目。

 外角に、全力のストレートが来た。

 田島は当てたものの、振り遅れてファウル。

 

(いけるぞ降谷! コイツでも、お前の直球は持て余すんだ。トドメ行くぞ)

 

 そして降谷が、4球目を投げた。

 高めに、わずかに外れた球。田島は見送った。

 しかし、その目の前で、鋭く弧を描いて落ちるボール。

 

「ストラーイク! バッター、アウト!」

 

 目を見開いている田島を、降谷は無表情で見た。

 

(覚えたての縦スライダーが、うまく曲がってくれた。あのバッター相手に試せてよかった……)

 

 田島は、駆け足で戻りながら、栄口に声をかけた。

 

「ごめん! せっかく出塁してくれたのに。縦スライダーが来るなんてな」

「仕方ないって。データにないし、ここまで温存してたんだろ」

 

 とはいうものの、あと2イニング。あの降谷を攻略して、もう一度田島に回せるか、栄口は自信がなかった。

 

 

 

 

 

 

 ギィン!

 東条が、ファウルをネットに当てた。

 

(あのピッチャー、小湊を打ち取ってピンチを脱したことで、息を吹き返したか)

 

 落合は、その様子を眺めていた。

 速い“まっすぐ”と、ナックルカーブを、阿部も出し惜しみせず使わせる。よりメリハリの効いた緩急で揺さぶられ、コーナーに投げ分けられ、東条をしてもなかなか的が絞りきれない。

 

(全ての球種を使いだした、これが本来の実力ってことか。だが、やはりあの球の遅さが最大のネックだな。正しい体の使い方を覚えさせて、効率的なトレーニングで球速アップを図る必要がある。球種が多いのはいいが、それぞれのキレももっと向上……)

 

 そこまで考えて、落合は思考をいったん止めた。

 

(何で俺が、敵チームの投手の育成方針を考えなきゃいかんのだ。職業病だな……)

 

 外角高めに、速い“まっすぐ”が来た。

 東条は手を出したが、軌道修正が甘くなり、一塁側にファウルを打ち上げてしまう。

 阿部がマスクを放りだし、降谷が控えているネクストサークルの方に落ちていくボールに駆け寄って行った。降谷が、反射的に後ろに退く。

 

「くそっ!」

 

 ボールは、勢いよく飛び込んだ阿部のミットに収まった。

 

「アウト!」

 

 球審の判定と同時に、三橋がそちらに駆け寄る。

 

「あ、阿部君! 足、大丈夫!?」

「全然へーき! こんくらいのことで、心配そうな顔すんな」

 

 阿部は、三橋の胸にポンとミットを当てると、降谷に背中を向けた。

 

「この試合、勝ちに行くんだろ? 俺も、他のヤツらも、全然諦めてねーからな。このままじゃ終わらないぞ」

「う、うん!」

 

 嬉しそうに戻っていく三橋。

 阿部は戻りながら、

 

(つい、ああ言っちまったけど、降谷に聞かれる所じゃまずかったかな? あれでさらに本気を出してこられると、手がつけられなくなるかも……)

 

 だが、降谷の心境は、全然別だった。

 

(あのバッテリー、信頼関係が強い……ピッチャーとしては、幸せだろうな)

 

 降谷は打席に向かう途中、ふと振り返った。

 ネットの向こう側に、御幸がいた。

 自分の球を受けてほしいと願い、恋い焦がれるように同じ野球部に入り、今や自分とバッテリーを組んでいるキャッチャー。

 

(早く、怪我を直してほしい)

 

 痛切に、降谷はそう思った。

 感傷的な気分になったためだろうか。その打席、降谷はあっさり三振した。

 

 

 

 

 

 

 バッティングで凡退しても、降谷のピッチングには何の影響もない。猛烈な球威も、バラけるコースも、いつも通りだ。

 花井は三振したものの、巣山と沖がフォアボールで出塁。阿部に打順が回ってきた。

 モモカンは少し考えて、阿部に打たせることにした。

 

(ゲッツーの危険もあるけど、水谷君にあの球はどうしようもないでしょう。阿部君に託すしかなさそう!)

 

 託された阿部は、どうするべきか考えつつ打席に向かった。

 

(水谷は期待できない。三橋には、できれば打席をパスしてアウトになってもらいたいくらいだ。デッドボールよりマシだからな。とにかく、もう一度田島に回す算段を考えないと)

 

 降谷の1球目。高めにけっこう大きく外れたボール。

 

(やっぱりコントロールはイマイチだな。三橋とはホント対極にいるピッチャーだ。……とにかく揺さぶってみるか)

 

「さあ来いよ、クソレフト!」

 

 気合を入れつつ、叫んでみた。これでエラーのことでも思い出して、動揺でもしてくれればしめたものだ。

 これが、阿部の最大のミステイクだった。

 降谷の顔色が瞬時に変わった。

 

「……君か、アレは……!」

 

 あの時の声と、阿部の声が、降谷の中で完全に一致した。

 猛烈なオーラが降谷から発せられ、天高く立ち上るのが、阿部にも見えた。

 無表情な不動明王が、マウンドに立っていた。

 

(ヤバッ……!!)

 

 2球目。

 問答無用の剛速球が、ストライクゾーンのド真ん中に叩きこまれた。

 

(おい、シャレになってないぞ!)

 

 阿部が、内心で叫んでいた。

 狩場のサインに頑として首を振り、降谷の3球目。

 またもやド真ん中剛速球。阿部は完全に固まっている。

 

(またかよ降谷! 落ち着いてくれよ……言ってもムダそうだ……)

 

 手のシビレをごまかしつつ、狩場が仕方なくストレートのサインを出した。

 阿部は顔を引きつらせつつ、バントの構えをする。打ち返すなど論外だ。

 4球目。

 ド真ん中ストレートにも関わらず、差し出された阿部のバットにかすりもしなかった。

 

(何なんだよアイツ! 無表情なくせに、感情が分かりやすすぎるんだよ!)

 

 もはや呆れながら、すごすごと阿部は帰って行った。

 狩場が痛む手を振りながら、降谷に駆け寄って話しかけた。

 

「もう、ホント勘弁してくれよ。冷静にいけば打ち取れるから」

「あのバッターだけには、三振以外、絶対に許さない。あとは普通にいくから大丈夫」

 

 8番水谷に対しては、いつも通りに投げる降谷。もちろん普通に三振だった。

ベンチに戻る時、側を駆ける沢村に、降谷は声をかけた。

 

「さっきは僕の勘違いで、すまなかった。真犯人が分かった」

「例のクソレフトだろ? あのキャッチャー、絶対性格悪いよな!」

「僕もそう思う」

 

 意気投合する、エースを競うライバル同士だった。

 

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