そしてお久しぶりでございます。
前回から約一月ぶりの投稿になりますがユルシテ・・・。
その声だけを、覚えている。
『ほん……せいこ……マ……かよ』
瞼の裏の暗闇しか映らない中にあって、しかしその声だけがぼんやりと耳に入る。
身体は鉛のように重く、動かない。
だが、何処か暗い闇の中から引き上げられたような、温かな光に包まれたような、そんな感覚。
これが、カレン・■■■■■■の始まりの記憶。
顔も判らない誰かに、救われただけの話。
そこから彼女は始まった。
「……ンちゃん。カレンちゃん?」
小動物のようなか細い声を耳にして夢から意識が戻る。
視界に映る桃色の頭髪。
一度目にすれば中々忘れられない髪色の持ち主が上目遣いでこちらを覗いている。
「……聞こえています。何ですか?」
「あの、実はですね……」
その極めて刺激的な色の頭髪とは裏腹に、本人は極めて内気な性格だった。
カレンの前で顔を赤らめてもじもじとしている少女の名はシェリー・バーネット。
学生の身でありながら王国随一の頭脳の持ち主として知られ、最近ではこの王国の第一王女からとあるアーティファクトの解析を任せられたとか。
そんな彼女との会話は、決まっていつもこのミドガル魔剣士学園内にある保健室。
明確にそうと決めたわけではないが、二人が会う時はいつもこの部屋であった。
善人だがその内気な性格からカレンの他に友人がいないシェリーと、十代でありながら優秀な治療の腕を持つ──ということになっている──ことで聖教から派遣され、保健室の主として居座るカレン。
陽の当たり具合によって銀にも白にも見える長髪と金の瞳。羽織った白衣とその袖から覗く四肢に巻かれた包帯が特徴の少女は、漕いでいた舟を止めて欠伸を一つ。
「カ、カレンちゃんに相談したいことがあるんです……」
「相談、ですか」
ベッドではなく応接用のソファーにちょこんと腰掛けながらシェリーは話を切り出した。
すっかり温くなった茶を啜りながら、対面に座るカレンは少女の言葉に耳を傾ける。
この学園に来る前は聖地で修道女見習いをしていたカレンにとって、相談に乗ること自体はやぶさかではない。その内容にもよるが。
「実は、その、学園の男の子からこれを……」
シェリーが取り出したのはリボンの装飾が施された一つの小さな箱。
カレンにも見覚えがあるものだった。
最近になってミツゴシ商会が売り出している菓子で、実際に口にしたこともあるそれ。
「チョコですか」
「図書館で突然渡されて、お父様が言うにはひ、一目惚れじゃないかって……」
顔を赤くして次第に言葉が尻すぼみになっていく。
どうやら頭の中まで桃色になったらしいと、カレンは脳内で少女をこき下ろす。
態々相談に乗って欲しいと言うから何事かと思えば恋愛相談とは。
しかも困っているように見えて実は満更でもない様子。
それにしても一目惚れとは。
シェリーの養父、つまり学園副学園長であるあの男も余計なことを吹き込んでくれたものだ。
お陰で聞きたくもない話を聞かされるハメになったではないか。
「porca miseria……」
「? カレンちゃん、今なにか……」
「いいえ、何も。それで、相談というのはそのチョコを渡してきた男子生徒がどういうつもりだったのか、ということでいいのかしら?」
「はいぃ……」
ぶっちゃけカレンの中で話に対する興味は一度尽きかけ、この実際は幸せそうな友人の皮を剥いでやりたい衝動に駆られるがグッと堪える。
この脳内お花畑のドジっ娘に「おめでたいことね」と皮肉を言ったところで「あ、ありがとうございます!」と返されることだろう。
このままでは少し面白くない。
ので、どうせならもっと面白くしよう。
こほんこほんと態とらしく息をつき、聖職者らしい清廉な面の皮を被る。
祈るように手を組み、極めて真剣な眼差し(のフリ)でカレンは言い放つ。
「────それは愛です。愛ですよシェリー。その男子生徒は貴方に好意を寄せているのです」
「あいっ……!?」
カレンの言葉を聞いたシェリーはボンッ! と顔から湯気を発した。
なんという分かりやすい動揺。素晴らしいリアクション。実に弄りがいがある。
これだからこの少女の友人は辞められない。
「そ、そそそそれって!?」
「つまり貴方のことが好きということです。恋愛的な意味で」
鈍感な彼女にも誤解のないように告げると、あわわわわと泡を吹き今にも卒倒しそうに。
なにか面白いことの種にでもならないかとテキトーに出まかせを吐いたが、これは思ったよりいいかもしれない。
「わ、私研究の続きやってきます────!!」
顔を真っ赤にして、シェリーは保健室を後にした。
バタバタと忙しない足音の後、廊下で転んだのか「あうっ」という悲鳴がした。
騒がしい娘が出て行ったことで部屋には元の静寂が訪れる。
「暇ですね」
シェリーの恋路(?)がどうなるにせよ、結果はまだ先のことだろう。
半死半生の重篤患者でも運ばれてこないかと、カレンは淹れたばかりの茶に角砂糖をボトボト落としながらそう呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇
王都で起きた王女誘拐事件。
囚われの身だった王女が解放され数時間後。
都市内部に空いた大穴の中、光源が殆ど存在しない暗い地下水路の某所で一人の男が歩いていた。
「はぁーっ……はぁーっ……!」
男の姿は、最早人間のそれではなかった。
体は赤黒く変色し、瞳は黒く濁っている。
加えて手傷が酷い。
全身が火傷を負ったように黒く、また左腕は肩口から先が無く、その下の胴体からは肋骨が見え隠れする有り様。
常人ならばとっくに死に絶えて然るべし容体になって尚も動けるのは、彼、ゼノン・グリフィが人間を辞めた証左であった。
「ふざけるなっ、私は、次期ラウンズなんだぞ……っ!」
血痕を残して水路を進む彼の身を、黒い憤りが焦がしていた。
原因は、自分に手傷を負わせたあの黒ずくめの男。
シャドウと名乗る、愚かにも教団に刃向かう小規模集団の頭目。
相手にもならない筈だった。
それがどうだ。錠剤まで服用しても傷一つ負わせることが出来ず、半死半生にされる始末。
あんな鼠一匹に愚弄された。
屈辱の極みに、血が出るほど固く歯を噛み締める。
「ありえない、こんなことは、あってはいけないんだ……」
復讐を。
あの男にも、その部下にも、アレクシアにも。
アイツらがいなければ、自分は今頃────
コツリと、小さな足音が水路に響く。
それに伴いランタンの小さな灯りが徐々に近づいてくる。
「遅いぞ、神父っ……!」
「それは失礼。何せ上は酷い有様ですから、こうして地下に来るにも手間が掛かりまして」
灯りに照らされ現れたのは、長身の神父だった。
薄暗い地下水路の暗がりよりもなお暗く重い瞳を持つ彼は、聖教には二十年以上前から属していたが、教団に加入したのは最近のこと。
今回の王都における活動にあたって、ゼノン等の行動に有益な情報を齎した男だが、彼は不遜な態度を取るこの神父を好んではいなかった。
表面上敬意を払っているようでも、それが上部だけのものだと理屈でないところで理解していたからだ。
「随分手酷くやられたご様子。しかしそれでも生きているとは、流石は魔剣士学園剣術指南役殿」
「黙れ、さっさと案内しろ」
皮肉にしか聞こえない賛辞を聞き流し、ゼノンは先導する神父の後を歩く。
「あの光を受けてよくぞご存命でしたな」
「教団から渡されたアーティファクトの能力だ。一度きりの使い捨てだが、ダメージを肩代わりする。その筈がっ……!」
「成程。受け切れる限界を超えていたと」
忌々しいと、血を吐くように吐き捨てる。
「貴重なものだと聞いていたが、とんだ詐欺だ。次期ラウンズのこの私を欺くなど」
「そう熱くならない方がよろしい。お体に障りますよ」
「黙れ、新参者風情がっ! 誰に口をきいている!!」
「失礼。老婆心のつもりだったのですがね」
人外の外見になったゼノンに微塵も動じることなく、それどころか薄い笑みを貼りつけて謝罪する神父。
この男のこういうところもまた、ゼノンの神経を逆撫でる要因だった。
そうこうしていると、不意に神父がその歩みを止める。
「あの先が出口です。どうぞお進みください」
「ふんっ」
先導していた神父に道を譲られ、ゼノンは足を引きずりながら進む。
次期ラウンズとして情けない姿だとは自身でも思うが、今は傷を癒やして立て直すことが最優先。
確かに、今回の失敗で施設も部下も多く失った。
だが、全てが終わったわけではない。
しくじったとはいえ、自分が次期ラウンズであることには変わりない。そして傷を治したら、必ずあの男に──
ところで、と神父は思い出したように口を開いた。
「先程お話ししていたアーティファクト。所有されていたのはお一つだったので?」
「あぁ。それが────」
なんだ、と告げる前に事は終わっていた。
「がっ……!? 」
「それは重畳。安心したぞ、ゼノン・グリフィ」
神父の右腕が、ゼノンの背後から胸を貫いた。
鮮血、と称するには些か濁った液体が飛び散り、ゼノンの口からはそれと同じものがごぽりと溢れ出す。
「きっ、キサマ──!?」
「出番を終えた役者にはご退場願おう、ゼノン・グリフィ。なに、案ずることはない。我らの神は寛大だ、魔性に堕ちた君であっても安らかに眠れるだろう」
ゼノンが二の句を告げる前に、腕が引き抜かれる。
噴出する夥しい量の血液が地下水路を濡らし、赤い池に異形と成り果てた男が頽れる。
これが、大望を抱き人の道から外れた男の末路であった。
「眠るがいい。君たちの悲願は、私が見届けるとも」
引き抜かれる腕。
その掌には鼓動する赤黒い物体が収まっていた。
「しかし、存外つまらん最期だったな。己の身の丈に合わぬ宿願を抱いた者を、道半ばに終わらせる。もう少し愉しめるかと思ったのだが」
主から離れようとも未だにどくりどくりと脈動するそれを仕舞うと、神父はゼノンだったものから何かを拾い上げる。
小瓶に入った、赤い錠剤。
魔人に適合した者の力を限定的に人の手で再現するための薬剤を法衣の内側へと仕舞う。
「さて、これで用は済んだ。上の後始末にでも行くとしよう」
そう言うと、神父は暗い道を進み始める。
足音が消え、灯が見えなくなり、やがて姿が闇の中へと消えた。
その口端を、隠しきれない愉悦に歪めながら。
おまけ 〜おうにょさま、購買部に行く〜
その日、ミドガル魔剣士学園に新しくできた購買にアレクシアは足を運んでいた。
仮にも一国の王族である彼女。
本来ならばわざわざ出向くようなこともないが、学生たちの間で「プレミアムロールケーキ」なるものが大層美味であると噂になっていた。
それもそのはず。なんでもあのミツゴシ商会が卸しているらしく、少し強気の値段設定だが学園限定ということもあって連日完売が続き今や看板商品に。
チョコに続き、学園内はちょっとしたスイーツブームが到来していた。
王族であり剣士でもある彼女だが、同時に年頃の女の子。
流行と甘い物が気になるお年頃なのであった。
購買部前に到着。
しかし自分の他に客が一人もいない。
てっきり人で埋め尽くされているものとばかり思っていたが、一体どういうことか。
答えはすぐに解った。
「────いらっしゃいませ」
なんか、神父が立ってる。
見覚えがありすぎる、目の死んだ男が。
自分が人払いになっている自覚はあるのだろうか、この男。
「……何してんのアンタ?」
「訳あって購買部の店主を引き受けることになってな。ご贔屓に頼むよ」
「……」
呆れて言葉も出ない。
本当に何やってるのか。
というか何があったら教会の神父が購買部の店長を引き受ける事態になるのか。
栄転でないことだけは確かだ。
「はぁ。まぁいいわ。そんなことより、プレミアムロールケーキっていうのを……」
「売り切れた」
「……」
「はは、このザマァ」
「〜〜〜〜ッ!!」
このクソ神父──!! と王女らしからぬ捨て台詞を吐いてアレクシアはその場を去った。
後日メチャクチャ八つ当たりした(シドに)。
おしまい。
読んでいただきありがとうございます!
fate作品あんまり持ってないのでカレンのキャラに苦戦しました。「こんなのカレンじゃねぇ!」と思う方もいるやもしれませんがご容赦を。
陰実2期、来て欲しいと期待しております。最終話まだ観てないんですが。
なんか22日? に重大発表あるらしいので楽しみですね。
皆様からの感想、評価等お待ちしております。それでは。