愉悦系外道麻婆神父になりたくて!   作:伊勢うこ

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 ※あの神父はなりたくて! でなるような人物では決してありません。ご注意下さい。
 
 ラス峰神父実装&陰実アニメ記念(判断が遅い)。


衝撃のマーボー

 

 ミドガル王国、王都。

 

 この日、ミドガル王国第二王女アレクシアはお忍びで街に繰り出していた。

 

 目立たぬように変装をして。

 いくら彼女が一国の王女であり、更に容姿が整っているとはいえ街に出かけるだけならばその必要もない。

 

 しかし彼女は本来なら未だ安静にする必要がある身。

 外へ出たとバレれば、優しくも真面目な姉に連れ戻されるだろう。

 先日起きたとある事件に巻き込まれたために身体が衰弱し、身分のこともあって大事をとらなければならないが、無理を押してでも彼女には知るべきことがあった。

 

 それは事件に関わった二つの組織について。

 

 一つは『ディアボロス教団』。

 伝説の魔神の名を冠するカルト教団。

 彼女を攫い、監禁し、血を抜くことで何らかの実験を行なっていた研究者と、事件の主犯であり元婚約者候補であるゼノン・グリフィが属していた。

 

 

 そしてもう一つ。

 ディアボロス教団に敵対していると見られる『シャドウガーデン』。

 そしてその盟主と見られる、あのシャドウと名乗る男。

 

 

 王女として、彼等について少しでも知っておく必要がある。

 そう考えたアレクシアは、ある人物に手紙を送り呼び出した。

 二つの組織について、知っていてもおかしくないような人物に。

 

 

 

「ここね……」

 

 

 王都の大通りを外れた、然程目立たぬ立地にある店舗。

 訪れた客に食事を提供する飲食店。

 常ならば王女である彼女が訪れることのない場所だが、今回はここが彼女の目的地。

 呼び出した相手は此処で待っているらしい。

 

 掲げられた看板には異国風のスタイルで店の名前が書かれている。

 タイザン、と読むようだ。

 意味や由来は不明だが、まぁそこはどうでもいい。

 

 

 アレクシアは戸を開き、中へ入った。

 

 店内は王国ではあまり見られない異国情緒に富んだ作りになっている。

 奥の厨房から「いらっしゃいアルー」と高めの声が。

 店主の声だろうか。今も何か作っているらしい。

 

 

 店の内装から、客席に目を移す。

 

 そこにいたのは、一人の神父。

 歳は三十代そこそこ。

 茶色の頭髪を中心で二つに分け、後ろ髪は頸を覆う程度には伸びている。

 ミドガル王国においても最大の宗教である聖教の教えを守る人物だが、一般の聖教の信者が白い装束を纏うのに対し、彼は黒い装束を着込んでいた。

 椅子に座っているが、立てばアレクシアより三十センチは上背があるだろう。

 

 

 

 その神父が、飯を食っていた。

 額に汗を滲ませながら、一心不乱に何かを口に運んでいる。

 次第に全身から汗が滝のように流れ、湯気が立つように。

 

 ようやく神父がアレクシアの到着に気付く。

 が、それでもなお手を休めようとはしない。

 

 

「──来たか。時間があったのでな、先に食事をさせてもらっている」

「うっ……」

 

 

 アレクシアは、思わず手で口を覆った。

 原因は食事をしている神父にではなく、彼の手元にある料理。

 

 マーボー、と言うらしいその一品にあった。

 

 赤い。

 ただ、ひたすらに赤い何か。

 香辛料を百年くらい鍋で煮込んだ、地獄の釜の底のような色合い。

「オレ外道マーボーコンゴトモヨロシク」というフレーズが何故か彼女の脳裏を過った。

 

 どう見ても常人が口にしていい代物ではない。

 絶対に殺人的に辛い。

 あんな物を口にするとか正気ではない。

 

 近づきたくはなかったが、仕方なく神父と同じ机の席に着く。

 

 机を挟み正面に座る神父は先程からまるでペースを落とさず、ハフハフと息を零しながら尋常じゃない速度で食らっている。

 やがて猛スピードで赤い物体を掻きこんでいた手が止まった。

 

 視線が交わる。

 ちらりと、神父の死んだ魚のような、重苦しい目が向けられた。

 そして────

 

 

「食うか────?」

「食うか────!」

 

 

 アレクシアは、王女らしからぬ口調で食い気味に断った。

 

 

 

 

「君が私に用があるとは、珍しいこともあるものだ」

「別に呼びたくて呼んだわけじゃないわ。聞きたいことがあっただけよ」

「これは手厳しい。一介の聖職者に過ぎないこの身が、王女殿下のご期待に応えられると良いのだが」

「どの口が言ってるのよ……」

 

 

 マーボーとの熱い格闘を終え。

 食器を置き、神父は凡そ王族に対する接し方とは思えない慇懃無礼な態度でアレクシアと話していた。

 世が世ならそれだけで斬首されていただろう。

 

 

「時に、治療中と聞いていたが、その後の具合はいかがかな?」

「お生憎様、心配して頂く程のことではありませんわ、神父サマ」

「それは重畳。君に何かあれば多くの人々が悲しもう。特に、姉君であるアイリス王女殿下あたりがね」

 

 

 このクソ神父め……! 

 

 アレクシアは訳あって姉のアイリスとは暫く折り合いが悪かった。

 現在、というかつい先日からそれは解消されたが、この神父は態とそこを突いてきたのだ。

 明らかな確信犯。確かな外道。

 

 アレクシアは目の前の神父──キレイ・コトミネ──が昔から嫌いだった。

 

 苦手な訳ではない。

 むしろ普段から完璧な王女を装う彼女からしてみれば、猫を被る必要のない貴重な相談相手と言っていい。

 だがこの神父の、人をくったような言動がどうにも好きになれないのだ。昔から。

 自分とて性格が良いとは決して言えないし、悪いであろうという自覚すらあるが、この男は自分以上にタチが悪い。

 

 では何故そんな男にこうして会いに来たかというと、この男は王国内の、ひいては王都内で起こったことについて詳しく、二つの組織について何か情報を持っているのではないかと思ったからであった。

 

 そうでもなければ積極的に関わろうと思う部類ではない。

 

 

「さて、世間話も結構だが互いに多忙の身だ。早速聞きたいこととやらを聞かせて貰おう」

「そうね。長居して、もし誰かにこんなとこ見られたら困るもの」

 

 

 王女が男と密会、それも相手が聖職者なんてバレようものなら世間は大いにざわつくだろう。

 事実はどうあれ、それで最愛の姉が傷つくのは避けたい。

 まぁ、単純にこの胡散臭い神父と長時間顔を突き合わせていたくないというのが、長居したくない最大の理由だが。

 

 

「まぁ大凡の見当はついている。先日の事件のことだろう? より細かく言うならば、あの場に現れた二つの組織について」

「えぇ、そうよ。話が早くて助かるわ」

「王女殿下にお褒めいただけるとは、光栄の至り」

 

 

 不敵な笑みを浮かべながら、神父は顎の下で両の手を合わせて上辺だけの敬意を払う。

 

 

「それで、何か知ってるの?」 

「私も詳しい訳ではない。ただ、そういった組織が存在し、互いに敵対していることは事実だ。世間の知らぬ所でな。先日のように、表に出てくるとは思わなかったが」

「敵対する理由は?」

「さて、どうかな。私の考えでは、先日王都で暴れていたアレに関係があるのでは、とだけ」

 

 

 王都で暴れていたというものについて、アレクシアには思い当たる節があった。

 自分がディアボロス教団を名乗る連中に囚われ、血液を採取された部屋のすぐ隣にいた何か。

 全身の肉が腐ったかのように変色し、異形の姿に成り果てた者。

 つまり────

 

 

「悪魔憑き……?」

「恐らくは。君を誘拐し、血を抜いたというのも、そこに何らかの関係があると見ていいだろう」

 

 

 初めて見た時から異形だった彼、ないし彼女は白衣の研究者にアレクシアから採取した血液を投与されると、その体積をみるみる増して巨大な怪物となった。

 怪物となった後のことは詳しく知らないが、街を破壊し、騎士も何人とやられたそう。

 被害を出したことは確かに事実だが、アレクシアはあの実験体にされていた存在のお陰で牢を脱出出来たので、そこは感謝している。

 

 そういえば、その怪物はどうなったのか。

 後から王都で暴れていたとは聞いたが、その最期は? 

 現場には王国一の魔剣士である姉のアイリスが居たので、彼女に討伐されたのだろうか。

 

 

「私が知っているのはこの位だ。他に何か質問は?」

「……あるわ。シャドウという男について何か知ってる?」

 

 

 地下で囚われていたアレクシアを助けた謎の実力者、シャドウ。

 事件の犯人であり、また学園の剣術講師を務めていたゼノンを圧倒的な力の差で倒した猛者。

 

 ゼノンは決して弱くなかった。

 アレクシアでは歯が立たなかった彼を、シャドウは終始子供扱いしていた。

 自分と同じ、力ではなく技を磨いた「凡人の剣」。

 その極みとも言える実力で。

 

 

「君を助けたという男、だったか。いや、困ったものだよ。街の中でああも大規模な爆発を起こすとはな。修繕もタダではないのだが」

「そっちからも人が出てるものね。ご愁傷様」

 

 

 アレクシアを救出した謎の男、シャドウが起こした爆発により街の一部が地下まで崩落。

 それの修復にあたり多くの人員が動員され、騎士や聖教の関係者まで投入されている。

 こういう時にこそ力を貸さなければ信者は減っていくのだろう。

 

 聖職者も大変だと世の世知辛さを儚む一方、目の前の神父にはザマァと思っていたあたりで、彼女はあることに気づいた。

 

 

 コイツ、何故あの爆発をシャドウが起こしたと知っているのか? 

 

 

「そんな情報、何であんたが知ってるのよ」

 

 

 独自の情報網を持つこの男のことだ。

 シャドウの名を知っていたことは百歩譲って良しとして、何故あの大爆発を起こしたのが一人であると知っているのか。

 そんなこと、当事者くらいしか────

 

 

「何故も何も、私がシャドウガーデンの協力者だからだ」

「────」

 

 

 ────は? 

 

 今、この神父は何と言った? 

 協力者? 

 あの謎の集団に協力していると、そう言ったのか? 

 

 

「協力者とは言ったが、精々が情報提供位のものだ。彼らの頭目とも面識はない。言っただろう、詳しい訳ではないと」

「なんで────」

「何故、とは? それは私が何故彼等に協力しているのか、か? それとも何故協力しているにも関わらず、彼等の頭目と面識もないのか、か?」

 

 

 何処か愉しげな色を含む神父の暗い目が向けられる。

 何が楽しいのかはアレクシアにはさっぱり理解出来ない。

 何故自分が今、裏切られたかのような気分になっているのかも。

 

 思わずため息をこぼす。

 

 

「……なんで最初に言わないのよ」

「あぁ、すまない。勿体ぶったつもりはなかったのだが、許してくれたまえ」

 

 

 全く誠意の篭っていない謝辞が返って来た。

 アレクシアは衝動的に剣を抜きたくなったが、どうにか堪える。

 彼女は我慢が出来る淑女だった。

 

 

「……まぁいいわ。いえ、良くはないけれど。一旦横に置いておきます」

「有り難きお言葉」

「けど、これだけは聞かせて。アイツらは敵? 目的は何なの?」

「アイツら、というのがシャドウガーデンを指しているのなら、それは彼等に問わねば判るまい。君の、ひいては王国の敵か味方か。その目的もな」

 

 

 要は自分で判断しろ、ということらしい。

 

 アレクシアはこの男は全部知っているのではないかとも考えたが、仮にそうであったとしても、この男から何もかもを教わるのは癪に障る。

 それにシャドウガーデンにせよ教団にせよ、どちらも放置出来ないことには変わりない。

 

 

「そう。なら後は自分で調べるわ」

「おや、何故私が彼等に協力しているのか聞かなくてもいいのかね?」

「あら、いやですわ。私貴方にそこまで興味はありませんのよ、神父サマ」

「そうかね」

 

 

 この神父は昔から胡散臭いが、聖職者としては本物だ。

 昔から聖教の教えを守ってきた。

 故に、人々が意味も無く傷つくようなことには加担しないだろうという点は信じてもいいだろう。

 全く懸念が無いわけではないが。

 

 

「ところで話は変わるが、君に恋人が出来たというのは本当かな?」

「だったら何か?」

「いやなに、知らぬ間柄ではないのだ。隣人への祝福の言葉くらいは送ろうかとね」

「気持ちだけで結構よ」

「それは残念。では、シド・カゲノー君と仲良くやっていけるよう、陰ながら祈っておこう」

 

 

 神父の口から出た名前は、アレクシアの偽装恋人である彼のものであった。

 

 

「何で名前────」

「アイ! マーボードーフお待たせアルー!」

 

 

 ────? 

 

 

 横から現れた小さな女店主が持って来て、ごとごとりと音を立てて机に置かれるなにか。

 

 ────マーボー。

 

 痛々しい程に赤いそれが、机の上に二つ。

 神父が前もって注文していたのだろう。そこはいい。

 

 だが、何故二皿あるのか? 

 一つは神父が食べるとして、ではもう一皿は────? 

 

 

 再び、視線が交わる。

 神父はやはりその生気を宿さぬ重苦しい瞳でこちらを向き────

 

 

「────食うか?」

「────食べない!」

 

 

 この男は何を言っているのか。

 食う? 何を? これを? 

 誰が? 

 

 ────私が? 

 

 

 改めてそれを見る。

 煮えたぎるマグマの如き赫。

 見るだけで目が痛くなりそうだ。

 舌に含まずとも分かった。

 これはヤバい、と本能が煩く訴えかける。

 

 この男は王女である自分に、まさか本気でコレを食わせようとしているのかと、アレクシアは戦慄を覚えた。

 

 神父はアレクシアの食い気味な返答に一言そうか、と頷くと再び食器を手にソレを食べ始めた。

 何がそんなに美味いのか、神父はレンゲを止めることはない。

 

 

 ────そんなに美味しいのかしら? 

 

 

 丁度お昼時であったせいか。

 次第にアレクシアの中にそんな考えが浮かび始めた。

 テーブルに置かれてあったレンゲを手に取り、マーボーを掬う。

 

 確かに人智を超えた赤さだが、意外と辛くないのではないか。

 世の中には味付けが濃そうな見た目の割にアッサリとしたものもある。

 これもその一種なのではないだろうか。

 

 でなければ目の前の外道神父がこうもバクバクと食べていることに説明がつかない。

 それにこれは歴とした店の品だ。

 人間が食べれるように作られている筈。

 

 食べないと言ったにも関わらず手を出すのは少々気不味いが、何事も挑戦しなくては分からないもの。

 神父が嗤っている気がするが、努めて無視する。

 

 顔に近づけると、想像よりも匂いはない。

 刺激的な香りではあるが、食欲を唆るといえば成程納得は出来る。

 

 いざ実食。

 

 

 そして遂に口に入れた。

 瞳が大きく開かれる。

 その味にアレクシアは────

 

 

 

 

 

「どうした? もう食わんのか?」

「……えぇ、ご馳走様。そろそろ帰るわ」

 

 

 王女は席を立ち、店を後にするべく出口へと歩いていく。

 

 

「アレクシア」

「何よ、まだ何か?」

 

 

 出口の戸に手をかけたタイミングで、神父は王女の背に声をかけた。

 

 

「真実というものは存外、杜撰(ずさん)に隠されているものだ。例えば初めから目に見えている場所などにね」

「……?」

 

 

 言葉の意味はよく分からない。

 だが、何故か妙にアレクシアの脳裏に残った。

 

 いや何でもない、と神父は首を振る。

 

 

「君に、女神の加護があらんことを」

「ふんっ」

 

 

 戸をずらし、今度こそ店を後にする。

 空には綺麗な夕焼けが描かれていた。

 

 

 

 帰宅後。

 

 暫くトイレから出てこない妹を心配したアイリス()に、アレクシア()は何でもない、大丈夫だの一点張りで頑なに何を食べたかを話さなかった。

 それは自身の名誉を守る為か、或いは姉をアレから守る為か、或いはその両方か。

 ただ一言言えるのは────

 

 

「味覚おかしいんじゃないの、あのクソ神父っ……!」

 

 

 王都内の教会で。

 今日もまた一人の神父が、口端を歪め嗤った。

 愉しそうに、悦ばしそうに。

 




 ※常人であらせられるであろう皆様は真似して完食しないようにしてください。
 作者は責任を負いかねます。

 そして良ければ感想、高評価等よろしくお願いします。

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