ふたりぼっち 作:関西在住匿名希望(334)
「曲も歌い方も出来てはいるんだけどな……」
「いや肝心の歌詞が出来とらんのかいっ! って話になるわな、流石に」
夜、とあるライブハウスにて。
俺達のメイン拠点として昔から使っていた小さい箱とはいえこの頃俺達のバンドはそこで満員御礼を連発出来る様にまでなっていた。
その要因として、たまにボーカルを変えたり個々人が作詞作曲までセルフで出来る為に色んな意味で『変幻自在』でメンバーの個性が出たり、メインの個性が出たメンバーを他のメンバーで更に彩ったり、そういう観点からお客さんを飽きさせない楽しませ方が出来ているからだと思っている。
中でも俺はシンガーソングライターとして、メジャーデビューこそしていないが今年からインディーズとしてソロデビューもしているから他のメンバーよりそういった、作詞作曲するという場面が多いのだが……今は何となく珍しく躓いていた。
「一番手慣れているはずの護君が手詰まるとは珍しいですね」
「ここまで苦心してるのは初めてじゃない?」
「我でさえ、見た事は無いな」
「まずいな……再来週のセトリには俺のソロ新曲として既に入れて発表してるんだよなこれ……」
ちなみにだが、新曲発表は大体月イチで誰かの新曲をセットしてそこから0から作詞作曲をして発表するのが恒例になっている。
そういうパフォーマンスもあって徐々に人気を集めているので、早めに歌詞を作って練習しておかなければならないのだが……
「ま、焦ってもしゃーないわ。まだ二週間あると思って行こや」
「はぁ……そうだな」
「……ふむ、一つお聞きしても?」
「なんだ?」
思案顔をしたと思ったら俺に尋ねてきたのはベーシストのメンバー。
やたら真面目で頭が良く、大抵このバンドの売り出し方に関してはコイツがメンバーのスキルを全て把握してるので一任している。
何だろうか、と思い顔を向ける。
「その曲、何を思い浮かべて……いや、この聞き方はナンセンスですね。……誰を思い浮かべて作曲しましたか?」
誰を思い浮かべて……と言われて、不意を突かれた様な錯覚に陥る。
何、ではなく誰と聞かれているという事はある程度の予測が立っているのだろう。
そうなるとコイツは確信して話してる可能性が高い、そういう性格をしているというのは俺は良く知っているのだ。
「え? 誰って……それは――」
誤魔化したとてコイツの質問から逃れられた試しは無い。
だったらさっさと答えるべきかと口を開きかけた時だった。
「……メール? この時間に?」
俺のスマホが鳴った。
もう夜も更けてきた午後8時前だ、こんな時間に俺にメールをしてくる様な人間はそうはいない。
たまにひーちゃんが掛けてきたりするがそれだけだ、家族だってたまにメールを貰う程度で後は元気に生きてればそれで良いという良くも悪くも放任主義な人達な上に夜はライブハウスにいるというのは知っているはずだから有り得ない。
だがそのひーちゃんに関しても、今は気まずくて話せていないのだからコンタクトを取ってくるのは無い。
訝しげに送り主を見る。
「ん、誰から来たんや?」
「……結束バンドの山田ちゃんだ。確かにメール交換したけど一度も来た事無いのに」
「結束バンドというと、後藤ちゃんのグループか」
「ふむ、内容を確認してみてはどうでしょうか。この時間に送られてきたというのも不自然だと思われます」
「……そうだな」
送り主はひーちゃんが所属しているバンドのベーシスト、山田リョウちゃんからだった。
山田ちゃんは俺と初対面の時から俺がこのバンドにいるのを知っていて追っていたそうで、その流れで何か知らない間に連絡先を交換する事になっていた。
とはいえ、とはいえだ。
ただの一度も連絡が来た事は無く、俺も連絡した事も無く、形だけ残ってるだけの状態として残っていたに過ぎなかったはずだった。
そんな山田ちゃんからの連絡……嫌な予感がした。
『緊急事態、至急STARRYに来て。ぼっちが大ピンチ。用件を書く暇は無いから頼んだ』
「はあ!? ひーちゃんが大ピンチ!?」
頭が真っ白になった。
嫌な予感がした時からまさかとは思っていた。
だが本当にそうだと叩き付けられ、思わず叫んでしまう。
今すぐ向かいたい……が、今はミーティング中。少し躊躇ってしまう。
「行くのだ、護。ミーティングなんぞその件を終わらせてからでも出来るだろう? ……場所は変える事になるが、な」
「せやせや、ここで行かな一生後悔するかも知れんで」
「何だったら私は長引く事も想定して予備日を別にセッティングしておきましょう。なので何も心配は要りません」
「四人で済ませられる事は先に終わらせとくし、ね」
「……スマン、ありがとう。後で何か奢るわ……行ってくる!」
……全く、察しの良い奴らだよ。
何も聞かず『行け』と後押ししてくれる親友達に苦笑いと、最大級の感謝を心の中で思いつつそう言い残しダッシュで……いや、全速力で駆け出した。
「……ところで、言わないで良かったのかい? アレ、多分山田ちゃんが何かしら企んで呼び出してる罠なんじゃないのかって」
「良い良い、彼奴が自分の気持ちに気付くには最適な薬になろうて。まあ今だけは彼奴の早とちりが良い方向に向くと信じようぞ」
「やな。ったく、アレで気付いて無いとか嘘やん……」
「我々は彼の帰りを待ち、導き出した答えを聞くだけです。さて、場所を変えましょうか――」
走る、走る、走る。
STARRYはここから1km程だがとても遠くに思えて仕方ない。
もっと足が速く動いてくれたら、そう思わずにはいられない。
だがそんな事で意識を気取られていては更に遅れてしまう、必死にただただ足を動かす。
『……誰を思い浮かべて作曲しましたか?』
だがその道中でも消えない言葉があった。
作曲していた当時、と言っても半月も経っていないがあの頃は無意識で作っていたはずだった。
だが今思い返してみて、気付いた、気付いてしまった。
(……これが、俺の答えだって言うのか)
いつも自信無さげで、俯きがちで、コミュニケーション取るのも下手だと自称していて。
それでいて、俺が数年間ずっと大切に想っていた、年下の女の子。
思い返せば、その子の事――後藤ひとりの事ばかり考えながら作曲していた事を思い出していた。
他の曲ではそうはならなかった。
今作っている曲だけだ。
思えば、いつもはもう少しバラードっぽい曲調だったはずのそれは今回に限ってだけは少し前向きなものになっていた。
(だから……だったのか、俺が歌詞を書けなかったのは)
それは、俺がこの気持ちに気付かない限り分からなかった答えだった。
無意識の内に自分の気持ちを曲に乗せて、自分がその気持ちが分からなくて、それじゃあこうなるのは明白に決まっていた。
(やっと……気付いたんだよ、この気持ちの感情ってやつが)
肺から酸素が抜けて呼吸が出来なくなる。
一瞬だけ足を止め大きく息を吸いまた走り出す。
やっと気付いたんだ、遅過ぎるくらいのタイミングだ。
それでも、今更過ぎるとしても、間に合わないなんて、そんなのは俺は認めない。
(間に合え……間に合え……間に合ってくれ……!!)
脳内に浮かんだ彼女の笑顔を胸に、俺ははしった。
「ア、ドウモ……マモルサン……」
「ひ、ひーちゃん……!! 大丈夫か……!?」
「……?」
STARRYに着いてまず盛大に違和感というか、何か物凄く嫌な予感を覚えた……ひーちゃんが無事だった? っぽいのは良いんだけど……逆にそれが原因と言うか……
「いや、その、山田ちゃんにひーちゃんが大ピンチって聞いて……飛んできたんだけど……ゼェゼェ……」
「わ、私は大丈夫です……? というか……えと、何も無い……と、言いますか……」
「だ……騙されたァ……!! 山田ァ!!」
叫んだ、思い切り叫んだ。
いつもは年下の女の子に対しては間違いなく『ちゃん』付けで呼んでいた俺がついつい呼び捨てで叫ぶ程だった。
俺のあの必死だった気持ちを返してほしい。
「あ、あの……リョウさんはどんな……メールを……?」
「い、いや、とても俺が恥ずかしくて死ぬので見せられない……というか他のメンバーは? 特に山田」
「あ……その、みんなは……なんか、二人きりにした方が良いって言い出して……止める間も無く……」
「まんまと嵌められたのか……俺は……」
ガックリとうなだれる。
最悪だ、早とちりでここまで走ってきたと言うのか、間抜けにも。
いや、そうだとしてもだ。
この気持ちに気付いたのは紛れも無くこの早とちりのお陰だ。
チャンスを貰ったんだ、答え……答えを……
「ま、護さん……その……い、今まで避けててごめんなさい……じ、自分勝手なのは分かってるんですけど……は、恥ずかしくって……」
「……うん、大丈夫。分かってるよ。俺こそ答えを出せなくてごめんね」
まずい、気持ちは纏まってるはずなのに言葉にしようとすると上手く纏まらない。
後は文章にするだけのはずだ、それで良いはずだ。
それが上手くいかないもどかしさを隠す様に、平静を装う。
「護さんが謝らないで……私が……自分勝手にやった事、だから」
俯いてるひーちゃんの顔がいつもより暗くなってる事に気付く。
……こんな顔をさせて、答えも上手く纏まらないままで良いのか?
いいや、良いはずが無い。
どうする、どうする……
……いや待てよ。
確か……そうだ、まだあった。
「ひーちゃん」
努めて柔らかい声で呼ぶ。
「っひゃい……」
「これ……あー、その、ちょっとくしゃくしゃだけど、貰ってほしいんだ」
ズボンのポケットにあった、再来週のライブのチケット。
まだ一枚だけ捌けていなかったのをポケットに突っ込んでてそのまま忘れていた。
走ってきたせいで少しヨレてしまったが、俺に出来る最大のアンサーは、これしか無い。
「これ、再来週の護さん達のチケット……?」
「そ。金は俺が払うから来てくれない?」
「え、でも……」
「頼む。ひーちゃんの気持ちへの答えを、アンサーソングを、君にだけに向けて作る歌で、答えさせてくれないか?」
真っ直ぐにひーちゃんを見つめる。
彼女は潤んだ目でこちらを見つめる。
「ぅっ……は……ぃ。絶対……絶対、行きます……」
今なら書けるはずだという確信があった。
書けなかった曲の歌詞を、この気持ちへの、ひーちゃんへの、答えとして。
次が恐らく最終話になります