【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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高校入学前
0.プロローグ


■父

 

 兵怜(べいれ)太郎は“個性”を専門とする学者であり医師だ。だから愛娘自身よりも先に、その“個性”が目覚めたらしいと察した。

 何ができる“個性”なのかは調べないと分からないが。

 

「カリナ。明後日は個性診断に行くんだから、風邪ひきたくないだろう? もう寝た方がいい時間だよ」

「やだ! ひーろーになるまでねない!」

「そんなヒーローは嫌だなあ」

 

 本人も気になって仕方がないようだが、太郎も楽しみだった。

 どんな“個性”だろう。どんなヒーローになるだろう。年甲斐もなくわくわくしていた。だからなのか、その表し方には専門家らしい悪癖が隠しきれない。

 ……普段から、幼児相手に小難しい話をしたがる父親ではあったが。

 

 いよいよ個性診断を受ける前日のこと。

 

 改めて、個性診断の話をしようか。そう、カリナが明日やるやつ。もう知ってる? そうだね、前から色々お話ししたね。

 でも実は診断には二パターンある。これまで話してきたのは片方だけなんだよ。

 子供の状態によってどちらでやるか分けるんだ。自分の“個性”をなんとなく分かってる子と、全然分かってない子とで。

 

 なんとなくでも分かってれば簡単だ。その“個性”を使って色々やってみる。色んな機械を使って数字をとったりね。それだけ。

 前からカリナに教えてきたのはこっちで、これが八割以上を占め……ええと、ほとんどの子供はこっちなんだ。

 だから知らない人も多いんだけど、自分の“個性”がさっぱり分かってない場合もあって、そっちはずっと時間がかかる。

 ──お母さんも、そうだったらしいよ。

 

 マーサさんの“個性”は良く知ってるよね。

 そう、【氷河期】。『冷たいものを食べるとしばらくの間、身体を強くしたり氷を作ったりできる個性』。でもその『しばらく』はそんなに長くないし、食べたら勝手に氷が出来るわけでもない。

 そのせいで子供の頃は、自分を無個性だと思いこんでたんだって。個性診断を受けるまで使い方も分からなかったから。

 

 お医者さんって凄い? うーん、褒めてくれるのは嬉しいけど、要するに総当たりで頑張ってるだけだから、もうちょっとどうにかしたいんだよなぁ……。

 詳しく知りたい? 少し難しくなっちゃうよ?

 

 まず、いろーんな検査を受けてもらう。腕をチクッとされるやつもあるから頑張ってね。

 それで、んー、“個性因子”って呼ばれるモノを探すんだ。それは本当に個人差が大きくて、どこにどんな形で隠れてるかは全っ然分からない。

 人によっては外から見える場合もあるけど──そう、背中に翼があるとかね──それが全部とも限らないし……。

 

 細胞内小器官として潜んでることもある。血液やリンパ液に溶けた成分ってことさえある。脳の神経ネットワークが常人より緻密なだけとかね。『無個性の人間には無い“何か”が見つかればそれが個性因子だ、ただし目に見えるとは限らない』みたいな(しらみ)潰しで──

 ──っと、ごめんごめん難しかったね。

 とにかく、見つけるのは大変だよってこと。

 

 “個性”っていうのはね、その因子があるお陰で『できること』を指すんだ。

 例えばお母さんが、ニンジンとジャガイモとタマネギを買ってきたら晩ご飯のメニューは予想できるでしょ、きっとカレーだなぁとか。

 材料とメニューの関係は、“個性因子”と“個性”の関係によく似てる。だから“個性”が分からない時はまず因子を探すんだ。

 

 お母さんの場合、身体中にある。中でもお腹の、胃っていう所が特に多い。胃は食べた物を消化する場所だから、『何か食べることで発動する“個性”だろう』って予想がつく。

 その後はもう、食べて試すしかない。甘いモノ、辛いモノ、熱いモノ、冷たいモノ。“個性”を発動できるまで。

 使い方が分かったら、改めてその“個性”で何ができるのか色々試す。なんとなく把握できてた子達と同じことをするわけだ。

 

 だからカリナも、時間はかかっちゃうと思う。ひょっとすると明日だけじゃ終わらないかも知れない。

 でも、僕も一緒に回るからさ。分からないことはなんでも説明できるよ、お父さんは専門家なんだからね!

 痛いことや怖いこと? それは……無いとは約束できないけど。

 

 

 意地悪と泣かれても困ってしまう。専門家としては嘘を教えるわけにはいかないのだから。

 

────

 

■母

 

 兵怜マーサは、愛娘であるカリナが受けた個性診断の結果に頭を抱えた。

 

 『無個性でないことは確認されたものの、“個性”の詳細は不明』。

 

 ほとんど丸二日かけておいてこの結果。いや、分からないだけならともかく不明のまま終わっていることがおかしい。普通なら他の検査を続けるはずで、こんな半端で切り上げることはない。

 ただ今回、夫がそうした理由はよく分かる。ここから先は試しようがないのだ。

 

 検査結果はある意味で母親(マーサ)と似ていた。()()()()の細胞には“個性因子”が特に多く、全身にも少しずつ均等に分布。但し親とは違い、娘のそれは胃袋ではない。

 胃袋なら色々と食べて試させるところだが、カリナの場合は──子宮

 『子宮に何かを入れることで身体強化などをする(と()()()()())個性』。はっきりしない部分は想像で補うことでしか書きようがなかった。こんなもの試せるわけがない。

 

 他人に知られれば不躾な憶測を招くかも知れない。分別ない性的な視線に晒されるかも。そういう懸念だけでなく、その部位からして積極的に『使う』ことなど考えられないから、事実上の無個性に近い人生になるだろう。早くもヒーローに憧れている娘には残酷な話だ。

 

 まだ小さなカリナの未来を思って祈る。

 謂われない差別を受けたりはしないか。将来伴侶と出会い子供を望んだ時に、この“個性”が何か厄介ごとを招いたりしないか。それ以前に、思春期の柔らかな心を深く傷つけられはしないか。マーサは不安でならなかった。

 

「──うん、よし、辞めよう」

 

 出産と育児のために長く仕事から離れていたが、このまま復帰せず引退すると決める。

 カリナは泣くかも知れない。

 せっかく生まれ持った“個性”だというのに。周囲には隠せと強いられることも気分が悪いだろう。

 マーサに仕事を続けて欲しいと願う気持ちも、ゼロではないと思いたい。

 

 その全てに後悔なく向き合うには、ヒーローという職は多忙すぎる。

 こうして、兵怜カリナにとって最高のヒーローは引退を決めた。

 

「これからはあたしも専業主婦ってやつだね。今まで家のことを任せきりにしてごめんよ」

「構わないさ。マーサさんがヒーローを辞めるのは大賛成だしね」

 

 こそこそと話していたつもりだが、この会話はカリナに聞かれていた。

 当然の如く、大泣きだった。

 

────

 

■娘

 

 自分は冷静な方だと思っていた。もしくは感情を抑えられる方、あるいは情の薄い方だと。

 

 幼い頃、『氷壁ヒーロー・アイスエイジ』──お母さんが引退した時や“個性”を諦めろと言われた時は大泣きして暴れたらしいけど、お父さんもお母さんもそんな私を沢山の言葉で(さと)してくれたから。

 じっくりみっちり身体を鍛えたり。“個性”への知識欲とかに昇華したり。手が届く範囲で、ヒーローっぽい人助け? その見習い? にトライしてみたり。

 厳しいトレーニングも長時間の勉強も、お父さんのツテで始めたボランティアも、割と淡々とやれてしまえた。上手くできたかはともかく気持ち的につらくはなかった。

 

 だから自分は感情をコントロールできる人間のようだと、そんな自己評価をしてたけど。

 

 とんだ勘違いだ。

 

 私の中にはずっと、とても大きな欲望がのたくっていて──でもそれが何なのかまるでぴんと来なかったから、何かに打ち込むことでフラストレーションを紛らわせていただけ。

 自分でも言葉にできない焦燥感に衝き動かされて、子供らしい楽しみをかなぐり捨てた毎日だった。

 今思えば視野狭窄というか、こう……余裕が無かったなぁと分かるし、薄々は自覚もしてた。だから中学に上がる前に、このままじゃヤバいぞと擬態を頑張ったわけだし。

 

 “個性”はそれ自体が衝動を持っているだとか、思春期の心は揺れやすいだとか。知識として聞きかじってはいたけど、いざ気付いてしまうと驚かずにはいられない。

 ()()()()だなんて。こんなに強い欲が、自分の中から湧いていたなんて。

 

(後になってお父さんに話したところ、『歯の生え揃わない赤ん坊がお煎餅や沢庵の歯応えを知ってしまったようなもどかしさ』なんて(たと)えを出された。私としてはもうちょっと深刻な心持ちだったんだけど、身体の準備が整う前に“個性”がそれを知っていたという捩じれは的確……かなぁ?)

 

 十四歳。中学生になって二度目の夏、私の“個性”は本当の意味で目覚めたのだと思う。

 予期せぬ初恋によって?

 それとも身体の性徴によって?

 

 いずれにせよ、一言で言うと。

 ──めっっっちゃエロいことしたい。

 

 いや違うんだ待ってほしい。

 ──八百万さんの肢体(からだ)ヤバくない?

 

 待って待って通報しないで。

 したいってだけで何もしてないから。未遂だから。更衣室で思いっきり目そらしてるから。セーフセーフ。

 

「兵怜さん? どうかされまして?」

「アッいい匂い」

 

 きょとんと首を傾げる八百万さん(半裸)が凶悪に可愛かったので少し離れてもらった。人を犯罪者にするつもりかな全くもう。

 去年はこんなことなかったのになぁ。八百万さんとはほどほどに仲良くできてたのになぁ。

 ……どうしよう。

 

 

 

 欲望に目覚めてから一週間ほど後の放課後。特に用も無いのに家には帰らず、ぶらぶらと時間を潰す。

 

『流石に相談しにくい……!!』

 

 両親のことは信頼してる。特にお母さんは、実質無個性の私を決して哀れまずに厳しい訓練を施してくれた師匠でもある。

 “個性”がなんであれ精一杯生きろと言ってくれた。初恋の相手(?)が女の子という位で否定はされないだろう。“個性”の悩みももちろん真剣に聞いてくれるはず。

 ただ、それにしたって私の衝動はあまりにも──直接的だ。一応良いニュースもあったけど、悪いニュースもあるし。

 

 良いニュースは、“個性”の使用条件を体感として(幼い子供が『なんとなく』自覚するように)分かったこと。それが同性同士でも可能なこと。精子を注がれないと使えない可能性もあったんだから、それよりは多少マシだろう。妊娠のリスクは完全に回避できるって意味で。

 

 悪いニュースは、それがダイレクトに性的なこと。お友達とじゃれ合うレベルは明らかに越えてる。恋人や夫婦であってもあんまりやらないんじゃ……いや、どうなんだろ。ノーマル? アブノーマル? まさか猟奇的とかいわれるレベル?

 お父さんとお母さんはこういうことやってるの?──なんて訊けるか!!

 何なんだ、私の“個性”。意味分からん。

 

『でも私の身体は、“個性”は……それをしたがってる』

 

 そう、望んでしまっている。八百万さんとあんなことやそんなことをしたいと。エロスなプレイ(?)に挑みたいと。

 恋心と肉欲の境界がぼやけるほど切実に。甘く強く。抗い難く。

 ……流石に親には明かしづらい。無理。

 

 

 この気持ちを自覚するまでは、外見なんてあんまり気にしなかった。小学校ではあまりにも何もしてなかったのを、中学に上がる頃から浮かない程度に取り繕ってるけど、それだけ。だらしなく見えなければ、間違われない程度に女子らしくしてれば、それで問題ないでしょと。

 でも今、八百万さんから好かれたいと思ったら──無意識に、眉にかかる髪に手が伸びた。

 

 昔から何かと(からか)われた、濁った色だ。くすんだ青と暗い赤にぽつぽつと緑が雑じった斑色。お世辞にも美しいとは言えない。

 亡くなったお祖父ちゃんは外国の人だったそうで、私はクォーター。珍しい配色はその影響もあるんだろう。両親の色を受け継いだものだからバカにされるのは悔しいけど、私自身は決して嫌いじゃない。普段はほとんど気にならないし。

 そのはずなのに、執着はこんなに人を弱くする。

 八百万さんの艷やかな黒髪に私の斑髪が相応しいはずがない──そんな弱気が潰しても潰しても浮かんでくる。

 

 あてどなく適当に歩きながらだと考えがまとまり易い。今日もそうやって、とてもシンプルな結論に到った。

 これは我慢するしかないね、うん。

 親には話せないし、こんな性的なことは(髪の色とか関係なく)八百万さんに頼めないもの。条件が分かっても満たしようがない……昨日までと同じ結論。

 以上、おわり。解散。

 

「やば、もうこんな時間」

 

 季節的に日が長くなっていたのもあって気付くのが遅れた。ずいぶん時間が経っていて、駅からも離れてしまっている。それだけ悩ましかったからね。

 急いで帰ろうと踵を返した。

 

 

 

 しかし。

 この日の内に、私は初めて性衝動に身を委ねることとなる。

 




※重要ではない裏設定※
兵怜という姓はカリナの祖父が日本に帰化する際に作ったものなので、『べいれ』よりも『べーれ』に近い音で名乗ります。
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