【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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 『結ぶ無茶ぶり』の続き的な。


1. 伏せられ(Covered,)埋もれ(Buried,)過ぎ去りぬ(Passed away)

 生徒からの要請(むちゃぶり)を受け、根津はすぐに対応した。カリナを驚かせるほど迅速に。

 急ぐ理由はリスクの分散だ。

 

 いくら【ハイスペック】でも、分倍河原が切り捨てられたことまでは判じ得ない。ありうるシナリオの一つとして想定するのが精々で、いまだ正体の分からない模造脳無事件の主犯が取り戻しにくる可能性も大いに残っている。

 他方で霙理も、かつて明らかに死穢八斎會から狙われていた──カリナに衣服の一部を送ってくる程に。今はもう大幅に人数を減らし、治崎から霙理への執着もかなり薄れているものの、やはり根津には知る由もない。

 この二人を同じ場所に、ましてや一般人の保護下に居させることはリスクが高すぎると考えたのである。

 

 

 

 カリナが根津に直談判し、分倍河原を雄英に受け入れる方向で大筋が決まった後のこと。

 

「──流石に分倍河原くんを迎えるには根回しが必要なのサ。だから兵怜くんには一つ情報提供をしておこう」

「情報?」

 

 それは、“社会不安を招く”として公表されていない異変。

 

 かつて壊理が監禁されており、カリナも五月にほんの少しだけ立ち入った死穢八斎會の事務所(やしき)が、六月下旬のある晩に()()()()()()()()()()()()()()こと。今も無人のままであり、()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 

「え゛。指定ヴィラン団体が監視下にないってことですか? 不味くありません?」

「実に不味いネ。しかし足取りが全く掴めていない現状、ただ『どこかへ消えました』と発表するのも無責任だ──と、公安は考えたらしい」

 

(なお、カリナは戸村一家の関与を明かしたわけではない。ならば八斎會の話題は全く唐突なはずだが、【ハイスペック】に見透かされることはもう諦めと共に楽で助かると慣れ始めている)

 

 これまでも、霙理がまだ狙われている懸念はゼロでは無かった──八斎會が監視下にあってさえ。

 そうでなくなった以上はリスクの見積もりを引き上げるしかない。

 

 

 カリナはすぐに霧に連絡を取り、この件を知らせると共に『次は自分で撃退せず逃げろ』と言い聞かせた。

 次いで、母親(アイスエイジ)やそのツテを頼って戸村リサイクル周辺のパトロール頻度を引き上げてもらうなど、できる限りの備えをしながら──

 

『……うーん、引っかかるなぁ』

 

──どうにも違和感を拭えずにいた。

 

『霧さん、どうしてあんなに……?』

 

 


 

 

 翌日から早くも、雄英の職員寮が分倍河原の住処になった──この場合は保養所と言った方が実情に近いが。

 リカバリーガールの助手として軽作業に従事する校務員という肩書きもほぼ建前で(雄英の中なら大抵のことはロボットに助けてもらえる)、療養を主目的として過ごし始める。

 

 

 それからほんの数日後。

 正門近く、雄英バリアのすぐ内側にて。

 

「あ、カリナお姉さん! どうもありがとう!」

「うん、どういたしまして」

 

 首から入館証を提げた霙理は元気よく礼を言うと、すぐに分倍河原へ興味を移した。元より彼への見舞いがメインで、カリナは昼休みと重なったので様子を見に来ただけの……言わば野次馬である。

 

 リカバリーガールが手を引いて連れて来た男は相変わらずぼんやりとして、霙理の呼び掛けに応えてはくれない。それは寂しいものの、きちんと見て貰えていることやこうして見舞えることはとても有り難いと思う。

 

「頭に嵌めてる輪っかで、軽ーく締め付けてるのさ。これを外すと苦しみ出すもんでねえ」

「じゃあ、ずっと?」

「いんや。眠ってる間に外してやって、起きる前にまた被せてるよ」*1

「ご飯は食べてます、か?」

 

 まるで分倍河原の保護者であった。彼女の姉属性はかなり見境が無いらしい。

 リカバリーガールは苦笑交じりに答え、霙理はふむふむと真剣に頷く。

 

 

 

 その様子にほっと胸を撫で下ろすカリナ。どうやら要望には応えられたらしい。

 

「諦めさせずに済みましたかね」

「ありがとうございます」

 

 しかし隣からの率直な謝辞には、思わずじとりと睨み返してしまった。珍しく霧が居心地の悪そうな反応を見せる。

 

「……感謝はしていますよ、本当に」

 

 その一言で済ませられるのはカリナも少々納得しがたい。特に呼び出しの際のやりとりはかなり強引だったので。

 

「見返りを求められた方が安心とか言ってませんでした?」

「そうは言っても金銭は受け取らないのでしょう」

「受け取れませんねぇ。それより霑くんにしっかり言い聞かせてくださいな」

 

 カリナとしては報酬よりも約束が欲しいところだ。

 次にヴィランに襲われるようなことがあって、もしまた自力で撃退・捕縛などしようものなら流石に庇えない。反撃ではなく自衛と逃走を最優先にして欲しい。

 

「……努力します」

「そうしなきゃ霧さんや霙理ちゃんが悲しむとなったら素直に聞き入れそうですけどね」

「遠回しに私と霙理の貞操を要求していますか?」

「その発想は無かった」

 

 思わず目を丸くする。報酬として何かを奪うなど全く好みに合わないのだ。差し出されれば別だが。

 

 何か求めるとすれば……思い浮かぶのは精々これぐらい。

 

「『可愛いお洋服をプレゼントする権利』とかなら有り難く頂きますよ。もうちょっとどうにかしません?」

「外出時は顔や角を隠したいのですが」

「だからってパーカーのフードは“かぶるモノじゃない”説ありますし」

 

 霧はまさかという反応だが、カリナからすると霙理の可愛らしさを損なうこと甚だしい。

 サイズをきちんと合わせればともかく、今のようにオーバーサイズの服でフードを被ると……シルエットから首が無くなってどうにも可愛くない。

 

 それと、と前置きを挟んで。

 遠慮しながらもうひとつ付け加える。

 

「霧さんも、その……逆に目立ちますよソレ」

「!?」

 

 こちらはフードの件以上に衝撃だった。

 霧は顔を隠すという制約も無く、『なんの変哲もない服』を着ている──つもりだったからだ。

 

「普通に見かける服では……?」

「アイテムごとに見れば。でもその組み合わせは……色味がガチャガチャして」

「色がガチャガチャ?」

 

 言語化は難しい感覚だが、はっきり言えることは──少なくとも一般的ではないこと。これでは目立ってしまう。

 

「霧さんが好きで着てるなら何も言いませんけど、特にこだわりはなくて『埋没したい』んですよね?」

 

 迷わず頷いた霧に、カリナは一番楽な方法を伝えた。上から下まで雑誌などを真似してしまうのが手っ取り早いと。

 

 ──そこで、二人の認識が大きく食い違う。

 

「今日のような外出で着飾る方が不自然では?」

「?『埋没したい』んですよね?」

「そうですが」

「じゃあオシャレしないと」

「? 埋没したいのに?」

「???」「???」

 

 …………しばし噛み合わないやり取りを重ねる羽目になったが、要するに『外出着にどの程度の意識と労力を割くか』の根本的な違い。

 

 カリナからすれば『何も考えていない服』での外出自体が非日常だ。何らかの緊急時でなければそんなことをする理由が無い。

 平均より着道楽だと自認しているものの、周りと比べてそこまで浮いてはいないはず。

 

 対して霧は極端に無頓着で、『組合せ(コーデ)を考えて着飾る』方が非日常だという。普段着るものなど、機能的で清潔なら色柄もシルエットもあまり気にしていない。

 そう自覚すると、ある疑いが深まるように感じられた。

 

「やはり私は男性だったのでしょうか」

「え、なんでそうなるんです。そんな女性だっていますよ」

「実は他に大きな心当たりが」

 

 

 

 霧の記憶から失われているのは、ほとんどがエピソード記憶に分類されるものだ。

 日本語・地名・一般常識などは覚えているし、箸の使い方や紐の結び方などにも全く苦労していない──霙理の髪は量が多いために少々練習を要したが。

 今の生活で、記憶が欠けていて困ることなどほとんど皆無*2 なのである。

 

 そして数少ない困り事が──生理用品の扱いだった。

 

「薬局に売られているものを一通り手にしてみましたが、『説明書を読まずに使えた』ものが一つも無いのです」

「む、そうでしたか。うーん……確かにそれなら、元男性と疑う根拠にはなりますかね」

 

 

 

 ──と、少しばかり深刻な空気にはなったが。

 実のところ特段新しい話でもない。

 

 かつて男子高校生だった可能性は相澤らによってとうに示されていて、しかし既に真偽は闇の中。確かめようがないことから、霧は直感的な納得と共に区切りを済ませている。

 過去にはほとんど執着がないから、今回(ふく)のことで言えば『そうか、なら今後は雑誌を真似ておこう』だけで解決する話。

 

 既に片付いた問題だ──霧にとっては。

 

 相澤などはまるで割り切れておらず、今も霧の困り事とあれば可能な限り手を貸そうとしてしまう。それは部分的には生残(サバイバー)罪責(ズ・ギルト)に近いもので、つまり霧と白雲を切り離せていない。

 霧にとっては、そうであってもなくても今さら大差は無い、過ぎ去った時間だというのに。

 

 



 

 それぞれがそれぞれに、真実の一端だけを知っている。

 死穢八斎會の壊滅について、全てを把握している者は未だ一人も居ない。

 



 

 

 服装に対する意識の差に軽く驚いたカリナは、『そういう人もいるよね』と反省して──同時に、別の違和感にまで納得してしまった。

 

『霧さん、どうしてあんなに落ち着いてたんだろ……?』

 

 リスクに対する反応の薄さ。八斎會の雲隠れという情報を伝えた際の肩透かし感も、『色んな人がいる』で流してしまった。

 仮に追及していても、霧の口を割るのは極めて難しかっただろうが。

 いずれにしても仮定の話。

 

 もしもと違い、実際には。

 カリナは問わなかった。霧は明かさなかった。

 行方不明とされる構成員が、夜逃げも潜伏もしていないことをよく承知している霧には、警戒度を上げる理由が無かったという真実を。

 

 カリナは思いつきもしない。

 八斎會の大半が、他でもない霧によって亡き者とされたなどとは。

 ほぼ憂さ晴らしで、半ば無差別に、怒りと苛立ちに任せて多くの人命を奪ったなどとは。

 

 だからカリナの視点では、『八斎會が狙うとしたら霙理だ』となる。(背景は分からないが)壊理への執着が先にあって、黒霧(ゆうかいはん)に対する怒りや恨みはあくまで付随するもののはず。まして黒霧と霧では外見が全く異なる。

 

 今後八斎會が襲ってきたとして、そのメインターゲットは霙理のはず。()()()()()()()()()

 

 

 

 

 根津の狙いはカリナ達に警戒を促すことだったから、その為の最小限しか伝えていない。

 あの夜の出来事──“公表されていない異変”──には、実はまだ続きがある。

 

 治崎(オーバーホール)によるナイトアイ事務所の襲撃、という続きが。

 

 死者こそ出ていないものの、ナイトアイ達は全員が入院を要するほどの怪我を負った(これも公表を控える一因)。

 その際に監視カメラの映像記録を根こそぎ持ち去られたことから、消えた構成員らの行方は治崎も知らないと考えられる。

 

 前者については命に別状がなく余計な心労の種になるから。後者は不確実だから。

 それぞれの理由で根津は話さなかった。カリナが深掘りしていれば答えたかも知れないが……これも仮定の話。

 

 もしもと違い、実際には。

 カリナは問わなかった。根津は言わなかった。

 

 だから霧は知らない。

 ヒーロー事務所を襲撃してのけるほどの復讐者の存在も。

 その男が完全に逃げ切り、監視の届かぬ闇に潜ったことも。

 

 一人残らず殲滅できたとは思っていないし、恨まれていることまでは想定済。しかし生き残りは今もヒーローの監視下にあるものと思っている。

 だって、ヒーロー公安委員会のホームページには今も死穢八斎會の名が指定ヴィラン団体として載っているのだから。

 それを定期的に確かめて、『自由に動ける生き残りはいない』とする判断は理に適っている。

 

 

 ──公安が信用に値するならば、だが。

 

 

 霧は信じて()()()()

 ほんの一部の例外的(おかし)なヒーローもどきと接しただけなのに。

 その感謝すべきヒーローもどきを含め、周りの全員に大罪を隠し、騙し続けているくせに。

 

 罪を罪と知りながら、正しく在ろうとする意思の薄い霧は、ごく当たり前の事実を見落として──目を逸らしている。

 

 

 

 過去は。

 消えない。

 

*1
西遊記の孫悟空がつけている緊箍児(きんこじ)のような輪。外している間に目覚めるようなことがあればミッドナイトの出番である。

*2
下着の着け方については百が教えたがるカリナを蹴飛ばして指導済。




※三話か四話ほど先に、『いつ頃・誰が・何をした』の一覧タイムテーブルを用意します。
※別にミステリー的な仕掛けはありませんが、細切れになっているので整理の為に。
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