愉悦系外道麻婆神父になりたくて!   作:伊勢うこ

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 いつも読んでいただきありがとうございます!
 予想以上の反響を頂き驚いています。
 みんな麻婆好きなんすねぇ〜。


理想の在処(おまけつき)

 

 シド・カゲノーの趣味の一つは散歩だ。

 

 

 定期的ではなく、ただ何となく気が向いた日、思い立った時に外に出て街を練り歩く。

 尤も何ら目的もなく彷徨くわけではない。

 彼の人生の至上命題である「陰の実力者になる」ことと関係がある。

 

 

 陰の実力者。

 主人公でもなくラスボスでもなく、ただ時折現れては事件に介入し、その圧倒的な力を見せつける存在。

 普段は冴えないモブAだが、その正体は強大な力を持つ者。

 シドの前世の人生は、その為に捧げたものであったと言っても過言ではなかった。

 時間という時間を全て鍛錬に費やした。

 

 

 散歩も、その陰の実力者になるための行為の一環。

 この剣と魔力の世界で二度目の生を受ける前、影野実であった時から行っていた。

 人目がつきにくく、されど趣を感じさせる場所を求めて。

 なので散歩というよりは散策と言った方が的確かもしれない。

 

 前世で気に入った場所は放課後の音楽室と町外れの廃工場。

 誰も居なくなった音楽室で奏でるピアノ。

 廃れた工場の穴が空いた天井から漏れる月光。

 あれらは中々悪くなかった。

 

 今世では、どんな陰の実力者スポットに出会えるのか。

 

 

 

 ミドガル王国の王都に来てはや一月余り。

 

 十五歳になったシドはこの春王都にあるミドガル魔剣士学園に入学。

 この国では貴族の子女は十五になるとこの学園に通わなければならず、それは田舎の下級貴族の長男として生まれたシドも例外ではない。

 

 この一月はモブとして理想的な振る舞いができ、モブとして連むに相応しい実にモブモブしい友人も出来た。

 姉がやたら学園を案内しようと寮の自室に押しかけて来たが、なんとかこれを回避。

 成績は今のところ中の下。

 問題を起こす訳でもなく、シドは自画自賛するほどモブらしい日々を謳歌していた。

 

 

 王都の街並みにも慣れた頃、ふと「散歩でもするか」と思い立つ。

 今日は休日。

 特にやることも無い。

 友人二人は用事があると言っていたし、早急に取り掛かるようなこともない。

 

 散歩しよう。

 王都に来てからはモブムーヴが楽しくて忘れていたが、陰の実力者スポット探しもしなければ。

 

 

 外出に最低限の必要な物だけ持って外に出る。

 大通りは人で混雑しているが、シドにとって用があるのはもっと人気のない場所だ。

 通りを一歩外れ、街の中心部から離れていく。

 

 そうして市街地から離れていき。

 すっかり陽が落ちて空が茜色に染まった時分。

 

 目に入ったのは一つの教会。

 外観の造りや掲げられたシンボルから見て聖教のものだろう。

 綺麗に管理されているが、建築様式から建てられてからそれなりの時間が経っていることが伺える。

 

 

(こんなとこに教会なんてあったんだ)

 

 

 シドはふむ、と手を顎に当て、目を瞑る。  

 

 

「教会か……」

 

 

 瞼の裏に光景を描く。

 夜の帳が落ちた、町外れの教会。

 ステンドグラス調の窓から入る淡い月の光り。

 そして月光に照らされながら余裕ある佇まいで意味深な言葉を呟く、陰の実力者。

 

 

「悪くないな……」

 

 

 悪くない。

 いや、悪くないどころかかなりいいのではないだろうか。

 うん、アリだな。

 アリ寄りのアリってやつだよねとシドは結論付けた。

 宗教には微塵も興味はないが、これはいい所を見つけたかもしれない。

 

 しかし────

 

 

「これ入っていいのかな?」

 

 

 中に入ってみたいが、廃墟でもなさそうなので勝手に入るわけにもいかない。

 入ったとしても、勧誘されたりするのはゴメンだ。

 宗教勧誘は前世の経験でお腹いっぱいだった。

 特にカルト教団らしき方々からの熱烈なオファーは。

 

 表の明かりはついている。

 

 なら大丈夫かな、と敷地の中へと進み入口の扉前へ。

 今世で聖教の神父や司祭を見たことはあったが、前世含め教会に足を運んだ経験はない。

 故に正しい入り方など分からないが、間違いがあったら謝ればいいかと、扉にノックを三回。

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 

 生まれてこの方教会に入ったことのなかったシドは、この日初めてその中に足を踏み入れた。

 

 外観同様、内部も清潔感に包まれている。

 中央の通り道から左右に分かれて並ぶ長椅子。

 正面奥には聖教のシンボルが掲げられ、その向こうにはステンドグラス調の天窓が。

 

 

 夕焼けの光が差し込む。

 視線の先────壇の前には一人の神父がこちらに背を向けていた。

 

 白ではなく黒の修道服。

 前世の世界にあったカソックに似たものだろうか。

 身長は百九十センチはあろう長身。

 左手は後ろに回し、右手で何かを持っている。

 聖教にまつわる本か何かか。

 

 神父は来訪者に気づいたのか、本を閉じると後ろに振り向く。

 

 

「────教会へようこそ。お祈りかな、それとも罪の告解かな?」

 

 

 悠然と、どこか余裕のある佇まい。

 腹に響くような低い声音が耳朶を打つ。

 瞳は暗く、その深淵の如き暗闇に飲み込まれてしまいそうになる。

 

 そして何より、この存在感。

 モブには決して出せぬ、重圧を感じさせる雰囲気。

 それは、ここが教会という聖なる場所だからではない。

 

 一目見て理解した。

 間違いない、この人は────

 

 

(ラスボス……!!)

 

 

 物語の裏で糸を引き暗躍する黒幕。

 あと一歩のところで主人公たちの前に現れる最後の敵。

 それも滅茶苦茶大事なところで裏切るタイプ。

 

 陰の実力者としてのシドの観察眼が告げている。

 コイツは決して唯の神父ではないと。

 ゴクリと、唾を飲み込む。

 

 

「えっと、すいません。僕、教会って入ったことなくて、興味本位で来たんです」

「成程、そういうことだったか。だが、構わないとも。神の御家は何人にも開かれたもの、存分に観ていくといい」

 

 

 そう言われ、シドはお言葉に甘えて中の様子を視る。

 抱いていたイメージとさして乖離しない、清潔な空間。

 他を知らない以上なんとも言えないが、どこもこんな感じなのだろうか。

 

 

「見たところ、ミドガル魔剣士学園の生徒かな?」

「ぇ、えぇ、はい、そうですが」

 

 

 態とどもる。

 我ながら悪くないモブムーヴ、九十点は固いなとシドは思った。

 

 

「あそこの学生がここに来るとは珍しい。噂にでもなっているのかな?」

「僕はそういうの疎いですけど、そういうことはないと思います」

「ふむ、そうか。いや、失礼。最近は君のような年頃の子が来る機会が滅多に無くてね。不躾なことを聞いた」

「いえ、大丈夫です」

 

 

 後ろで腕を組みながら、神父は目を伏せた。

 

 

「挨拶がまだだったな。私はこの教会の管理、運営を任せられているキレイ・コトミネ。少年、君の名前は?」

「シド・カゲノーです」

 

 

 隠すことなく少年は自分の名を伝える。

 陰の実力者としての名はともかく、こちらを隠したところで意味はない。

 田舎の下級貴族の名など覚えはないと思っていたが、意外にも神父は反応を示した。

 

 

「カゲノー……。カゲノー男爵家の血筋か。確か、長女である君の姉君が特待生だったか」

「よく知ってますね」

「王都に長くいると、知り合いもそれなりに居るものでね。あの学園の生徒の中にもそうだ」

 

 

 この神父はシドが思っていたより顔が広いらしい。

 学園の事情にも精通しているあたり、情報収集能力も高いようだ。

 ますます黒幕らしいぞと、人知れずテンションが上がる。

 

 

「知り合いの生徒って、どんな人なんですか?」

「我が強く、裏表のある子でね。普段は優等生を装っているが、本性は……いや止そう。隣人を悪し様に言うつもりはないが、君も会う機会があった時は用心することだ」

 

 

 要するにその知り合いというのは随分イイ性格をしているらしい。

 だがモブである自分が優等生と接点をもつ機会など無いだろうと、少年は神父の忠告を頭の隅に追いやった。

 それを思い出すことになるのは、そのおよそ半年後のことであるとは知る由もない。

 

 

「ところで少年」

「何ですか?」

「君にはなりたいモノがあるか?」

 

 

 唐突に、神父は少年に問いを投げた。

 重苦しい視線が、こちらに届く。

 

 

「なりたいモノ、ですか?」

「そうだ。たとえそれがどれだけ滑稽なモノであったとしても、他人から理解を得られぬモノであったとしても。価値を認められず、存在を許容されず、容認されず、排斥され、淘汰するべきと非難されるモノであったとしても」

 

 

 朗々と神父は語る。

 シドは長い台詞が苦手だが、彼が何を言いたいのかは理解した。

 

『お前の欲を聞かせろ』と、彼はそういっているのだ。

 

 

「己の全てを投げ打ってでもなりたいナニカ。君にはあるかね、シド・カゲノー?」

 

 

 なりたいモノ、己の理想。

 それがどれだけ無謀でも、無茶でも、無理難題なモノであったとしても、叶えるべきであるもの。

 叶えなければいけないもの。

 

 愚問だ。

 シド・カゲノーには、ハッキリとなりたいモノがある。

 何時からかは分からない。

 だが、気づけば己の内にあったもの。

 周りが進む方向と逆行してでも追いかけたもの。

 

 始まりは憧れだった。

 目に焼きついたソレが、あまりにもカッコよくて、理想的だった。

 運命的、と言ってもいいかもしれない。

 ただそれだけの理由で道を歩き始めた。

 

 折れそうになったこともある。

 挫折し、膝をつきそうになったことも。

 こんなことに意味などあるのかと、自問したことも。

 時が経つにつれ、現実が見え始め、自分はただ逃避しているだけではないのかと、そう思ったこともあったかもしれない。

 

 でも、それでも。

 今もこの内に秘めたものだけは────

 

 

「ありますよ、なりたいもの」

 

 

 ほぅ、と神父は声を漏らす。

 光をも呑み込みそうな眼に、興味の色が点く。

 

 

「ならば聞かせてもらおう、シド・カゲノー。君のなりたいモノとは何だ」

 

 

 初対面の相手に聞かれるようなことでも、まして告げるようなことでもない。

 だが、シド・カゲノーは口を開く。

 理想を言葉にする。

 たったそれだけのことを、最後にしたのは何時だったか。

 

 

「神父さん、僕はね────」

 

 

 ────間違いなんかじゃない。

 

 

 

 

 

 

「そろそろ寮の門限ヤバいんで帰ります」

「あぁ、気をつけて帰るといい」

 

 

 すっかり日が落ち、空気が冷え込み始める。

 シドは当初の目的であった教会の視察を終え、帰宅しようとしていた。

 神父に言ったように、そろそろ帰らなければ寮の門限を破りかねない。

 それはそれでモブっぽいが、不必要に目立ちかねない。

 一流のモブを心掛ける者としてはナンセンス。

 

 神父に見送られ、扉から外に出る。

 この教会はシド個人としては嫌いじゃないが、陰の実力者スポットとしては論外。

 何故ならここはラスボスの本拠地。

 そこにシャドウとして訪れるのは難しいだろう。

 

 扉が閉まりつつある。

 去り際、背後から神父が一言告げた。

 

 

「喜べ少年。君の願いはようやく叶う」

 

 

 何故かその言葉が、いやに頭に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 夜の静けさに包まれる王都。

 昼間の喧騒さとは別種の賑わいを見せる都市の一角。

 大通りからは一歩外れつつも、大通りにある建築物にも負けぬ見事な建物。

 

 そこは表向きは新進気鋭の商会「ミツゴシ商会」の所有する物件。

 実際は世界中に根を広げる悪の教団に抗う地下組織・シャドウガーデンの王都活動拠点の一つ。

 陰に潜み、陰を狩るための。

 

 

「連中の姿は確認出来た?」

「はい、ですがアジトまでは……」

「いいわ、流石にそう簡単に見つかるとは思っていないもの」

 

 

 金の髪を腰まで伸ばした美しい少女は、悩ましげに一つ息をついた。

 道は遠いと、確認するように。

 悩みの種は、それだけではないが。

 

 

「あの神父の情報通りでしたね、アルファ様」

「えぇ。今までと同様に、ね」

 

 

 王都にある教会、そこにいる一人の神父。

 彼の情報提供により、教団がこの街で動きを見せていることが分かった。

 そのこと自体は決して悪いことではない。

 何かが起こる前にそれを知れたこと自体は。

 だが────

 

 

「信用していいんでしょうか。その……」

「あなたの気持ちは分かるわ。でも、これまでも彼の渡してきた情報のお陰で救えた同胞もいる」

 

 

 アルファの側に立つ銀の髪を短めに切り揃えた少女は、不安げに口を開く。

 彼女の気持ちはアルファにも理解出来るものだ。

 

 既に六百を超える人員を有するシャドウガーデン。

 その中には、あの神父の情報から所在が判明した者も少なからずいる。

 小規模だが、教団の拠点を見つける手がかりにもなったことも。

 

 

「確かに何を考えているかまでは分からない。だから信用はしても信頼はしない。それが今の最善策よ」

「はい、我々が心を預けるお方はただ一人です」

 

 

 こちらに有益な情報を齎す人物であるのは間違いない。

 だが、アルファには確信めいた予感があった。

 あれはいつか敵になるのではないか、と。

 

 そうなれば容赦はしない。

 確かに恩はある。

 しかし、自分たちと盟主たる彼の邪魔になるのなら────

 

 

「シャドウ様にはこのことは?」

「いいわ、彼なら気づいているでしょうし」

「畏まりました」

 

 

 ────排除するのみ。

 

 

 今宵も夜は続く。

 陰に潜む者たちの、長い夜が。

 

 

「ぶぇっくしょいっ!?」

 

 

 その頃何も知らない少年は、盛大にくしゃみをした。

 

 

 

 おまけ!! 

 

 その日、シドは散歩に出かけた。

 王都の美しい街並みの陰に隠れる細い通路を抜けると、そこにあったのは────

 

 

「中華料理屋……?」

 

 

 一軒の中華料理を出す店が。

 なんとなく前世に食べた中華料理が懐かしくなり、入店。

 小柄な女店主から渡されたメニューを眺める。

 彼が選んだのは、やはりアレだった。

 

 

「アイ! マーボードーフお待たせアル!」

 

 

 出てきたソレは、『赤』だった。

 とにかく赤い。

 これでもかと言う程に赤い。

 

 ソレをレンゲで掬い、口の中へ。

 

 

「────っ!?」

 

 

 少年に稲妻が奔る。

 旨味は確かにある。

 が、辛い。

 舌を焼くような辛さ。

 喉に溶岩を流されたかのような刺激。

 常人なら一口で悶絶するソレを────

 

 

「うん、結構いけるね。本格的な味って感じ」

 

 

 シドは割と平気で平らげた。

 

 今度ヒョロとジャガも連れてこようかなと、少年は極めて晴れやかな気持ちでそう思った。

 友達と外食するのは、間違いなんかじゃないから。

 

 

 後日、王都の一角から複数の男の悲鳴がしたとかしなかったとか。

 

 

 

                     おしまい!! 




 読んでいただきありがとうございます! 

 原作主人公シドとオリ峰キレイ。
 どちらもナニカになりたいと追い求めた者同士のお話でした。

 感想、評価など頂ければ幸いです。
 よろしくお願いします!

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