【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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■■■(アヴェンジャー):ケミストリ

 林間合宿に脳無とマスキュラーが乱入し捕らえられた件で、異能解放軍──スケプティックは脳無の利活用を諦めた。

 となれば当然、何らかの代替戦力を補充したいところである。

 

『……しかし、そこらのチンピラでは戦力として見劣りすること甚だしい』

 

 制御の問題を別にすれば、脳無の力は魅力的だった。【超再生】を持たない灰色の個体でさえ、戦闘をメインにしていないヒーロー、あるいは数名のサイドキック程度と拮抗できただろう。

 それほどの強力な個がそうそう野に在るわけもない。指示をしたリ・デストロも、裏社会のブローカーに声をかけたスケプティックも──また、解放軍全体の姿勢としても──長期的な構えで人を求めようとしていた。

 

 にも関わらず、あっさりと。

 時期が善かったというべきか。或いは最悪だったのか。

 数の問題は未解決だが、個人戦力という意味では特級のヴィランがスケプティックの呼び掛けに応じた。

 

 

 ──それも、二人も。

 

 


 

 

■八月 中旬

 

「なぁ、ちょっといいか。雇い主より先に喋るのは不味いかも知れんが」

「なんだ?」

「俺は潔癖症……とは()()()()()()が綺麗好きでな。隣のコイツの不潔さが気になるんだよ」

 

 オーバーホールこと治崎廻。ペストマスクと目深なフードで顔は隠しているが、その名乗りに疑う余地は無い。

 彼はその代名詞とする“個性”をもって自らを証して見せた。

 

「なんだテメェいきなりよぉ。こういう重傷、普通はもっ──」

「普通? 普通は治すだろ。そんな状態で放置などしない」

 

 “不潔”と面罵した相手に指先だけ触れるや、その肉体を再構成する。効果はほんの皮一枚……のつもりがもう少し奥まで治療をして、傷一つ無い青年の皮膚を取り戻させた。

 

「──っと遠慮とかす……ん?」

「自己PR代わりだ、治療費はサービスにしといてやる」

 

 すっかり“清潔”になった青年は、疑うように自らの頬に触れ、全身をぱたぱたと触り──哄笑する。

 

「ッハァ! イイねイイじゃねえかアンタ! 嬉しくって涙が出らぁ!……ぁ? ンだよ涙腺治ってねーじゃねぇか」

「情緒不安定な奴だな」

「まぁそう嫌うなよオバホの旦那。俺ぁ荼毘って名乗ってる」

 

 雇い主(スケプティック)を余所に勝手に親交を深めだした。彼らは元来──特に治崎は──社交的とは程遠い性格だが、この場合はお互いの戦力を高く評価した故である。

 

『コイツの情報は覚えがある。散発的に、つい最近も焼死事件を起こしていたはずだ。……こんな、広範囲に深度Ⅲの大火傷を負った身体で?*1 この手の狂人は敵に回すと厄介すぎる。治療如きで敵対を避けられるなら悪くはないだろう』

 

『俺を“()した”だけじゃねぇ、なんだよあの“速さ”──か? ただ立ってるだけで隙が無えから警戒はしてたってのに、あっさり(さわ)られたしその気なら殺されてた……他にもなんかヤバそうなもん隠してやがるな、冗談じゃねえぞゴマ()っとけ』

 

 それぞれの内心には友好の欠片も見当たらない。あるとすれば利用しうるという高評価であり、その点は──プラス要素だけを見るならば──スケプティックも同感である。

 

「貴様らの力は買っている。

 が、最初に伝えた通り我々は近い内の武力蜂起を予定していない。むしろ来るべき刻までは潜伏せねばならんのだ。勝手に暴れる猛犬ならば帰ってもらうがどうかね?──特に、荼毘よ」

「名指しかよ、ひっでぇな」

 

 事実、荼毘は常習的に人を焼殺している。そのことを指摘されると「降りかかる火の粉を払っただけさ。いや、焼き払ったっつーのか?」などと(うそぶ)き、解放軍に庇護と安息を求めるようなことまで(さえず)ったが……まぁ、誰も信じない。信じさせる気もない戯言である。

 

「ンだよノリ(わり)いな、ツッコミくらいくれよ」

「で、貴様は組織に何を求める」

「うーわソリ合わなさそ」

 

 肌のこともあって若干浮かれている荼毘。しかし流石に巫山戯たまま押し通すつもりは無いらしい。

 

「その手の心配なら要らねえよ。“力を溜めて時期を待つ”って点じゃ俺もあんた等と同じなんでな」

「我々の蜂起を待ち望むか。何のために」

「個人的な復讐。平和だとどうにも隙が無い」

「組織は復讐になど手を貸さんが?」

「是非そうしてくれ。勝手にやらぁ」

 

 スケプティックは一応納得し、オーバーホールに水を向ける。同じく『組織に何を望むか』と。

 

「俺にも仇がいる──個人では尻尾が掴めなくてな、組織の情報力を借りたい」

「闇治療を対価に?」

「充分だろうさ」

「あぁ、貴様とは良い取引ができそうだ」

 

 スケプティックの皮肉に荼毘は不満の声を挙げそうになった──しかし軽口は噤まされる。

 内臓が引き摺り出されそうな、肺が一回り膨らんだような、高山の上にでも連れ出された錯覚を伴う、歪んだ威圧感によって。

 

「では早速訊くが、ワープ系の“個性”やその持ち主に心当たりはないか」

「ワープ、というと……」

「何か知っているな。詳しく教えろ」

 

 思わず漏れた言葉に食い付かれ、真っ直ぐに睨まれたスケプティックは僅かに身震いする。

 いや、恐れることなどないはずだ。オーバーホールや荼毘と話しているのは精巧な人形に過ぎない──カメラとマイク越し、電波を介した遠隔の訊問なのだから。

 

 プレッシャー程度は感じるがそれだけで済む。それだけのはず。

 にも関わらず。

 

この私が制御方法を解き明かした小型脳無は広範囲の瞬間移動を可能にし幾つかの仕様的制限を抱えているものの(略)クソくだらない生体パーツなどという欠陥思想ではあるが巨悪が遺したと思われる生体兵器となれば活用してやるのがせめてもの(略)

 

 認め難い恐怖に震えながら、スケプティックは自己弁護を続けてしまう。

 違うのだ、オーバーホールの仇とやらは自分達ではないのだと。実際のところは分からないが別人であってくれと。

 

「ワープの様子は周りからどんな風に見える?」

黒い泥のようなものに沈み込むようにして──見た目上は、消えるということになるか」

 

 言葉の途中で殺気が薄れ、スケプティックは平静を装った。どうやら願いは通じたらしい。

 

「そうか、なら俺の仇ではないな。泥ではなく霧のようなものに呑まれ、霧が晴れると既に消えているらしい」

「……少なくとも我々の構成員には居ない」

「俺も知らんぜ」

「──そうか。まぁ気長に探させてもらおう」

 

 

 

 こうして、オーバーホールと荼毘は異能解放軍の下で邂逅を果たした。

 

 恐るべき組み合わせである。

 

 

 胆力には難のあるスケプティックだが、情報力は本物だ。

 彼は早くも荼毘の正体を察している。火傷の消えた素顔と青い瞳、おまけに本人さえ蝕むほど強力な炎の“個性”。これだけ手がかりが揃えば充分に的を絞れるし、数日の内には画像から推定した骨格を元に確信を深めることとなる。

 ヒーロー社会を揺るがす一撃になるかも知れない──いや、そのように利用すべき。望外のカードを得た思いだ。

 

 

 オーバーホールは期待を深めていた。

 ぺらぺらとまくしたてたスケプティックも明言まではしなかったが、六月から七月に巷を騒がせた模造脳無事件の主犯であることは明らか。

 あれだけのことを起こした上で逃げ(おお)せているとは頼もしい。しかも潜伏などではなく、表の顔では堂々と社会生活を送りながら。

 それは個人ではもちろん古臭い任侠にも為し難いことだ。即ち組織力である。

 いっそのこと全て支配下に置いてしまいたい──などと、以前のオーバーホールなら考えたかも知れないが。

 今の彼が思うのは仇敵のことだけ。その組織力を調査にあてれば、必ずや見つけられるはずだと憎しみを募らせるばかり。

 

 

 最後に、荼毘は。

 自身のことを『とっくにおかしくなっちまってる』などと評するこの青年は、理屈を越えた直感で察してしまっていた──オーバーホールの、秘密を。

 適当なカマかけで確かめてやろうと考えながらスケプティックの前を辞した。すぐに凶獣(ちさき)を誘い、監視の無さそうなところで距離を置いて向き合い──蒼炎を噴き上げる。

 

「──ッ!!」

 

 オーバーホールが身構えるほどの火力と高熱ではあったが、荼毘に戦うつもりはない。

 

「なァ旦那。治してくれたのはありがてえが、俺の“個性”はこんなでね。使う度に元の木阿弥なんだ」

「……その度に治せと?」

「そりゃ流石に悪いって」

 

 蒼い炎と中で焦げていく肉塊(ひと)を見つめる瞳は平坦そのもの。荼毘の言葉も『だからどうした』と聞き流されている。

 しかしその先は反応せずにいられなかった。荼毘の、自身の背中をちょいちょいと指差しながらの問い掛けには。

 

()()は旦那のお手製か?」

「!!──」

「材料は揃えるからよ。俺にも造ってくんねーか」

「…………」

 

 オーバーホールが背負い、その上からコートを着て隠している“ソレ”。

 荼毘はそれに勘付き、そして今の反応で確信を深める。

 

「そう睨まねえでくれ、ただの勘だ」

「……今ここでお前の口を塞ぐ手もある」

「ハ、やる気もねえ癖に」

 

 元極道から、今は殺気も威圧も感じられない。スケプティックを問い詰めていた時とは別人のようだ。

 そこにある感情を──あるいは熱の不在を──荼毘は知っている気がした。

 

「面倒臭えんだろ、ウザい俺を殺すことさえ」

「…………」

「だから手間はかけさせねえよ」

 

 覚えがある。それは言わば『倦怠』だ。

 憎しみ以外の全てがどうでもよくなる感覚。それまでの自分なら死んでも譲れなかったようなことを、何も思わずに見過ごせるようになるのだ。それが自身にとっての不利益だろうと、復讐の妨げにさえならなければ。

 だから荼毘はこの依頼を通す自信があったし──

 

「……安全装置は仕込ませてもらう。俺に牙を剥けば即壊すからな」

「好きにしてくれ。旦那は俺の復讐対象じゃねえし」

 

──実際に通してみせた。

 それどころか、復讐者同士の歪んだ共感から『確かにこの蒼炎が俺を焼く危険性は低いか』と一定の信頼まで勝ち取って。

 

 

「で、必要なモノって──

「……そう多くはない──

 

 


 

 

 狂人(だび)凶獣(ちさき)

 共に復讐を決意し、その為に多くを捨て、いかなる未来も寿(ことほ)ぐつもりのない破綻者。

 

『過去は消えない』

組長(オヤジ)はもう居ない』

『それどころか』

『あれからずっと』

『茶番が続いてる』

『霧の中で霧を追ってる』

 

 荼毘がスケプティックに答えた動機は本心からのものだ。

 目的は復讐。その為の戦力が足らず、時間をかけてでも力をつけ、ターゲットに隙ができる時機を待とう、と。

 

 

 その言葉に嘘は無い──()()()()

 

 しかしオーバーホールとの交渉で“ソレ”が手に入るとすれば。同じモノを自分でも利用できるなら。

 ()()()()()()()その代物によって、待つべき理由は──もう消え失せる。

 

『サイコーの出会いだぜぇ』

 

 

 嗤いながら、呪いながら、愉しみながら。

 くすぶっていた熾火が熱を高め始めた。

*1
深度Ⅲ:火傷の程度を表す段階で、もっとも酷いもの。

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