ストライク・スリー! ~大振りエースは砕けない~ 作:デスフロイ
7回表が始まろうとしていた。
三橋が、打席の前でバットを持ったまま、固まっていた。先ほど、春市を仕留めた姿とは、まるっきり別人だ。
バンッ!
重々しい音を立てて、降谷の剛球がミットに突き刺さっていく。狩場が、受けるたびに顔をしかめていた。
(は、速い……榛名さんより、もっと速いかも? しかも重そう……オレの球と、比べたら、完全に、大人と子供だ……)
もちろん、打てる気など1ミリたりともしない。
そう思っているのは、本人だけではない。
(まあ、コイツにはデッドボールだけ気を付けてやればいいだろ。さすがにかわいそうだからな。降谷、七分、いや五分の力でいいからな。真ん中高めに3球放ってやれ)
狩場が出したサインに頷き、降谷が投げた。
唸りを上げるような、全力投球。
反応できず、ピクリとも動けない三橋。
ド真ん中に飛び込む球を、狩場はミットで受けた。
(うぐー……何力んでるんだよ! 押さえろって)
が、次の球も同じ勢い。
またも顔をしかめつつ受けた狩場が、タイムをかけてマウンドに行った。
「どうしたんだよ? 気合入りすぎだぞ。いくら少ないイニングだからって、ペース配分を意識する練習と思ってさ。ましてや相手がアレだぞ」
「……あのピッチャー相手に、手を抜きたくない」
ぽつり、と降谷が言った。
「ナメられたくないってわけか。お前とじゃ、速さがあまりにも違いすぎて、向こうが気の毒になるくらいだけどな。ま、当てたりはするなよ」
(……分かってない……)
降谷は、狩場の後姿を見て、内心ため息をついた。
三球目。
けなげにも、三橋はバットを振ったが、狩場が捕球した後であった。
二人目の泉もフルカウントまでは粘ったが、結局バットにも当てられずに三振した。
戻りながら、ネクストの栄口に囁いた。
「速いけど、コントロールはイマイチだ。粘った方がいいかも」
「わ、分かった」
栄口なりに、心中期するものがあった。
(巣山は、さっきのエラーを他のプレイで取り戻してきてる。俺は、ここまで何もできてない。何かやらないと!)
しかし、栄口の決意も、最初の1球目で砕けそうになった。
「ボール!」
(外れたのはいいけど。これって、マシンの球とは全然別物だろ! 球速だけの問題じゃないぞ、これ)
栄口は息をついた。
(できそうなことを、やるしかない。俺も、西浦のバント職人って呼ばれた男だ。ダメモトでセーフティバント狙ってやる)
2球目は、内角へストライク。思わずのけぞりそうになる栄口。
3球目は、外角高めのボール。
(やっぱりバラつくな……待った方がいいのか?)
が、4球目は外角低めにスプリットがいいところに決まった。
(追い込まれちゃったよ! 奥の手行くか。今のスプリットが来たら空振りだ。あのスピードのストレートをうまくバントできるか? ええい、どうにでもなれ!)
内角ストレート。そこにヤマを張って、待ち構える。
降谷の腕が振りぬかれ、剛球が来た。
栄口は、バントの構えをしながらすでに足を進めていた。
しかし、さすがに降谷の剛球を、セーフティバントで殺しきるには至らなかった。まともに芯を食ってしまい、ライナーで降谷の少し右に飛んでしまった。
降谷が、グローブを差し出す。
が。
何でもないライナーを、降谷が弾いてしまったのだ。
栄口はそれをちらりと見て、全力で一塁に駆け込んだ。
降谷も球を拾って送球するが、間に合わない。
「だはー……」
狩場がミットで顔を覆った。
降谷はキャッチングが下手で、狩場が普通にボールを送り返しても、たまに取り落としたりするのだ。守備でもやっちまうか、と内心で狩場はため息をついた。
西浦ナインも、その様子は見ていた。
「あの降谷、ひょっとして守備は全然ダメなんじゃねーか?」
「さっきもレフトでトンネルしてたからな。うまくそこをつけるかも……!」
泉と阿部が、顔を寄せ合って話していた。
(次は俺だ。あの、すんげーストレートが相手か。楽しみだなーくそ!)
打席に入ったのは、3番田島。
(降谷、切り替えていけよ。一番難敵のコイツとは、もう対決しない可能性が大きい。目いっぱいでいけ!)
降谷は、狩場のサインに頷いた。
そして、1球目。
内角に投げ込まれるボール。
(このスピードなら!)
思い切って振り込む田島。
が、その手元で、ボールが鋭く沈んだ。空振り。
(フォーク!? いや、確かこいつ、スプリット投げられるんだった! 今のがそうか)
田島が、ふうと息をついた。
(さっきの沢村といい、この降谷といい。誰だよ、青道の投手層が薄いとか言ってたの。俺は楽しいけど、チーム的にはヤバイな……)
続いては外角に外れたボール。
3球目。
外角に、全力のストレートが来た。
田島は当てたものの、振り遅れてファウル。
(いけるぞ降谷! コイツでも、お前の直球は持て余すんだ。トドメ行くぞ)
そして降谷が、4球目を投げた。
高めに、わずかに外れた球。田島は見送った。
しかし、その目の前で、鋭く弧を描いて落ちるボール。
「ストラーイク! バッター、アウト!」
目を見開いている田島を、降谷は無表情で見た。
(覚えたての縦スライダーが、うまく曲がってくれた。あのバッター相手に試せてよかった……)
田島は、駆け足で戻りながら、栄口に声をかけた。
「ごめん! せっかく出塁してくれたのに。縦スライダーが来るなんてな」
「仕方ないって。データにないし、ここまで温存してたんだろ」
とはいうものの、あと2イニング。あの降谷を攻略して、もう一度田島に回せるか、栄口は自信がなかった。
ギィン!
東条が、ファウルをネットに当てた。
(あのピッチャー、小湊を打ち取ってピンチを脱したことで、息を吹き返したか)
落合は、その様子を眺めていた。
速い“まっすぐ”と、ナックルカーブを、阿部も出し惜しみせず使わせる。よりメリハリの効いた緩急で揺さぶられ、コーナーに投げ分けられ、東条をしてもなかなか的が絞りきれない。
(全ての球種を使いだした、これが本来の実力ってことか。だが、やはりあの球の遅さが最大のネックだな。正しい体の使い方を覚えさせて、効率的なトレーニングで球速アップを図る必要がある。球種が多いのはいいが、それぞれのキレももっと向上……)
そこまで考えて、落合は思考をいったん止めた。
(何で俺が、敵チームの投手の育成方針を考えなきゃいかんのだ。職業病だな……)
外角高めに、速い“まっすぐ”が来た。
東条は手を出したが、軌道修正が甘くなり、一塁側にファウルを打ち上げてしまう。
阿部がマスクを放りだし、降谷が控えているネクストサークルの方に落ちていくボールに駆け寄って行った。降谷が、反射的に後ろに退く。
「くそっ!」
ボールは、勢いよく飛び込んだ阿部のミットに収まった。
「アウト!」
球審の判定と同時に、三橋がそちらに駆け寄る。
「あ、阿部君! 足、大丈夫!?」
「全然へーき! こんくらいのことで、心配そうな顔すんな」
阿部は、三橋の胸にポンとミットを当てると、降谷に背中を向けた。
「この試合、勝ちに行くんだろ? 俺も、他のヤツらも、全然諦めてねーからな。このままじゃ終わらないぞ」
「う、うん!」
嬉しそうに戻っていく三橋。
阿部は戻りながら、
(つい、ああ言っちまったけど、降谷に聞かれる所じゃまずかったかな? あれでさらに本気を出してこられると、手がつけられなくなるかも……)
だが、降谷の心境は、全然別だった。
(あのバッテリー、信頼関係が強い……ピッチャーとしては、幸せだろうな)
降谷は打席に向かう途中、ふと振り返った。
ネットの向こう側に、御幸がいた。
自分の球を受けてほしいと願い、恋い焦がれるように同じ野球部に入り、今や自分とバッテリーを組んでいるキャッチャー。
(早く、怪我を直してほしい)
痛切に、降谷はそう思った。
感傷的な気分になったためだろうか。その打席、降谷はあっさり三振した。
バッティングで凡退しても、降谷のピッチングには何の影響もない。猛烈な球威も、バラけるコースも、いつも通りだ。
花井は三振したものの、巣山と沖がフォアボールで出塁。阿部に打順が回ってきた。
モモカンは少し考えて、阿部に打たせることにした。
(ゲッツーの危険もあるけど、水谷君にあの球はどうしようもないでしょう。阿部君に託すしかなさそう!)
託された阿部は、どうするべきか考えつつ打席に向かった。
(水谷は期待できない。三橋には、できれば打席をパスしてアウトになってもらいたいくらいだ。デッドボールよりマシだからな。とにかく、もう一度田島に回す算段を考えないと)
降谷の1球目。高めにけっこう大きく外れたボール。
(やっぱりコントロールはイマイチだな。三橋とはホント対極にいるピッチャーだ。……とにかく揺さぶってみるか)
「さあ来いよ、クソレフト!」
気合を入れつつ、叫んでみた。これでエラーのことでも思い出して、動揺でもしてくれればしめたものだ。
これが、阿部の最大のミステイクだった。
降谷の顔色が瞬時に変わった。
「……君か、アレは……!」
あの時の声と、阿部の声が、降谷の中で完全に一致した。
猛烈なオーラが降谷から発せられ、天高く立ち上るのが、阿部にも見えた。
無表情な不動明王が、マウンドに立っていた。
(ヤバッ……!!)
2球目。
問答無用の剛速球が、ストライクゾーンのド真ん中に叩きこまれた。
(おい、シャレになってないぞ!)
阿部が、内心で叫んでいた。
狩場のサインに頑として首を振り、降谷の3球目。
またもやド真ん中剛速球。阿部は完全に固まっている。
(またかよ降谷! 落ち着いてくれよ……言ってもムダそうだ……)
手のシビレをごまかしつつ、狩場が仕方なくストレートのサインを出した。
阿部は顔を引きつらせつつ、バントの構えをする。打ち返すなど論外だ。
4球目。
ド真ん中ストレートにも関わらず、差し出された阿部のバットにかすりもしなかった。
(何なんだよアイツ! 無表情なくせに、感情が分かりやすすぎるんだよ!)
もはや呆れながら、すごすごと阿部は帰って行った。
狩場が痛む手を振りながら、降谷に駆け寄って話しかけた。
「もう、ホント勘弁してくれよ。冷静にいけば打ち取れるから」
「あのバッターだけには、三振以外、絶対に許さない。あとは普通にいくから大丈夫」
8番水谷に対しては、いつも通りに投げる降谷。もちろん普通に三振だった。
ベンチに戻る時、側を駆ける沢村に、降谷は声をかけた。
「さっきは僕の勘違いで、すまなかった。真犯人が分かった」
「例のクソレフトだろ? あのキャッチャー、絶対性格悪いよな!」
「僕もそう思う」
意気投合する、エースを競うライバル同士だった。