石崎「はあ…はあ…はあ…」
こういうとき。
運命的な出会いを果たした男女が襲いかかる困難ってさほど重くないのがお決まりのはず。
小さな積み重ねをコツコツとこなし、絆を強めていく。
そんな感じ。
僕が読んだことのある恋愛漫画では殆どがそんな展開だ。
しかし、現実は非情。
とても簡単に乗り越えられそうにない困難がいま僕たちに立ちはだかっている。
一向に弱まる気配を見せないかんかん照りの日差しを浴びながら、僕と石崎さんは山の中を走っていた。
緊張感と焦り。
それまであった和やかな雰囲気が嘘のように余裕がなくなっていた。
ただひたすら旗を手に入れようと躍起になって身体を動かしている。
息は切れ、視界が時折霞む。
額からは滝のような汗が吹き出し、身体には籠った熱と葉っぱが纏わりつく。
意識が遠のく。
軽い脱水症状な気がする。
そんな最悪のコンディションの中で更に僕らを苦しめる知らせが届いた。
ツムリ『なんとなんとー!たった今【クローチ&ピコック】ペアが北エリアの旗をゲット!旗は残り2つ!頑張って〜!』
3つあった旗のうち1つが消滅。
急いでスパイダーフォンを確認したが、位置は目指していた場所とは正反対のものだった。
不幸中の幸い。
残りのクリアの席はあと2つ。
起伏の激しい山の中を走ること数分。
木々が生い茂っていたトンネルを抜けると、見晴らしの良い平地に躍り出た。
石崎「ここは…」
太陽からの直射を浴びながらスパイダーフォンを開く。
息を整えながら、旗の位置を確認した。
うん、間違いない。
もう目と鼻の先。
旗はこの広場にある。
石崎「ねえ見て!あそこ!」
顔を上げ、石崎さんが指さす方を見ると、僅かにだが広場中央に聳え立つ、ロゴの入った黒い旗が目に入った。
あれがずっと探し求めていた旗。
あれを取ればゲームクリア。
あともう少しの辛抱だ。
石崎「あと、ちょっとだ…」
石崎さん、とても厳しい表情をしている。
両膝に手を置き、必死に呼吸を整えていた。
ここまでほぼノンストップで山の中を駆け抜けてきた。
いくら大人といえど、これだけ走れば疲弊するのも当然。
ましてや女性だ。
男に比べたら余計に体力はないはず。
それに…。
ここまできて思ったが石崎さんの場合、他の女性よりスタミナがあるとはいえないと思う。
明らかに進むペースがガクンと落ちた。
体力に自信のない、僕より息を切らしているのだから間違いない。
石崎さんの状態を慮れば回復するまでこうしてあげたい。
そんな気持ちは山々なのだが、いかんせん今は勝負事の最中。
目の前にやっとこさ見つけ出したゴールがあったとしても、他の参加者に先を越されては元も子もない。
出来れば早く先を急ぎたい。
石崎「ごめん。待たせたね。もう大丈夫だよ。一気にラストスパートかけようか」
腰に両手をあて上体をあげた。
しかし口から出てくる言葉に余裕は感じられない。
身体を起こしても首が垂れ下がっていた。
全然大丈夫じゃないのは非を見るより明らかだった。
それでも。
本人が大丈夫というのなら。
僕は石崎さんの言葉に頷くと、彼女の状態を把握できるよう、また一度先をいく石崎さんの後ろに位置付いてゆっくり走り出した。
と、その時。
スパイダーフォンに反応が。
すかさずマップを確認すると2つの白いアイコンが僕らと同様に旗を目指して近づいていくのがわかった。
そして。
位置にして、旗からちょうど3点対角になるところから。
間をおかずして2組のペアが茂みから飛び出してきた。
石崎「…⁉︎」
ツムリ『これは面白い展開になったー!東エリアの旗の元に3組のペアが同時に躍り出た!【エベン&フェザン】ペア!【バブーン&ラクラダ】ペア!そして【ダパーン&ジャーコ】ペアの三つ巴だ!』
なんて展開だよ。
ほぼ同時によーいどんなんてそんな偶然あるのか。
文句が出そうになるのをグッと堪えて手と足を全力で動かすことに集中する。
ここからじゃ正確な値はわからないが、旗までの距離はほぼ同じなはず。
だから、どのペアが旗を取れるのかは単純に足の速さの勝負となる。
石崎さん。
ついて来れるか。
???「ジャマ…ジャマジャマ…」
聞き覚えのある鳴き声が耳に届き、思わず背筋が震えた。
忘れたくても記憶に焼きついてしまったあの鳴き声。
恐る恐る振り返るとそこには、退路を塞ぐかのように横並びになってこちらに迫る大量の山賊ジャマトの姿があった。
ツムリ『なんとなんと!東エリアで更なる悲劇が襲う!旗を目指して走るプレイヤーを大量の山賊ジャマトが襲いかかってきたー!』
白熱するツムリの実況がどこか他人事のように耳に入ってくる。
考えがまとまらない。
次々と起こる展開の処理が追いつかず拒絶するかのように思考が停止した。
極限に達した身体。
枯渇した身体から、捻出される僅かなエネルギーをただ一点に。
旗をこの手に取ることだけに、腕に、脚に。
無駄な働きを一切止めてエネルギーが注ぎ込まれる。
ツムリ『ここで別の地点の旗もゲットが確認された!【シース&メレオ】ペアがミッションコンプリート!これにより東エリアの三つ巴がハタトリゲーム最後のクリアの席を決める戦いとなった!同時に躍り出たペアにも徐々に差が開き始めている!特に【ダパーン&ジャーコ】ペアの差が圧倒的だ!かなり出遅れてしまっている!これは【エベン&フェザン】ペアと【バブーン&ラクラダ】ペアのクリア争いとなるのか⁉︎』
石崎「………!…………!」
徐々に開いていた差。
僅かな差だった。
まだ覆せる可能性は残っていた。
けれど。
目の前を走る石崎さんの身体が僅かにふわっと止まる。
一瞬何が起きたのかわからなかった。
次に僕の目に映ったのは、石崎さんの身体がスローモーションのように崩れ、地面に転がっていく瞬間だった。
石崎さん!
あわてて手を伸ばし石崎さんの身体を救い上げる。
両腕で抱え込んだ身体は過剰なほどに弾んでいた。
心配になるほど荒らげた呼吸をする石崎さん。
体力の限界か。
石崎さんが倒れ、僕らの足は完全に足を止まってしまった。
ツムリ『ここにきて【ダパーン&ジャーコ】ペアがクリア争いから脱落!これで完全に旗をゲットするのは【エベン&フェザン】ペアと【バブーン&ラクラダ】ペアのどちらかとなった!』
山賊ジャマト「ジャ…ジャ!ジャッ!」
終わった。
後ろから迫り来るジャマトの足音とうめき声がドンドンドンドン近づいてくる。
ここで、僕は死ぬのか。
石崎さんも、死んでしまうのか。
たった1人勝ち残れば理想の世界が叶うと言われるこのデザイアグランプリで。
石崎さんは言っていた。
キー局のアナウンサーになりたいと。
高校生の、6つもしたのこの僕に対して、恥ずかしげもなく自身の夢を堂々と語った。
そんな力強く掲げる夢を持つ人が、こんな所で散ってしまうのか。
結局世界はこんなもんだ。
幸せになりたいと願う人ほど、その幸せを掴むことができないということが。
努力して掴もうとする人よりも、努力せずなあなあで生きてるやつの方が幸せになっていく。
当たり前だと思っている環境や生活がいかに恵まれているのかを理解せずに。
『いい?先生と約束して?どんなに辛くて大変な時でも、最後まで諦めてしまってはダメよ。考えて考えて。ありとあらゆる方法を探して這い上がるの…』
ああ。
こんな時に…なんで先生の言葉を思い出すんだろう。
走馬灯かな。
あの大雨の中で聞いた先生の言葉が昨日のことのように思いだされる………。
いや。
こんな時だからか。
どんなに辛くて大変な今だからこそ。
諦めず考えて。
解決する策を見つけ出せと。
僕は諦めない。
血の滲むような努力をした人間が。
当たり前の幸せが手に入らなかった人間が。
報われ、幸せになれるように。
僕はグッと腰に力を入れると、石崎さんの身体を両腕で抱き抱え立ち上がった。
ツムリ『その手に旗を掴むのももう目前だ!クリアするのは【エベン&フェザン】ペアか!それとも【バブーン&ラクラダ】か!いったいどちらのペアに勝利の女神が微笑むのか……………………え?』
石崎「…………。」
DESIRE DRIVER『 E N T R Y 』